03. 2014年12月05日 05:28:45
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シリーズ・日本のアジェンダ 総選挙の焦点 アベノミクスの通信簿 【第2回】 2014年12月5日 八代尚宏 誰も触れたがらない“アベノミクスの宿題” 抜本改革からほど遠い「社会保障改革」! ――八代尚宏・国際基督教大学客員教授 急速に進む高齢化に伴い、持続的に増え続けている日本の社会保障費。今や賃金に比例して低迷する社会保険料では賄えず、多額の国債発行によって補われているのをご存じだろうか。こうして借金に全面的に依存している不安定な構造の改革こそ、安倍政権に求められるミッションだ。しかし八代尚宏・国際基督教大学客員教授は、安倍政権の社会保障制度改革について、本来必要な抜本改革からほど遠いとし、65点と評価する。誰も触れたがらない社会保障制度改革 やしろ・なおひろ 国際基督教大学客員教授・昭和女子大学特命教授。経済企画庁、日本経済研究センター 理事長等を経て現職。最近の著書に、『反グローバリズムの克服』(新潮選書)、『 社会保障を立て直す』(日経新聞出版社)、「規制改革で発展するシルバー市場」等がある。 足元の経済情勢への配慮から消費税率の引き上げが延期された。これを「アベノミクスの失敗」と批判するのは、短期的な景気対策としてしか見なさない皮相なものである。アベノミクスの本質は、グローバル経済化や少子高齢化等、急速に変化する社会環境に対応して、日本経済の潜在成長力を高める政策パッケージである。これを成功させるために何が必要かの政策論争の方が、より生産的である。
安倍政権における社会保障制度改革は、これまで、現行制度の下での部分的なものである。その方向性は正しいとしても、本来、必要な抜本的改革からは、ほど遠い内容にとどまっている。今後の改革への期待を込めて65点としたい。 アベノミクスの「3本の矢」は、金融・財政政策による需要拡大でデフレギャップを解消し、これを規制改革等で潜在成長力を高める時間差のある政策である。公共投資で需要を増やす一方、日銀の国債購入で金利上昇を防ぐマクロ政策は、雇用需要を高め、失業率を低下させる等の成果を上げた。 次の政策の重点は、人手不足で建設工事が制約される下で、需要を公的部門から民間部門へと組み換え、財政に依存しない持続的な経済成長を実現することである。これを早急に進めなければ、財政が民間需要を抑制するクラウディングアウトに陥る危険性がある。 これには、民間の投資や消費需要を活発化させる規制・税制改革とともに、日銀による際限なき財政赤字ファイナンスを防ぐことが不可欠となる。大幅な財政赤字の抑制が急務であることは、安倍総理も常に強調している。しかし、一般会計赤字の根本的な要因は、公共投資や公務員の人件費よりも、社会保障関係費の持続的な増加であることが重要だ。 これは高齢化に伴い持続的に増える社会保障費を、賃金に比例して低迷する社会保険料では賄えず、その差を埋める一般会計からの補助金が年々増加しているからである。この社会保障関係費の規模は、ほぼ国債発行額に等しい(下記図参照)。このように、日本の社会保障は、借金に全面的に依存している不安定な構造である。更なる歳出増加ではなく、その内容を見直し、制度の持続性を確保することが、真の社会保障の充実策といえる。 この現状を直視すれば、先進国の内でもっとも大きな200%を超す国債残高(対GDP)比率と、もっとも低い水準の消費税率とのアンバランスの是正は、その第一歩に過ぎない。より本質的なことは、税収を増やすための民間主体の経済成長力の強化を進めるとともに、高齢化に対応した社会保険制度への改革をタブーとしないことである。
年金支給開始年齢の引き上げはもちろん 高齢者の労働市場改革も必須 年金改革では、消費税10%への引き上げ時に年金受給資格年数の短縮化(25年から10年へ)等が、予定されている。また、過去に物価下落にもかかわらず、年金額を据え置いた議員立法で、本来の水準よりも2.5%高い特例水準の解消にも着手したことは評価できる。しかし、これらは現行制度の手直しに過ぎず、高齢化に備えた年金制度の安定性確保にはほど遠い。 社会保障をファイナンスする国債の累積だけでなく、積立金(SNAベース)自体も、2005年の252兆円をピークに減少に転じ、2012年には2割強も取り崩されている。それにもかかわらず厚生労働省は、「100年安心年金」の建て前を固守している。これは2%インフレ目標が実現すれば、年金給付が、毎年、自動的に削減される仕組み(経済成長スライド)が機能することに期待しているようだ。しかし、仮にそれが実現しても、基礎年金額の持続的な削減は、とくに低年金受給者には厳し過ぎる政策であり、一定の限界がある。 むしろ平均寿命が伸びるとともに年金支給開始年齢を高めることで、年金財政の拠出者を増やし、受給者を減らすことによる財政の安定化が望ましい。現行の2025年に65歳に引き上げる仕組みは、日本より平均寿命の短い米英独の67―68歳にも遅れている。日本と寿命がほぼ等しい豪州は、最近、70歳に引き上げたが、これが責任ある政治の姿である。 「社会保障と税の一体改革」の本来の使命は、単なる給付の充実ではなく、高齢化社会の下での社会保障制度の持続性を確保することにあったはずだ。年金は超長期の保険契約であり、世界一の平均寿命に対応する、安定した制度への転換が早急に求められている。 これは高齢者の労働市場改革と密接不可分である。現行の企業の負担で定年退職後の雇用保障を義務付ける仕組みを、更に65歳から70歳にまで延長することはできない。本来、仕事能力に関わりなく、一定の年齢で一律に解雇される日本の定年退職制度は、欧米では「年齢差別」として禁止されている。定年時までの雇用保障と一体的な強制退職制度の改革が、高齢者の積極的な活用のために求められている。 女性の年金権の改革も急務となっている。所得税の配偶者控除の見直しが議論されているが、年収130万円を超すと受給資格が一挙に失われる第3号被保険者制度の方が、既婚女性の就業を抑制する、より大きな壁である。労働力が減少するなかで、「働くと損をする」制度に固守することの社会的コストは大きい。 市場活用を目指した医療・介護保険改革で 量と質の面からサービス拡大へ 医療保険では、70-74歳患者負担特例の見直しや、介護保険で一定以上の所得者の自己負担率引き上げ(いずれも1割から2割へ)が、実施または予定されている。これは、今後、2025年までの社会保障給付増加額の4分の3が、医療・介護で占められることへの対応策の一部である。 医療・介護費用がとくに大きな75歳以上高齢者の傾向的な増加は、財政当局にとっては悪夢となる。しかし、民間事業者にとっては、むしろ確実に成長する市場を意味する。これを育成するためには、政府が医療・介護サービスの需要と供給を全面的に管理している「高齢者市場」を民間事業者に開放する必要がある。このための現行制度・規制の改革が、成長戦略の大きな柱となる。 現行の医療保険制度の大枠が作られた時期には、結核等の伝染病が主体であった。感染症や急性症への対応は、警察や消防と同様に政府が全面的な責任をもつ必要がある。他方で、今日の医療費の大きな部分は慢性症であり、個人の裁量性の高い消費的な面もある。 基礎的な医療は限られた財源の公的保険で確実に保障し、上乗せ部分は民間で対応という公私の役割分担を明確にしなければ、高齢化と技術進歩で増え続ける医療保険は維持できない。その線引きをどこで行うかについて、医療の専門家を中心に検討を進める必要がある。 現行の医療・介護保険の償還価格が、サービスの市場価格と一致しなければならないという不文律が、高齢者市場の発展を妨げている。保険の償還価格とは別に、サービスの質に違いに応じた市場価格が容認されれば、事業者の創意工夫で、多様な付加価値の付いたサービスが生まれる。 とくに介護保険では、財政上の制約から介護報酬の大幅な引き上げは困難だが、他方で賃金水準を高めなければ十分な数の介護労働者を確保できない。このジレンマを克服するひとつの手段は、一般のサービス産業と同様に、質の高い介護サービス価格を市場の需給に委ねる一方で、利用者は介護保険から現物給付を受け取れる仕組みとすることである。これでは低所得層が十分な介護サービスを受け取れないという批判に対しては、すべての事業者に、介護報酬で賄える水準の基礎的介護サービスの供給を、一定限度まで義務付けることが考えられる。 現行の介護保険では、要介護度に応じた介護サービスの回数を自己負担で増やすことは自由だが、より高い価格を設定することは、行政指導で規制されている。これを撤廃するだけで新規事業者の参入が増え、量と質の両面で介護サービス市場の拡大が期待される。 地域包括ケアシステムに不可欠な家庭医 厚生労働省では、2025年を目途に、高齢者が、住み慣れた地域で住み続けられるよう、地域の包括的な支援・サービス体制の構築を推進している。しかし、そのためには、その要となる家庭医の育成が不可欠である。 救急の場合を除き、患者がまず訪れなければならない家庭医の医師総数に占める比率は、仏、豪、加で5割、英・韓でも4割(OECD)だが、日本ではほとんど存在しない。家庭医は、大部分の患者に自ら対応するとともに、必要に応じて大病院や専門医を紹介することで、日本の医療体制に欠けている、病院と診療所との連携を図るカギとなる存在である。 日本の現状のように、患者が大病院や診療所を自由に訪れるフリーアクセスは、無秩序な仕組みである。患者が自らの病気を勝手に判断して個々の診療科を受診することの危険性だけでなく、医療機関ごとの検査や投薬の重複による医療費のムダを生む大きな要因となる。 日本の医療費は、GDP比でみれば相対的に低いが、これは日本人の肥満人口比率が欧米と比べてはるかに低いことなど、健康状態の良さに基づく面も大きい。日本の医療体制の非効率性は、一人当たり医療費の大幅な地域間格差や、OECD諸国と比べた人口当たり病床数や高額医療機器比率の極端な高さにも反映されている。とくに複数の病気を持つ高齢者の増加には、欧米と比べて立ち遅れている家庭医の普及が不可欠となる。 社会保障改革を“第4の矢”とし 与野党間で「改革競争」を 小泉政権の初期に、当時の民主党は、「旧い自民党には真の構造改革は無理だ。小泉総理の足ではなく首を引っ張る」という改革競争を挑んだ。しかし、その後の党首交代で、昔の「足を引っ張る」戦術に戻ってしまった。 今回の衆議院選挙で、野党が明確な代替案もなしに、単にアベノミクスを否定するだけでは、結末は明らかである。むしろアベノミクスの様々な問題点に対して、何をすべきかの改革案を積極的に提言する「改革野党」が増えれば、選挙戦が盛り上るのではないか。 小泉首相と同時期のドイツのシュレーダー首相は、左派政権にもかかわらず、労働市場や社会保障改革を大胆に行い、ドイツ病を克服したことで、今日の欧州経済における「一人勝ち」の基礎を築いた。 アベノミクスについての後代の評価は、マクロ政策よりも、成長戦略の中身にかかっており、そのカギとなる社会保障改革を「第4の矢」に位置づける必要がある。それには与野党間の健全な政策論争が欠かせない。 http://diamond.jp/articles/-/63242
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