03. 2014年12月10日 06:54:26
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【第157回】 2014年12月10日 森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト],熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト],高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト] アベノミクスの「トリクルダウン」が利きにくい背景 〜第3段階に至った製造業のグローバル化〜 ――森田京平・バークレイズ証券 チーフエコノミスト アベノミクスの来し方(1): 期待の抜本的な好転 総選挙が14日に迫っている。このタイミングを捉えて、安倍政権が政策(アベノミクス)を通じて成し遂げたことと、道半ばのことを峻別しておく価値はあろう。 前民主党政権(2009年9月〜2012年12月)と比べると、アベノミクスの成果は主に「第1の矢」(大胆な金融政策)と「第2の矢」(機動的な財政政策)に集中していることが見て取れる。たとえば、「第1の矢」に関わる指標として物価(コアCPI)や株価(日経225平均株価)に注目すると、安倍政権成立後の8四半期における物価、株価の累積的な上昇率は、いずれも前民主党政権を大きく上回る(図表1参照)。 「第2の矢」に当たる公共投資も同様だ。安倍政権は「2本の矢」を放つことで、「期待」を明確に好転させた。 注:現安倍政権と前民主党政権のスタート時点を100とし、かつ前民主党政権下でのその後の推移を全て100に固定した時の、安倍政権下での各経済変数の水準を図示。例えば、安倍政権下でのコアCPI(消費税率引き上げの影響除く)は8四半期目が102.7となっているが、これは安倍政権がスタートしてから8四半期目までのコアCPIの累積的な伸び率が民主党政権を2.7%ポイント(=102.7−100)上回ることを意味する。 出所:内閣府『国民経済計算』、総務省『消費者物価指数』、ブルームバーグよりバークレイズ証券作成 アベノミクスの来し方(2): 実体経済への波及は出遅れ
一方、実体経済を広く見ると、安倍政権のパフォーマンスが前民主党政権を下回る分野もある。たとえば、実質GDP、実質個人消費、実質設備投資の累積成長率は、政権スタート後の8四半期目で評価すると、いずれも前民主党政権を下回っている(図表2参照)。 期待の好転が実体経済に十分反映されていない。ここから総選挙後のアベノミクスの課題が浮かび上がる。それは「期待の好転をいかに実体経済(実質GDP)に反映させるか」である。 注:現安倍政権と前民主党政権のスタート時点を100とし、かつ前民主党政権下でのその後の推移を全て100に固定した時の、安倍政権下での各経済変数の水準を図示。例えば、安倍政権下での実質GDPは8四半期目が98.1となっているが、これは安倍政権がスタートしてから8四半期目までの実質GDPの累積的な伸び率が民主党政権を1.9%ポイント(=100−98.1)下回ることを意味する。 出所:内閣府『国民経済計算』よりバークレイズ証券作成 アベノミクス: 「資産効果」と「Jカーブ効果」を通じた 「トリクルダウン」を目指したが……
「期待の好転」と「実体経済の拡大」の結びつきの弱まりは、「資産効果」と「Jカーブ効果」を通じて「トリクルダウン」(初期段階での所得格差が景気回復の進展とともに縮小するという考え方で、富が滴り落ちる姿を指す)を引き起こす、というアベノミクスの目算が一部外れていることを意味する。 特に「Jカーブ効果」を通じたトリクルダウンが実現していない。円安が始まってすでに2年が経つ中、本来であれば価格競争力の強まりを通じて日本の輸出が実質(数量)ベースで増加していてもおかしくない。しかし実際には、東日本大震災(2011年3月)による(1)生産機能のダメージ、(2)流通網の寸断、(3)円高という「三重苦」に苛まれた前民主党政権下での実質輸出の伸びさえも、安倍政権は越えることができていない。 筆者は、円安が貿易収支を改善させるいわゆる「Jカーブ効果」は、構造的に弱くなったと考えている。鍵を握るのが、第3段階に至ったグローバル化だ。 第1段階のグローバル化: 1980年代に始まった 「生産拠点のグローバル化」 振り返ると、日本の製造業のグローバル化は3段階で進んできた。第1段階が、1980年代を起点とする「生産拠点のグローバル化」だ(図表3参照)。背景として、第2次石油ショックによるコスト高とプラザ合意(1985年)によるドル安(円高)が挙げられよう。 注:海外生産比率(%)=海外現地生産/(国内生産+海外現地生産)×100 ただし円ベースでの販売価格による評価 出所:内閣府『企業行動に関するアンケート調査』よりバークレイズ証券作成 第2段階のグローバル化: 1990年代に始まった 「株主構成のグローバル化」
第2段階が1990年代に始まった「株主構成のグローバル化」、あるいは「ガバナンスのグローバル化」である。1990年に4.7%に止まった外国人による株式保有比率(金額ベース)は、2000年18.8%、2010年26.7%という具合に上昇し、アベノミクス下の直近2013年度は30.8%と、ついに30%を越えた(図表4参照)。 注:1.調査対象は東京、名古屋、福岡、札幌の各証券取引所。 2.「銀行・信託銀行」には投資信託・年金を除く。 3.「保険会社」には生命保険、損害保険を含む。 4.「その他」には政府、地方公共団体などを含む。 出所:東京証券取引所『株式分布状況調査』よりバークレイズ証券作成 第3段階のグローバル化: 2000年代に始まった 「価格設定行動のグローバル化」
2000年代に入ると、グローバル化は第3段階に達した。すなわち「価格設定行動のグローバル化」である。契約通貨ベースの輸出物価、つまり輸出品の「値札」は、2002年頃から、為替が激しく円安や円高に振れても、さほど振幅しなくなっている(図表5参照)。為替変動に応じた輸出の価格設定ではなく、グローバルな製造業の市場価格に準拠した価格設定行動が垣間見える。 出所:日本銀行『企業物価指数』よりバークレイズ証券作成 国内生産の観点からは、本来であれば、円安に振れた分、値札(契約通貨ベースの輸出物価)を下げて輸出需要を取り込むという行動が合理的に見える。しかし、生産拠点がグローバル化(水平的グローバル化)した今日、そうした輸出の取り込みが単に海外現地法人の生産減に終わるリスクもある。
そうだとすれば、円安に応じて輸出価格を引き下げるということは、連結ベースで見れば合理的とは言えない可能性が出てくる。 グローバル化がこの第3段階(価格設定行動のグローバル化)に至ったことで、為替と輸出品の値札の連動性、ひいては為替と輸出数量の連動性が低下したと考えられる。その結果、「Jカーブ効果」も構造的に弱くなったと推察される。 総選挙後の政策課題: 「いかに儲けさせるか」から 「いかに忙しくさせるか」へ 円安が輸出数量を刺激する経路が細くなる中、円安は輸出企業を「儲けさせる要因」(=利益の増加)にはなっても、「忙しくさせる要因」(=生産量の増加)とは必ずしも言えない。一方、企業が忙しくならないと、設備投資、雇用、部品・原材料発注につながらない。つまり「トリクルダウン」が実現しない。 総選挙後のアベノミクスの焦点は、「いかに企業を儲けさせるか」から「いかに企業を忙しくさせるか」への政策シフトである。それができるのは「第1の矢」や「第2の矢」ではなく「第3の矢」である。 http://diamond.jp/articles/-/63457 |