03. 2014年9月01日 13:58:47
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http://jp.reuters.com/article/JPbusinessmarket/idJPKBN0GW16T20140901 コラム:ドラギ総裁の「変心」はユーロ安を後押しするか=唐鎌大輔氏 2014年 09月 1日 13:31 JST 唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト[東京 1日] - 8月下旬以降、為替市場では、米金融緩和の「終わりの始まり」を意識しながらドル買いが勢いを得る展開となっている。 ただ、米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨やジャクソンホール年次シンポジウムでのイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長講演も、客観的に見れば両論併記の域を出ておらず、結局「確たることは分からない」という方向感のない内容だったように思われる。 一方、イエレン議長の講演と同日(8月22日)に行われたドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の講演からは、今後のECBとユーロ圏を見通す上で見逃せない言動があった。具体的には、ECBとして初めて、1)インフレ期待の低下に言及、2)財政政策の意義を認めたことの2点であり、特にECBの政策運営をウォッチする上では一点目が極めて重要と考えられる。 一点目に関して、ドラギECB総裁は講演の中でこう述べた。「8月、金融市場はインフレ期待が全期間にわたって大幅に低下していることを示した。5年先5年物インフレスワップ(以下、5年5年BEI)は15ベーシスポイント低下し、ちょうど2%を割り込んだ。これは我々(ECB)が通常、中期のインフレを定義する際に使用する測定基準になる」。 一般にはあまり知られていないが、ECBはインフレ期待として5年5年BEIから得られるイメージを重用している。例えば、2008年9月4日の理事会後記者会見においてトリシェ前ECB総裁は「5年先5年物ブレイクイーブン・フォワードレート(以下同じく、5年5年BEI)が明らかに重要な指標の一つになる」と述べたことがあった。 もちろん、5年5年BEIだけがインフレ期待の指標ではなく、その他の計数も見る必要はある。だが、重要なことは、インフレ期待に関し、「大幅に低下している」と断言したことだ。 というのも、毎月の理事会時に公表される声明文の冒頭では「ユーロ圏のインフレ期待は、2%を下回り2%に近い水準を維持するという我々の目標に沿って、中長期にわたり着実に安定している」と掲載するのが定例化しているからだ(ジャクソンホール講演の2週間前のECB理事会でもその文言は見られた)。 これまでもドラギ総裁が市場の緩和期待をはねつける際、またはユーロ圏の「日本化」症状を否定する際は、往々にして「インフレ期待が安定している」という事実が一つの免罪符のように扱われてきた経緯がある。 昨年来の記者会見を振り返れば分かるが、ドラギ総裁は「ユーロ圏のインフレ期待は日本とは違い安定している」という主張を繰り返し行ってきた。5年5年BEIが2%以上で推移してきたことが、このような言動の背景にあった可能性は高いと筆者は見ている。 それは裏を返せば、「5年5年BEIの2%割れが定着してくれば、ECBから一歩踏み込んだデフレ懸念が聞かれるかもしれない」といった見通しにもつながっていた。現状はそうした局面に差し掛かっている可能性がある。 ちなみに、このジャクソンホール講演でのインフレに関する発言は、ドラギ総裁が事前に用意した原稿を逸脱し、アドリブで付け加えたものであるということから、その問題意識の高さをうかがい知ることもできる。 ドラギ総裁が今まで「聖域」のように扱ってきた「安定したインフレ期待」持続への懸念を示唆したことで、これに応じて政策運営も修正される可能性が高まっていると思われる。最近までECBは「6月に決定した包括緩和により年内は現状維持で逃げ切りたい」との算段があったように見受けられるが、強まるディスインフレ懸念を前に、年内に何らかの一手を下さざるを得ないと腹をくくったのではないか。 すでにスペイン10年金利が米国のそれを下回り、その他の国々でも利回りが過去最低水準を断続的に更新しているのは、来るべき量的緩和(QE)を織り込んでいる部分もあろう。 <ベルリン・コンセンサスからの卒業> また、二点目の財政政策の意義を認めた点も、インフレ期待の低下に言及したことと無縁ではない。ECBに過度な負担が圧し掛からないためにも、財政面からの援軍が欲しいというのがドラギ総裁の本音かと思われる。 ドラギ総裁はジャクソンホール講演で、これまで忌み嫌ってきた財政政策の拡大に関しても、「財政政策が金融政策と共に大きな役割を果たすことができる余地がある」とし、果ては「各国の異なる財政スタンスがより協力し合うことで、ユーロ圏全体にとってさらなる成長志向の財政スタンスが実現する」とまで述べている。要するに「財政を出せる国は出せ」というメッセージである。 ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)の系譜を引き継ぐECBにとってインフレ抑制は絶対正義であり、この価値観と整合的な緊縮路線は疑う余地のない「正しい政策運営」と考えられてきた。直近でも「ECBは各国政府に(緊縮や構造改革の)要求ばかりして、自分では何もやらない」といった論調が散見されていたところである。 しかし、金融緩和の出し惜しみや域内全体での緊縮路線を追求した結果が、消費者物価指数(HICP)の継続的低下や失業率の高止まり、そして実体経済(実質国内総生産)の二番底懸念という現実であり、挙げ句、頼みの綱だった長期のインフレ期待も目安となる2%を割り込んでしまった。厳しい現実を目の当たりにして、ドラギ総裁が「ベルリン・コンセンサス」とも揶揄(やゆ)される引き締め主義から卒業しようと考え始めていても不思議ではない。 デフレ化する経済では負担を求めやすい中央銀行に皺(しわ)寄せが行きやすく、気付けば現状悪化の犯人呼ばわりされる傾向が強い。最近ではフランスからユーロ売り為替介入を求めるような声まで公然と聞かれる。こうした状況下、「金融政策ばかりに頼らず、各国も協力を」という思いが芽生えるまでに、ドラギ総裁は追い詰められているのではないかと推測する。 つまり、ジャクソンホール講演を境に、ドラギ総裁は金融・財政両面に関し、かなりハト派方向に心変わりしているように思われる。 <「将来のユーロ高」のエントリーポイント> ドラギ総裁の変心を受けてユーロ相場の先行きをどう考えるべきだろうか。上述のような言動を踏まえるまでもなく、ドラギ総裁の為替相場に対するスタンスは明確であり、一にも二にもユーロ安といった姿勢が見受けられる。 8月7日のECB理事会後会見では通貨安誘導とおぼしき発言が繰り返されたが、ジャクソンホール講演でも、ユーロ圏と米国で失業率の改善ペースに明らかな格差が出ている様子や、互いの実質金利差が今後拡大していく様子などをわざわざ図示するなど、やはり暗に為替の下値誘導を図ろうとしているような箇所が散見された。 なぜ、そこまで米国との対比を強調する必要があるのか。狙いはユーロの安値誘導としか考えられない。周縁国にとって心地良い水準付近まで相場を押し下げ、それに伴いHICPも浮上させたい、というのが偽らざるドラギ総裁の本音ではないかと推測される。その意味で、口にはしないまでも、将来的なユーロ売り為替介入の可能性まで考え始めているかもしれない。 当局が明確に安値誘導の意思を表明している通貨について、買いで応戦することは難しく、イエレンFRBの正常化プロセスが順当に進むことも踏まえれば、欧米金利差主導でユーロ安・ドル高は進行すると読むのが無難だろう。 だがその一方で、莫大な経常黒字とディスインフレは着実に根付き始めており、通貨としての地力は強固なものになりつつあることも留意したい。このような「地力の強さ」を誇るユーロが下落し続けるためには、FRBが着実に正常化プロセスを進め、欧米金利差が拡大することで投機的なユーロキャリー取引が活発化するしかない(もしくはユーロ売り為替介入を続けるしかない)。それは「円の歴史」からも言えることである。 ただし、そうした「地力の強さ」に逆らった投機的取引には反動が付き物だ。円キャリー取引が隆盛を極めていた2005年から07年、IMM通貨先物取引において、円売り持ち高は未曾有の水準まで膨れ上がったが、その裏では「巨額の経常黒字」と「さえない物価情勢」が放置されたままだった。その後、強烈な通貨高への巻き戻しが発生したことは周知の通りである。 変心したドラギ総裁を信じてユーロを売り進める戦略は当面の間、奏功するだろう。しかし、そうした「今のユーロ安」は「将来のユーロ高」のエントリーポイントになっていることも忘れてはならない。 *唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) |