02. 2014年10月21日 20:15:02
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コラム:ドル高トレンドはどこで「失速」するか=内田稔氏 2014年 10月 21日 18:40 JST 内田稔 三菱東京UFJ銀行 チーフアナリスト[東京 21日] - 10月1日、約6年ぶりとなる110円台を回復したのもつかの間、ドル円は105円台へと急反落した。 欧州や中国をはじめとする世界経済の先行き不透明感が意識され、米金融政策正常化の開始時期が後ずれするとの見方も強まっており、8月よりもさらに縮小した日米金利差の水準を考えると、本来なら101円台を割り込んでも不思議ではない状況だ。 しかし、それを阻んでいるのが、日本の構造変化である。経常収支が悪化し、対米インフレ率格差も縮小するなど、長らく続いた円高圧力は相当程度、緩和されている。こうした状況が続く限り、乱高下はあってもトレンドそのものが円高へ回帰するとは考えにくい。ドル円相場は、来年も緩やかな上昇軌道を描く公算が大きい。 ドル円が、グローバルな金融危機直前の高値110.66円を上回ると、その次の上値目途として2007年6月の高値である124.14円が意識されるかもしれない。もとの水準を回復する「全戻し」は、テクニカル分析に限らず、広く知られているためだ。 あるいは、そこまでは至らないとしても、区切りのいい水準として120円が視界に入ろう。足もとでは、米国の利上げ期待は沈静化したが、今後の米国や世界経済の情勢次第で、いつ期待が高まらないとも限らない。特に、前回9月の連邦公開市場委員会(FOMC)で示された各メンバーの政策金利予想、いわゆるドットチャートの加重平均は、フェデラルファンド(FF)金利が15年から上昇し、17年末には3%台後半にも達するという、かなりのペースでの利上げパスを示していた。 実は米国は前回の利上げ局面でも、04年6月からの2年間で17回の連続利上げを断行し、FF金利を4.25%引き上げた実績を持つ。仮に、来年以降の米国の利上げがドットチャート並みになろうものなら、先の全戻しも現実味を増す。 しかし、以下の要因を勘案すると、米国が金融政策の正常化を進める場合も、そのペースや利上げ幅が限定されると考えられる。そのため、ドル円相場が120円台を上回るのは容易ではなく、ハードルの多さからすれば、その前に失速してしまう可能性が高い。 <前回利上げ局面とは正反対の環境> 米国が利上げに踏み切った2004年と言えば、その前年の03年に「BRICS」という言葉が登場。中国を筆頭とする新興諸国の旺盛な需要が、原油を含む国際的な商品市況を押し上げ、米国にもガソリン価格の上昇という形で波及したことが思い出される。03年暮れに1ガロン当たり1ドル台半ばだった全米のレギュラーガソリン平均価格は、06年には3ドル台と2倍へ跳ね上がっていた。 04年からの2年間は、商品市況の上昇とドル安により、総じて米国の物価上昇圧力は強まりやすい環境にあったと言える。05年は一転してドル全面高だったが、これは時限立法である本国投資法を受けたレパトリ(国内への資金還流)活発化という一時的な要因によるものだった。景気回復を受けた個人消費の改善も加わり、米国の経常赤字は06年には対名目国内総生産(GDP)比で6%に迫り、これがドル安をもたらした。 一方、足もとではFOMC議事要旨の記述にみられた通り、世界経済が冴えないため、商品市況が軟化しているうえ、米国の金融政策の正常化観測がドル独歩高を演出しやすく、当時とは真逆だ。このため、利上げ観測からドル高が進むと、それがやがて物価上昇圧力を抑制し、利上げ観測とドル高を和らげる。こんな「いたちごっこ」を想定せねばなるまい。 <イエレン流もドル上昇の逆風に> さて、持続可能な雇用の最大化と物価の安定(デュアルマンデート)を掲げるイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長は、3月の記者会見にて、9つの労働指標を挙げ、質的な幅広い労働市場改善の重要性を訴えた。一見すると、足もとでは失業率が6年ぶりに6%を下回り、非農業部門の雇用者数も6カ月平均で24万人と8年ぶりの水準を記録。失業保険の申請件数も顕著に低下し、労働市場の改善に疑いの余地はない。 しかし、9つの指標のそれぞれについて、例えば金融危機前年の2007年の平均と比べると、当時よりも改善しているのは、求人率と解雇率のみだ。全体としてみれば、おおむね6割から7割の回復にとどまっている。量的緩和には弊害もあるとして、新規での資産買い入れには早晩幕を引く見込みとはいえ、賃金の伸びを伴って労働市場が回復し、それがやがて物価上昇にも波及するといったシナリオが現実味を帯びるまで、まだかなりの時間がかかりそうだ。実際、米国の物価の伸びはおおむね横ばい圏での推移が続いている。 そもそも、現在の米金融政策の根底にあるのは「Optimal Policy」、いわゆる最適な政策だ。金融政策ルールでは、今でも有名なのがテイラールール。だが、巨額の需給ギャップを長期にわたって抱え込んでいるうえ、ゼロ金利制約に直面しているため、イエレン議長は現在の米国には不適切としている。代わりに、イエレン議長が、サンフランシスコ連銀総裁時代の12年、講演などの場で示してきたのが、この最適な政策といった考え方だ。 これは、インフレ率や失業率、政策金利の変化を社会全体の損失とみなし、この最小化を目指すものである。インフレ率が目標を上回ると利上げを示唆するテイラールールに比べ、最適な政策では、インフレ率の上振れを許容してでも、失業率の十分な低下を待つため、利上げ開始時期が後ずれする。 加えて、実際に利上げが始まる場面では、労働市場が質的にも十分に回復し、物価上昇圧力も相応に高まっていると考えられる。これは、米国の名目金利が上昇しても、実質金利の上昇は抑制される可能性を示唆している。為替相場で言えば、日米の名目金利差拡大の程度に比べ、ドルの上昇が鈍い展開が考えられる。 <米景気回復局面の持続性に疑問符> 最後に、米景気回復の持続性について触れておきたい。全米経済研究所(NBER)によると、米国の景気が谷から山へと向かう回復局面は、すでに2009年6月から始まっており、今年10月で65カ月目を数える。 第二次世界大戦後、米国は今回を除いて11回の景気回復局面を経験しているが、平均すると景気回復期間は約58カ月。仮に来年6月に利上げが始まる場合、その時点で73カ月目を迎え、戦後第4位の記録に並ぶ。さらに、前回同様、そこから2年もの利上げ期間が続いた場合、利上げが終わるのは17年半ば。その頃には景気回復が97カ月を数え、戦後3番目の長さとなる。 ちなみに、戦後の最長記録第2位は、1961年2月以降の106カ月。最長記録は、91年3月から01年3月にかけての120カ月だ。前者は時代背景が大きく異なり、比較しづらい。後者についても、途中でアジア危機を経験したが、それもその後の新興国経済発展の生みの苦しみであり、また何より90年代終盤のIT革命といった情報分野での技術革新が長期にわたる景気回復を演出した面が強い。近年、米国のシェール革命が注目されているが、新興国経済にかつての勢いが乏しいなか、果たして米国の景気回復局面はいつまで続くだろうか。 念のために言えば、ここまで指摘したことはあくまでもドル円の上昇ペースや上値目途を抑える要因であって、円高材料ではない。冒頭で指摘した通り、日本の経常黒字が以前よりも減少し、デフレを脱した状況が続く限り、円高傾向へと逆戻りする可能性は低い。総合的にみて、来年もドル円が上昇すると見込まれる。 しかし、米国が利上げにこぎ着けた後も、そのペースは緩慢となろう。日米実質金利差から考えると、ドル円についても、現時点では115円前後を目指す緩やかな上昇シナリオをメインとみておきたい。 *内田稔氏は、三菱東京UFJ銀行の市場企画部グローバルマーケットリサーチチーフアナリスト。1993年、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、国内外での外国為替のトレーディングやセールスを経て、2007年よりリサーチ。2013年J-money誌第23回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では個人ランキング1位。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here) *本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。 http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPKCN0IA0PW20141021 |