02. 2014年10月28日 06:40:01
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【第127回】 2014年10月28日 出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役会長兼CEO] 6割の人が「日本の未来は暗い」―― 日本人は日本の将来像をどのように描いているのか 内閣府は、10月20日、「人口、経済等の日本の将来像に関する世論調査」の結果を公表した。調査項目は大きく4つに分かれているが、なかなか面白いのでその概要を紹介してみたい。「日本の未来は暗い」が60% しかし、成長派が56.6%もいる 50年後の日本の未来は、現在と比べて明るいか、それとも暗いのか。「暗いと思う」が60%、これに対して「明るいと思う」は33.2%だった。ほぼダブルスコアである。そうであれば、これからはできるだけ「元気の出る」明るい政策を打ち出していかねばなるまい。「病は気から」という言葉もあるのだから。 目指すべき社会像をたずねると、「穏やかに成長・発展を持続する社会 42.8%」、「成長・発展を追求する社会 13.8%」と成長派が56.6%を占めた。市民はしたたかだ。加えて、「現在程度の水準を維持した社会 14.3%」、「縮小しながら一人当たりの豊かさの保たれた社会 25.4%」という結果を見ると、暗いと見る人が60%を占める割には、市民の意識は健全かつとても建設的であるように思われる。そうであれば、例えば、「一人当たりのGDPを穏やかに維持・向上させる」などといった政策には、誰も反対しないのではないか。 一方で、自身の将来については、「不安を感じる」が69.0%、「不安を感じない」が30.2%で(高齢者よりも)むしろ50代(79.9%)や40代(77.1%)の世代で不安感が目立つ結果となっている。 では、不安感の要因は何かとたずねると(複数回答)、「自分や家族の健康状態の悪化 50.3%」、「大地震などの大規模な自然災害の発生 47.9%」、「社会保障や教育などの公的サービスの水準の低下 42.1%」がトップ3を占め、続いて「雇用状況の悪化 35.7%」、「国や地方の財政状況の悪化 34.8%」、「所得や資産の格差の拡大 33.3%」、「自然や環境の破壊 32.2%」、「日本経済の停滞、衰退 31.3%」となった。自然災害が2位につけたことには少し驚いたが、近年自然災害が多発していることに鑑みれば、宜なるかなであろう。ここからは、健康寿命を伸ばす政策や社会保障などのサスティナビリティを高める政策が重要であることが確認されよう。 「人口減少は望ましくない」が94.3% 市民の危機感の高まりが急速に広く浸透 人口減少に対する意識については、実に94.3%が望ましくないと答えている。これは正直嬉しい意外さだった。その内訳を見ると「増加するよう努力すべき 33.1%」、「現在程度の人口を維持すべき 18.6%」と合わせて51.7%が、維持・向上を訴えている。次いで「減少幅が小さくなるよう努力すべき 23.5%」、「(望ましくないが)仕方がない 19.1%」であった。この結果は予想外で、人口減少に対する市民の危機感の高まりが急速に広く浸透していることが窺える。 「政府は総人口に関する数値目標を立てて人口減少の歯止めに取り組んでいくべき」という考え方についてたずねると、「大いに取り組むべき 41.1%」、「取り組むべきだが、個人の出産などの選択は尊重する必要がある 34.3%」合わせて75.4%となり、個人の選択を尊重するのであれば、人口政策には大いに取り組むべきというのが市民のコンセンサスに近いように思われる。なお、「個人の出産などの選択は尊重し、そうした取組は必要最低限であるべきである 18.3%」、「そうした取組は不要である 4.1%」であった。 少子化が与えるマイナスの影響で特に重要だと思うことを複数回答してもらうと、「(年金負担など)社会保障 72.0%」、「(労働力人口の減少など)経済活力 53.1%」、「(子育て負担など)家庭生活 37.3%」、「(過疎化の進行など)社会の活力 35.3%」が上位を占めた。 「子どもを生み,育てることによる負担は社会全体で支えるべき」という考え方については、「賛成 92.3%」ともはや完全に社会に定着したと思われる。この結果もやや予想外であった(もう少し保守的かな、と考えていた)。 少子化対策に関して、特に期待する政策をたずねると(複数回答)、「仕事と家庭の両立支援と働き方の見直し 56.0%」、「子育て・教育における経済的負担の軽減 46.6%」、「子育てのための安心、安全な環境整備 43.6%」、「生命の大切さ、家庭の大切さといった価値の伝授 40.9%」、「子育て世代の所得・雇用環境の改善 40.3%」、「地域における子育て支援 37.8%」、「妊娠・出産の支援 37.2%」が上位の項目を占めた。 高齢者に対する社会保障給付のための国民負担をどうするかという設問については、「高齢者と若い世代に対する政策はともに抑制すべきでなく、国民の負担の増加は止むを得ない」とする大きな政府派が29.0%と首位を占めたことが注目される。次は、「若い世代に対する政策を拡充する一方、国民の負担の増加を抑えるために高齢者に対する政策は抑制すべき」という若者へのシフト派が23.5%、「高齢者と若い世代に対する政策はともに抑制し、国民の負担の増加を抑えるべき」という緊縮財政派22.8%であった。 なお、「高齢者に対する政策を拡充する一方、国民の負担の増加を抑えるために若い世代に対する政策は抑制すべき」という敬老派は16.5%であった。面白いことに、敬老派は20代(21.4%)、30代(19.7%)で多く、70代(11.9%)、60代(15.7%)で少ないことである。わが国は若い世代に対する政策が相対的に遅れており、例えばGDP比でみると、先進国の3分の1程度であるというファクトが十分市民に周知されているのだろうか。 「働くのは65歳まで」は22.4%と少数派 生産年齢は20歳〜70歳に再定義すべき 経済の成長・発展や人の活躍のあり方について、まず50年後の日本の一人当たりの所得水準の順位(2012年は先進諸国中第10位)をたずねると、「上がると思う 17.6%」に対して、「下がると思う 53.9%」、「現在と変わらないと思う 20.9%」という結果が得られた。10位から更に下がるというのは、ちょっと寂しいものがある。 では、(下がらないように)国際競争力を強化するために何が重要だと思うか、という問いに対しては(複数回答)、「世界に通用する人材を育成するための教育改革 61.6%」、「独自の技術を有する中小企業への支援 45.8%」、「労働者の能力開発 41.0%」、「科学技術の振興 32.4%」、「企業や個人の意欲を活かせる規制改革 29.7%」がトップ5を占めた。人材と技術が鍵を握っているというのは十分首肯できるところである。 人口が減少した場合、日本経済の活力を維持していくための対策については、「女性が働きやすい環境をつくる 60.8%」、「子どもを産みやすく、育てやすい環境をつくる 60.2%」、「高齢者が働きやすい環境をつくる 59.1%」と、女性・子ども・高齢者を頼りにする意識構造が浮かび上がった。なお生産性の向上を指摘したのは26.8%、外国からの労働者の受け入れを指摘したのは11.8%にとどまった。 次いで、生産年齢に対する意識をたずねると、「65歳未満 6.7%」、「65歳 15.7%」と65歳までは合わせて22.4%にとどまった。一方で、「66〜69歳 30.3%」、「70〜74歳 12.3%」(74歳までが合わせて42.6%)、「75歳以上 2.3%」、「年齢で一律に捉えるべきではない 32.3%」という回答が得られた。生産年齢は通常15歳以上65歳未満と設定されているが、上述した市民の意識は既に20歳〜70歳(もしくは75歳)のゾーンに移行していると思われる。そうであればわが国は、20歳〜70歳を生産年齢人口と再定義を行った上で、すべての政策にそれを反映させるべきではないだろうか。 コンパクトシティは反対が64.0% 推進には住民感情への配慮が必要 今後の地域社会のあり方について、まず居住地である地域の将来に対する意識をたずねると、「不安を感じる 46.8%」、「不安を感じない 51.9%」とほぼ拮抗している。将来の不安要素は(複数回答)、「地域を支える担い手の不足 55.7%」、「商店街などのまちの中心部のにぎわいの喪失 48.0%」、「医療・介護施設の不足 38.4%」、「地域を支える産業の衰退 34.2%」、「就職する機会や職業の選択肢の減少 32.4%」、「地方公共団体の行政機能の低下 30.3%」の順となった。 次に東京一極集中については、「地方から東京への集中は望ましくない 48.3%」、「地方から東京への集中は、現状程度が望ましい 15.7%」、「地方から東京へさらに集中するのが望ましい 2.3%」、となった。その一方で「居住地は自ら決めるべきであり、いずれでもよい 31.2%」という結果となった。居住地は自ら決めるべき(いずれでもよい)と回答した人が約3分の1いることが注目される。 都市に居住している人に地方への移住の意向をたずねると、「移住してもよいと思う 39.7%」、「思わない 59.4%」となった。答えた人の移住条件(複数回答)は、次の通りである。「教育、医療・福祉などの利便性が高いこと 51.1%」、「居住に必要な家屋や土地が安く得られること 48.9%」、「買い物などの生活の場や文化イベント、趣味の場などが充実していること 42.6%」、「移住に必要な情報提供などの自治体の支援があること 35.3%」。 地域が活性化するために特に期待する政策についてたずねると(複数回答)、「多様な世代が共に暮らせるための福祉、医療の充実 45.5%」、「地域に雇用を生み出す新産業の創出 42.6%」、「安心して住み続けるための防犯、防災対策の充実 37.7%」、「商店街の活性化対策や、まちなかの居住環境の向上などの中心市街地の活性化 37.2%」の順となった。 地域を維持・活性化させるための方法としてのコンパクトシティ(居住地を中心部に集約)については、意外に不人気で、賛成が29.8%、反対が64.0%にのぼった。しかし、コンパクト化が進み(残された自宅周辺に)病院などが不足した場合には、「中心部への移住を考える 48.8%」、「考えない 48.0%」とほぼ同数となった。人口減少社会にあっては、コンパクトシティのコンセプトそのものは正しいと思うが、その推進に当たっては、こうした住民感情に十分配慮することが望まれよう。調査は以上であるが、とても興味を引いた。 (文中、意見に係る部分は、筆者の個人的見解である) http://diamond.jp/articles/print/61187
【第5回】 2014年10月28日 堀江貴文 [実業家、SNS株式会社ファウンダー] 地方創生というバラマキは自殺行為 「不便」は当たり前。都市部とは異なる活性化策を Q.政府が「地方創生」をお題目に大型予算を組もうとしています。人口の減少が進むなかで、地方自治体が地域に新たな産業を興すためにできることは、何があるのでしょうか。 田舎は不便で当たり前。しかし、活性化はできる
A.基本的に政府が予算をかけて地方創生などするべきではない。これは地方優位の選挙制度の弊害である。一票の格差が大きすぎて地方を地盤とする議員の発言力が大きいから、こんなことになってしまう。 人口減少のなか、地方へのバラマキは自殺行為だろう。むしろ都市部に重点的に投資をしていかないと国としての競争力は失われるばかりだ。 したがって、地方に予算を配るよりは、東京と地方の格差は容認した上で例えば道州制のような仕組みを導入し、独自財源や行政施策などの権限を地方に大幅に移譲すべきだろう。 もちろん財務省が頑強に抵抗するだろうから難しいかもしれない。だが、これにより独自の税制度や行政制度を構築し、競争力をつけてくる地域は必ず出てくる。またカジノのような施設は地方にしか作れないようにすればよい。そうすれば予算をほとんど付けることなく地域活性化ができる。 「田舎は不便で当たり前」という、当たり前の感覚を持たなければならない。 http://diamond.jp/articles/print/61130 【第123回】 2014年10月28日 竹井善昭 [ソーシャルビジネス・プランナー&CSRコンサルタント/株式会社ソーシャルプランニング代表] 1人に1億円以上かけて、ホームレスやワーキングプアを量産!? 『明日ママ』でも描けなかった、児童養護施設をいますぐ止めるべき理由 児童養護施設は税金の無駄遣いであり、無くすべきなのではないか――。日本の社会保障費の削減のためにも、そして、なによりも施設に入居している子どもたちのためにもそう思う。 日本の社会貢献に関する最大の問題は膨大な社会保障費であり、この抑制が重要な課題であることは当連載でも何度か述べてきた。金額的には医療/介護関連の費用負担が突出して大きいが、もちろん他の分野についても無駄な支出は抑制していくべきだ。そのような視点で見ると、児童養護に関するお金の使い方には大いに疑問がある。 1人を育てるのに1億円以上!? かかりすぎる児童養護施設の費用 千葉県は平成19年3月に、要養護児童の経費について公表したが、これによれば、要養護児童1人をを0歳から18歳まで養育するために、県立児童養護施設で養育する場合は約1億1500万円、民間の施設で養育する場合は約7680万円の費用がかかる計算となる。もう少し詳しく伝えると、県立乳児院の乳児1人当たりの経費は月額約96万円。県立児童養護施設の子どもひとりの費用は月額約45万円である。一般人の感覚からすれば、これはいくらなんでも費用がかかりすぎだと感じるだろう。 ◎参考:「シドさんの里親ホームページ」より ちなみに、一般家庭の場合、大学を卒業するまで22年間の養育費は約1640万円。教育費については私立、公立どちらに進むか、中高まで公立で大学が私立とか、中高大まですべて私立か、大学は文系か理系か医大かなど、コースによって差が出るが、幼稚園から大学まですべて私立に通ったとして約3700〜3800万円。すべて国公立の場合、約3000万円である(養育費と教育費の合計)。 ◎参考:「子ども応援便り ウェブ版」より 児童養護施設で育てる場合は、一般家庭と違って、施設費用や職員の給与が必要だ。しかし、養護施設の子どもたちの場合、私立校に通うことは考えにくい。また、上記の金額は18歳高校卒業までの費用であり、大学の学費が入っていないことを考えれば、やはり費用がかかりすぎだと思う。 ちなみにこの数字は、千葉県のデータを元にしているが、県によってそれほど大きな費用差があるとは考えられないので、日本の児童養護制度そのものが金がかかりすぎていると思われる。 ホームレスの1割以上が 養護施設出身者という現実 もちろん、福祉というものは単にお金(費用)だけでは語れない部分もある。しかし、児童養護の場合、一般家庭の3倍以上もの費用をかけて養育しても、高校を卒業すれば施設からの退去を余儀なくされ、大学や専門学校への進学のためのサポートも受けられず、社会訓練や職業訓練も不十分なまま社会に放り出され、結果、若年ホームレスとなる施設出身者も多い。 ホームレス支援NPO「ビッグイシュー基金」の調査では、ホームレス50人のうち6人、12%が施設出身者だったという。現在、施設で暮らす子どもたちは約4万人で、日本の人口のわずか0.03%しかいないことを考えれば、いかにホームレスになってしまう危険性が高いかが分かる。ホームレスにまでならなくても、学歴もスキルもないために低賃金の仕事を転々とするワーキングプアや、生活保護で暮らす施設出身者も少なくない。食べていくために風俗で働くしかない施設出身の女性も多いと聞く。 このように児童養護施設は、1人当たり1億円もの費用をかけて、ホームレスやワーキングプアの若者を量産しているともいえる。ホームレス支援、生活保護のためにはさらに社会保障費が必要となり、またワーキングプア同士の結婚や子ども出産は、新たな施設で暮らす子どもを生み出す危険性を孕む。 つまり、人的投資効果という意味でも、今の児童養護制度は非常に非効率なのである。近年では施設出身者の大学進学をサポートするNPOも出てきているが、NPOがそのような取り組みを始めなければならない現状があるわけで、児童養護の仕組みがどこかで間違っているということだ。 また、そもそも子どもを施設で生活させることは、子どもの人権という点でも問題がある。国際人権基準では、社会的養護が必要な子どもを施設に収容することは「最終手段」だと定められている。親が死亡したり虐待などの理由で実の親の元で暮らせない子どもたちは、養子縁組したり里親の元で暮らすなど、家庭的な環境で生活することが望ましいとされている。なにも「子どもの人権」などといった大仰な言葉を持ち出さなくても、思春期の子どもたちがプライベートを確保するスペースもないような施設で共同生活を送ることは、あまり好ましくないことだと誰でも感じるだろう。 【写真左】岩手県内のある児童養護施設の女子小学生用寝室。8人部屋で、プライバシーを保つのは薄いカーテン1枚のみ。【写真右】東京都内のある乳児院。部屋にはベビーベッドが所狭しと並び、定員は2部屋で35人。0〜2歳児が暮らしている。(写真提供:ヒューマン・ライツ・ウォッチ) 経済的にも精神面でも効果が大きい 養子や里親制度
ちなみに現在の日本では、里親に対して月額約82000円の手当が支給される。0歳から18歳まで育てた場合、総額で約2600万円ほど。県立の養護施設で養育する費用に比べて、約5分の1の費用で済む。大学や専門学校に進学させても、3分の1程度の費用しかかからないだろう。それだけ里親では安価に養育ができて、しかも、施設で暮らすよりもずっと家庭的な環境で育てることができる。 しかし、なによりも重要なことは、「愛着関係の構築」だ。 児童養護施設の子どもたちにとって、最も重要な課題は愛情の問題だと思う。日本の場合、施設の子どもたちのほとんどが、親からの暴力や育児放棄などの虐待から保護された子どもたちで、つまり、親からの愛情が欠乏しているケースが多い。また、施設では人手不足から職員が十分な愛情を子どもたちに注ぐことが困難であったり、子どもたち自身が「職員が自分たちの世話をしているのは、それが仕事だからで、愛情があるからやっているわけではない」と感じたりする場合もあるという。 当然ながら、誰しも「生まれてこの方、誰にも愛されたことがない」と感じて育つことが決してよいわけがない。女性の場合は、このような愛情の欠如がセックス依存を引き起こすこともあるし、男女ともに自尊心の欠如につながることもある。そうなると、低賃金の職業を転々としてホームレス化の道を転げ落ちる危険性もある。また、自分が親になったときに子どもを虐待してしまう危険性もある。 このような問題を引き起こさないためには、子どもたちと愛着関係を築く必要があり、そのためには施設で養護するより、養母・養父や里親の元で暮らすほうがはるかに効果的なのだ。つまり、養子や里親制度の活用は、経済的にも子どもたちの精神面でも効果が大きい。 なぜ、日本で 里親制度が広がらないのか? しかし、社会的養護が必要な子どもたち約4万人のうち、里親の元で暮らしている子どもたちは約4600人。わずか11%程度である。これは先進国のなかでは極めて低い数字だ。日本で里親が少ない理由として、日本は血縁関係を重視する家族主義だからと考える人も多いと思う。しかし、実態はそうではない。 厚生労働省の資料によれば、登録里親の数は昭和37年には約2万人いたが、現在は7600人ほど。実際に子どもを養育している委託里親の数は、昭和33年には約9500人いたのに対して、現在は3000人ほどである。今の日本より家族主義的傾向が強かった(と思われる)昭和30年代と比べて、里親になろうとする人も、実際に里親になっている人も、ずっと少なくなっているのだ。つまり、里親制度があまり機能していないのは、日本独自の家族文化が原因ではないと推測できる。 むしろ、今の児童養護のあり方、施設で子どもたちが育つことの問題が認知されていない、里親には手当が支給されることが知られていないなど、制度的な理由が大きいのではないだろうか。里親制度がもっと身近に感じられていれば、たとえば子どもに恵まれなかった夫婦のなかには、里親になろうとしたり、養子として施設の子どもを引き取る人も増えるかもしれない。 経済的なインセンティブももっと増やしてもよいと思う。まず、現在の月額約82000円の手当を増やす。また、子どもたちにとっても幼いうちに里親に養育されることがその後の成長にとっても望ましく、里親にとっても保育にかかる費用の負担軽減というインセンティブを与えるという両方の意味でも、乳幼児手当を増やすのもいいだろう。 ちなみに現在の児童養護施設では高校を卒業したら支援は打ち切りだが、里親制度では、里子が大学に進学した場合は大学卒業まで手当を支給すべきだ。さらに私立の学校に進学した場合は学費を上乗せするなど。経済的な負担がかなり軽減されるとなれば、里親を希望する人も増えるかもしれない。もちろん、手当を増額することで里親に対する費用は増えるし、里親をサポートする職員の増員も必要になるかもしれないが、それで児童養護施設を減らすことができれば、全体としてはかなりの予算削減になるはずだ。 さらに子どもたちにとっては、良好な環境で育つことができ、大学や専門学校に進学することで自分の夢をかなえる機会が得られる。よいことずくめだと思うがいかがだろう? 余談だが、今年の初めに放送された児童養護施設の子どもたちを描いたドラマ『明日、ママがいない』が大きな批判にさらされたが、このような里親問題を正面から取り扱っていれば、もっと意義のある作品になったのにと思うと、とても残念である。 この里親問題に関しては、国際的な人権団体であるヒューマン・ライツ・ウォッチの日本法人が積極的に取り組んでいる。11月20日は「世界こどもの日」であるが、この日を記念したシンポジウムも開催する。児童養護問題に関心がある方、もっと深く理解したい方はぜひ参加してみてほしい。詳細、参加申込みは下記より。 ◎日本財団/国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ主催 「世界子どもの日」記念 シンポジウム 「すべての赤ちゃんが『家庭』で育つ社会をめざして」 http://diamond.jp/articles/print/61194 【第195回】 2014年10月28日 小川 たまか [編集・ライター/プレスラボ取締役] 「35人から40人学級へ」意識調査では7割が反対 財務省は教育格差を広げたいのか 財務省は教育格差をさらに広げたいのか。子どもたちから教育の機会を奪い、疲弊した教師たちにさらに鞭を打ちたいのか。公立の小学校で現在行われている35人学級について、財務省は40人学級へ戻すよう、見直しを求める方針を出したという。35人学級制は2011年から小学校1年生を対象に導入されていたが、見直しを求めるのは「いじめや不登校などについて目立った改善が認められないため」だという。
正式な方針発表前から反対意見が続出 27日に行われた「財政制度等審議会」。先週から発表の内容についての報道があり、財務省が35人学級の見直しをはかっていることや、教員を1.8万人減らせると試算しているという内容が伝えられていた(参考:『「先生1.8万人減らせる」 財務省が「機械的に」試算』(朝日新聞デジタル/10月23日))。 27日の発表を前に、この見直しについて反対意見が続出。35人体制導入から3年という早さであることや、根拠となっているデータへの疑問、もともと教員が過酷な労働環境であることなどが指摘されている。 参考: 『35人学級を40人に戻すよう財務省要望との報道に反対意見が続出「データ比較できるのか」』(ハフィントンポスト/10月23日)
『公立小学校の先生を減らしちゃダメです』 (Yahoo!個人/渡辺輝人氏/10月24日)
『財務省に異議あり いじめ認知増で35人学級から40人学級へ? データの誤読、正反対の結論』 (Yahoo!個人/内田良氏/10月24日)
これを受け、Yahoo!の意識調査「35人学級をやめて40人学級に戻すべき?」には、10月23日の投票開始から27日19時時点で5万4012票が投じられ、結果は30.5%が「40人学級に戻すべき」、69.5%が「35人学級を続けるべき」と回答している。 ヤフーの意識調査「35人学級をやめて40人学級に戻すべき?」(27日19時時点)を元に当編集部で作成 「むしろ足りないぐらい……」 現場の声は届かないのか
アンケートの結果は3対7で、40人学級反対派が圧倒的。「戻すべき」と答えている人も一定数いるが、コメント欄では40人学級反対派からの声が目立っている。※コメントは全て原文ママ。 「財務省の方は、今の現状をわかっているんですかね? 少なくとも、息子のクラスはもう1人先生が欲しいくらいです」 「ケアしてあげないといけない子供たちが増えてて、先生たちの負担もふえているのにその先生減らすって…。何を考えたらそうなるんだろう…」 「文科省が財務省と闘えるためにも、教育現場の現状をきちんと伝えていく声をあげて行かなければなりませんね」 「35人か40人かの問題でないと思います。先生が生徒にかかわれない学校運営のシステムの問題です。事務処理専門職をつくって、先生は生徒にだけ関わるようにすることが先決です」 「30人以下じゃないと無理でしょ。格差をなくしたいなら教育からが基本でしょ」 OECDが「図表でみる教育2014年版」で発表した内容によれば、日本では、初等中等教育及び高等教育以外の中等後教育に対する公的支出のGDP比がOECD平均と比較して低い。また、政策分野別社会支出の構成割合は、高齢者向け支出が約47%を占めるのに対し、子ども・家族向けの支出はわずか5.5%に過ぎない(2010年度:参考資料/国立社会保障・人口問題研究所『社会保障費用統計について>政策分野別社会支出の推移』)。 40人学級に戻すことで86億円の予算が削減できるというが、なぜ未来をつくる子どもの教育予算を、国がこれ以上削ろうとするのか。全く理解ができない。財務省は説明責任を果たすべきだと強く感じる。 (プレスラボ 小川たまか) http://diamond.jp/articles/print/61193
相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記 【第115回】 2014年10月28日 相川俊英 [ジャーナリスト] 働く公務員集団をつくることは本当に可能なのか? 奇跡の村に弟子入りした泉崎村が破綻の淵から蘇るまで 「それは無理です」「そこを何とか……」 下條村の応接室で続く村長同士の悲壮な交渉 「短くても半年、それも2人ずつ何とか受け入れていただけないでしょうか?」 「職員を減らしているので増えるのは困ります。無理です」 「そこを何とかお願いします。東北の下條村を目指したいんです。受け入れていただけるまで何日もここで寝泊りする覚悟で参りました」 2010年2月のある日のことだった。2人の男性が応接室で向かい合い、こんなやり取りを続けていた。長野県下條村の村長応接室だった。 懇願されて困り果てた表情を見せるのは、下條村の伊藤喜平村長。一方、要求が受け入れられるまでテコでも動かないと悲壮感を漂わせたのが、福島県泉崎村の久保木正大村長だ。前年11月に就任したばかりの新人村長である。直線距離で数百キロも離れた福島から、不退転の決意で村議会議長と共に訪ねて来たのである。 村長自ら足を運んできたのには、特別な事情があった。それは、泉崎村の職員を下條村役場で長期研修させたいという異例のお願いだった。市町村職員が県や国、研究機関などに研修目的で出向する事例はよくあることだが、村の職員が他県の村で長期研修するというのは聞いたことがない。短期日程の視察で済ますのが、通例だからだ。 実は、泉崎村の久保木村長も村議会議長のときに下條村を視察していた。下條村の様々な取り組みの説明を担当者から受け、深く感銘した体験を持っていた。 人口4000人ほどの小さな山村に過ぎない下條村は、行政関係者の間で「奇跡の村」と呼ばれるほどの存在だった。財政改革を徹底し、全国トップクラスの健全財政を構築していたからだ。 下條村の財政力指数(必要経費を税収で賄える割合)はわずか0 .221と低いが、実質公債費比率(一般財源に占める借金返済額の割合)はマイナス5.4%で、なんと全国ベスト3位。実質公債費比率がマイナスを記録しているのは、交付税措置付きの借金を繰り上げ償還していることによる。 経常収支比率(一般財源に占める義務的経費の割合)は65.1%と6年連続で6割台を維持。また、村の実質的な借金残高が約1億1400万円に対し、基金残高は約60億円にも上っていた。一般会計の歳出額が約24億2000万円ほどなので、2年半分に相当する(いずれも2013年度決算)。 財政改革で捻出した財源を少子化対策に 仕事の効率化を追求し続ける下條村の凄み 無駄をトコトン省き、仕事の効率化を追求し続けてきたことの成果で、伊藤村長の手腕によるところが大きかった(連載第70回参照)。 伊藤村長は1992年の村長就任直後から、役場職員の意識改革に乗り出した。当時としては常識外となる職員の民間企業への研修など、役場改革を命がけで断行した。お役所仕事を一掃し、職員を働くプロ集団に育て上げたのである。ピーク時に59人いた職員を37人にまで減らし、「少数精鋭」にした。 こうした役場の奮闘ぶりに、住民たちも呼応した。村が提案した資材支給事業を受け入れ、小規模の道路や農道、水路の施工を住民自らが行うようになった。 また、下條村は下水道事業を合併浄化槽に一本化する決断を下していた。国から手厚い補助が出る公共下水・農業集落排水事業よりも、トータルコストが少なくて済むと判断したからだ。実際、その通りの結果となった。 下條村は一連の財政改革によって捻出した財源を、少子化対策などに充てた。子育て世代専用の村営住宅の建設や子どもの医療費無料化などである。こうして山間部に広がる小さな下條村が、全国有数の高い出生率を誇る自治体となったのである。 福島県泉崎村の役場。財政再建のため13年間、実質的な起債はゼロ 村長応接室でのやり取りがしばらく続いた。何度も頭を下げる泉崎村の久保木村長に根負けしたのか、下條村の伊藤村長がとうとう「1人ずつなら……」と受け入れを承諾した。
こうして2010年4月から、福島県の小さな村から長野県のより小さな村への職員派遣が実施されることになった。研修は1名ずつ、半年間ごととなった。 それにしてもなぜ、泉崎村の久保木村長はこれほどまでに下條村への職員派遣にこだわったのだろうか。村の悲惨な財政状況が背景にあった。 北海道夕張市が2006年6月、国の管理下で再建を進める財政再建団体となった。観光事業に失敗し、巨額の負債を抱えていたことが表面化したのである。夕張市の突然の財政破綻に住民のみならず全国民が驚愕し、日本中に夕張ショックが広がった。自治体財政の危うい実態に関心が集まるようになり、誰もが「我が町の財政は大丈夫か」と不安を抱くようになった。 実は、日本中が夕張ショックに見舞われる6年も前に、別の自治体がすでに財政破綻していた。夕張市のような全国的な知名度をもつ自治体ではなく、どこにでもあるような地味な小規模自治体であったため、大きな話題となることはなかった。その破綻自治体というのが、福島県泉崎村だった。 バブル経済崩壊時に拡大路線を 崖っぷちに追い込まれた泉崎村 東北の下條村を目指し、役場改革を進める久保木正大・泉崎村長 福島県泉崎村は白河市に隣接する小さな農村で、人口6617人(2014年9月1日現在)。福島県南部の一寒村にすぎなかったが、東北新幹線の開業で村を取り巻く環境は大きく変貌した。
1982年に新白河駅が開設され、新幹線新駅に隣接する泉崎村はバラ色の夢を描くようになった。1991年には東北新幹線の上野駅乗り入れが実現し、村は沸きに沸いた。「我が村が東京への通勤圏内になった」と喜んだのである。 実際、泉崎村が1984年から造成を始めた住宅用分譲地(430区画)は完売し、その後も村役場に問い合わせの電話が殺到した。当時の村長は剛腕で知られた人物だった。「日本一豊かな村に」を公約に掲げ、イケイケの拡大路線を貫いた。新たな住宅用分譲地や工業団地の造成、さらには大規模公園墓地の造成まで手を広げた。 実際、泉崎村が1984年から造成を始めた住宅用分譲地(430区画)は完売し、その後も村役場に問い合わせの電話が殺到した。当時の村長は剛腕で知られた人物だった。「日本一豊かな村に」を公約に掲げ、イケイケの拡大路線を貫いた。新たな住宅用分譲地や工業団地の造成、さらには大規模公園墓地の造成まで手を目いっぱい広げた。 しかし、そのときすでにバブル経済は崩壊していた。泉崎村の積極拡大イケイケ路線は完全に裏目に出てしまったのである。進出予定企業が相次いで中止を宣言し、住宅用分譲地もさっぱりとなった。売れたのは180区画のうちわずか12区画だった。 村は崖っぷちに追い込まれていった。土地の販売代金で造成工事費などを支払うという計画が完全に破綻し、村は約68億円もの負債を抱えてしまった。当時の村の標準財政規模(約24億6700万円)の約2.8倍にあたる途方もない額で、にっちもさっちもいかない状況となった。 財政破綻の事実が明らかになる前に剛腕村長が突然辞職し、村は大騒ぎとなった。2000年2月に村長選挙が実施された。結果は、前村長の後援会青年部長だった小林日出夫氏の当選となった。相手候補とわずか24票差という、まれに見る大激戦だった。 村内で建築業を営む小林氏は、行政経験はもちろん議員経験もゼロ。泉崎村の財政破綻の詳細について、知る由もなかったのである。後援会幹部として後継候補の擁立に奔走したが、村の財政破綻の事実を知る役場幹部は逃げまわり、やむなく自らが出馬せざるを得なくなったのである。 財政再建団体ではなく自主再建の道へ 村長自ら銀座に行脚し分譲地を販売 財政破綻の要因となった村の宅地・工場用地開発。必死のセ―ルスでやっと借金完済 村長に就任した小林さんは村の財政状況の説明を聞き、仰天した。初めて耳にした財政破綻の事実に言葉を失った。
財政破綻の事実を知った新村長は、直ちに村民にその事実を公表した。地区ごとに住民説明会を開催し、村の窮状を村民に知らせて協力を求めたのである。そして、議会で議論を重ねた末に、国の管理下に入る財政再建団体ではなく、村債の発行ができなくなる自主再建の道をあえて選ぶことにした。 財政再建団体になれば、行政サービスは否応なく最低水準に落ちる。そうなれば工業用地や住宅用地も売れなくなり、村民の負担が増えることになる。苦しくても自主再建の道を選び、粘り強く土地を売っていった方が良策だと判断したのである。 小林村長は福島県庁に日参し、県の財政支援を取り付けた。県から低利の融資を受け、負債の大部分を占めた農協の高利の貸し付けの返済に充てたのである。村は2000年度に「自主的財政再建計画」を策定し、人件費や各種補助金のカットといった歳出削減に乗り出した。借金ができないので単独事業は原則として行わず、ちょっとした道路の補修などは役場職員が対応することにした。 また、分譲地の販売促進による歳入確保にも全力をあげた。住宅用分譲地の販売価格を下げ、すでに買っていた人にはその差額を返金した。また、村の分譲地を購入して住宅を新築した人を対象とした「ゆったり通勤奨励金」を新設した。分譲地から村外に電車通勤する場合、300万円を限度に補助金を交付する大胆な策だった。 泉崎村は、宣伝活動にも必死に取り組んだ。小林村長を先頭に、議員や職員、住民が東京の銀座で分譲地の宣伝ビラを配って歩いた。大型バスで村を案内する「現地無料招待会」などを開き、参加者に村長自らがそばを打ってもてなしたりもした。 アイデアマンだった小林村長は、2007年に泉崎村から約200キロ離れた東京銀座まで歩く「財政再建行脚」を行った。分譲地のPRを狙ってのことだ。翌2008年も2回目を実施し、12月27日に泉崎村の自宅を出発して大晦日に銀座にゴールした。 こうした村あげての販売活動が評判を呼び、分譲地が売れ出した。負債の山は少しずつ小さくなっていった。 ところが、泉崎村は思いもしなかった悲劇に見舞われる。2009年9月、必死に財政再建に取り組んでいた小林村長が急死したのである。 効率的な仕事のやり方を村職員に習得させたい 粘りに粘って下條村に職員研修を頼み込む リーダーを突然、失うことになった村は再び大騒ぎとなった。急遽、村長選が行われることになり、2009年11月に久保木広大氏が新村長に就任した。冒頭で紹介したやり取りは、そのわずか3ヵ月後のことだった。 「以前から役場のスリム化が急務と考えていましたが、職員数を削る話ですので、どうしても職員に抵抗感や負担感があります。下條村は考えられないような数の職員で、実際に仕事をしっかりこなしています。どうやって仕事をこなしているのか、生で実態を見させてもらい、うちの職員に学ばせたいと考えていました」 こう語るのは、泉崎村の久保木村長。議長時代に下條村を視察し、その取り組みに共鳴したという。泉崎村もそうした取り組みを進めるべきだと、かねてから考えていたという。行動力と粘りを発揮し、下條村から受け入れ承諾を引き出したのである。 久保木村長は、派遣する職員を40代の課長補佐クラスから自ら選び出し、業務命令で半年間ずつ、送り込んだ。その第一号となる職員が2010年4月、下條村役場に単身でやってきた。 「最初はものすごく緊張しました。役場の廊下を歩いているときも体がふわふわしている感じがしました」 こう振り返るのは、下條村への研修職員第一号となった泉崎村の星雅之さん。星さんは、少ない人数で仕事をしっかりこなす下條村役場の組織体制や配置、仕事の仕方などに着目した。星さんにとって、下條村での日々は新鮮な驚きの連続だった。 職員1人ひとりが実によく働き、1人二役や三役をしていること。仕事をする上での横のつながりが強く、職員が各課をまたいで働いていることなど。 また、下條村は4つの課(泉崎村は当時11課)しかなく、業務の割り振りと配置も独特だった。星さんは、それが住民サイドに立ってつくりあげられたものだと実感するようになったという。 星さんは色々な地域活動にも参加させてもらった。そこで目にした地域のまとまりや結びつきの強さだった。そして、飲み会の席で地元の人が漏らした「俺たちは自分たちが副村長になったつもりで村を良くしようとしているんだ」という言葉に、強い衝撃を受けたという。 職場全体で働く公務員集団へ 自治体に芽生え始めた不退転の決意 築58年の泉崎村役場内。歩くだけでギシギシと床が鳴く。新庁舎の建設がやっと決まる 下條村研修の半年間があっという間に過ぎてしまった。泉崎村に戻った星さんは、全職員の前で研修報告を行い、後任者にバトンタッチした。極めて有意義な半年間だったと語る。
泉崎村職員の下條村研修は、2014年9月末まで続いた。半年間の研修を体験した職員は9人にの上った。 泉崎村は2013年10月25日、土地造成事業の失敗で抱えた巨額な負債の完済を果たすことができた。13年間に及ぶ自主再建の険しい道のゴールに、やっとのことで辿り着けたのである。久保木村長は、「ようやく他所並みになりました。過去のつまずきを反省材料にして、健全財政を貫いていきたい」と語る。 歳出削減を続けてきた泉崎村は職員採用を抑え、新規採用は13年間でわずか3人。久保木村長の就任時(2009年)に91人いた職員が、現在(2014年)70人に減少している。村は少数精鋭路線を確立させるため、2014年4月に役場組織の大改革に踏み切った。11あった課を下條村と同じように4課に再編し、係長をなくしてグループ長に変えたのである。 職員が自分の課の仕事だけするのではなく、職員全体で仕事に取り組むような組織にしようというものだ。役場全体を下條村のような働く公務員集団に磨き上げようという、不退転の決意の表れと言えるだろう。 http://diamond.jp/articles/print/61188 |