03. 2014年11月06日 07:46:23
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消費増税のリスクは対処不能 村上尚己・アライアンス・バーンスタイン・マーケット・ストラテジストに聞く 2014年11月6日(木) 渡辺 康仁 安倍政権が来年10月からの消費増税を判断する時期が近づきつつある。増税見送りのリスクが叫ばれる中、村上尚己・アライアンス・バーンスタイン・マーケット・ストラテジストは、むしろ増税に伴うリスクは対処不能になりかねないと警鐘を鳴らす。 (聞き手は渡辺康仁) 日銀が10月31日に量的・質的金融緩和の拡大を決めました。「サプライズ緩和」というのが大方の見方です。 村上 尚己(むらかみ・なおき)氏 アライアンス・バーンスタイン・マーケット・ストラテジスト(兼エコノミスト)。1971年宮城県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業、第一生命保険に入社。日本経済研究センターへの出向を経て第一生命経済研究所へ。BNPパリバ証券、ゴールドマン・サックス証券、マネックス証券を経て2014年5月から現職。(写真:清水盟貴、以下同) 村上:確かに追加金融緩和は予想外でした。ただ、冷静に見れば、GDP(国内総生産)やCPI(消費者物価指数)の見通しを下方修正するとともに、追加緩和に踏み切るのは妥当な判断です。消費増税のショックで景気回復が止まり、物価の下方リスクを日銀が認識したことが背景にあります。2%の物価安定目標の実現のために必要な措置と評価できます。
対照的に米連邦準備理事会(FRB)は量的緩和第3弾(QE3)の終了を10月29日に決めました。米国経済の回復は本物でしょうか。 村上:米国は1〜3月期に寒波の影響もあってマイナス成長に陥りましたが、それ以降は順調に回復しています。7〜9月期の実質GDPは前期比年率で3.5%増加し、市場の事前予想を上回りました。私は米国の強さは失われていないと見ていましたが、その見方は当たっていました。 IMF(国際通貨基金)が世界経済見通しを下方修正したり、エボラ出血熱への警戒感が高まったりして10月は世界的に市場が不安定になりました。しかし、その中にあっても米国のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は基本的に変わっていません。やはり一番重要なのは最終需要地である米国の動向です。 日銀とFRBの決定によって、日米の金融政策の方向性の違いがより明確になりました。円ドル相場は1ドル=110円台の「円安水準」がしばらく定着すると見ています。 ただ、欧州経済の減速は明らかです。世界経済の懸念は拭えないのではないでしょうか。 村上:欧州経済を牽引してきたドイツは、ロシア向けの経済活動が停滞している影響が顕在化しています。生産や景況感がこのところ目に見えて悪化しています。さらに、ECB(欧州中央銀行)が公表した資産査定(ストレステスト)で、イタリアなど南欧の銀行の弱さが改めてクローズアップされました。ユーロ危機後も内需の低迷から抜け出せない国があり、輸出主導のドイツ経済が影響を受けている面もあります。 しかし、我々は欧州についてそれほど悲観的に見ているわけではありません。頼みの綱はECBです。我々はECBが来年初めにユーロ圏の国債を買い入れる追加緩和に踏み込むと予想しています。イタリアやスペインなどでも金利の低下が進み、その効果で来年の欧州景気は落ち着くのではないかと見ています。世界経済の足を引っ張るほどにはならないというのが我々の見立てです。 景気悪化の原因は実質賃金の低下に尽きる FRBは来年半ばにも利上げすると見られています。お金の流れが大きく変わるリスクはありませんか。 村上:これには様々な議論があります。一つ重要なのは、FRBが利上げをしてもバランスシートの規模は保つという言い方をしている点です。市場に供給した流動性を維持する限り、量的緩和の早期終了の可能性に言及した「バーナンキショック」のような事態は起きないのではないでしょうか。 昨年のバーナンキショックで揺さぶられたのは、インフレ率の高い新興国です。通貨安がインフレを加速させる悪循環に陥りそうな国が狙い撃ちされたのです。この1年の変化は、新興国も含めてディスインフレ的な傾向が表れていることです。いまだにインフレに苦しんでいるのは南アフリカやブラジルなどわずかです。日本も欧州も金融緩和を続けますから、FRB発でお金の流れが変わるリスクは限定的でしょう。 日本の実体経済ついて改めてうかがいます。国内景気の足取りは思わしくありませんが、消費増税の反動減で説明できるレベルなのでしょうか。 村上:4月の消費増税で実質賃金が大きく下がり、個人消費が伸びなくなった。足元の状況はそれに尽きるのではないでしょうか。 アベノミクスが始まって、まず伸びたのは個人消費です。これをきっかけに設備投資が増え、円安で輸出も伸びるから消費増税をしても大丈夫だと言われていました。私もこのストーリーに期待しましたが、牽引役だった消費が所得面から押し下げられれば難しくなるのは仕方のないことです。 日銀は2014年度の成長率見通しを実質1.0%から0.5%に引き下げました。民間調査機関ではほぼゼロ成長と見ているところもあるほどです。テクニカルに言えば、景気は今年1月をピークに後退している可能性もあります。それをカバーできるのは金融緩和の累積効果です。つまり円安や株高です。 円安効果に対して懐疑的な見方も聞かれます。 村上:円安になっても輸出が伸びていないという議論ですね。一つの理由は、中国など新興国経済の減速が続いているためです。もう一つ挙げられるのは、輸出企業は円安になっても外貨建ての価格を引き下げていないことです。市場シェアよりも採算を重視する姿勢の表れだと思います。つまり、ドルベースで価格をほとんど下げていないので数量押し上げ効果はわずかですが、円安になった分だけ企業の利益は増えます。輸出が伸びないから円安の効果がないという議論はおかしい。逆に円安にしていなかったら輸出は減少してもおかしくなかった。 これはポジショントークではなく、普通に考えてマクロ的にも円安の方が景気には好影響を与えます。円安の悪い面だけを取り上げて金融緩和だけでは駄目だという主張もありますが、それは偏った見方だと思います。 金融緩和の景気刺激効果は明確 円安になってもトリクルダウン(浸透)が起きないという見方もあります。
村上:それも明らかにおかしい議論です。円安効果が経済全体に波及するのに時間がかかるのは事実でしょうが、雇用者が増えて名目賃金が上がり始めています。2006〜07年に賃金が上がりませんでしたが、今は賃金が上がり始めており、金融緩和の景気刺激効果は明確です。 トヨタ自動車が下請け各社に値下げを求めないと報道されていますよね。これは、ある種のトリクルダウンが起き始めている証拠です。円安が企業収益を押し上げており、賃上げなどの原資を企業が得ている状況です。この流れを邪魔する政策を安倍政権が取らなければいいだけのことです。 邪魔するかもしれないというのは来年10月に予定されている10%への消費増税ですね。危ういと見ていますか。 村上:今年4月以降と同じことが起こるのでしょう。私の解釈では、さらなる消費増税はアベノミクスに対するリスクを高めることにつながります。 日本の景気が悪くなっているのはどの投資家から見ても明らかです。今年度に続いて来年度も成長率がゼロ%近くになりかねない政策をやるのかどうかということです。景気が悪くなれば株価も上がらなくなる。海外投資家は「日本株は売りだ」と考えてもおかしくないと思いますよ。 消費増税をすべきだという論者は、増税するリスクは対処可能だけど、増税しないリスクは対処不能だと言います。 村上:それは逆ですよ。1997年の消費増税後にデフレになって税収も上がらなくなった。またデフレに逆戻りしたら、いくら増税しても財政赤字は増えるばかりです。デフレにしたら何をやっても駄目なのです。そういう意味で対処不能になります。 増税しないと長期金利が跳ね上がるという議論もありますね。しかし、私が知る限り、そんな議論をしている投資家は国内外で見たことがありません。今起こっていることをロジカルに見ると、日銀が金融緩和をして国債を買えば金利は上昇しません。そして、安定的なインフレを実現して名目GDPを増やせば、税収は自然に増えるのです。 日本の重税感は高まっている 消費増税は延期すべきと考えますか、それとも凍結ですか。 村上:凍結でいいと思っています。ただ、政治的に凍結には高いハードルがあることも理解しています。1年半あるいは2年の延期がせいぜいだと思います。 仮に延期とした場合、例えば1年半後に景気が今より良くなっている保証はありません。 村上:その場合は、また増税を先送りすればいいのです。今年の税収はマクロベースで見るとバブル期を超えています。消費税を8%に上げるという大型増税と2013年の景気回復で、2014年に税収は既にバブルのピークを越えていると試算されます。これに対し、名目GDPは1990年代のピーク時から20兆円以上低い水準にあります。 これが意味するのは日本の重税感が高まっているということです。経済が正常化していないのに、増税を先行するのは順番がおかしい。財政収支や公的債務は日本人の経済的な厚生を高める手段に過ぎないわけで、改善させること自体を目的化すべきではありません。財政政策は依然として経済活動を正常化して日本人の生活を豊かにすることを優先すべき局面です。増税せずに、税収を底上げすることはまだ十分可能です。 安倍首相の決断で増税先送りが実現すれば、アベノミクスが成功する確率は高まると考えています。脱デフレが成功することで、それで初めて構造改革も一段と加速するでしょう。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141104/273379/?ST=print |