03. 2014年11月04日 07:30:39
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「社会を映し出すコトバたち」 フードな社会問題 食は社会問題を分析する切り口 2014年11月4日(火) もり ひろし 筆者がここ最近で気になった書籍タイトルの1つに「フード左翼とフード右翼」(速水健朗著/朝日新聞出版/2014年2月)があります。筆者は本書をまだすべて読み終えていないので、内容の詳細については承知していません。ただ序章などを読んだ限り、副題である「食で分断される日本人」という分析が、本書の最大の主張であるように思いました。 食による分断とは、つまりはこういうことです。今の日本社会には、食の好みを軸に二極化したマーケットが存在するといいます。すなわち「自然志向、健康志向の『地産地消』『スローフード』的な方向と、『メガマック』『メガ牛丼』といった『下流』に向かう方向との二極分化だ」(同書より引用)というのです。これを同書では「フード左翼」と「フード右翼」と呼んでいました。 そしてこの分類が、実は政治意識の違いにも結びついているのではと、論考を進めていきます(注:ただし著者の清水氏は、従来的な左翼・右翼の実態とは結びつかない要素もあるとしている)。 この論考の妥当性については、筆者の分析・見解を述べないことにします(なにしろまだ同書を全部読んでいません)。ただ1つ興味深く思ったのは「フード◯◯と名づけた概念で、社会の政治意識を分析する」という同書の手法でした。この方法が成立するのだとしたら、広く社会問題を分析するのにも「食」という切り口が使えるかもしれません。 そこで今回の「社会を映し出すコトバたち」は「フードな社会問題」と題して、社会問題に関係のあるフードワードの数々を紹介することにしましょう。なお本稿では、フード◯◯、◯◯フードという語形の言葉を便宜的にフードワードと呼ぶことにします。紹介する数々のフードワードを通じて「食に関係する社会問題」をじっくり探ってみましょう。 情報消費のフードワード 食と流行は密接な関係にあります。本コラムでも「ポスト・パンケーキの大辞典」のように「最近、こんな食べ物が流行っている」という話題をよく取り上げています。 そんな食の流行を表すキーワードに「ファッションフード」があります。現代用語の基礎知識(自由国民社)では(筆者が調べた範囲で)1991年版の掲載が最古でした。近年では食文化史研究家の畑中三応子(はたなかみおこ)氏が著書のタイトルに用いた事例が有名です。「ファッションフード、あります。〜はやりの食べ物クロニクル〜」(紀伊國屋書店/2013年3月)のことです。 同書は「1970年代以降、食が『情報消費』としての姿も持ち始めた」と分析しています。例えば1970年代に大流行した紅茶キノコ。70年代中盤以降に最先端の食事スタイルとして受け入れられたファストフード。バブル期に大流行したティラミス。バブル崩壊後に人気が急上昇したモツ鍋。2000年代に流行したメガフード(メガマックなどの料理)。これらのいずれも「面白そうだから食べる」「話題になっているから食べる」という情報消費型の流行でした。言い換えれば「ファッション」だったわけです。 さて流行現象と言えば、昨今のネットでは「写真」が流行の発火点になることが多いようです(参考「写真と動画が流行をつくる時代(前編)」)。 そんなネットで流通する写真からも、ファッションフードは誕生しています。例えば本コラムのバックナンバーで、多様なデコレーションを施した料理の流行を紹介しました(参考「キャラ弁から大根おろしアートへの道」)。具体的にはブログの普及に伴い一般化した「キャラ弁」や、昨年ごろから各種ソーシャルメディアで話題になっている「大根おろしアート」などが流行しています。これらは、ネットで誕生した新手のファッションフードと言えます。 いっぽう最近では「フードポルノ」(food porn)という言葉も見聞きするようになりました。これは美味しそうな食べ物を、魅力的に撮影した写真のこと。いわゆるポルノ(ポルノグラフィー)が見る人の性欲を刺激する作品であるように、フードポルノは見る人の食欲を刺激するわけです。元々は英語圏で登場した言葉です。 そしてソーシャルメディアの世界では「レストランなどで供された料理を撮った写真」もよく見かけます。このようにして公開される写真もフードポルノととらえる場合があります。というかむしろ日本では、フードポルノの意味が「ネットで公開される料理写真」という風に定着しつつあるようです。ともあれ、フードポルノもファッションフードの1つでしょう。 さて情報の消費という意味では「◯◯を食べると健康に良い」とか、その逆に「△△を食べると身体に悪い」という情報を、よく見聞きします。 ただ、このような情報は、食べ物の特性のごく一部を針小棒大に語っている可能性があります。それどころか、科学的根拠のない情報が紛れ込むことすらあります。例えば2004年ごろに流行した「にがり(※)ダイエット」の場合、ダイエット効果の科学的根拠がないうえ、過剰摂取による健康被害も起きてしまいました(※注:にがりとは海水から塩分を抜いた後の溶液。主成分は塩化マグネシウム。豆腐を固めるのに用いる。なお塩化マグネシウムには下剤効果がある)。 食に関するこの種の思い込みのことを「フードファディズム」(food faddism)と呼ぶことがあります。fadは英語で一時的ブームの意味。日本では栄養学者の高橋久仁子氏が紹介したことで有名になった概念です。フードファディズムの影響下で喧伝される食べ物もまた、ファッションフードの1つと考えてよいでしょう。 実は本稿の執筆にあたって収集したフードワードの中に、フードファディズムの影響下にあると思われる言葉が幾つか存在しました。本来ならば具体的に言葉を列挙したいところですが、今回は避けることにしましょう。科学的根拠の検証が、筆者個人の手には余るためです。ただ「ハリウッドセレブが“健康のために”◯◯フードの摂取を実践している」などの情報を聞いた場合、筆者はそれを眉唾モノと判断するようにしています。 ともあれ「食と流行」あるいは「食と情報消費」は、それぞれ深い関係にあるようです。例えば時代ごとにファッションフードが存在してきたこと。ネットを中心にフードポルノの発信が盛んになっていること。そして流行の負の側面としてフードファディズムという問題が起こっていることが分かりました。私達は食の情報消費を楽しむ時代に生きています。そして、そのいっぽうで、食の情報に振り回される時代を生きているわけでもあります。 社会的弱者のフードワード 社会的弱者の問題は、食の問題として表出することが少なくありません。例えば発展途上国などで暮らす貧困層は、常に飢餓の問題と直面しています。 フードワードの中にも「社会的弱者の問題」を表す言葉や「その問題を解決するための取り組み」を表す言葉があります。 社会的弱者の問題の代表例は「フードデザート(食の砂漠)」です。ここで言うデザートとは、食事の後に食べるデザート(dessert)のことでなく、砂漠を意味するデザート(desert)です。都市に住む貧困層の「健康」問題を指す言葉です。 問題のあらましはこんな具合です。まず都市では、ビジネス機能の集積に伴い人口減少と地価高騰が進行します。このため生鮮食料品や日用品を販売する小規模な小売店が減少してしまうのです。いっぽう中心市街地に引き続き住む低所得層は、引越しができないだけでなく、郊外にある大型小売店に行くための交通手段も持たないため、生鮮食料品を確保しにくくなります。その結果、低所得層がジャンクフードなどに頼りきりになり、健康被害が生じてしまうのです。近年、欧米諸国で指摘されるようになった現象です。 フードデザートとよく似た社会問題は日本でも起こっています。日本の場合、郊外で加速する大型小売店の出店が問題の引き金となりました。この結果、中心市街地や住宅地などから小規模な小売店が撤退。中心市街地や住宅地に居住する交通弱者(自動車などの自由度の高い交通手段を持たない高齢者など)が、生鮮食料品を確保しにくくなっています。この問題を日本では「買い物難民」と呼んでいます。 話は変わって、社会的弱者が抱える食料問題の「解決手段」を表すフードワードも存在するので紹介しましょう。 例えば「フードバンク」(food bank)と呼ばれる取り組みがあります。食料メーカーなどから「包装に傷があるけれども中身には問題がないような食品」の提供を受け、その食品を生活困窮者に配給する取り組みを指します。1960年代の米国で始まった取り組みで、現在では日本を含む世界各国に実施事例が広がっています。 フードバンクはNPO(非営利組織)などが組織的に実施する取り組みですが、似たような取り組みを地域のボランティアとして行う場合もあります。例えば家庭で余った食品(ギフトとしてもらったが未開封のままである食品など)を職場や学校に集約して、これをフードバンクなどの支援組織に寄付するのです。この活動を「フードドライブ」(food drive)といいます。なおこの場合のドライブは「活動」を意味します。このボランティア手法も米国で誕生しました。 このように社会的弱者が抱える食料問題や、食料問題の解決方法にも、幾つかのフードワードが存在します。これらのいずれも「先進国社会が抱える食料不足問題」であるところが、非常に興味深く思えます。 安心・安全のフードワード 食料安全保障(食「糧」安全保障とも)という言葉があります。いわゆる安全保障とは「外国からの侵略に対して国家の安全を保障すること」(大辞林/三省堂)という意味。いっぽう食料安全保障は「国民に必要な食料の安定供給を確保し、その生命と健康を守ること」(同)という意味になります。言い換えると「国民が食に関して『安心』して生活できるようにすること」と、なるでしょうか。 この概念をカタカナ語で表現すると「フードセキュリティー」(food security)となります。ちなみに軍事的な意味での安全保障の方は、ナショナルセキュリティー(national security)です。 さて単に食料安全保障と言っても、その中に含まれる課題には幾つかの種類があります。例えば食料の「安定供給」はその1つ。日本の場合は食料自給率がカロリーベースで約40%にとどまるため、自給率の向上や食料輸入の安定が大きな課題となるわけです。 生活困難者に対する食糧支援も大きな課題の1つです。前節で紹介したフードデザート、フードバンク、フードドライブといった言葉も、大きな枠組では食料安全保障の一環にある言葉と言えそうです。 そしてもう1つ、食料安全保障の重要な課題に「食の安全」という問題があります。とりわけ近年では、食品の製造過程で「人為的」に有害物質を混入させるような事件が問題になっています。毒入り餃子事件のことを覚えている方も多いことでしょう。 そんな人為的な有害物質の混入を防ぐための取り組みを「フードディフェンス」(food defense)と呼びます。食品防御と表現する場合もあります。サプライチェーン(原料調達から販売に至るまで)のすべての段階において、有害物質が混入しないよう対策を施すことを指します。例えば製造工場における入室管理を徹底する、製品のトレーサビリティー(追跡可能性)を高める、などの方策がこれに含まれます。 このように食の安心・安全に関係する分野にも、フードワードは存在するわけです。個人的には有害物質の混入を阻止する「フードディフェンス」に、今時な空気を感じます。 持続可能性のフードワード 環境保護分野における最重要キーワードの1つに、持続可能性(サステナビリティー、sustainability)という言葉があります。辞書の説明を引用すると次のようになります。「生物資源(特に森林や水産資源)の長期的に維持可能な利用条件を満たすこと。広義には,自然資源消費や環境汚染が適正に管理され,経済活動や福祉の水準が長期的に維持可能なことをいう」(大辞林/三省堂)。 いろいろと難しいことが書いてありますが、要は「今の世代の人類だけではなく、次世代の人類もきちんと生活できるかどうか」「そのためには社会が資源をどう利用すればよいのか」ということを語っている概念です。これらの疑問に答えられる社会の仕組みができていれば、その仕組みは「持続可能性がある」と判断できます。 食の分野も持続可能性と密接な関係があります。例えば「フードロス」(food loss:食品ロスとも)は、持続可能性を損なう要因です。フードロスとは「食品の加工、流通、消費などの各段階で生じる食品廃棄」のこと。世の中には食事を満足に食べられない人がいるいっぽうで、捨てられる食品も存在します。そんな社会は「持続可能性」が低いと言わざるを得ません。 また単に「食料がもったいない」という観点だけでなく、「食料の輸送に掛かる燃料がもったいない」という観点を訴えるフードワードも存在します。「フードマイルズ」(food miles)という指標がそうです。 これはおおまかに説明すると「『食品の輸送量』と『移動距離』を掛け算した数字」のこと。例えばスーパーマーケットで手にする同じ重量のキャベツであっても、あるキャベツはフードマイルズが大きいかもしれないし(つまり輸送距離が長いかもしれないし)、あるキャベツはそれが小さいかもしれないのです。この指標は「食料輸送時の消費エネルギー」を推測する目安になります。 この概念はイギリスの消費活動家であるティム・ラング氏が1994年に考案したものです。またラング氏の着想を応用する形で、日本の農林水産省・農林水産研究所も「フードマイレージ」(food mileage)という概念を提唱しています。フードマイレージは、英国内だけでなく日本を含む各国の指標を比較できるよう、計算方法に工夫をこらしているところが特徴です。 農林水産研究所の2001年の試算では、日本の国民1人あたりのフードマイレージは年間7093トン・キロメートル。これは世界中でも群を抜いて大きい数字なのだそうです(農業国であるフランスは1738トン・キロメートル)。日本の食料自給率の低さや、地理的条件(原産国からの距離など)も大きく影響しているようです。 ただ「フードマイレージが低いこと」と「環境負荷が低いこと」とは必ずしも等価ではありません。たとえば、東京の人が外国産ではなく近隣県産の野菜を購入したとしても、「旬でない時期にハウス栽培した野菜」であれば、生産時の燃料消費量が大きくなります。つまりフードマイレージが「低い」のに、環境負荷は「大きく」なってしまうわけです。フードマイレージには、このような限界が確かに存在します。 とはいえフードマイルズやフードマイレージの考え方は、食と環境負荷の関係について、良い議論の材料を提供しているように思います。 まちづくりのフードワード 1990年代の終わりから2000年代の初めにかけて、日本を含む世界各国で「◯◯バレー」と名づけられた街がブームになったことがありました。ハイテク企業が集積した米国のシリコンバレー(Silicon Valley)を真似た命名です。 日本でよく知られるのは、東京・渋谷にIT関連企業が集積したことから呼ばれるようになったビットバレー(Bit Valley)でしょう。ビットの部分は情報の最小単位であるビット(bit)と、渋谷の「渋」(bitter)をかけた命名でした(ビットについては、バックナンバー「ビット経済やビットコインの『ビット』って何?」をご参照ください)。 また世界にはビットバレーのほかにも、テヘランバレー(韓国のIT企業集積地)やメディコンバレー(デンマークのバイオ企業集積地)などの事例があります。 そしてこの種の命名は「食品産業を軸足にした街づくり」にも及びました。「フードバレー」と命名された事例が存在するのです。 世界的に有名な事例は、おそらくオランダの「フードバレー」でしょう。1997年に食品科学系の研究開発拠点を構築するべく、産官学の施設がオランダ中部の都市であるワーヘニンゲンに集まったのが、その始まりでした。産官学の協力体制を構築するところは、本家であるシリコンバレーの手法を思わせます。 いっぽう「フードバレー」は日本でも登場しています。筆者が気づいた範囲だと、北海道の十勝地域、新潟市、栃木県、鳥取県、熊本県の県南地域などで「フードバレー」と命名された取り組みが行われているようです。 ところで、数あるフードワードの中でも抜群の知名度を誇ると思われる「スローフード」も、実は「街づくり」と密接な関係にある概念です。 ここでスローフードの意味を辞書から引用しましょう。「ファーストフードに対して、イタリアで始まった食生活を見直す運動。伝統的な食文化の保護、質の良い食材を提供する生産者の保護、食に関する教育の三つを基本方針とする」(広辞苑・第6版/岩波書店)。この3つの指針のうち「食文化の保護」と「生産者の保護」は、街づくりの姿勢ととらえることが可能です。 このように街づくりという観点からも、幾つかのフードワードを発見できることが分かりました。 「食」は社会問題を分析できる切り口 ということで今回の「社会を映し出すコトバたち」は「フードな社会問題」と題して、社会問題に関係のあるフードワードの数々を紹介しました。いま一度紹介した社会問題を振り返ってみましょう。 まず「情報消費」の分野では、食文化が情報(流行)に振り回されている様子が分かりました。また「社会的弱者」の分野では、先進国における生活困窮者の問題が浮き彫りになりました。 そして「安心・安全」の分野では、有害物質の混入の問題が近年の大きな関心事になっていました。さらに「持続可能性」の分野では、食もまた持続可能性と無関係ではないことが分かりました。最後に示した「街づくり」の分野では、食を軸にしたまちづくりが存在したのです。 このように振り返ってみると、現代社会が食に関連して抱えている社会問題――情報消費、社会的弱者、安心・安全、持続可能性、まちづくり――が一望できて、非常に興味深く思えます。そしてこれらの社会問題は、実は食に限らない、広い意味での社会問題なのです。冒頭でも述べましたが、どうやら「食」という切り口は、社会問題を分析するための良い切り口であるようです。 このコラムについて 社会を映し出すコトバたち 毎回、○○が付く言葉、○○に関連する言葉といった具合にテーマを設けて、そのテーマに該当する「コトバたち」を紹介していくコラムです。登場語 に共通する背景を探ることで「社会を映し出す」ことを目指します。題して「社会を映し出すコトバたち」。どうか気軽にお付き合いください。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20141031/273228/?ST=print
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