03. 2014年9月10日 02:41:25
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【第345回】 2014年9月10日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 塩崎厚労大臣に知ってほしい 株式と年金の話 塩崎恭久氏の株式運用は上手い! “運用通”の厚労大臣の登場 先般スタートした第二次安倍内閣の陣容で、筆者が最も注目するのは、厚生労働大臣に就任した塩崎恭久氏だ。 巷間、塩崎氏は現在進行中のGPIF改革に積極的であると目されていて、株式市場では同氏の厚労相就任を「買い」の材料視する声もある。 筆者は同氏を、特に株式運用に詳しい“運用通”だと見ている。 実は、以前にあるマネー誌で閣僚の資産公開データから閣僚たちの資産運用ぶりを評価する記事のコメント取材を受けたことがあり、その際に塩崎氏の個人資産のポートフォリオ(発表データ)を拝見したことがあるからだ。 塩崎氏の個人資産ポートフォリオが現状でどうなっているのかは存じ上げないが、しばらく前に見たデータでは、預金、不動産などの外に、かなりの数(20銘柄よりも多かったように思う)の株式にバランス良く投資した投資信託のようなポートフォリオだった。 筆者は「上手い!」「模範的だ」と思ったし、確か別の閣僚のポートフォリオへのコメントで、「塩崎さんに投資を習ったらいい」とコメントした覚えがある。 塩崎氏は、日本銀行への勤務経験もあり、投資の理論などにも通暁していて金融市場全般に関して詳しいと推測するが、ポートフォリオから拝察するに、株式投資は好きだろうし、一家言お持ちなのではないか(ネット証券の社員としては、塩崎大臣に「私の株式投資論」といった演題で、投資家向けセミナーでの講演をお願いしてみたいと思う)。 GPIF改革に積極的と目される塩崎氏だが、どのよう方向を目指しているのだろうか。基本的には、安倍首相の意を受けた大臣就任だろうから、GPIF改革を検討した「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」(伊藤隆敏座長)の路線を、踏襲するものと予想できる。また就任後には、GPIFで株式に直接投資(インハウス運用)することが可能かどうか、検討を指示したと報じられた。 予想される塩崎流GPIF および株式改革 現時点で筆者が推測する塩崎流GPIF及び株式改革は、以下のようなものだ。 (1)公的年金でのリスク資産運用を拡大し、積立金の運用利回り改善を目指す。 (2)GPIFをはじめとする公的年金に、国内株式を買い増しさせる。 (3)公的年金での株式運用のアクティブ運用比率を増やすと共に、TOPIX以外のベンチマークによるインデックス運用(「スマートベータ」運用などとも呼ばれる)に投資する。 (4)公的年金の外貨建て資産投資も拡充する。 (5)公的年金の運用対象を拡大する。新興市場投資、プライベートエクイティ、証券化不動産、ヘッジファンドなどが有力候補。 (6)GPIFをはじめとする公的年金が「物言う株主」として、投資先企業の経営効率化に向けて意見を言い、議決権行使を通じて圧力をかける。 (7)日本版スチュワードシップコードなどを通じて、日本企業のガバナンスを株主の利益寄りに改革することを目指す。 公的年金による日本株の買い増しや外貨建て資産の買い増し(需給的には円安効果がある)は、株高・円安への誘導を狙ったアベノミクスの援護射撃を意図しているかもしれない。 また、日本企業のガバナンスに介入することによって、企業経営の効率性を改善して経済の活性化を図ろうとする意図が、強く感じられる。 加えて、アクティブ運用や新しいタイプの運用の導入によって、公的年金の積立金運用効率を改善できるとの見通し(あるいは「自信」)もお持ちかもしれない。 さて、仮に塩崎氏の目指す公的年金運用と株式に関する改革が前述のようなものだとして、国民は塩崎厚労大臣に期待していいだろうか。 国民は本当に期待できるのか? 塩崎大臣に知ってほしい4つのポイント 筆者は塩崎氏に、特に以下の4点について深く知っておいてほしいと思っている。 (1)需給型の株価対策は、即効性はあっても効果は一時的である。 (2)政府部門が民間企業の株式を保有することには、深刻な弊害がある。 (3)金融ビジネス界は公的年金積立金を「大きなカモ」として狙っている。 (4)公的年金の積立金は縮小可能だ(そして、縮小する方がいい)。 塩崎氏のご年齢とキャリアから推測するに、1980年代後半の日本株のバブル、及び1990年代のバブル崩壊の経緯については、よくご存じだろう。 このときの記憶でぜひ思い出してほしいのは、1992年の宮沢内閣のときに始まって数年続いた、公的年金資金による「株価PKO」(国連のPKO=平和維持活動にちなんで、価格維持活動<Price Keeping Operation>と俗称された)の経緯だ。当時は、GPIFの前身にあたる年金福祉事業団が主体だったが、公的年金の積立金が株価対策に投入された。 筆者は当時ファンドマネジャーや証券マンの仕事をしていたが、当時の株価PKOから受け取った教訓が3つある。 1つに、大きな金額を投入すると一時的に株価を上げる効果はあること。需給型の対策には即効性があり、大きな資金が動いている間は「逆らいにくい」。 2つ、しかしPKOの効果は一時的であり、「公的資金の買い」が止まると、株価はだらだら下がった。結局、投資対象(株式であり、最終的には企業)の価値が高まらないと、一時的に需給で上げた株価は、また元に戻ってしまう。 3つ、公的資金の買いはパターンを読まれて、当時から増えつつあった外国人投資家をはじめとする投資家の「カモ」にされた。つまり、金額が大きくて運用に関する説明責任があり、行動パターンが読みやすい公的年金資金は、目端の利く投資家のカモにされ、結果的に公的年金は割高な株価で株式に投資したのだった。 1990年代「株価PKO」の二の舞に? 公的年金が民間企業の株主になる問題点 GPIFをはじめとする公的年金の「買い」を株価対策に使うなら、1990年代の二の舞になる可能性があり、これは一部の投資家の待ち受けるところだ。 筆者の推測だが、塩崎氏はこのことを知っていて、企業の価値を上げるために、日本企業のガバナンス改革に注力すべきだと考えているのではないか。 政府の一部門である公的年金が民間企業の株主になると、深刻な利益相反の問題がある。特に、GPIFがこれ以上の大株主になると、その問題はより深刻になる。公的年金が企業のガバナンスへの関与を強めるなら、なおのことだ。 塩崎氏は、この問題をあまり深刻に考えていないのかもしれない。しかし、決して軽視できる問題ではないと筆者は思う。 問題点は大きく2つある。 まず、政府の一部門である公的年金運用機関(GPIFなど)が民間企業の株式を保有し、議決権行使などを通じて民間企業の経営に介入することについては、企業の監督者としての政府の義務と相対立する利害を孕む。 一番わかりやすい例は、塩崎大臣が所管する厚労省が医薬業界を監督すると共に、厚労省が所管するGPIFの株式投資を通じて薬品会社の株を保有し、さらに日本版スチュワードシップコードの原則に忠実に行動して、薬品会社の経営に口を出すことだ。薬品株のリターンのためには高い薬価と緩い規制がいいが、医薬品行政にあってはそうとは言えない。 薬品以外の業種に関しても、大きな意味で政府が監督者と株主両方の役割を担うことに問題があることに、変わりはない。 加えて、塩崎氏がやろうとしているGPIF株式のインハウス運用が加わると、GPIFは重要な情報に接触し得るインサイダー投資の直接的な主体になりかねないリスクがある。個別の業界・銘柄についても、さらに株式市場全体の動向に関しても、政府はあらゆる次元で重要な情報に関わっている。 こうした情報を持っている主体が、さらに大きな資金と影響力を持ちながら株式市場に入ってくることは好ましくない。 どのみち日本企業の経営に、公的年金が大株主として介入する気があるなら、インハウス運用で直接行動を起こす方が正直な面があるが、市場参加者としての立ち位置はあまりにも微妙だ。 率直に言って、これ以上公的年金の株式投資を大きくしない方がいいし、長期的にはむしろ株式投資の縮小方法を考えるべきだ。 経済通でかつ株式通の塩崎氏は、日本企業の経営効率が悪いことについて、歯がゆく、あるいは苦々しく考えておられるだろう。これを改革するための方策として、もっと株主が企業経営に働きかけるべきだとお考えなのではないか。 この目の付けどころは、必ずしも悪くない。しかし、公的年金をこれに関与させるという構想はいかがなものだろうか。 もしかして塩崎大臣は誤解している? むしろ株式投資の縮小法を考えるべき これは筆者の推測であり、誤っていたら謝するにやぶさかではないのだが、公的年金の方が民間株主よりも企業経営により積極的に関与し成果を出すことができると、同氏はお考えなのかもしれない。 だとすると、それは誤解だ。 自分のカネを投資している民間投資家の方が、株主として公的年金よりもはるかに真剣だし、そもそも運用スタッフが少ない公的年金よりも、集合的な民間株主の方がはるかに投資先企業に関する情報を持っている。 加えて、前述のように、公的年金には政府の一部門として民間企業の経営に関与するにあたっては、各種の制約がある。 企業がより株主の利益に沿った経営を行うようにするには、たとえば上場企業同士の株式持ち合いを規制するとか、取締役会などに関する法律や情状ルールを改正するとか、買収防止策を無力化するとか、他に有効な手が複数あるはずだ。 運用機関として公的年金自体は、個々の企業を深く分析する人員を持っていないし、立場上先鋭的な主張もしにくいので、結局世間で話題になっている事例に議決権行使でおそるおそる参加したり、金融業界や議決権行使コンサルタントが用意した御輿に乗るだけの存在にしかなり得ない(喩えるなら、ママゴトのお父さんのような形式的存在である)。 年金は公的な制度であり、その積立金の運用には大きな説明責任があるし、ある種の保守性が求められる。この点については、これまでGPIFは、かなりよくやっていたと思う。 GPIFは不透明な運用を避けられたが 内外の金融ビジネス側は音を上げた 一方、機関投資家としてGPIFが極めて優秀だったのは、運用コストを徹底的に削減したことだ。この点に関しては、日本の年金運用マーケットで、基金側が運用会社側に対して非常に強い立場にあったことも影響していると思うが、パッシブ運用を大きく使い、交渉によって手数料を叩き、オルタナティブ運用のような手数料が大きな(かつ不透明な)運用に引っかからなかったことは、大きな功績だ。 しかし、内外の金融ビジネス側は、この状況に音を上げた。それがよく表れているのは、前掲の有識者会議の報告書中にある次の意見だ。 「各資金は、コストをできる限り抑える観点から委託手数料等の縮減に努めており、国際的に見ても極めて低い水準となっていることは評価し得るものの、その結果、かえって十分な情報を得られず、貴重な運用機会を逃しているほか、金融・資本市場の発達を阻害する要因になっている可能性がある。なお、より高度な運用を行う結果、手数料を含むコストが上昇することもあり得るが、その場合は、それに見合ったネットのリターン向上について説明責任を果たす必要がある」(筆者注:文中の「各資金」とはGPIFの他に共済年金の運用資金を含む) 最後に、説明責任云々の付け足しはあるが、金融マンとしてこの文章を読むと、「もっと手数料がほしい」と金融業界が言っている声が聞こえるようであって、失笑を禁じ得ない。 アクティブ運用の増加や、オルタナティブ運用などの導入を促して、GPIFからもっと儲けたいと考える金融ビジネスが、GPIFの資金にたかって来ている構図を、塩崎大臣はよくよく頭に入れて置くべきだろう。 そして、ゆめゆめこの連中に利益を配分する「運用族」になろうなどといった、下品なことを考えるべきではない。 何よりも、アクティブ運用はパッシブ運用よりも面白い。塩崎氏はそうお考えかもしれないし、筆者もそう思う。しかし、特に運用手数料が高い場合に、前者が後者よりも上手く行くという証拠はないし(GPIFの運用委員会の米澤委員長に訊いたら、そう答えるはずだ)、GPIFのように大きな資金では特にそうだ。 より大きなリスクを取る方が、より大きなリターンを求めやすい。TOPIXが、必ずしもベストな日本株ベンチマークではない。伝統的資産以外での、たとえばオルタナティブ運用にも可能性はある(大半は手数料の塊だが……)。これらの一般論について、筆者も認めるにやぶさかではないが、これらを単純に公的年金の積立金にあてはめるのは間違っている。 厚生労働大臣としての塩崎氏には、ぜひ深く理解してほしい。 国民から無理矢理お金を預かって 市場運用に四苦八苦している現状 前記の3点については、わかっていただけたとしよう。しかし塩崎氏は、「現実に積立金はあるのだから、効率的に運用しなければならない。そして、それがついでに役立つなら、積極的に活用したらいいのではないか」とおっしゃるかもしれない。 しかし、そもそも論として、公的年金の積立金は年金が賦課方式であることを考えると、現在ほど大きなものである必要はない。現状は、国民から無理矢理お金を預かって、これを「市場運用」するのに四苦八苦している状況である。 また観点を変えると、「株式」が収益性の高い資産なら、それを欲する国民が自らのリスクで投資すればいい。また、日本株の時価総額が同じなら、時価総額を保有する主体は、政府部門である公的年金であるよりは、民間の方がいい。この点に関しては、資本市場を鳥瞰的に眺めて、考えてみてほしい。 公的年金による株式投資の各種の弊害を減ずる根本的な対策は、不必要な年金積立金を国民に返すことであり、これに伴って、株式保有を減らすことだ。 仮に(「無謀にも」と付け加えたいが)消費税率を10%に上げることが不可避なら、国民年金・基礎年金の保険料を減免し、積立金をこれに充てる形で、消費税による需要吸収をマイルドにするような、年金保険料の減免を行うといい。 これなら、デフレ脱却を後押しでき、公的年金の株式投資の弊害を増すことなく、幅広く消費者に購買力を配ることができ、相対的には低所得者に対する効果が大きく消費税の逆進性対策になり、公的年金の世代間の不公平性を改善する納得性が現役世代にあり、厄介な存在である公的年金積立金を縮小することができる。 「年金積立金の金主は国民」 そのことを常に念頭に置いてほしい 併せて塩崎大臣には、年金制度自体のリフォームについても大いに考えていただきたい。年金は国民の関心が高い問題だ。しかし、特に民主党政権下で年金に関する検討は停滞し、「年金の失われた3年」のような状況ができてしまった。 現在の年金制度からの現実的移行(その際に積立金を縮小しつつ)を念頭に置きながら、生活保護なども含めた総合的な社会保障制度の一環として、我が国年金制度を見直すことを期待したい。 運用通の塩崎大臣は、運用会社があまりに運用資金が大きくなると運用効率が悪化しがちであることを、ご存じだろう。ヘッジファンドなどにあっても、運用資金の募集を締め切ったり、一部償還したりすることがある。もてあますほど大きな運用資金は、金主に返すのが一番無事だ。 そして塩崎大臣には、あらゆる場面で、年金積立金の「金主」が国民であることを念頭に置いて物事を判断していただきたい。 現閣僚の顔ぶれを眺めると、経済の話と株式を中心とする市場や運用の話は、塩崎氏が一番よくわかってくれそうな方だと思う。塩崎大臣に大いに期待する。 http://diamond.jp/articles/print/58871 |