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[創論]個人消費停滞 どうなる再増税
消費税率再引き上げの判断が間近に迫っている。消費増税後の買い控えからの回復が想定以上に鈍く悪材料となる一方で、最近の株高は再び資産効果をもたらし追い風だ。政府は来年10月の税率10%の実施に踏み切れるのか。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長と経済産業研究所の中島厚志理事長に税率引き上げの是非について聞いた。
「痛税感」強く 先送りを
セブン&アイHD会長 鈴木 敏文氏
――消費の地合いをどう見ていますか。
「沈滞気味だ。過去2度の消費増税(1989年、97年)時の反動減とは消費行動が大きく違う。これまでは商品の価格を下げれば売り上げは確保できたが、今回は価格を下げても手にしてもくれない。いわゆる低価格を前面に押し出した多くの小売企業の業績が芳しくないことからもそれがうかがえる」
「過去の色々な経済環境下では百貨店、スーパー、コンビニエンスストアなどの業種ごとに好不調の方向感があったが、最近では同じ業種でも差がつき、方向感すら違うようになってきた。長くこの世界にいるが、ここまで明確になるのは初めてだろう」
――なぜ、国も企業も増税後の消費の姿を見誤ったと思いますか。
「今回の3%の消費増税分や物価高による価格上昇に消費者の抵抗感が相当ある。そして、来年10月に控える税率の引き上げを消費者は意識している。『今年の春に続いて、また痛税感を味わうのか』という気持ちだ。消費増税の在り方については『上げるなら一度で』と増税前から言っていた。国は消費者心理をわかっていなかった。今のような消費環境では再引き上げの時期を多少、後ろにずらしたほうがいい」
「春の時点で増税後の影響が軽微になるのは6月くらいだと考えていたが、そのころからの天候不順というか、天候の激変で回復の時期が大きく後ずれしてしまった。災害も世の中を暗くした。かつては社内で『売り上げ不振を天気のせいにするな』と言い続けてきたが、天候の変化で消費者心理が左右されるようになっている。今ではどんな天候にも対応できるように全天候型の売り場を目指せと言っている」
「天候激変に見舞われた第2四半期(6〜8月)の商況は厳しかった。そもそも、家のタンスの中には服があふれている。飽和の時代だから買い急ぐ必要もないことも背景にある」
――消費の質も変わってきていると。
「消費者の商品に対する品質への視線がさらに厳しくなっている。それが今回の消費税率引き上げでより鮮明になった。所得が思ったように伸びていないのに、原材料費の高騰や消費増税で消費者の支出への負担は大変、重くなっている」
「当然のことながら、買い物に慎重になり、(安物買いの銭失いのような)失敗を恐れる。じっくり商品の選別をする。多少高くても品質の良い商品なら失敗の可能性は低くなり、後悔はしない。上質消費へのトレンドは厳しい消費環境でも変わらない」
「都心部の百貨店では既存店が前年実績を上回っているが、それは訪日外国人の買い物によるためで、景気の話ではない」
――消費を下支えする取り組みは何ですか。
「消費者は新しい価値のある商品は買ってくれる。セブンイレブンには平均で2800品目の商品が並んでいる。今年の春から約7割の商品を入れ替えた。このスピードは例年の2倍だ。これからも新しい商品へと替えていく」
「セブンイレブンは増税後も既存店の売上高が前年実績を上回っている。それは新しい価値のある商品がちゃんと店頭に並んでいたから。8月までで25カ月連続プラスだった。9月も大丈夫だろう」
――いつになれば影響が無くなると思いますか。
「わからない。一息つける雰囲気ではない」
――価格表示を総額表示(税込み価格)から大半の小売業が本体価格に変更しました。この表示変更が痛税感を増したのではないですか。
「短い間に2度も税率が変わるから本体表示を選ばざるを得なかった。(引き上げ幅がどうであれ)一度の増税だったら総額表示のままで乗り切っただろう。理想は総額表示だ。今回の本体価格への表示の変更は時限立法だから総額表示に戻る」
――前回、冷え込んだ消費を活性化するために真っ先に消費税分還元セールを展開しました。今回も何か策がありますか。
「同じような施策はやらないだろう。低価格だけでは意味がない。消費者にとって何に満足を覚えるかを徹頭徹尾、考えなくてはいけない。消費者に近い我々が新しい商品を出し続けることが、消費をしっかりしたものにすることになる」
すずき・としふみ 中大経卒。東京出版販売を経て63年(昭和38年)イトーヨーカ堂入社。05年セブン&アイHD会長。81歳。
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社会保障に穴 断行必要
経済産業研究所理事長 中島 厚志氏
――政府の経済統計では個人消費の弱さが目立ちます。 「商業販売統計など企業側(供給サイド)の統計データではそんなに悪い数字ではない。すでに消費増税後の落ち込みから水面上に浮上しているものもある。しかし、家計側(需要サイド)では回復が遅れている。前回の消費増税ではこの時期には回復していたが、今回はそうなっていないところが問題だ」
「供給と需要の両方の統計をもとに作成される消費総合指数(内閣府)でも依然として水面下だ。悪化の度合いは減じているが前回(97年)より回復が鈍い」
「明らかに言えることは家計調査(総務庁)の可処分所得の動向が物価上昇や消費増税分に追いついていないことだ。だから消費支出が低調なのだ」
――増税前でも所得が増えていないにもかかわらず、消費回復の軌道をたどっていました。
「第2次安倍政権が樹立してからの約1年半の消費支出増の要因は、株価と住宅価格の上昇による資産効果と消費マインドの改善によるところが大きい」
「マインドとは失業率の低下などの雇用環境の改善、アベノミクスなどによる株価の上昇期待、景況感の改善などだ。景気回復の手応えをそれほど実感していないものの、先々は良くなるだろうと思う期待が消費に明るさをもたらした」
「その半面、円安やエネルギーコストの上昇という光熱費負担増が消費を下押している。もし増税後に光熱費負担が増えていなかったら、消費は前年実績の水準まで戻っていたと推測できる。増税後にはこれまで大きなウエートを占めていた期待の部分が消え、先行きに不安がでてきたから消費が落ち込んだ」
――やはり、消費は弱いのですか。
「足元の数字はそうだが、消費を回復させるポテンシャル(潜在的)な要因はいくつもある。米国で進むシェール革命などでエネルギー価格は総じて弱含んでいる。これ以上、国内の家計などでエネルギーコストが負担になるとは思えない」
「ベースマネー(市中に出回る現金や金融機関が日銀に預けている当座預金の合計)、日米株価の相関、円ドル相場から日経平均を推計すると、近いうちに1万6800円前後まで進んでもおかしくない状況にある。資産効果が再び働くようになり、消費が活発になる」
「昨年秋以降の実質マイナス金利は住宅投資の強力な援軍だ。10年から13年までの新築住宅着工戸数を実質金利との関係で推計すると、年間で104万5000戸となり、7月時点の年換算83万9000戸より25%ほど上振れる計算になる。住宅価格の年収倍率は5倍を切っている。これに所得増が見込めるようになれば買い時と見られる状況にある」
――では、なぜ消費は弱いのでしょうか。
「やはり所得がなかなか増えないところだろう。増税直後の4〜6月期の企業業績は大企業を中心に極めて良好だ。生産性も上がっている。労働者への還元余地は大きい。ゼロ成長のユーロ圏でも賃金は上昇している。日本はほぼ完全雇用の状態にある。賃上げの環境にある」
「少子高齢化のように急速に進む社会構造の変化に合わせた商品やサービスの開発をしていないのではないだろうか。医療、介護、福祉の分野で高齢者が必要とするサービスやモノが少ない。ミスマッチがある」
「設備投資の内訳を見てもソフトウエアやブランド力を高めるような無形固定資産投資が低い。人材への投資も積極的でないから新しい時代の需要創造型のアイデアが出ていないと感じている」
――予定通りに消費税率を10%に引き上げるべきでしょうか。
「国際公約なので絶対に上げたほうがいい。そもそも社会保障に必要だから消費税を上げることを決めたはずだ。先送りするということは、社会保障制度に穴を開けてしまうことになる。国民的なコンセンサスを内外から問われるだろう」
「上げないと経済も混乱するとみている。そうなった場合、最後のツケは国民に回っるのは明白だ。それは高齢者だけに影響が出るのではなく、本当の弱者にしわ寄せがくる。もはや甘いことばかり受益できる時代ではない」
なかじま・あつし 東大法卒。75年(昭和50年)日本興業銀行入行。調査部長などを経て11年、経済産業研究所理事長。61歳。
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〈聞き手から〉 新たな価値や商品創造
消費増税後の個人消費の反動減については国や多くの企業が軽微に終わると楽観視していたが、いざ蓋を開けてみるとそうではなかった。理由はいくつもある。異常気象、所得の伸び悩み、資産効果が薄らいだことなどだ。
増税前までアベノミクスにより個人消費の面では順調に回復していたのは、中島氏が指摘する将来への明るさを感じた期待心理によるものだ。鈴木氏の持論である「消費は心理学」とも符合する。
中島氏の分析では消費を活発化させる要因はいくつもある。それが実需に結びつかないのは2人が語るように新しい価値のある商品やサービスの欠如が理由だろう。消費が堅調でないのは消費者が本当に欲しがる新商品や新サービスを提供できず「需給ギャップ」が存在するからではないだろうか。
両者で明確に意見が分かれたのは消費再増税の是非だ。消費者心理を冷やさないための国の新たな施策や民間の知恵が試され、しかも短期間で成果が問われる難しい局面にある。
(編集委員 田中陽)
[日経新聞9月21日朝刊P.9]
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