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安倍はGPIF投機で八百長相場 孫はガチンコ勝負で8兆円
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2014年09月20日 世相を斬る あいば達也
最近の東証日経平均の動きは忌々しき問題を抱えたまま、1万8千円の大台を狙うという構図のようだ。下がるべき局面が何度かあったが、その都度ミセスワタナベならぬ、ミステリー投機資金が注入された。兜町では、専らミステリー投機の主は、公的資金だろうと噂されている。それに、今回は為替関連で海外ファンドが参加し、大相場を演じつつあるわけだが、参加者は公的資金と海外ファンドという按配のようだ。流石の筆者も、8月半ばに、損切したのだが、あの時決意しなければ、今頃、大損害になるところだった。勿論、充分に損をしたが、輪を掛けて損するところであった(笑)。
まあ相場と云うもの、損もするし、得もする。ただ、公的資金にやられるとは、納税者としては、かなり腑に落ちない。大相撲の八百長くらいなら、まあ良いじゃないかで済まされるが、国民の命綱、年金積立金に手を出すとなると、これは、只事では済まされない。東証株価が下がれば、年金が減るぞ!という匕首を、国民の喉元に突きつけられているような、現在の相場は、相当にリスキーだ。安倍晋三が、このまま、WSJに寄稿したような嘘八百を言い続けられる環境は、一般生活者の生活を直撃する可能性が高くなっている。株価が暴落すれば、GPIFは大穴を空けてしまうわけで、永遠に株を買い続けるジレンマに陥ることになる。世界一の年金基金が買い続ける不健全な東京証券は、ある日、世界のマネーゲームすら寄せつけない、自画自賛相場の正体を現すことになるのだろう。
このような、自分たちで株を所有し、下がったら、貰う年金が半減するので、買い続ける株式相場なんてものは、もう狂気な国と認定されるも同然である。“放射能はわが管理下にある”に“東証はわが管理下にある”と言っているも同然だ。しかし、背に腹は代えられず、永遠のアリ地獄に落っこちる危惧を持つ。。それに引き替え、ソフトバンクの孫正義の投資はガチンコ勝負で、公的資金投入の東証に比べれば、相当に爽やかなお手並みである。アメリカがアリババ一色になっているわけだが、ウクライナのポロシェンコ大統領が訪米した話題など、3行広告のような扱いである。孫が、第六感でアリババに投資した額はたったの20億円。本日の株価で換算すると、8兆円の含み益なのだから凄い。この辺のことを日経が以下のように報じている。
≪ ソフトバンク社長「株売る気ない」 アリババ上場含み益5兆円
アリババ集団の上場を受け、同社株式の約3 割を持つ筆頭株主のソフトバンクは8兆円弱の含み益を得る。2000年に20億円で取得したアリババ株の価値が、実に4000倍に高まった計算だ。有望な ベンチャーを見抜く孫正義社長の「目」はソフトバンクの成長の原動力でもある。国内外1300社にのぼる出資先の中でもアリババは最大の成功例だ。
「会って最初の5分、話すやり取りや目つきを見て、動物的なニオイで決めた」。孫社長は、アリババの馬雲(ジャック・マー)会長との初対面で投資を即決した当時をこう振り返る。
孫社長は「株を売る気はない」と繰り返す。ベンチャー投資は出資企業が上場する際に株式を売却し、得た資金を次の投資先に振り向けるのが一般的だ。なぜ売らないのか。
一つは、保有株を元手に金融機関から資金を借り入れ、積極的にM&A(合併・買収)を仕掛けることができるからだ。売却益を得なくても、含み益を事実上の担保として活用できるわけだ。
もう一つはアリババを「アジアにおける戦略的グループ企業。長く提携関係を保ちたい」(孫社長)と位置付けるため。グループ1300社のうち、ソフトバンクモバイルなど主要な通信子会社を除くと、孫氏が取締役に名を連ねるのはヤフーとアリババくらいだ。
もっとも、現時点で明確に挙がるシナジーは少ない。アリババ日本法人に共同出資している以外は、ヤフーがインターネット通販事業で、アリババを参考に出店料を無料にしたくらいだ。
今夏以降、一部の海外メディアは無料通話アプリのLINE(東京・渋谷)にソフトバンクとアリババが共同出資を検討していると報じている。ソフトバンクの 宮内謙副社長は19日、都内のイベントで記者団に対し「そんな話はまったくない」と否定した。両社が今後どう事業上の連携を深めていくのか、アリババ株の 含み益の使途と併せて観測が絶えない。 ≫(日経新聞)
このような快挙を実行している日本の経営者が孫正義であることは、ある面で複雑な思いもないではない。しかし、仮に生粋の日本人であったなら、このような「空気」と関係なく、自分の頭、勘、心で動くことは出来なかったと想像する。この辺に、日本民族の限界が一部見えることも、謙虚に受けとめる度量が必要だ。SONYがどうなるのか判らないが、経団連主導の日本経済には、まさに限界がある。否、もう既に限界点は越え、完璧な下り坂に入っている。逆に、日本人のグローバル世界における、有限性をつくづく考えさせられるわけである。
筆者は、その日本人のグローバル経済下における限界が悪いとは思っていない。ただ現在のように、経団連に群れている経営者連中の、政治を金で買うような乞食根性がある以上、将来展望は限りなく暗いものになる。政治に下駄を履かせてくれ、そうすれば我々も恩義を感じ、それ相当の見返りを為政者に寄付する心づもりだ。こんなあからさまな白昼堂々の贈収賄まがいの行為が、事も無げに語られる日本は狂っている。グローバル経済と金融資本主義経済の中で「越後屋、お主も悪よの」は馴染まない。しかし、考える視点を変えるとすれば、必ずしも悪い商習慣、癒着だとも言い切れない。グローバル経済と金融資本主義経済の世界で馴染まない民族性だと言っているだけだ。
民族の枠組みの中で、生きる事に慣れきった島国で育った民族には、ドラスティックな世界中を見渡すグローバル経済システムは、ハンディキャップをはじめから背負った戦いである。無理に無理を重ねて、青息吐息で後塵を拝する戦いに明け暮れることになるのは目に見えている。一部、グローバル化で生き抜ける産業や企業は世界で戦えば良いだろうが、その考えを、一律の産業や企業に当て嵌める政策には、新味もなければ、戦略性もなく、日本全体として不利な戦況化で突撃する無謀にもつながるわけである。このような状況では、間違った平等の感覚は、政策を誤るだろう。不平等な側面はあるが、内需産業と外需産業に、政策の色分けこそ、今の日本が取り得る選択のような気がしている。
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