03. 2014年10月08日 11:39:48
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いずれにせよグローバル化は止まらないかhttp://diamond.jp/articles/print/60219 【第349回】 2014年10月8日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] あの日立製作所の「年功賃金廃止」について 企業人事の先頭ランナー 日立製作所の「年功賃金廃止」 ?読者は、日立製作所という会社にどのようなイメージをお持ちだろうか。筆者は、良くも悪くも日本的で家族主義的な会社だというイメージを長らく持っていた。電機業界なので、率直に言って賃金水準はそう高くないが、年金をはじめとする福利厚生が手厚く、社員は会社の傘の下で真面目に働いてさえいれば、堅実で不安のない生活が送れるイメージの会社だった。 ?管理職に一定以上のTOEICの点数を求めるなど、近年、国際化を意識した動きを見せてきた同社だったが、今回の管理職の年功賃金を廃止するという発表には、正直なところ驚いた。「日本の企業もここまで来たのか」という感慨を覚える。 ?日立は、もともと人事政策に熱心な会社であり、日本企業の人事制度の先頭ランナー的な役割をしばしば果たす会社だった。たとえば企業年金では、厚生年金基金の充実に務め、運用にも熱心だったし、運用が努力では上手く行かないことがわかると、代行返上、さらに確定拠出年金の導入などの手を打ってきた。そして、その後多くの企業が追随した。 ?今回の年功賃金の廃止も、同業他社ではパナソニックやソニーなどが追随する見通しを報じられているが、異業種も含めて多くの会社が追随することになるだろう。今回の日立の人事制度変更は、後から日本企業の人事制度全体にとって、エポックメイキングな出来事として振り返られることになりそうだ。 ?付け加えると、日立製作所は前期決算で史上最高益を更新するなど、業績的には絶好調だ。日立に限らず、日本企業ではこれまでこの種の制度変更は、業績が不調の際にやむなく実施されるのが常だった点でも、今回の人事制度変更には驚きがある。 ?それだけ切迫した必然性があった、ということだろう。 ?日立製作所の管理職の年功賃金の廃止の背景を、同社の国際化と結びつけて説明する報道が多かったが、国際化ということと賃金に年功要素がなくなって個々人に対して個別化することとの間には、それほど強い必然性は感じられない。より重要なファクターは、人材の流動化だろう。 ?いったん就職した社員が辞めにくく、中途採用で有能な人材をスカウトすることもほとんどないということであれば、年齢と共に賃金が上がる安心感と対前年比較の満足感、さらに将来の報酬を期待して当面の賃金が安いと思っても社員が働く年功賃金制は、社員の満足度のわりに人件費の総額を抑えやすい、行動経済学的にも良くできた仕組みであった。 人材流動化と賃金の個別化 年功賃金廃止の真の原因は? ?しかし、特に有能な人材が企業間で移動するようになると、年齢とキャリアで賃金の大筋が決まる「給与テーブル」の存在は、人材争奪戦の制約になる。 ?個人差が大きく、また会社を移っても同様に仕事をしやすい金融業、特に外資系の金融の世界では、個人に対する報酬は一応成果に(稼ぎへの貢献に)結びつけられてはいるものの、人材の需給に応じて個別に決定される「個別化」に向かわざるを得なかった。 ?日立製作所はテクノロジー企業だ。テクノロジーの世界では、本来個人の能力差が大きく、かつそれが明確に表れやすい面がある。国際化に付随して、人材の流動性が高まる面もあろうが、年功賃金廃止の真の原因は人材の流動化だろう。 ?そして、経済的な必然性から言ってこの流れが元に戻ることはないだろう。 ?日立製作所の管理職賃金は、これまで約7割が年功的な要素で決まってきたと報じられているが、これがなくなることで今後変化しそうなのは、「定昇」(定期昇給)が形骸化することだ。 ?年齢が1年進むだけで給料が上がる「定昇」は、これとセットに「ベア」(ベースアップ)の交渉をすることで、グループとしての社員の経済条件を組合などが一括で交渉することを可能にしてきたが、報酬の全てが個々の社員の仕事ぶりによって決まるようになると、こうした交渉ができなくなる。 「定昇」の形骸化と組合の無意味化 終身雇用にも終止符が打たれる? ?たとえば「春闘」は、遠からず死語になるのではないか。すでに今年の春闘では、労働組合よりも「業績のいい企業は賃金を上げてください」という安倍内閣の要請の方が影響力を持つような状況だった。ここで定昇が形骸化すれば、ベアも曖昧になる。ベアを求めて戦う旧来の労働組合のスタイルでは、的を絞れなくなる。そして労働組合が、自分たちの存在感を確保できるような新たな交渉手法を開発できるようには思えない。 ?不当労働行為に対する抑止などの役割が形の上では残るし、会社の交渉相手として組合というものが存在することが経営者にとって好都合な面もあるので、組合が急になくなるということはないだろうが、年功賃金の廃止は労働組合の一層の弱体化に繋がるだろう。 ?連合は、本件に関して慎重な議論が必要だとの立場のようだが、大筋の流れはすでに定まっており、逆転は困難だろう。 ?また賃金の個別化は、人材の流動化と相性がいい。日本企業のもう1つの特徴的慣行とされる終身雇用にも、終止符を打つ方向に向かうのではないか。 「そのときの働きに、そのときに報いる」形で報酬が決まるようになると、労働者側から見て転職の機会費用が大きく低下するので、社員側にとって悪い話ばかりではない。 ?また、企業が効率を上げるためには、社員の給料を個別に決められるようにするだけではなく、社員自体をいつでも選べるようにすることがより効果的だ。今回の日立製作所の年功賃金廃止は、経営側から見て解雇規制緩和に向けた大きなワンステップである可能性もある。 ?あの日立製作所がやるのだから、日立の社員ばかりでなくその他の企業に勤めるサラリーマンも、年功賃金廃止は逆転不可能な大きな流れだと腹を括るべきだろう。 ?個々のビジネスパーソンは、この流れにどう適応していくといいのだろうか。大きく3つの対策が考えられる。 先に見えるリスクとチャンス 会社員はどうしたらいいか? ?第一に、将来の所得の不確実性が増すのだから、生活設計を見直すことだ。「老後の」という先の話ではなく、数年先の収入に関しても不確実性が大きくなる。端的に言って、今まで以上に「経済的な備え」が必要だ。改めて生活の内容と支出を見直すと共に、計画的に資産形成を行う必要がある。 ?そして、生活も貯蓄や不動産などの資産の扱いも、自分の事情を直視して個別に考えるべきであって、漫然と「同期並み」ではいけないことに注意が必要だ。 ?将来の公的年金や、さらに個人の雇用に関しても不確実性が増すことを考えると、当面、計画的な貯蓄額を増やすべき人が多いだろう。 ?第二に、報酬に成果主義的な要素が増えるのだから、積極的にリスクを取って仕事をすることだ。第一の方針と矛盾するように思われるかもしれないが、そうではない。 ?成果主義の報酬システムをファイナンス論的に考えると、稼ぎへの貢献額を原資産とするコールオプションだと言える。オプションは、より大きなリスク(ボラティリティ)を持つことで価値が大きくなる。個人の生活を堅固にすることは、仕事で大きなリスクテイクをするために必要なのだと考えよう。 ?第三に、転職の可能性を常に考えることだ。 ?頻繁に転職せよ、というつもりはない。しかし、転職市場で自分がどのような価値と現実的な選択肢を持っているかを常に意識すべきだし、仕事し、仕事のスキルを修得する際に、「他社でも共通に使えるスキル」「他社でも使える仕事の方法」を意識すべきだ。 ?これまでの非流動的な人材市場とセットになった年功賃金制度には、社員を会社に縛り付けるタチの悪い「長期延べ払い」の側面があった。これは、「将来は賃金が増えるはずだから、今は安くても我慢しよう」と思っていた社員には、制度変更時に「期待外れ」の気分(と、なにがしか実害も)を与える、「悪い延べ払い」でもあった。 ?この制約を逃れて、「そのときの貢献に、そのときに報いる」という原則の下で働くことができるのは、悪いことではない。やる気と能力のあるビジネスパーソンにとって、年功賃金廃止の先に見える道筋にはチャンスが多い。 |