03. 2014年12月08日 07:21:35
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「知られざる韓国経済」 韓国財政破綻論の誤り 国際的な基準に照らせばきわめて健全 2014年12月8日(月) 高安 雄一 OECDが公表している一般政府債務の対名目GDP比を見ると、日本は228.0%であり、金融緩和だけでなく債務も異次元のものとなってしまった感があります。もちろんこの数値はOECD加盟国で最も高く、財政危機に陥ったギリシャをも大きく引き離しています。 一方で、韓国では37.6%にとどまっており、30カ国中、低い方から5番目の数値です(OECD Factbook 2014)(図1)。この数値から、韓国の国家債務は小さく、財政状態は健全であると判断できます。 図1 OECD加盟国における一般政府債務の対名目GDP比 出所:OECD Factbook 2014により作成。 (注)2012年の数値。ただし日本、イスラエル、スイスは2011年の数値 ただし国家債務の大きさは、国家の範囲をどこまでとるか、どのような債務まで含めるかによって異なり、当然のことながら対GDP比も異なった数値となります。OECDが公表している一般政府債務は、国家の範囲が中央政府、地方政府、基金であり、債務を金額が確定しているものに限定しています(例えば保証債務は、国家が最終的に負担しなければならない金額がわからないので除かれます)。 この一般政府債務を国家債務とするならば、韓国の国家債務の対GDP比は37.6%ですが、国家の範囲などを広くとった国家債務については、GDPの60%に近いとの数値もあります。さらに民間のシンクタンクである韓国経済研究院のレポートでは、韓国の国家債務の対GDP比は166.9〜167.8%といった数値まで出ています。 では韓国の国家債務の大きさを国際比較する際には、どの数値を使うべきなのでしょうか。以下では、韓国の国家債務の大きさを示す数値の“真実”について見ていきましょう。 国家債務の指標には3種類ある まず韓国政府は国家債務に関する3種類の指標、すなわち「国家債務(D1)」、「一般政府債務(D2)」、「公共部門債務(D3)」を公表しています。この中で、国際比較のために世界共通の基準に合わせて算出されているものが「一般政府債務(D2)」です。 この「一般政府債務(D2)」は、2012年末で504兆6000億ウォン、対GDP比で39.7%です。「一般政府債務(D2)」は冒頭で紹介したOECDが公表している一般政府債務の対名目GDP比とほとんど同じものと考えられます。日本の統計でこの数値に対応するのは一般政府総債務であり、2012年度末で1142兆円、名目GDPの241.6%です。 国家債務の数値を判断する時には、債務に何が含まれているのか、その範囲を見なければなりません。韓国の「一般政府債務(D2)」の範囲は、世界共通の基準であるSNA(Systems of National Accounts:国民経済計算)の一般政府の債務残高を合計したものです。 この一般政府とは、大きく中央政府、地方政府の2つから構成されます。中央政府には一般会計、18の特別会計、65の基金(国民年金基金など)、165の非営利公共機関(中小企業振興公団、韓国労働研究院など)が含まれます。また、地方政府には244の一般会計、1927の特別会計、251の直営公企業特別会計(上水道、下水道など)、17の教育費特別会計、2395の基金(老人、青少年、文化など)、87の非営利公共機関が含まれます。韓国の一般政府の範囲は、SNAの基準を順守しており、日本の範囲とも同様と言えます。 このように、韓国の「一般政府債務(D2)」の対GDP比である39.7%と、日本の一般政府総債務の対GDPである241.6%は比較できる数値なのですが、これを見ると、日本の財政状態は韓国よりはるかに悪いことになります。 「公共部門債務」には韓国電力公社の債務も 次に韓国の国家債務にかかわる他の数値について見ていきましょう。 韓国の国家債務について、「GDPの60%に近い」という数値が出ているようです。これは韓国政府が公表した「公共部門債務(D3)」の対GDP比で、2012年の「公共部門債務(D3)」は821兆1000億ウォンで、GDP比は64.5%に跳ね上がってしまいます。 しかしこの数値には一般政府のみならず、非金融公企業(中央政府123、地方政府50)の債務も含まれています。非金融公企業とは、政府によって支配されており、生産する財・サービスを市場で販売する事業体のうち、金融サービスを提供するものを除いたものです。 中央政府の公企業で負債が大きなものとして、韓国土地住宅公社、韓国電力公社、韓国ガス公社、韓国道路公社、韓国石油公社があります。2011年における、それぞれの負債規模は表1のとおりですが、この5つの公企業で全体の90%近くを占めています。 表1 中央政府公企業の負債額(2011年:上位5社) (単位:兆ウォン、%) 負債額 比率 韓国土地住宅公社 130.6 40.3 韓国電力公社 82.7 25.5 韓国ガス公社 28.0 8.6 韓国道路公社 24.6 7.6 韓国石油公社 20.8 6.4 出所:韓国租税研究院『公共機関負債の潜在的危険性の分析と対応方案』による (注)比率は2011年の中央政府公企業の負債総額に占める比率である 「公共部門債務(D3)」の対GDP比は64.5%ですが、先に示したOECDが公表している一般政府債務の対名目GDP比とは当然のことながら比較できません。なぜなら前者には非金融公企業の負債が含まれている一方で、後者には含まれていないためです。 OECDのデータは、IMFの「財政統計作成のための指針(GFSM:A Manual on Gov't Finance Statistics)に基づいています。GFSM 2001基準によれば、国家債務は、一般政府が直接的に元金と利子償還義務を負っている確定債務であり、企業的活動を行っている公企業の債務は一般政府に含まれていないため、国家債務ではないとされているのです。 韓国の場合は、前述のように「一般政府債務(D2)」がGFSM 2001に基づく国家債務です。ではなぜ韓国はより包括範囲の広い「公共部門債務(D3)」を公表しているのでしょうか。 より広い範囲の債務状況を公表している理由 2008年に発生したグローバル金融危機以降、国家の財政的、対外的持続可能性に対するより幅広い範囲を包括する指標に対する関心が高まりました。20カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)で採択された「金融危機と情報ギャップに関する提言(2009年10月)」においても、財政データが勧告事項の1つとして掲げられました。 2012年6月には世界銀行、OECD、IMFが共同で「公共部門債務作成指針(PSDS:Public Sector Debt Statistics Guide for Compilers and Users)」(以下、「新国際基準」とします)を発表しました。新国際基準は、公共部門を一般政府に非金融公企業を加えたものとして、公共部門の債務を算出するための方法を示しています。これによって非金融公企業の負債も含めた国家債務を国際比較するための条件が整ったと言えます。 韓国は2014年2月に「公共部門債務(D3)」を公表しましたが、これは以上で示した国際的な動きにいち早く対応したものです。OECD加盟国で、非金融公企業の債務も含めた公共部門債務を公表している国は少数であるため、韓国の公共部門債務の対GDP比64.5%という負債が、国際的にどの程度に位置するのか明らかではありません。 といっても、非金融公企業の債務を含めない一般政府債務の対GDP比(公共部門債務の対GDP比より必ず低い数値となります)が64.5%より低いOECD加盟国は、韓国を除いた29カ国中13カ国しかありません。このため公共部門債務の対GDP比で見ても、韓国が国際比較の上で財政が健全な国であるという事実が揺らぐことはなさそうです。 国家負債「GDP比166.9%」という数値とは何か では、冒頭で述べた韓国経済研究所のレポート「国家負債の再構成と国際比較」(2014年4月)が示したGDP比166.9〜167.8%という数値について見てみましょう。 「公共部門債務(D3)」と大きく差がある背景には、金融公企業の負債として290兆ウォン(対GDP比21%)、年金および退職手当充当負債として467兆ウォン(同34%)、未積立負債として450兆ウォン(同33%)が計上されていることがあるからです。これら3つの負債について以下で見ていきます。 第一の金融公企業の負債です。公企業は大きく非金融公企業と金融公企業に分かれます。金融公企業は、預金などの負債を活用して貸出、投資などの金融活動を行っています。他方、非金融公企業は、実物経済活動を行うために必要な資金を、債券の発行などを通じて調達しています。 金融公企業の負債については、それに対応して流動性が高い金融資産があるなど、非金融公企業の負債と性格が大きく異なるため、最も範囲の広い公共部門債務でさえ金融公企業は対象外としています。しかしながら、韓国経済研究所のレポートは、中小企業銀行、産業銀行、韓国政策金融公社、韓国輸出入銀行など11の金融公企業の負債(借受金を除く負債)が、国家債務に加えられています。 第二の年金および退職手当充当負債については、韓国では毎年の国家決算報告書に国の貸借対照表を掲載しており、負債として年金引当負債と退職手当充当負債が計上されています。韓国経済研究所のレポートは、これらを国家債務と見なしています。このうち、圧倒的に金額が大きい年金引当負債とは何でしょうか。 年金引当負債には、公務員年金および軍人年金にかかる引当負債が計上されています。年金引当負債とは、現在の受給者と在職者に対し、退職後、長期(2013年から2093年までが予想されています)にわたり支給しなければならない年金額のうち、政府が負担する部分です。 具体的には、退職率、死亡率、年金選択率、物価上昇率、割引率など保険数理的仮定を置いた上で算出し、現在価値に直した金額となっています。公務員年金や軍人年金は、保険料方式で運用されていますが、現在のところは保険料収入が年金支給額に追い付かず、不足部分は政府の一般会計より補填金として支払われています。このため、長期的に発生すると考えられる補填金を一定の仮定の下で算出し、貸借対照表の年金引当負債としています。 「2012会計年度国家決算報告書」では、年金引当負債は437兆円とされています。ただし、年金引当負債の規模は、保険数理的仮定の変化によって毎年変化しているなど、不確実な潜在負債として国民負担と直接つながっている国家債務とは性格が異なっています。 将来の年金支給額が保険料収入を上回る 最後の未積立負債ですが、国の貸借対照表には国民年金については引当負債を計上していません。国民年金は完全な保険料方式で運営されており、現在のところ保険料収入が年金支給額を上回っています。2044年以降は収支が逆転しますが、積立金がありますので、そこから赤字分は補填できます。 しかし2060年には積立金がなくなるため、現行の保険料や支給水準を維持する限り、2060年以降は政府からの赤字補填が必要となります。韓国租税研究院のパクヒョンス博士などのグループが2007年に公表した報告書によれば、2005年基準で152兆ウォンの国民年金の引当負債が国の貸借対照表に計上されていないと主張しています。 さらに国会予算政策処は2012年に公表した報告書で、パクヒョンス博士の方法を延長した結果、2012年基準で397兆ウォンの国民年金の引当負債が計上されていないとしています。 韓国経済研究所のレポートでは、国民年金の引当負債に、私立学校教職員年金の引当負債を加えた450兆ウォンを未積立負債として国家負債に算入しています。しかし、未積立引当債務については、政府が公表している国の貸借対照表にもその数値は出ておらず、あくまでも試算の域を出ません。 通貨安定債の急増が意味すること このように、韓国経済研究院のレポートでは、「公共部門債務(D3)」に、金融公企業の債務、年金および退職手当充当負債、未積立負債を加えているため、国家負債が巨額になっているとしています。 しかしながら、金融公企業の債務、未積立負債のうち国民年金の引当負債は、新国際基準においても国家負債に含めないこととなっています。よって当然のことですが、これらを加えた国家負債を公表している国はありません。 また新国際基準では、職域年金の引当負債は国家債務に入れることを勧告していますが、現在のところこれを含めた国家負債を公表している国もありません。 これらの負債を加えれば、OECD加盟国の国家債務の対GDP比は、現在国際比較のために使用している一般政府債務額に基づくものから跳ね上がることとなります。 韓国経済研究院のレポートは、国際基準では把握できない国家債務も勘案すればこの程度になるといった一つの試算に過ぎず、この数値をもって韓国の財政状態が国際的に見て悪いと言うことはできません。 なお、さすがの韓国経済研究院のレポートでも国家債務に含めていませんが、通貨安定債の残高が急増しており、これを根拠に韓国の財政が悪化しているといった主張を耳にすることもあります。 確かに韓国銀行が発行している通貨安定債の残高は、2012年末で163兆ウォン(対GDP比の12%)に達しています。このような主張をする人は、政府が韓国銀行に借金をさせて、財政の悪化を隠していると考えているようです。 しかしこれは全くの誤りです。通貨安定債は、その名のとおり、マネーサプライをコントロールするために発行される債券です。日本であれば日銀が保有している国債の売買によりマネーサプライをコントロールします(買いオペ、売りオペ)。しかし韓国では財政が健全であるため、発行された国債が少なく、市中に出回っている国債の量も多くありません。このため、しかたなく、韓国銀行が通貨安定債を発行して、これの売買によってマネーサプライをコントロールしています。 通貨安定債の発行残高が増加している理由は、売りオペにより資金を回収する局面が増えているからであり、通貨安定債の発行により韓国銀行の発券量がその分減っているに過ぎません。 韓国銀行の負債は、通貨発行額と債券発券額です。よって通貨安定債を発行すれば、債券発行残高は高まりますが、通貨発行残高は減少するため、韓国銀行にとっては負債の構成が変わるだけで負債総額は変わっていません。 国家債務の大きさは、国家の範囲をどこまでとるか、どのような債務まで含めるかによって大きさが異なり、韓国の国家債務の対GDP比も、30%台といった小さな数値から170%に近い大きな数値まで様々なものが出回っています。 しかし現在のところ国際比較が可能なものは「一般政府債務(D2)」しかなく、この数字については、対GDP比は40%に満たない水準です。韓国の国家債務については色々な数値が独り歩きして、韓国の国家負債は大きいとの錯覚に陥りがちです。 しかし、国際比較できる数値で見れば、韓国の財政状況が非常に良好であることは揺るぎがなく、この根底にある財政規律を守ってきた政府の姿勢は評価すべきでしょう。 参考文献 企画財政部報道資料「2012年会計年度国家決算結果」(2013年4月9日). 企画財政部報道資料「12年末公共部門負債算出結果」(2014年2月14日)および「報道参考資料」. 国会予算政策処(2012)『政府財政危機管理現況および改善方案研究』. キムヨンシン・ホウォンジェ(2014)「国家負債の再構成と国際比較」韓国経済研究院. 大韓民国政府(2013)『2012会計年度国家決算報告書』. パクヒョンスほか(2007)『財政危険測定および管理に関する研究』韓国租税研究院. このコラムについて 知られざる韓国経済 韓国経済の真の姿を、データと現地取材を通して書いていきます。グローバル企業がめざましく躍進し、高い経済成長率を誇る韓国。果敢に各国と自由貿易協定を結ぶなど、その経済政策は日本でも注目されています。一方、格差、非正規、雇用、農業保護政策、少子高齢化などの分野では、さまざまな課題を抱えてもいます。こういった問題は日本に先駆けている部分もあり、韓国の政策のあり方は、日本にとって参考にすべき点が多くありそうです。マクロとミクロの両方から視点から描きだす、本当の韓国経済の姿がここにあります。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141202/274576/?ST=print |