09. 2014年12月04日 07:40:38
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「ハーバードのリーダーシップの授業」 “モノを買うよりも貯金せよ”と教える真意 ジョシュア・マーゴリス教授に聞く(2) 2014年12月4日(木) 佐藤 智恵 写真提供:ハーバードビジネススクール水田早枝子氏
ジョシュア・マーゴリス ハーバードビジネススクール教授。同校クリステンセン教育センター主任教授。専門は経営管理と組織行動。リーダーシップと企業倫理を中心に研究。MBAプログラムにて必修科目「リーダーシップと組織行動」「リーダーシップと企業倫理」、「フィールド」、選択科目「真のリーダーシップ開発」を教える。学生が選ぶ最高の教授賞など、受賞多数。著書に“People and Profits?: The Search for A Link Between A Company's Social and Financial Performance”(Psychology Press) ハーバードでリーダーシップを教えて14年。ジョシュア・マーゴリス教授は、ケースメソッドのプロフェッショナルである。ケースメソッドとは、通常の講義形式とは全く異なるハーバード独自の教授法。学生の議論だけで授業が進行し、教授はファシリテーターに徹する。ハーバードの教授陣の中でもマーゴリス教授はケースメソッドの達人と言われ、学生からは「議論を展開させるのが抜群にうまい」と評されている。 教育者として名高い教授に、ハーバードのケースメソッド、カリキュラムの改革、そしてリーダーとしての行動規範などについて聞いた。 (2014年6月26日 ハーバードビジネススクールにてインタビュー) 女性リーダーの妊娠を議論する 佐藤:先生は「リーダーシップと組織行動」を教えていますが、授業で誰のケースを取り上げるかというのはどういう基準で決めているのですか? マーゴリス:人格、能力、様々な面でロールモデルになるリーダーを授業で取り上げようと思っています。たとえば、圧倒的に難しいことを成し遂げたリーダー。問題を抱えた組織を再生しドラマチックに変革したリーダー。それから、倫理的なジレンマに陥っても、驚くべきインテグリティで組織を正しく導いたリーダー。 ケースの主役となるリーダーの職位も偏らないようにしています。ビジネススクールを卒業したてのマネジャーから、部門長、CEOまで、様々な職位のリーダーを取り上げます。 佐藤智恵(聞き手)1970年兵庫県生まれ。1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。報道番組や音楽番組のディレクターとして7年間勤務した後、退局。2000年1月米コロンビア大学経営大学院留学、翌年5月MBA(経営学修士)取得。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、2012年より作家/コンサルタントとして独立。2004年よりコロンビア大学経営大学院の入学面接官。ウェブサイトはこちら 佐藤:私はエンターテインメント業界出身なので、子ども向けテレビチャンネル、ニコロデオンの元ジェネラルマネージャー、タラン・スワンの事例に興味を持ちました。彼女は、同社のラテンアメリカ進出を成功させた立役者ですが、彼女の事例をとりあげたのはなぜでしょうか?
マーゴリス:2つ理由があります。1つは、スワンのリーダーシップスタイルがとてもユニークだったこと。彼女は「この難局を乗り切れるようなチームをつくるにはどうしたらいいか」と考えた末に、部下を信頼して、どんどん管理職レベルの仕事をまかせることにしました。自分の役割を「社長のメンタリティーや考え方を植え付けること」と位置づけ、業務の権限委譲をすすめたのです。その結果、自分がいなくても主体的に仕事をしてくれるチームが出来上がりました。 もう1つは、タラン・スワンは、新興国進出を先頭にたって実現した人だったこと。とても限られたリソースでラテンアメリカへの進出を成功させました。新興国への進出は、先進国に本社を置くグローバル企業が長年取り組んでいることですから、この事例はとても興味深いと思いました。 佐藤:授業では女性リーダーの生き方についても議論したそうですね。 マーゴリス:スワンは、若いうちに難局に直面し、見事に乗り切った女性リーダーのロールモデルですからね。 実はリンダ・ヒル教授がちょうど教材を執筆している最中に、スワンから妊娠したと報告がありました。そこでヒル教授はこう聞いたのです。「あなたのストーリーをどうやって終わらせるか、2つ選択肢があるわよ。1つは、妊娠したことに全く触れない、そしてもう1つが、妊娠してその後どうなったかも正直に書く」。 するとスワンはこう言いました。「先生、ぜひ妊娠したことを書いてください。ハーバードの学生だったときに、プライベートも含めて、リーダーの人生そのものを360度から伝えるケースがあってもいいのに思っていました。思うようにいかないのもまた人生なのだ、ビジネスの世界に生きるとはこういうことなのだ、ということを学生に知っていただきたいです」 佐藤:その後、母体が危なくなって、志半ばでラテンアメリカ進出本部のあるマイアミを離れて、ニューヨークに戻りますものね。教材を読んで、それもまた人生だなと思いました。現在はニューヨークでベンチャー企業のCEOとして活躍されていますが、部下を信頼しきるリーダーシップは変えていないでしょうね。 写真提供:ハーバードビジネススクール芳賀亮太氏 ハーバードビジネススクールのDNA
佐藤:ハーバードは著名なビジネスリーダーを数多く輩出していますよね。日本ではDeNAの南場智子取締役ファウンダーやサントリーの新浪剛史CEOなどが有名です。なぜ世界に名だたるリーダーがここから生まれるのでしょうか。 マーゴリス:私たちのミッションは「世界を変革するリーダーを育成すること」。世界はいつの時代も、「さあ、一緒に世界を変えよう」というリーダーを必要としているのです。そして学生は真剣に世界を変革するリーダーをめざしています。そのために必要な知識や能力を身につけてもらうのが私たち教員の役目です。ニティン・ノーリア学長は、公の場で話すときは、必ずミッションについて触れていますね。 佐藤:「世界を変える」というDNAが埋め込まれているのでしょうか? マーゴリス:DNAともいえるし、印影ともいえますね。ハーバードで、学生はファイナンス、マーケティング、リーダーシップなどの知識やスキルを習得するだけではなく、ハーバードの卒業生として世の中を見る視点を身につけるのです。それは、「世界にはこんな問題がある、自分は何ができるだろうか、周りの人とともにどのように解決したらいいだろうか」と常に考えること。この視点こそ、ハーバードが学生に刻む印影ともいえますね。 写真提供:ハーバードビジネススクール水田早枝子氏 ジョシュアの11か条
佐藤:先生は、2014年春の最終講義で「ジョシュアの11か条」を学生に伝えたそうですね。なぜ10ではなく、11なのでしょう? マーゴリス:映画「オーシャンズ11」シリーズにちなんだものです。映画の中でジョージ・クルーニーには11人の仲間がいるけれど(筆者注:「オーシャンズ12」続編)、私にも11人の仲間が欲しいなと、教授仲間と冗談で言っていたのがはじまりです。そこで、「ジョシュアズ11」と題して、学生に伝えたいことを11か条にまとめてみたのです。 佐藤:いくつか披露していただけますか? マーゴリス: 例えば、一部ですが、次のようなアドバイスですね。 【1】「君たちがお金をもらえるのは何かをはじめたからではない。何かをやり終えたからだ」 【2】「頭はタフに、心はソフトに」 【3】「リーダーは自分より他人のことを尊重せよ」 【4】「うさぎを追うことに夢中になるな」 【1】は、私の恩師、ベン・シャピロ教授から教えてもらったことですが、人々が価値を認めるのは、何かをやり終えたことであって、新しいことをはじめたことではないという意味です。「何かを達成するまで継続して行動しつづけなさい」という教訓ですね。 【2】もシャピロ教授から教えてもらった教訓です。「頭はタフに、心はソフトに」とは、リーダーは人々を思いやり、リスペクトをもって接するのも大切だが、同時に難しい現実に直面して苦しい決断をしなくてはならない、ということです。その決断を実行するときにはまた、人々のことを考慮しなくてはなりません。 【3】の「リーダーは自分より他人のことを尊重せよ」と言ったのは、他人よりも自分のことを優先する人が世の中には多々いるからです。これはアメリカでも、世界中の国々が抱える問題でもありますが、リーダーになりたいのであれば、自分よりも他人のことをまず思いやることが大前提です。ハーバードビジネススクールの卒業生には特に重要なことですね。 幸せでない状況から君たちはいつでも立ち去れる 佐藤:それなりの地位も権力もある人が、自分よりも他人のことを優先するというのは、難しくないでしょうか? マーゴリス:自分のことを思いやってはじめて他人を助けられるということもありますが、この場合は、自分の利益ではなく、他人の利益のために尽力しなさい、という意味です。 佐藤:「うさぎを追うことに夢中になるな」というのは、面白い比喩ですね。 マーゴリス: 次の成果、次の成果と追い求めていくのではなく、時には立ちどまって「なぜ自分はこの仕事をしているのか? 本当に自分がやりたいことをやっているだろうか? 本当になりたい自分をめざしているだろうか?」と自問することが大切だということです。 これらが11か条のうちの一部ですね。 佐藤:いつでも自分のやりたいことができるように、自分で「退職金」を貯めておくことも必要だとおっしゃったそうですね。 マーゴリス:はい。 それは、ジャック・ガバーロ名誉教授が言っていたことの引用ですね。「社会人として働き始めたら、モノを買うよりも貯金しておきなさい。今やっている仕事が自分の倫理や価値観とずれていると感じたときに、ある程度のお金があれば、その仕事からいつでも卒業することができる」という教訓です。 佐藤:それはとても実践的なアドバイスですね。 マーゴリス:ガバーロ教授は、「お金を貯めよ、そうすれば、自分の倫理に従って生きる自由をえられる」ともおっしゃっていました。自分の価値基準や原則や、インテグリティ(高潔さ)に妥協するぐらいなら、いつでも仕事から立ち去れるようにしておくべきだ、というメッセージですね。 佐藤:それはリスクヘッジをして生きることとは違うのですね。 マーゴリス:違います。「自分が幸せではない状況から、君たちはいつでも立ち去ることができるのだ」という前向きな意味です。 このコラムについて ハーバードのリーダーシップの授業
日本企業もグローバル企業も、採用基準の第一は「リーダーシップ力」だという。さて、改めてリーダーシップとは何だろう。世界最高峰の経営大学院「ハーバードビジネススクール」では、リーダーシップをどのように教えているのか。日本人留学生と教授への取材で明らかにしていく。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141117/273921/?ST=print |