02. 2014年9月24日 07:14:46
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山崎元のマルチスコープ 【第347回】 2014年9月24日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] この円安と株高をどこまで喜ぶべきか? 本当に喜ぶべきことなのか? 明暗分かれる円安・株高の影響 ざっと1年停滞し膠着していた為替レートと株価が、円安・株高方向に抜けてきた。一足先に動いたドル・円の為替レートは109円台をつけて、110円台をうかがう勢いだ。やや反応が鈍かった観のある株価も、先週末の終値は1万6321円と、6年10ヵ月ぶりの高値に達した。 アベノミクスは、金融緩和による円安・株高を手段として、デフレからの脱却を目指す政策であり、この基本構造に大きな変化はない。失業率が下がって、労働市場の弱者層の雇用と賃金が改善してきたことは大きな成果だし、目指す「マイルドなインフレ」に向けた歩みの一過程である。 基本的に、円安・株高が好ましいことについて、現段階で筆者には異論がない。 しかし、これらは本当に喜ぶべきことなのかという疑問の声が、あちらこちらから上がって来るようになった。特に為替レートについては、その声が大きい。 もともとアベノミクスの初期から、主婦視聴者の多い情報バラエティ番組などでは、「円安になって、燃料をはじめとする輸入品の価格が上がっています。生活者にとって、アベノミクスは本当にプラスなのでしょうか?」といった問題意識が存在した。 ここに来て、経済界の一部からも円安に対する警戒の声が出て来た。たとえば、日本商工会議所の三村明夫会頭は、11日に行った記者会見で、「あまり大きな円安は今の段階では望ましくない。ちょっと行き過ぎだと思う」と述べ、円安の進行に懸念を示した(注:当時のドルレートは107円台)。 もともと、為替レートの変動に対する損得は、国内で明暗が分かれる構造にある。輸出に関わる企業は円安を好み、輸入に関わる企業は円高の方がコストが下がる。この差の存在は致し方ない。 観点を少し変えると、円安は日本の労働者の国際的な賃金水準を引き下げる。また、日本の商品(輸出品ばかりでなく、輸入品と競合する商品も)の競争力を改善する。こうした効果によって、日本の雇用が改善し、完全雇用に近づくと、賃金の上昇を通して、物価に対して上昇方向の圧力がかかるようになる、というのがアベノミクスの、というよりも、世界で普通に行われている金融政策の波及メカニズムの1つだ。 平均的に実質賃金が下がって、これまで安定的に雇用されていた中間層の実質所得が下がることは、アベノミクスの波及過程として、「予定通り」なのだ。 当面、円安やインフレに賃金が追いつかないので、消費者全体の経済的満足は低下するが、それでも雇用の改善と、その後のマイルドな物価上昇環境が望ましいので、円安、ひいてはマイルドインフレが歓迎されるという、政策判断が背景にある。 生産性改善が促す中間層の実質所得改善 だからこそ「第三の矢」が重要なのだ 政府は、この点をもう少し率直かつ平易に国民に説明すべきだろう。 順序としては、完全雇用とマイルドな物価上昇が達成された後に、生産の効率が改善し、経済が成長して、これが実質的な賃金の上昇に反映するまで、雇用の安定していた中間層の実質所得は改善しない。 つまり、第三の矢であるはずの成長戦略、言い換えると生産性の改善に正しく取り組まないと、中間層の生活は改善しない。だから、「第三の矢」が重要なのだと理解すべきだ。 そして生産性の改善は、政府ではなく民間が自発的にやるべきことだ。必要なのは、政府による補助金や投資ではなく、ビジネスの自由度であり、諸規制の緩和だ。しかしこれは、政府(実質的意思決定者は政治家よりも官僚集団だ)に任せておいたのでは、なかなか前進しないだろう。 円安の話に戻ると、現状は成長戦略の前段階のデフレ脱却に向けた動きの段階にある。個々の損得を考えると、「それでも私は円高の方がいい」という人や企業は多いだろうが(筆者個人の損得も円高の方が得だ)、「ここで円高に戻すと」と思考実験してみると、日本経済に働く圧力は景気後退、失業増、デフレ化の方向だと考えざるを得ない。円高の方がいいとは、とても言えない。 1ドル120円程度までの円安は好都合 株高はバブルではないが動きが怪しい どこまでも円安になっていい、というものではないが、デフレ脱却を達成したい今は、もう少し円安になってもいい。 また、相対的に米国の経済がより好調で、日本で金融緩和が続く一方、米国はFRBが出口を模索するプロセスにあるのだから、2007年にサブプライム問題の悪影響が本格化する前の水準であった1ドル120円程度までの円安は、あってもおかしくないし、むしろ好都合だ。 株価は現状では明らかに「バブル」ではないので、目下の株高自体の効果は経済にとって好ましい。一方、「円安に対応する株高」でもあり、全体が丸ごと不自然だということではなかったのだが、ここしばらく「いくぶん怪しい」上がり方を見せつつ直近の高値を更新して来た。 日々の日経平均の動きを見ると、前日に株価が下がった翌日に下げ渋ったり、前場のマイナスが後場に縮小したり、値動きが下方に対して窮屈になるような形で静かに株価が上昇してきた。 値動きだけから断定してはいけないが、なるべく上値を追わずにじわじわ買うスタイルは、1990年代にあった「公的資金の買い」のパターンと同じだ。 市場で注目されているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の新しい運用方針(特に標準的資産配分を示す「基本ポートフォリオ」)の発表がなかなか行われないが、GPIFはすでに基本ポートフォリオからの「許容乖離率」の制限を外すことを決定している。 あくまでも筆者の推測だが、GPIFが計画を発表してから株を買い始めると「市場のカモになる」という世間の批判を気にして、「計画発表前からすでにある程度は買っていた」と後から言えるような、アリバイづくりをしている可能性がある。 また、政府(中心は官僚集団だ)は、消費税率の引き上げを決めたい11月後半から12月に株価が下がるような展開は避けたいとすると、今くらいに株価が上がり始めるのがほど良いタイミングだ。彼らはGPIFの新方針の発表を、市場の「買い材料」として効果的なときに使いたいだろう。 市場の「材料」として効果的に使うためには、株式市場への資金投入が「今後もしばらくの間は続く」と市場参加者に印象付けながら、実際に資金を投入して株価を上げて行きたいところだ。 「株価連動政権」に乗ってもいいか? 官製相場操縦の不健全さに気づこう 「政府・GPIF」対「市場参加者」の心理ゲームはこれからが本番だが、一般投資家としては、GPIF資金の投入による「需給型株価対策」の効果は、「買っている間は確かにあるが、買い終わると徐々にハゲ落ちる」ということを覚えておきたい。 しばしば「株価連動政権」とも言われる安倍内閣、消費税を10%に上げたい官僚集団、そしてGPIFにより手数料の大きなリスク資産運用を拡大させたい金融業界の思惑は、「効果は短期的でもGPIFが株を買えばいい」という点で当面一致している。 筆者は、GPIFによる株価の買い支えは、景気や物価にプラス面もあるがその効果が短く小さいことと、公的年金積立金が株式投資を拡大することの影響期間の長いマイナス効果(たとえば本連載第345回「塩崎厚労大臣に知ってほしい株式と年金の話」などを参照されたい)を天秤にかけると、「株高それ自体は(経済全体にとって)悪くないが、そのために公的年金の積立金で株を買うなら喜べない」と思う。 もっとも、どうやって上がるにせよ、持ち株が値上がりすれば投資家にとっては利益になる。株高を投資家は素直に喜んでいい。しかし国民は、官製相場操縦の胡散臭さと、政府機関が民間企業の大株主になることや、そもそも不必要に大きな積立金をGPIFが抱えて頼んでもいないリスクを取ったり、運用会社にビジネスを提供したりしている構図の不健全性に気づくべきだ。 筆者に相場の正しい予測などできるわけではないから、「予想」としては一切あてにしないでほしいが、目下の円安と株高に対して、個人をはじめとする投資家がどうしたらいいか、簡単にまとめておこう。 投資家は円安に対してどうすべきか? 高手数料商品より外貨建てMMFやFXを 個人の場合、向こう1、2年のタイムスパンで考えていいだろう(注:基本的には長期で起こりそうなことがこの期間でも起こる確率が大きいという予想が、予想の主な成分になる)。筆者は、このくらいの期間で115円から120円くらいの円安になる可能性が、まずまずあるように思う。 この可能性が実現するか否かを問わずダメなのは、外貨預金と外国債券、それに毎月分配型を含む外国債券に投資する投資信託である(ただし、外貨建てMMFは除く)。 「円安になるなら、儲かるではないか?」というのは、「いい質問」だが考えが足りない。これらの手数料が厚くて投資家に不利な商品よりも、外貨建てMMFやFX(外国為替証拠金取引)などのシンプルなリスクテイク手段の方が、同じだけ為替リスクを取るのであれば、同じだけの円安に対してより多く儲かると期待できるからだ。そして、予想が外れて円高になった場合にも、手数料の厚い商品の方が損が大きい。 つまり、手数料の大きな商品は「確実にダメだから、はじめから検討する必要がない」のが現実だ。現存の円安に賭ける金融商品の9割以上は検討に値しない。 ただし、円安に賭けるリスクテイクの手段として、筆者は外貨建てMMFやFXよりは、外国株式のインデックスファンドを保有する形で、株式のリスクと一緒に為替リスクを取ることを勧めたい。 ただし、国内株式を持つことも実質的に円安に賭けることを意味するし、外国の景気が後退する場合に、外国の株価下落と円高が同時に進行する可能性があることに注意が必要だ。 一方、手段の当否はともかく、当面日本株の株価上昇がある可能性が大きいと、筆者は思う(注:くれぐれも、あてにはしないでください)。この見方に同意される方は、国内株式への投資を通常より少し多めにしてもいいだろう。 この場合、今後起こるであろうGPIFの買い増しによる株高効果にどう対処するかが問題だ。 端的に言って、株価が上がり過ぎたら有り難く売らせてもらうことを考えよう。現在の東証1部のPER(今期予想利益ベース)は16倍台だ(日本経済新聞社予想)。この水準は益利回りにして約6%だが、このへんまでは株価は適正の範囲内で、「高過ぎ」ということはなかろう。 今後、日本企業の利益拡大と足並みを揃えた程度の株高であれば、問題はない。少なくとも「通常ペース」での国内株式保有をキープしていい。 企業利益の拡大と株高は合っている? PER20倍越えが投資を減らす目安 問題は株価だけ上がった場合であり、当面であれば、PER20倍を超えたら、「通常ペース」よりも投資金額を減らすことを考えるのがいいと思う。 そこまで過熱した状態を想像することは、現段階では「捕らぬ狸の皮算用」に近いが、現実にそうなった場合には危険を忘れがちなので、今考えたことをしばらく頭に入れておくのがいい。 国内株式に対する投資手段は、TOPIXに連動するETF(上場型投資信託)が簡単かつ低コストなのでいい。TOPIXよりも日経平均の方がわかり易くていい、という方は、日経平均に連動するETFでもいいだろう。 信託報酬が1%を超えるような投資信託は、どんなにファンドマネジャーが魅力的でも止めた方がいい。素人にも、実はプロ(投信評価会社、証券会社、FPも含む全てのプロ)にも、優れたファンドマネジャーを事前に見分けるような能力はないからだ。 もちろん、個別に株式を選んで投資したいという方は、趣味も兼ねて個別株への投資にチャレンジしてみてもいいだろう。ただしこの場合も、分散投資と売買手数料の節約の2点に十分留意するべきだ。 読者のポートフォリオのご幸運を祈ります。 http://diamond.jp/articles/print/59410 |