02. 2014年8月06日 09:19:46
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実質所得減が追い風か海外経済の悪化で、デフレ脱却も怪しくなりつつある http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140805/269671/?ST=print 「すき家」を誰も嗤えない デフレの寵児が陥った日本経済の落とし穴 2014年8月6日(水) 広岡 延隆 7月29日は土用の丑の日だった。土用丑にはウナギを食べると決めて約20年。それをずっと守ってきたが、今年に限って取材が立て込んでランチの時間が取れなかった。ついに連続記録も途絶えるかと残念に思いながら、東京・秋葉原で取材を終えてトボトボと帰る道すがら、ふいに「美味しいウナギはいかがですか〜」というアニメ調の女性の声が耳に飛び込んできた。 振り向くと、メイド服を着た若い女性と目が合った。そして、彼女の頭上にあったのは「すき家」の看板。吸い込まれるように入った店舗で食べた799円(税込み)の「うな丼並盛」は、ことのほか美味しく感じられた。 過酷で違法性の強い労働実態が明らかに その2日後の7月31日のことだ。すき家を傘下に持つゼンショーホールディングスは第三者委員会が調査報告書を提出したことを受けて、都内ホテルで会見を開いた。過重労働の実態が明らかになった同社は、外部の専門家に改善提言を求めていた。 ゼンショーホールディングスの小川賢太郎会長 着席し、配布された49ページに及ぶ調査報告書を一読し、まず充実した調査に感銘を受けた。内容は概ね想定通りだったが、口から出てきたのは「それにしてもひどい」という言葉だ。
「400〜500時間に上る月間労働時間」。「36協定違反で労働基準監督署から複数件の是正勧告」。「売上高が目標に達していない場合、労働していても休憩時間を取得したとして処理するよう指示された」。こうした数々の事例が克明に記されていた。 想定していたと述べたのは、日経ビジネス5月19日号の特集「さらば使い捨て経営」において、今春にすき家で発生した大量閉店問題の実態をリポートしているからだ。一部は本サイトでも紹介しているので、お読みいただいた方も多いと思う。(参照記事:「すき家『鍋の乱』で大量閉店の真相」)。 7月31日に1035円だった株価は8月5日時点で993円と、4%も下がっている。調査報告書という形で違法性の高い労働実態が改めて白日の下にさらされた結果、またも同社はマスコミからネットまで袋叩き状態となっている。 こうした状況を考えれば、ゼンショーの労働問題の詳細を本記事で改めてあげつらうことに、さほど意味はないと思う。ゼンショーは自社サイトで第三者委員会の調査報告書を公開している。職業柄多くの第三者委員会報告書を見てきたが、その中でも特筆すべき内容だ。記事の最後にリンクを張っておくので、興味のある方は後ほどお読みいただければと思う。 「ブラック企業」批判と功罪 「ブラック企業」。報告書が出る以前から、ゼンショーに対してこう名指しで批判する声は多かった。飲食業界では特に低価格帯の店舗を中心として、過重労働問題にはまり込んできた傾向はある。小川会長は「言葉の定義が明確ではない状態でのレッテル貼りには抵抗感がある」と述べるが、外食チェーン最大手となったゼンショーが「罪」を真っ先に問われるのは無理からぬことと感じる。 「ブラック企業」のレッテルには抵抗感を示す 一方で、敢えてこの局面だからこそ「功」の部分も指摘しておきたい。ゼンショーの従業員数は正社員5928人、パート・アルバイトは4万6232人に及ぶ(2014年3月末現在)。長期間続いてきた景気低迷の中で成長を続け、これだけの雇用を生み出してきた。国内の雇用におけるセーフティーネットは、必ずしも十分機能しているとは言えない。その中で果たしてきた、社会的な役割をすべて無視するのはフェアではないだろう。
そもそも違法行為は、それ自体が論外なのは当然のことだ。だが、誤解を恐れずに言えば、過重労働の問題は終身雇用を前提とした旧来型日本企業においては珍しい現象ではなかった。そして、現在でもそうした悪しき労働環境が残る企業は少なくない。飲食チェーンで過重労働と聞けば労働者に対する搾取と思うだろう。だが、高給の外資系金融機関で徹夜仕事が続いていると聞いても、必ずしも同じ印象を持たない人は多いはずだ。 実際これだけネット上の書き込みや報道ですき家の労働問題が話題になったのに、同社のアルバイト・パートへの応募人数は徐々に持ち直しているという。最大の原因は時給を上げたことだ。ここまで批判を浴びている問題の本質は会社が与えるモチベーションや賃金と、労働負荷とのバランスが著しく不均衡になっていたことにあると言えそうだ。 デフレ最適化企業に訪れた必然の結果 すき家の過重労働そのものは長年続いていたことで、今春に突然そうなったわけではない。裏を返せば、不満はあっても許容範囲内として働いていた労働者が多かったということになる。そのバランスが急激に不均衡に陥った要因は2つある。 直接的なキッカケは既報の通り、今年2月の「牛すき鍋膳」導入による急激な労働負荷の高まり。「鍋の乱」とも言われる。もう1つは景気浮揚による雇用の需給バランスの変化、すなわち他のアルバイト先に移れる環境が整ってきたことだ。これまでギリギリ保っていたバランスが崩れ、従業員を確保できなくなったすき家は店舗の大量閉鎖に追い込まれた。 すき家の蹉跌の本当の意味を理解した時、それを「対岸の火事」と嗤える企業はどれだけあるだろうか。同社が陥った問題は、日本経済が直面しつつある問題を先取りしたに過ぎない。 日本企業はここ数十年、景気低迷に対応すべく低賃金の非正規雇用を増やすなどして労働分配率を下げ続けてきた。消費者でもある労働者への配分を下げてきたのだから、国内でデフレが進むのは当然のことだった。米国経済の復活やアベノミクスによってその流れが反転しつつある局面において、デフレモデルに最適化した労働集約型産業の大手であるゼンショーで、最初にバランスが崩壊したのは必然だったと言える。 外食に限らず、今や多くの産業で人手不足が課題となっており、正社員化などの手段を講じている。最低賃金も引き上げられ、生活保護との逆転現象も解消する見通しだ。こうしたサイクルが持続的なものになるかどうかは予断を許さない。今、人手不足に苦しむ企業には申し訳ないが、不景気の時点から従業員に手厚く接し、今その果実を享受している企業もある。いずれにしても、希望なきデフレスパイラルから脱却しつつあることは歓迎すべきことだろう。 ゼンショーの話に戻そう。同社は、この苦境から復活できるのだろうか。 好むと好まざるとにかかわらず、ゼンショーは当面「ブラック企業」の風評は避けられない。ただ、消費増税などで生活防衛意識が高まっていることは、業績の下支えになりそうだ。実際、すき家の7月の既存店売上高は前年同月比7%増だった。 第三者委員会は小川会長が自ら決断して調査を委託したものだ。「すべてを真剣に受け止めて、これから可及的速やかに是正すべき点は是正する」と会見で言明した小川会長が言葉通りに改善を実行し、悪評を払しょくしていくしかない。できなければ、今度こそ従業員はゼンショーを完全に見放すだろう。 これだけ長々と理屈っぽい話を書いた後で恐縮だが、個人的には理屈ではない部分で望みはあるのではないかと感じている。 現場の活気を取り戻せるか 少なくとも私がうな丼を食べに入った店舗では、店員の間に笑顔があった。一時期の荒んだ空気とはまったく異なるものを感じた。メイドの呼び込みという秋葉原の土地柄を活かしたアイデアも、疲弊しきった現場から生まれるものではないという印象を受けた。 第三者委員会の久保利英明委員長(中央)、國廣正委員(右)、村松邦子委員(左) 第三者委員会の報告書の末尾には「現在は、毎日のように、マネージャーも来てくれて環境を変えようと必死で努力してくれています。なので、確実に良い労働環境になってきました。とても有難いです」という従業員のコメントが載っている。
今は一部かもしれない。だが、企業経営とは結局、現場の集合体だ。すき家が日本経済の縮図と見るならば、こうした声が広がっていくのは悪いことではない。 参照リンク:第三者委員会による「調査報告書」(ゼンショーのホームページ) このコラムについて 記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。 |