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河野龍太郎 BNPパリバ証券 経済調査本部長
[東京 20日] - 従来から筆者は、日本経済の中長期シナリオとして、次の4つを掲げてきた。1)デフレ回帰、2)4―5%の比較的モデレートなインフレ下での金融抑圧、3)10%程度の高インフレ下での金融抑圧、4)安倍政権が目標とする「2%潜在成長率・2%インフレ」の定着である。
高水準の公的債務を抱える中で、財政・金融政策によってデフレ脱却を目指せば、インフレ醸成後に財政従属に陥り、金融抑圧が不可避となる。つまり、インフレ率が上昇しても、財政への配慮から長期金利上昇を避けるために、ゼロ金利政策や長期国債の大量購入を止められず、結局、インフレ・タックスによって公的債務の圧縮を図ることになるというのが、アベノミクスがスタートした段階からの筆者の想定であった。
基本シナリオは2番目だが、1番目のデフレ回帰シナリオ以外はいずれもインフレ醸成後、金融抑圧が採用され、ゼロ金利政策や長期国債大量購入政策が継続される。4番目のハッピーエンドシナリオでも、内閣府が認めている通り、公的債務の対国内総生産(GDP)比の低下を可能とする基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字を確保することはできない。この場合でも財政調整を進めなければ、金融抑圧の採用が不可避となる。
また、デフレ回帰シナリオについても、デフレ下で公的債務がさらに積み上がり、財政調整も選択されないとすれば、最終的にはインフレ・タックスが不可避となる。デフォルトを避けようとすれば、理論的にも歴史的にも、公的債務の圧縮は財政調整かマネタイゼーションによるインフレ・タックスの二つの選択肢しかないのである。
従来、2番目の基本シナリオでは、アグレッシブな財政・金融政策の継続から完全雇用が定着し、2015年後半から賃金上昇を伴ったインフレ率の加速がスタート。長期金利急騰を避けるべく、日銀が本格的な金融抑圧を開始すると予想していた。国債価格支持政策による長期国債の無制限購入である。
しかし、長期金利が急騰する前に、日銀は10月31日の追加緩和によって、市中発行額の9割に達する長期国債の購入を開始した。これをもって、本格的な金融抑圧が始まったと解釈すべきだろう。
それゆえ、冒頭で述べた4シナリオの生起確率については、従来予想から以下のように修正した。まずデフレ回帰シナリオについては、35%から20%に引き下げ、代わりに2番目のマイルドインフレと3番目の高インフレのシナリオについて、それぞれ40%から50%へ、20%から25%へ引き上げた。安倍政権が望む「ハッピーエンド」である4番目のシナリオは、5%のまま据え置いた。
ポイントは、早期に金融抑圧が本格化したことから、想定以上に長期金利の上昇が抑え込まれ、実質金利のマイナス幅拡大によって、円安が一段と加速する可能性が高まったことである。詳しくは後述するが、来年後半には1ドル=130円に達する可能性もある。
また、長期金利が抑制されることは、これまで以上に財政膨張への歯止めが利かなくなることを意味する。消費再増税先送りもその現れだ。以下、日銀追加緩和と増税先送り解散後の景気シナリオを点検する。
<GPIFと日銀の協調PKO>
まず、生起確率変更のきっかけとなった10月31日の日銀追加緩和について論じておく。読者の中には、ゼロ金利制約に直面しているのだから、いまさら日銀がバランスシートを拡大させても、インフレ醸成にはつながらないと考える人も少なくないだろう。
しかし、確実に効果を持つ経路がある。マネタイゼーション政策だ。中央銀行ファイナンスによる追加財政を追求すれば、需給ギャップは改善し、インフレ醸成も可能となる。2013年度に日本経済が2.2%の高い成長を遂げたのも、そして消費税や円安の影響を除いてもインフレ率が1%程度まで上昇したのも、まさにヘリコプター・ドロップの効果だった。金融政策単独ではなく、マネタイゼーションというパッケージで政策を捉える必要があり、それが昨年取られた「アベノミクス・ラウンド1」の本質でもあった。
もちろん、この政策の主役は財政政策であって、金融政策は脇役である。マネタイゼーションにおける金融政策の効果は、政府支出の拡大がもたらす金利上昇圧力の吸収に他ならない。10月31日の追加緩和も、やはりヘリコプター・ドロップというパッケージで捉える必要がある(アベノミクス・ラウンド2)。
まず、今回の政策は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるリスク資産購入を中央銀行がファイナンスすることと事実上、同じ効果を持つ。GPIFが保有する長期国債を売却し、その資金で株や外債、外株などのリスク資産の購入を増やす一方で、日銀がほぼ同額の長期国債を市場から購入し、金利上昇圧力を吸収する。一種の価格維持政策(PKO)だが、世界最大の公的年金を動員するのだから、マグニチュードが違う。アロケーション変更によるGPIFの海外債券・海外株式の購入額も20兆円近く増額され、規模は為替介入に匹敵する。
早晩、2014年度補正予算が編成されるが、結果的にそのファイナンスも今回の日銀の措置によって行われる。追加財政なしでは、15年度に日本版「財政の崖」が生じるため、その痛みの回避を目的に、消費増税が先送りされても補正予算が編成されるのである。さらに、増税先送りにもかかわらず、増税を財源に予定していた新規の社会保障関連支出の大半が実行される見込みだが、これらも既存の社会保障関連支出と共に、日銀が国債購入でファイナンスすることになる。
このように中央銀行ファイナンスによる政府支出が継続されることによって、すでにゼロ近傍まで低下した潜在成長率を多少は上回る成長が続き、失業率は低下する。すでに失業率は完全雇用の領域まで低下しているが、それが定着すれば賃金上昇が始まりインフレ期待は確実に高まっていく。原油価格の低下で、当初想定よりインフレ率の上昇は遅れているが、底流では労働需給の逼迫を背景に、インフレ率のトレンドを左右する単位労働コストが徐々に上昇し始めている。
デフレ脱却にマネタイゼーション政策が有効であるなら、なぜ、安倍政権以前は採用しなかったのか。それは、強い常習性を持ち、必要な時に止められないから、財政当局や金融当局が発動を躊躇(ちゅうちょ)してきたためである。仮に初期の目的を達し、総需要刺激策を手仕舞いしようとしても、麻薬中毒患者が感じるが如く強い痛みが経済に走る。しかし、マネタイゼーションを継続すれば、中央銀行が金利上昇圧力を吸収してくれるため、継続コストは全く感じられない。むしろ、つかの間のユーフォリアを感じることができる。
政策効果は徐々に小さくなっていくため、発動の頻度も高まっていく。これが、一度始めたマネタイゼーションを手仕舞することが困難な政治的理由であり、だからこそ「マネタイゼーションの誘惑」を遮断するために、先人は独立した中央銀行制度を確立したのである。中毒症、依存症はますます強まり、止めどない公的債務の膨張が続いていく。
公的債務が膨らむと、マネタイゼーションから抜け出すのはますます難しくなる。長期金利が上昇すると、利払い費が膨張し、財政危機や金融危機をもたらすためである。結局、国債購入政策やゼロ金利政策の停止どころか、テーパリング(緩和縮小)も開始できない可能性がある。
もちろん、最終的な帰結が本当にマネタイゼーションであるかどうかは、物価安定の観点から利上げが必要になった際に、日銀が財政への配慮によって、ゼロ金利政策や長期国債購入政策の解除に踏み切れないことを確認する必要がある。しかし、十分な財源もなく法人税減税が検討され、経済危機でもないのに、すでに法制化された消費増税が先送りされたのは、マネタイゼーション中毒が社会に広がっていることの証左ではないだろうか。
<金融抑圧が生む円安とインフレの悪循環>
さて、今回の景気シナリオ見直しでは、前述の通り、2番目の「4―5%のマイルドインフレ下での金融抑圧」と3番目の「10%程度の高インフレ下での金融抑圧」の生起確率をそれぞれ50%と25%に引き上げた。両シナリオに共通するのは、程度の差はあれ、スタグフレーションであるということだ。現実に、名目賃金は上昇しているが、インフレ上昇に追い付かず、実質賃金は減少している。
もちろん、2番目のシナリオのように、最終的に4―5%の物価上昇でとどまるのなら、資源配分の歪みも限られ、やむなしと言うべきかもしれない。財政調整が選択されないのだから、インフレ・タックスは必然である。ただ、3番目のシナリオにおいては、二桁インフレとなり、資源配分や所得分配は大きく歪み、経済は大きく混乱する。
両者の分かれ目となるのは、円安の進展度合いである。マイナスの実質金利に直面した預金者が大量に資金シフトを始めれば、円安が加速し、3番目のシナリオに近づく。過去20年も日本は名目ゼロ金利による緩やかな金融抑圧を経験してきたが、それでも実質金利は常にプラスであった。しかし、現在我々が経験しているのは、明らかなマイナスの実質金利であり、それは今後も継続し、マイナス幅は拡大していく。
従来は、2014年末に1ドル=115円、15年末に125円まで円安が進むと考えていたが、今回の追加緩和をきっかけに、15年後半には130円を目指すのではないか。16年には円安がさらに進む。来年後半以降は、もはや誰もが望まないような水準まで円安が進む可能性がある。
3番目のシナリオでは、150円を超えるような劇的な円安によって、二桁インフレが進むことを想定しているが、円安が当初の想定よりも進むと考えているため、今回、生起確率を引き上げた。インフレ加速が始まっても、財政危機を回避するため、長期金利の上昇を抑え続けると、実質金利のマイナス幅が拡大し、円安がさらに加速、インフレが高進するスパイラルに陥る。そうした状況を回避するため、日銀は長期国債の大量購入を継続したまま、オーバーナイト金利を引き上げるオペレーション・ツイストを余儀なくされる可能性がある。
その場合、日銀当座預金に対する民間金融機関への付利の支払いが嵩(かさ)み、損失拡大によって、債務超過に陥る可能性が高い。理論上は中央銀行が債務超過に陥っても、流動性供給などに支障はないのだが、3番目のシナリオでは、国債や国債を裏付けとする日銀券に対する疑念が生じているからこそ、劇的な円安が進むのである。だとすると、日銀が債務超過になること自体が、さらなる円安圧力につながるのではないか、心配である。
今のところ、筆者が3番目を基本シナリオとしていないのは、ほとんどの先進国の潜在成長率が下方屈折し、自然利子率が低下しているためである。最も堅調な米国ですら、政策金利や市場金利が大きく上昇することは想定されない。不幸中の幸いだが、先進各国とも低金利が継続するため、日本の預金者がマイナスの実質金利に直面しても、海外に資金の逃げ場はなく、当面は劇的な円安が避けられる。
とはいえ、2番目のシナリオに踏みとどまるには、極端なマネタイゼーションを阻止する仕組みが不可欠となる。歳出削減や増税などの財政調整が先送りされ続ければ、いずれはインフレと円安のスパイラルに陥る。
しかし、日銀の量的質的緩和によって財政規律はすっかり弛緩した。2020年の東京オリンピックを控え、今後も財政需要は底なしであり、政治的な財政膨張圧力に歯止めをかけることができるだろうか。財政膨張が止まらない一方、金融抑圧によって長期金利の上昇が抑えられ、実質金利のマイナス幅が拡大、円安が加速、気が付けば2番目のシナリオから3番目のシナリオへ移行していた、ということも十分にあり得る。
なお、デフレ回帰シナリオの生起確率を現在も20%と比較的高めに想定しているが、それは国内要因ではなく、主に海外からのショックを念頭に置いているためである。例えば、日本経済の完全雇用が定着する前に、中国経済がハードランディングするケースが考えられる。その場合、デフレに舞い戻る可能性が高まる。
また、潜在成長率の低下に直面する米国が、数度の利上げに耐え切れず、不況入りするケースもあるかもしれない。米金融緩和が再開すれば、量的緩和第4弾(QE4)の導入になると思われるが、それが急激な円高をもたらし、デフレが再燃する可能性がある。
*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPKCN0J40F020141120?sp=true
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