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アベノミクスは総合的経済財政政策の呼称として使われているが、その内実は、国債サイクル管理政策でしかない。
1千兆円を超える国債残高が金利高騰や歳入不如意といった緊急事態に繋がらないよう、日銀が既発国債を“回収”し、銀行を中心とした国債投資機関が新規発行国債をスムーズに購入できるように環境条件を整えるための政策である
7月末に発行された『フォーリン・アフェアーズ・レポート』に、「アベノミクスの黄昏―スローガンに終わった構造改革」という論考が掲載されている。
処方箋はともかく、アベノミクスの有効性や日本経済の現状分析はまともである。
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『フォーリン・アフェアーズ・レポート』2014 No.7
P.51〜59
「アベノミクスの黄昏―スローガンに終わった構造改革
Voodoo Abenomics
リチャード・カッツ:オリエンタル・エコノミスト・アラート誌編集長
3本の失すべてが標的を射抜けば、安倍政権が強気になってもおかしくはない。だがすでに2本の矢は大きく的を外している。財政出動による景気刺激効果は、赤字・債務削減を狙った時期尚早な消費税率の引き上げによって押しつぶされ、構造改革は曖昧なスローガンが飛び交うだけで、具体策に欠ける。量的緩和も、他の2本の支えなしでは機能しないし、物価上昇の多くは円安による輸入品の価格上昇で説明できる。結局、自信を取り戻すには、有意義な構造改革を通じて停滞する日本企業の競争力を回復するしかない。そうしない限り、一時的な景気浮揚策も結局は幻想に終わる。問題は、安倍首相がもっとも重視しているのが経済の改革や再生ではなく、安全保障や歴史問題であることだ。
■失速したアベノミクス
日本の30代前半の若者のますます多くが直面している窮状を考えてみて欲しい。高校時代に塾に通って名の知れた大学に入ったのに、結局、彼らの多くはまともな会社の正社員としては就職できなかった。厳格な労働法ゆえに、企業は業績不振に陥っても正社員のレイオフができないため、人手不足をパートタイマーや一時雇用で凌ごうとする。
こうしたパートタイマーや一時雇用者の賃金レベルは正社員のそれよりも3分の1程度低い。現在、25−34の男性の17%がこうした非正規雇用で採用されて働いており、この割合は1988年と比べて4%上昇している。男女を含む全従業員のなかで賃金レベルの低い非正規社員が占める割合は38%に達している。かつて平等を誇った日本社会にとつて、これは衝撃的な数字だろう。
2012年12月の首相就任時に日本経済の再生を約束した安倍首相は、その後国内雇用は改善したと語っている。だが雇用が増えたのは非正規雇用だけで、正規雇用は3.1%減少している。その結果、安倍政権の発足以来、労働者1人当たりの平均賃金(実質ベース)は2%低下している。
これでは個人消費が盛り上がらないのも無理はない。それどころか、低賃金のために非正規社員の若者たちは結婚し、家族をもつこともできずにいる。正規雇用されている30代男性の70%は結婚しているが、同年代で非正規雇用の男性の結婚率は25%でしかない。
これは若者たち個人にとつてだけでなく、日本経済全体にとつても大きなダメージになる。非正規雇用者への依存は、日本の最大の資源である人的資源、つまり最新の技術やテクニックを使いこなす人材プールを失うことになる。非正規社員は会社が求めるスキルを身に着けるチャンスがなく、仕事を長く続ければ続けるほど正社員になる可能性は遠のき、ますます人的資源が失われていく。また非正規社員の低い結婚率は、少子化を加速し、年金生活者を支える労働人口の減少という問題をさらに悪化させる。
こうした相互に関連する一連の問題が日本の経済を停滞させている中核要因である以上、当然、これらを解決することが安倍政権の経済戦略の中枢に据えられているはずだ、と多くの人は考えるかもしれない。だが改府は、こうした問題を解決するための最低限の措置、例えば、正社員か非正規社員かに関係なく、同一の業務には同一の賃金を法律で義務付ける措置さえ提案していない。雇用慣行を 抜本的に改革しない限り、企業は今後も業績の変化に応じて従業員の数を調整する安全弁として非正規雇用を利用し続けるだろう。一方、同じ仕事への同一賃金の支払いを法律で義務付ければ、企業が人件費対策として、正社員のいなくなった穴を非正規社員で埋める理由はなくなる。
アベノミクスとして知られる安倍政権の経済政策は、本質的には信用詐欺(Confidence game)のようなものだ。安倍首相と彼の経済顧問たちは、日本経済を低迷させている根本的な原因は不安だと考えた。依って「市民が日本経済の見通しにもっと自信をもてば、個人消費は拡大し、企業の設備投資と雇用も増える」
さらに安倍政権は、日本経済が低迷している最大の原因をデフレとみなした。首相自ら2013年の演説で 「日本は20年間におよぶデフレによって、自信を喪失してしまった」と語っている。その自信を復活させようと、安倍政権は「3本の矢」で構成される経済政策を進めてきた。デフレ克服のための量的緩和政策、消費を刺激するための景気刺激策(財政出動)、そして長期的な成長を実現するための構造改革だ。
3本の失すべてが標的を射抜けば、強気になってもおかしくはない。しかし、すでに2本の失は大きく的を外している。財政出動による景気刺激効果も、債務削減を狙った時期尚早な消費税率の引き上げによって押しつぶされた。一方、構造改革は曖昧なスローガンが飛び交うだけで、先に進んでいない。残るは量的緩和策だが、3本の矢はいずれも他の2本の支えなしでは機能しない。
自信を取り戻すにはインフレ(ターゲット)よりもずっと本質的なもの、つまり、有意義な構造改革を通じて停滞する日本企業の競争力を回復しなければならない。そうしない限り、一時的な景気浮揚策も結局は幻想に終わる。
すでに魔法が解け始めていることは株価に表れている。安倍政権発足時から2013年末までに日本の株価は65%上昇した。その多くは外国人投資家の資金のおかげだったが、2014年5月初めまでに売りに転じたために、かつての株価上昇分の3分の1が失われてしまった。外国人投資家は、安倍首相は構造改革に力を入れていないと的確に状況を読み、懸念している。日本の有権者の多くが、株価をアベノミクスに対するプロの投資家たちの評価と考えているだけに、現状が続ければ、安倍政権の支持率と政治的影響力は低下していく。現状で既得権益と対決して改革を進められずにいるとすれば、政治的影響力が低下した後にそうできるとはおよそ考えにくい。
■アベノミクスを統括すると
日銀の黒田総裁は2013年2月の総裁就任時に、2年で2%の物価上昇を目標として掲げ、十分な量的緩和を実施すると約束した。安倍首相と黒田総裁は、その目標達成に向けて状況は進展していると主張してきた。
たしかに、2014年3月の時点で消費者物価は1年前と比べて1.3%上昇している。しかしその多くは、円の価値が25%下がったことでほとんど説明できる。円安によって電気製品、食料、石油などの原材料の輸入価格が上昇し、輸入品を用いて作られる製品の価格も上昇した。円安は事実上、日本の消費者や企業の所得を、産油国の指導者、外国の農家、メーカーへと移転したにすぎない。しかも円相場は安定期に入っており、今後は円安による物価上昇も期待できない。
黒田総裁が2年で2%の物価目標を達成したとしよう(もっとも、2014年4月のブルームバーグの調査では、36人のエコノミスト中34人が不可能とみている)。それでも物価上昇そのものが経済成長に貢献するとは考えにくい。
黒田総裁は、消費者は物価が上昇する前に早く買い物をしようとし、企業はそうした消費ブームを背景に投資と雇用を増やすと、これまで主張してきた。しかし、過去10年間のデータをみると、日本の消費者は物価上昇を織り込んで、むしろ支出を抑えようとする。
理由は単純だ。所得よりも早いペースで物価が上昇したら、消費に回せるキャッシュはそれほど残らない。
だが黒田総裁は抽象的な経済理論ばかりを重視して、こうしたエビデンスに目を向けなかった。それでも安倍首相は彼の理論を気に入っている。この理論通りに現実が推移すれば、経済改革という困難な道を選ばなくても、量的緩和という簡単な方法で日本を再生できるからだ。
日本の実質賃金は1997年以降9%下がっており、今後も下がり続けるだろう。それにも関わらず、円安によって輸出収益が人為的に押し上げられ、賃金も引き上げられた数百の大企業の(例外的)事例ばかりが取り上げられている。
労働者と企業がともにインフレを織り込むようになれば、賃金は上昇すると安倍政権は主張している。だがデフレは日本が抱える問題の原因ではなく現象にすぎない。人為的にインフレを起こして日本の問題を解決しようとするのは、体温計に氷をあてて熱を下げようとするようなものだ。
安倍政権の経済チームは、対ドルで円の価値が25%低下したと胸を張っている。だがここでも彼らの楽観論は間違っている。円安は外国市場における日本製品の価格を下げることで輸出の拡大を促す反面、輸入価格は上昇する。日本の現実に照らせば、輸出企業が受ける恩恵よりも、国内の消費者と企業が被るダメージのほうが、はるかに大きい。
実際には、鉄鋼、車その他の輸出が、安倍政権発足後にそれほど伸びた訳ではない。ソニーの問題も為替ではなく、スマートフォンやタブレット端末など、誰もが欲しがる製品を作れなくなったことにある。また日本車の輸出が伸びないのは、メーカーが日本から輸出するのではなく、生産拠点を外国に移しているからだ。物価調整後の円相場が1970年代以降でもっとも安い水準にあるにもかかわらず、日本の貿易収支が赤字であるのは、日本企業の基本的競争力が落ちていることを意味する。人工的な対策ではなく、本質的な解決策が必要とされている。
2本日の矢である景気刺激策は、個人消費に必要なキャッシュを提供することを意図していた。この目的は減税策、あるいはうまく考案された政府支出によって達成できたはずだ。だが安倍政権は、一方の足でアクセルを踏みながら、もう一方の足でもっと強くプレーキを踏み込んでしまった。おおむね利益誘導型だった財政出動の効果も4月から消費税率が5%から8%へと引き上げられたことで覆されてしまった。しかも、2015年10月には消費税率を10%に引き上げることが予定されている。手元のキャッシュが減っているのに、どうして支出を増やせるだろうか。
安倍政権は、ギリシャのような金融危機に陥るのを避けるには緊縮財政が不可欠だと考えている。だがこれは、もっと本質を理解しているはずの黒田総裁の発言というよりも、むしろ、財務省関係者が用いるアドバルーンとみなすべきで、エビデンスよりもイデオロギーが優先されている。これは、彼の出身母体である財務省がかねて緊縮財政を重視してきたことに直接的に関連している。
管理可能な問題を危機に変えてしまうという点では、国内の債務同様に対外債務も重要な役割を果たす。ヨーロッパで金融危機に見舞われたのは、莫大な公的債務だけではなく、長年の貿易赤字のために巨額の対外債務を負っていた諸国だ。これらの国では外国の貸し手が資金を引き上げたために金利が急上昇し、国内経済が大きな打撃を受けた。一方、ベルギーやフランス、ドイツのように大きな公的債務を抱えていても、対外債務がほとんど、あるいはまったくない国では危機は起きなかった。
長年にわたって貿易黒字を計上してきた日本は今も対外債権国だ。ここにきて少しばかりの貿易赤字を出したとしても、巨額の外貨準備があるために資本逃避は回避できる。要するに日本は公的債務をファイナンスする余力をもっているので、日銀は政策金利を低く保てている。黒田総裁はこの事実を無視して、安倍首相に緊縮策をとらなければ金利が急上昇すると説明している。
多くのエコノミストは、消費税率の引き上げによって日本の成長は2年ほど停滞すると考えている。2年で財政赤字を半分に減らすという財務省の目標に即して政府が歳出を削減すれば、経済成長はさらに抑え込まれる。財政問題を是正する時間的猶予はあるのに、なぜこんなやり方をするのか。日本経済を再生する上で、(赤字を削減するのは)正しいことだが、適切なタイミングと順序で実施する必要がある。日本はまず成長を取り戻して、その上で赤字・債務削減に取り組むべきだろう。
■必要とされる改革は何か
1992年以降平均0.8%だった成長率を、安倍首相が約束したように2%まで引き上げられるかどうかの多くは、3本目の矢、つまり構造改革によって決まる。
官庁エコノミストでさえ、改革なしでは0.5−1%を超える成長を実現は不可能だと認めている。生産年齢人口が縮小するなか、さらなる成長を実現するには労働者の生産性を高めるしかない。現在、日本の労働生産性(就業1時間当たり国内総生産)は先進国の平均を25%も下回っている。非正規社員が増えて人的資源が形骸化している状況で、生産性を上昇させるのは非常に難しいだろう。
労働者の生産性を高めるには、本格的な構造改革を実施して、創造的破壊を試み、衰退する企業に勢いのある企業が取って代わるのを認める必要がある。たしかに、自動車産業など、国際的競争にさらされている産業の生産性は高い。しかし日本経済で大きなプレゼンスをもっているのは国内指向の企業で、その多くはさまざまな規制と、カルテル的な商慣習によって競争から守られている。これらの産業は、外国の同一産業と比べて大きく出遅れている。その一例が、処方箋の要らない市販薬(一般用医薬品)の一部ネット販売規制だ。こうした規制が残された本当の理由は、対人販売の店舗薬局が打撃を受けることが懸念されたからだ。規制撤廃を求めていた安倍政権の諮問パネルのある委員は、官僚に改革を骨抜きにされる事態を前に憤慨し、委員を辞任している。
日本の非効率的な乳産業も同様だ。政府は乳製品の市場開放を拒否して、12カ国間の自由貿易圏の構築を目指す、環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉を膠着状態に追い込んでいる。日本の乳製品市場は、国内の競争にさえ開放されていない。農協が流通への支配力を武器に、北海道の大規模で効率的な酪農家で生産された生乳の流通を妨害して、本州の非効率的な酪農家を保護してきたからだ。
農協は安倍首相率いる自由民主党と関係の深い強力な集票組織だし、(一票の格差ゆえに)人口比でみれば農村部を代弁する国会議員の比率が高いために、政府はこうした実態に目をつぶってきた。真の改革者なら、農協に認められている独占禁止法の適用除外を解体し、こうした慣行を法律で規制すべきだろう(訳注:政府の産業競争力会議は全国農業協同組合中央会を頂点とする制度を見直し、新たな制度に移行することを提言している)。
日本経済は、衰退する企業に代わって新興企業が活躍できるような構造を必要としている。転職も簡単で、転職期間中はしっかりしたセーフティーネットを頼りにできるような制度が必要だろう。構造改革によってこうした環境が整備されれば、現在後れをとつている産業の生産性は世界的なレベルに上昇し、アメリカの小売業や鉄鋼産業が1990年代半ばに経験したような生産性革命が起きるだろう。スタートアップ企業を育むアメリカの豊かなビジネス環境は、情報技術(IT)産業部門で大きな流れを作り出した。IBMが衰退し始めたときには、マイクロソフトとインテルがその地位を奪うべく控えていたし、マイクロソフトが迷走し始めるとすぐにグーグルとアップルが登場した。しかし日本には、ソニーやパナソニックが経営不振に陥ったときに、それに代わって台頭するような企業がない。日本の大手電機メーカー20社の顔ぶれは、1946年以降まったく変化していない。
硬直化した労働市場と、関連企業同士の馴れ合い体質のために、起業家の卵は必要な資金や人員、流通経路をうまく押さえられずにいる。しかし国の経済にとつて、企業の新陳代謝、つまり、衰退する企業は姿を消すかダウンサイズし、優れた企業が頭角を現せるような環境は、自然淘汰が進化に必要不可欠なのと同じくらい経済にとって重要だ。
安倍政権は独禁法を積極的に運用することで、競争を抑え込むビジネス慣行を断ち切り、労働市場(雇用)の流動性を高め、資金を投入してしっかりとした雇用セーフティーネットを整備すべきだ。だが、安倍首相も日本の歴代首相と同様に正反対のこと、つまり、経営不振に陥った企業同士を合併させている。スウェーデンはGDPの1.5%を社会人教育や雇用の斡旋に費やして転職を支援しているが、緊縮財政を重視する日本政府はこうした措置を排除されている。これぞ一文惜しみの百失いだろう。
■なぜ今後に期待できないか
もちろん改革が簡単なら、とうの昔に実行されていたはずだ。問題は、競争を促す改革が多くの硬直化した企業とその従業員を傷つけてしまうことだ。日本では、現在の会社でやっている仕事がその人にとつての最大の社会的セーフティーネットとみなされている。こうして政府も、それが滅び行く運命にあるとしても、衰退する企業を救うことで社会的混乱を防ごうとする。日本政府はむしろ、改革の痛みを緩和するために、景気刺激策や金融刺激策を「麻酔」として使うべきだろう。
日本にもかつて改革を成功させた例がある。金融市場改革によって、乗り気のしない銀行も、経済を抑え込んでいた大規模な不良債権処理を進めざるを得なくなった。大型店の出店を妨げていた大規模小売店舗法は廃止され、通信分野の規制緩和によって新規参入者にも、それまでの独占業者と同じように通信網を使用する権利が認められた。こうした改革は小売産業や電気通信産業の生産性(とユーザーの利便性)を大幅に拡大するとともに、流通チャネルも新規参入者に部分的に開放された。
しかし安倍政権の改革にはこうした進展がない。例えば農業改革案は、補助金の交付を生産高ベースから所得ベースに置き換えただけで、小規模で非効率的な農家の統合を促すものでも、農業関連事業の十分な拡大を促すものでもない。女性のキャリアに関する機会の拡大にしてもほとんどの女性は妊娠するヒ昇進ルートから外されるという最大の問題には一切タッチしていない。
また消費税率を引き上げる一方で、法人税率の引き下げを検討していると言うが、それによって投資を刺激できるという主張は誤りだ(この点については財務省も認めている)。日本の大手企業は、資金を国内で投資するよりも、むしろ内部留保している。もっとも、法人税率を下げれば株価が上昇して、企業の政権支持が強化される可能性はある。一方、政府の電力改革案は、発送電分離によって新プレイヤーの参入に道が開かれるかのように思える。しかし現実には、地域的独占状況にある既存の電力会社が持ち株会社を設立することが認められており、この場合、電力会社は(子会社設立を通じて)発電と送配電の双方を管理できる。
政府は原子力発電に対する規制強化策もとっていない。一部の原発は、2011年の東日本大震災前に安全データの改ざんを行い、規制当局もこれを黙認していた。不信感を募らせた市民が、かつて日本の電力の3分の1を供給していた原発の再稼動を阻止しているのも無理はない状況にある。その結果生じている電力不足とエネルギーコストの上昇を受けて、自動車メーカーをはじめとする輸出企業は生産能力の国外移転路線をさらに強化している。結局、第3の矢は成長と雇用創出と投資の拡大という目標を表明したにすぎず、これらを実現するための具体策が準備されていない。
第3の矢が本物かどうかを判断する格好のリトマス試験紙が、TTP交渉だろう。この数カ月にわたって交渉が暗礁に乗り上げているのは、日本の経済チームが一部の農業製品(牛・豚肉、乳製品)に関する関税の維持を主張しているからだ。この部門の雇用は10万世帯にも満たないが、高価格ゆえに農協の収入には貢献している。
5月半ばの時点で、この分野の合意達成はできていない。たとえ最終的に合意できるとしても、安倍政権が小規模な利益団体に振り回されている以上、TTPによって国内の改革が進むとは期待できない。対照的に、韓国はアメリカとヨーロッパとの自由貿易協定をテコに改革を進めており、経済産業省の改革派官僚たちは、日本も同じ路線をとるべきだと主張している。
■経済政策と歴史問題の間
安倍首相は既得権益と対決できるだけの大きな政治的影響力をもっている。今も60%前後の支持率があるし、自民党は国会で安定多数を確保している。だが彼が、強力な集票組織に本気で対決姿勢を示した事例は一つも見当たらない。それどころか、彼はその政治資産を別の領域で浪費している。70年前の戦争犯罪を否定し、日本の行動が侵略行為だったことさえ認めようとせず、韓国が長く実効支配してきた小島の領有権を主張し、こうした時代に逆行する立場を反映するように教科書を改訂しようと試みている。一方、集団的安全保障の行使など、安全保障に関する安倍首相のアイデアは理にかなっている。だが、平和主義の日本で反対を克服するには莫大なエネルギーを要する。必然的に、第3の矢は後回しにされてしまっている。
悲しいことに、彼にとつて本当に重要なのは経済の改革や再生ではない。それは安全保障や歴史問題だ。アベノミクスはこの領域での変化を実現するための人気取りの手段にすぎない。だが、その経済運営の失敗がもたらす政治的帰結から安倍首相が自らを隔離できる時間はそれほど残されていない。
世論調査によれば、日本人の80%が 「アベノミクスでは生活はまったく改善していない」と回答している。それでも安倍首相の支持率が依然として高いのは、いずれアベノミクスの効果が出てくるだろうと期待されているからだ。だが早晩、その失敗は無視できなくなる。そのときまでには、必要な改革を実行する政治的資源は残されていないだろう。
最終的に日本は改革を実行して復活するだろう。この国の悲劇は、優秀で野心的でクリエーティブな人が大勢いるのに、彼らが、かつては活力に満ちていたものの今は硬直化してしまった政治・経済制度のなかに閉じ込められていることだ。その結果、日本のパワーは、その部分・部分を合わせたパワーよりもずっと小さいものになっている。
必要とされる構造改革を断行すれば、日本は復活する。だがそれには大きなビジョンをもつリーダーが必要であり、現在の首相はそのタイプの指導者ではないだろう。
Richard Katz:アメリカの経済ジャーナリストで、日米関係、日本経済に関する多くの著作をもつ。オリエンタル・エコノミスト・アラート誌代表。東洋経済誌に定期的にコラムを執筆している。
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