http://www.asyura2.com/14/hasan90/msg/205.html
Tweet |
伊藤元重:円レートについて考える(3)――物価と円レート
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140901-00000000-fukkou-bus_all
nikkei BPnet 9月1日(月)8時12分配信
リーマンショックをきっかけにして、円レートは急速に円高に動いた。これが日本の輸出産業を直撃し、リーマンショック後の日本の成長率の落ち込みは、先進国の中で最悪のものとなった。
同じ時期に、日本経済は再びデフレに転じてしまった。リーマンショック前の何年かは、日本の景気が回復傾向を示し、インフレ率もマイナスからプラスに転じていた。しかし、リーマンショックによって、物価はまたデフレに戻ってしまったのだ。
■「デフレで進んだ円安」という見方は正しいか?
こうした動きの結果、デフレは円高をもたらすという見方を持った人も多いだろう。たしかに、リーマンショック後は円高とデフレが同時進行した。しかし、デフレが円高をもたらしたわけでなければ、急速な円高がデフレのすべての原因というわけでもない。たしかに円高になれば海外から輸入される資源や食料の価格が安くなるので、物価下落の一つの要因とはなる。しかし、リーマンショック後に日本の物価が下落を始めたのは複合的な要因の結果であると見た方がよいだろう。
第1回と第2回で取り上げた円レートの話の中で、「実質為替レート」という用語が何度か出てきた。実質為替レートの対になっているのが「名目為替レート」である。私たちが通常の会話で使う円ドルレートや円ユーロレートなどは、名目為替レートである。それに対して、円ドルレートの実質値つまり実質為替レートであれば、日米それぞれの物価の動きを考慮に入れて計算した為替レートのことである。
実際の経済の動きを支配するのは実質為替レートであるので、つねに実質で見た為替レートを意識する必要がある。また、実質為替レートの動きを理解することで、物価と名目為替レートの関係もよりよく見えてくる。学生にはいつも言っていることだが、「素人は為替レートを名目で見るが、プロは実質で見る」ことも必要であるのだ。デフレから穏やかなインフレに変わろうとしている日本経済において、名目の円レートのこの先の動向を見る上でもこの視点が重要になる。
■デフレがもたらした円高の錯覚、1995年と2008年の比較
実質為替レートと名目為替レートの違いの重要性を理解してもらうため、私がよく使う例は1995年と2008年の為替レートの比較だ。この二つの時期は、円ドルレートはどちらもおおよそ80円である。多くの人は名目レートで理解しているので、2008年に1ドル80円にまで円高になったとき、1995年と並ぶ史上最高の円高になったと大騒ぎした。しかし、現実にはこの二つの時期の80円の間には大きな違いがある。
その違いは、この間に日本を襲ったデフレの影響によるものだ。1995年から2008年にかけて日本ではデフレであったが、米国では穏やかなインフレであった。この違いが累積して、1995年から2008年にかけて、日米間で物価はおおよそ40%も乖離した。つまり、この間に米国の物価は日本よりも40%も上昇したのだ。
この物価の乖離を考慮に入れれば、同じ1ドル80円でも、2008年の円レートは1995年に比べて実質で40%も円安であると言うことができる。80円を1.4で割ると、57円という数字が出てくる。つまり、物価の動きを考慮に入れると、2008年の段階では円ドルレートが57円までいかない限り、1995年と同じ実質レートであるとは言えないのだ。
別の言い方をすれば、同じ80円であっても、2008年の円ドルレートの実質値は、1995年に比べておおよそ40%ほど円安になっている。この間の日米の物価の格差がこの動きをもたらした。
上で説明したことについて別の言い方をすれば、名目為替レートが同じであっても、日本の物価が下がれば(あるいは米国の物価が上がれば)、それだけ実質レートで見て円安が進行しているのだ。
ある米国人が言っていた。「1995年に日本に来たときも、2008年に日本に来たときも、円ドルレートは同じ80円だった。1995年の日本では、ホテルもレストランもすべての価格が非常に高いと感じた。しかし、2008年の日本では、すべてが安い価格だと感じた」――。それだけ米国の物価が上がっているのに、日本の物価は下がっていたのだ。これが実質レートで見て、円安になっているということである。
■穏やかなインフレと名目為替レート
日本では穏やかなデフレが10年以上進行していた。名目為替レートが変化していなくても、日本の物価が安くなっているため、実質レートで見た円レートはすべての通貨に対して安くなっていったのだ。
さて、この物価と実質為替レートの関係は、今後の円レートの動きを考えるときにどのような示唆を与えるのであろうか。日本銀行の金融政策の動きがポイントとなる。
日銀は2015年までに2%のインフレ率を達成することを目標としたインフレーション・ターゲティングを採用している。これまでのところ、物価上昇率は日銀が意図した通りに動いている。その意味で日銀の金融政策は成功していると言ってよいだろう。
その上で、黒田日銀総裁は公式の場で何度も、「2%の物価上昇率を実現するだけでなく、安定的にその水準で物価上昇率が推移するようにしたい」という発言をしている。
日本のインフレ率が安定的に2%で推移したとき、円ドルレートはどのように動くのだろうか。米国のインフレ率にもよるが、一般的に日本のインフレ率が高くなるほど、一定の名目為替レートの下での実質レートは円高にシフトしていく。これは上で説明したデフレとちょうど逆の状況になっていると理解すればよい。
■「購買力平価説」で考える円ドルレートの動き
それでも現状では日本のインフレ率が米国のインフレ率よりも高くなるような状況にはないので、米国の方が相対的に物価上昇率が高い状況が続くだろう。その場合には、名目レートが変わらなければ、実質で円は次第に円安になっていく。それは結果的に名目で円レートを円高の方向に持っている力となるだろう。
経済学ではこうした考え方を「購買力平価説」と呼ぶ。第1回に述べたように、実質レートで見て、現在の円レートは30年来で最低の水準にある。日本の物価があまり動かなければ、円レートはいずれ円高の方向に修正する可能性が高い。
ただ、もし日本の物価上昇率がさらに高くなるようであれば、話は違ってくる。2%を大幅に超えるようなインフレが起きることは日本にとって好ましくないことであり、日銀もそうしたことが起きないような対応をとろうとするだろう。それでも、現時点でこれだけの金融緩和を続けていれば、将来的には日本のインフレ率が米国のそれを超えるような事態もまったく起こらないとは断言できない。
仮に日本で米国よりも激しいインフレが起きたときには、購買力平価理論によれば、名目為替レートは日本の物価上昇を打ち消す形で円安方向に動こうとする力が働く。デフレ時代に名目為替レートが円高方向に動く傾向が続くのとちょうど反対に、インフレの時代になれば名目レートは円安方向に動く傾向が出てくるのだ。
■改革がうまく進めば円高方向に持っていく力になる
もちろん、数年後の日本のインフレ率がどうなっているのかは分からない。また名目為替レートは購買力平価理論では説明できないような複雑な動きを示す。世界経済の動向、地域紛争、資源価格、日本の財政問題など、為替レートに大きな影響を及ぼしそうな要因は様々ある。
日本の産業の競争力は日本の実質為替レートの長期均衡水準に大きな影響を及ぼすだろう。現在日本は、長期的な潜在成長率を高めようと様々な改革に取り組んでいる。こうした政策がうまく働けば、それは実質レートを円高方向に持っていく力ともなる。
為替レートの動きを予測することは不可能である。ただ、デフレからの脱却という大きな転機にある日本経済では、物価の動きと為替レートの動きの関係には注目しておく必要があるだろう。
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。