01. 2014年11月25日 06:44:32
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「上野泰也のエコノミック・ソナー」 「物価2%」へのこだわりが生む「日銀バブル」の足音 2014年11月25日(火) 上野 泰也 黒田東彦総裁が率いる日銀は10月末、「黒田バズーカ2」とも呼ばれる追加緩和を打ち出して、世界を驚かせた。この政策が及ぼす弊害や副作用、長い目で見た場合のリスクの蓄積については、筆者以外にも多くの論者が指摘し、危惧するところとなっている。 原油価格の大幅下落や消費税率引き上げ後の国内需要不振などによって、物価の見通しに下振れ方向で狂いが生じる中、「物価安定の目標」である2%をできるだけ早く実現するために日銀は追加緩和に動いたのだ、という説明がなされている。そして、市場の一部では、日銀の追加緩和が物価を上昇させる力を過大評価しているのか、「この追加緩和によってインフレが2%率を超えて加速するだろう」という予想も聞かれる。だが、筆者としてはうなずけない。 追加緩和後に円安が大幅に進行しているが、輸出関連の製造業を中心に大企業の収益がかさ上げされる一方で、家計や中小企業には円安の行き過ぎは下押し要因なので、差し引きでは日本の景気にとってネガティブだろう。株価上昇や長期金利低下を経由した間接的な景気刺激効果にも自ずと限界がある。 物価上昇2%は極めて難しい また、円安で輸入品の価格が押し上げられる効果は、世界的な需給の緩みを背景に原油の価格が急落したことによる押し下げ方向の力によって打ち消される見通しである。日銀が目指している2%の物価上昇をワンタッチで実現することさえ、追加緩和が実行に移された後も、極めて難しいままだろう。 リスクとしてむしろ意識すべきは、「カネ余り」を背景とする、ファンダメンタルズで正当化される範囲を超えた株式など資産価格のグローバルな上昇に、今回の日銀の動きが拍車をかけてしまうのではないかという点である。 10月31日の欧州と米国の市場では、この日決まった日銀の追加緩和と日本の公的年金の基本ポートフォリオ見直しが買い材料になり、株価が大きく上昇。為替市場では円安ドル高が一段と進んだ。2%の物価目標を達成するためなら「何でもやる」と総裁が明言している日銀の強い姿勢は、キーパーソンの交代が起こるまで「量的・質的金融緩和」がこのまま長期化し、しかも断続的に追加緩和が行われる可能性を、かなり大きなものにしている。 主要先進国の中では景気が最もしっかりしている部類に属しており、2015年中の利上げが視野に入りつつある米国でも、FRB(連邦準備理事会)が目指すインフレ率の目標(ゴール)であるであるPCE(個人消費支出)デフレーター総合の2%から、足元の実績値は数年にわたって下振れている<図>。 ■図:米国や欧州のインフレ指標は伸びが鈍い (出所)総務省、米商務省、ユーロスタット また、ユーロ圏では、ECB(欧州中央銀行)が物価安定の定義としている「2%より低いが2%に近い」という水準(具体的には+1.7〜+1.9%を指しているとみられる)よりもHICP(統合ベース消費者物価指数)の前年同月比は大幅に低くなっており、最近ではデフレ(持続的な物価下落)のリスクさえ意識されている。 このほか、米国と並んで景気回復の基調が強い英国でも、CPI(消費者物価指数)が9月分で前年同月比+1.2%まで鈍化し、10月は同+1.3%にとどまるなど、インフレ目標である2%よりも低い水準に沈んでおり、市場が見込むイングランド銀行(BOE)の利上げ開始時期は15年の終わり近くまで後ずれした。 BOEは11月12日に公表した四半期インフレ報告で、CPIがこの先、一時的には1%を下回って推移するだろうという見通しを示した。市場では数カ月前まで、15年5月に予定される総選挙より前に英国の利上げ開始は十分あり得るという見方が支配的で、一部には14年中の利上げを予想する向きもあった。状況はまさに様変わりである。 筆者の見るところ、先進国のインフレ率の水準が以前よりも低くなる方向で、グローバルな構造変化が起こっている。 米英とも利上げの開始時期は後ずれしやすい その主因は、@グローバリゼーションが一層進展し、アウトソーシングが活発になる中での賃金増加率が抑制される傾向の強まり(米国の企業がインドにコールセンターを設けており、米国内からの電話をつないでいる事例は有名である)、A米国で「シェール革命」が発生して原油・天然ガスの供給が大幅増加する中での、それら天然資源の価格水準切り下がり(むろん新興国経済の減速による需要の伸び悩みも寄与)、以上2つである。@はサービスの、Aは財の価格を上がりにくくする構造変化である。 こうした状況になると、英国でも米国でも利上げの開始時期は後ずれしやすく、その後の利上げペースも緩慢なものになりやすい。 米国では、ハト派(物価上昇リスクに比較的寛容で金融緩和を主張しやすいグループ)の代表格として知られているコチャラコタ・ミネアポリス地区連邦準備銀行総裁が、日銀が追加緩和に動いたのと同じ10月31日に以下のように指摘した。 「中央銀行のインフレ目標への信認を当然のことと考えてはいけない」「市場に基づいた長期インフレ期待の指標はこのところ異例に低い水準に低下している」「この低下は、そうした下振れリスクの高まりを反映していると考えられる」。 金融当局はインフレ率を目標の2%に向けて押し上げるために断固とした措置を講じていないことから信認を損なう恐れがある、との認識を示した。黒田日銀総裁の「何でもやる」という姿勢を想起させる発言である。 イエレンFRB議長はさすがにここまでのハト派姿勢はとっていないものの、リスクマネジメントの観点などから、早い段階での利上げには慎重姿勢である。しかも、量的緩和からの「出口」、すなわち再投資政策(保有する債券の満期が到来した場合、戻ってきたお金で債券をまた買う政策)の打ち切りや保有する債券の市場への売却は、利上げ開始よりも後になることが決まっている。 10月下旬の連邦公開市場委員会(FOMC)における量的緩和を停止する決定を、日本のメディアは足並みを揃えて「量的緩和終了」と形容して報じていた。だが、これは厳密には正しくない。米国では(そして英国でも)中央銀行のバランスシートは縮小に転じておらず、市場の流動性は潤沢なままであることを確認しておきたい。 さらに、ユーロ圏では欧州中央銀行(ECB)が、前年同月比+0%台前半のHICPに(筆者から見れば過剰に)神経質になっており、断続的に追加緩和を実施。自らのバランスシートの規模拡大を目指す方針へと切り替えたことが明らかになっている。 現時点で断定するのは時期尚早だが、上記の2つの構造変化ゆえに、米欧の2%あるいはその近辺に設定されているインフレ目標や物価安定の定義はもはや時代遅れであり、安定的に実現するのが難しくなっているように思われる。 債券でもバブルが発生しやすい状況に そうした、もはや妥当ではないかもしれない欧米の「2%こだわりクラブ」に、人口減・少子高齢化が着実に進んでおり、国民の物価観も欧米よりは低い水準であるはずの日本が、「物価安定の目標」を2%に設定して13年に新規加入した。そして、先輩メンバーをしのぐ規模で金融緩和を強力に推進しているのである。「おいおい大丈夫か」といった声が聞こえてきそうな話である。 金融市場におけるバブルは、株式や不動産関連だけでなく、債券でも発生しやすくなっている。最近では、国境を超えて投資マネーが少しでも高い利回りを求める「グローバルなイールドハント」が観察される。 ドイツの国債利回りが夏場に急低下すると、米国でも国債利回りが急低下した。ECBのマイナス金利導入とドイツなどの短期債利回りのマイナス化で、小幅ながらプラスの金利がその時はついていた日本の国庫短期証券(TDB)に欧州のマネーが大量に流入して需給がひっ迫し、TDBの利回りもマイナスになった。 バズーカで経済を理想通りに動かすことはできない だが、ファンダメンタルズで正当化できる水準を超えての資産価格上昇は、それが進めば進むほど「バブル」の色彩を濃くしていく。そして「バブル」はいずれかの時点で何らかのきっかけで行き詰まって崩壊するというのが、歴史の教えるところだ。 日銀による追加緩和のサプライズで高揚することなく、ファンダメンタルズとの見合いで行き過ぎた水準への資産価格上昇には、いわばシートベルトをしっかり締めて、冷静に警戒的に対応したいものである。黒田総裁が「バズーカ2」を撃ち込んだからといって、日本経済や世界経済が急に理想的な状態に変わるわけではないことは自明だろう。 このコラムについて 上野泰也のエコノミック・ソナー 景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141121/274128/?ST=print
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