03. 2014年8月01日 11:30:33
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リスクはかなり積みあがっている http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140729/269401/?ST=print 倉都康行の世界金融時評 米国市場に浮上する流動性リスク 株価バブルより重要な債券市場の問題
2014年8月1日(金) 倉都 康行 いま世界中の金融業者を苛立たせているのが、市場価格の変動率(いわゆるボラティリティ)の低下である。欧米大手金融機関の4-6月決算は、債券や株式の発行が活況だったともあって引受手数料が大幅に伸びた為に利益は積み上がっているが、市場売買の部門は押しなべて低調だ。それが復調する兆しは、まだ見えて来ない。 BIS(国際決済銀行)などの指摘を待つまでもなく、こうした市場の「世界的な異常気象」は、FRBなど主要国中央銀行の緩和政策がもたらした副産物である。市場価格が変動しなければ、投資家も動きようがない。 強烈な緩和政策によって市場から価格変動という「自由な権利」が奪い去られたのと同時に、市場もまた中央銀行に対して極めて従順になった、と言えるかもしれない。「FRBと喧嘩するな」という利益確保の為の市場格言は、いつの間にか「FRBの声は神の声」という祝詞に変化してしまったかのようだ。 流石に欧米市場では、大手機関投資家やヘッジファンドなどから「中央銀行の緩和政策は過剰だ」「FRBは早期に利上げを行うべきだ」といった声も上がり始めている。「民主的な投票」の下で価格を設定する本来の役割を市場は早く取り戻すべきだ、というのがその言い分である。 恐怖指数の低下は「潜在的恐怖感の高まり」を示唆 市場から自律的な価格設定力が失われたという典型例は、日本国債であろう。日銀は徐々に長期金利が上昇していく姿を理想形として抱いているかもしれないが、自由度を剥ぎ取られた市場にそうした円滑な価格機能を期待するのは、もはや無理であろう。 因みに米国には、恐怖指数と呼ばれる数値(VIX指数)がある。文字通り解釈すれば、その低下は「恐怖感の消失」ということになるが、そもそも同指数は株式市場のオプション・プレミアムから得られるものであり、現実の恐怖感とは関係が無い。昨今のボラティリティの低下に伴うその指数低下は、むしろ市場に何らかのマグマが溜まりつつあるという、逆説的な「潜在的恐怖感の高まり」を示唆しているようにも見える。 ボラティリティの低下を「経済安定性の反映」と見る向きもあるが、実務的にいえば、低金利下での市場の静けさは「借金による運用=レバレッジ拡大」を育む土壌となる。金利上昇気配が強まれば、一気にその巻き返しが来ることを懸念せねばならない。従って、投資家だけでなく企業経営者らも「嵐の前の静けさ」として常に心の準備をしておいた方が良いだろう。 つまり、ボラティリティの低下そのものが問題なのではなく、それが将来的に何を引き起こすのか、という波及経路を想定することが重要なのである。その意味で、米国市場でいまホットな話題になっている債券市場の流動性への問題意識は、日本市場にも当てはまるものとして、留意しておくべきだろう。 これは、巷に喧伝されている株価バブルの可能性よりも、もっと重要なテーマを孕んでいるように思われる。では、世界経済に大きな影響力を持つFRBは、この点をどう考えているのだろうか。 米国の金融緩和に関しては、先日公表された6月のFOMC議事要旨から、米国の量的緩和政策の終了時期はほぼ見えてきた。同国経済指標は製造業を中心に堅調であり、雇用統計も悪くない数字が続いていることで、市場には利上げ前倒し観測も強まっている。タカ派のFOMCメンバーからは、「早ければ年内にも利上げ」といった主張がなされている。 過去のトラウマの影響か慎重なイエレン議長 だがイエレンFRB議長はかなり慎重だ。先月の上下院議会証言において、同議長は利上げ時期に関しては一切言及せず、頑なまでに「今後の景気動向次第」という姿勢を保っている。雇用分析のプロでもあるイエレン議長は、低水準の労働参加率、高水準のパートタイマーの存在、伸びない賃金上昇率などを理由に、まだ利上げの環境が整っていないと見ているようだ。 その慎重論の背景に、過去数年間FRBの楽観シナリオが外れ続けてきたことへのトラウマが影響しているようにも感じられる。議長は議会での質疑応答で「偽りの夜明け」に騙されてきたことを率直に認めている。では、上昇を続ける株価やリスクプレミアムの縮小が顕著なジャンク債などは「偽りの価格上昇」ではないのだろうか。 株式市場に関してイエレン議長は、過去の水準に照らしてみればそれほど割高ではない、との認識を示している。議会証言の際に提出されたFRBの金融政策報告書の中では、小型株やバイオ株、SNS関連株など一部の株価やジャンク債、レバレッジド・ローン市場などの過熱感に言及しているが、それを利上げ要因とは見なしていないことに注目すべきだろう。 同議長は、資産バブルに対しては金利ではなくマクロ・プルーデンス的な規制によって対処すべきとの見方を示しているのである。或いは、口先介入のような手法でバブルを未然に防ぐことを頭に描いているのかもしれない。だがゼロ金利の下での規制だけでバブル抑制に効果があるのかどうか、かなり疑わしい。 FRBのバブル警告が短命に終わった例もある。1996年12月、上昇を続ける株式市場に「根拠なき熱狂」のラベルを貼ったのは当時のグリーンスパン議長であった。その警告効果は一時的に止まり、結局株式市場が本格的に反転に向かったのはその約3年後のことであった。 市場は、FRBの資産評価に対する能力をそれほど買ってはいない。1996年と全く逆のケースとして、2007年のバーナンキ前議長による住宅市場に対する評価も、明らかに的外れなものであった。 次なる危機「債権流動性リスク」 一方で、クレジットと呼ばれる市場にやや動きが出始めている、との指摘もある。バンカメ・メリル・リンチの調査に拠れば、7月第3週のジャンク債ファンドからの資金流出額が2.7兆ドルに達した、という。これは2013年8月以来の流出額である。 もっとも、これは警戒感の台頭というよりも、利回りの急低下による利食いの動きと見た方が良いかもしれない。上記調査では、株ファンドや新興国債券ファンドへの資金流入は続いており、投資家の現金シェアが11%と9年ぶりの低水準にあることも示されているからだ。 イエレン議長のリスク資産市場への言及も、それほど市場に影響を与えているとは思えない。むしろ同議長は資産効果を期待しつつ、資産バブルを黙認しようとしているのではないか、といった観測すら浮上しているのが現状だ。 地政学的リスクが限定的で、FRBの利上げもまだ当分ないとなれば、レバレッジを利用した投資には安心感が増すばかりである。また機関投資家の中には、オプション市場を利用して積極的に「ボラティリティを売る(プレミアムを稼ぐ)」戦略を採るところもある。 だが、そうしたレバレッジやリスクテイクの積み上げが次なる危機の温床になり得ることは、説明の必要もないだろう。中でも、いま注目されているのは「債券流動性リスク」である。 債券市場の流動性リスクが表面化した一つの例は、米国のレポ市場である。日本のレポは「現金担保付の債券貸借取引」と呼ばれるが、米国では「買戻し条件付き債券売買取引」と定義されるように、債券ディーラーなどが手持ちの米国債などを買戻し条件付きで売却して短期資金の調達を行う取引だ。その米国レポ市場において「フェイル」と呼ばれる証券の受け渡し不能の事例が多発しているのである。 レポ機能の劣化という想定外の副作用 「フェイル」とは、証券を受け取った資金の貸し手が当該証券を返せなくなる状況であり、ブルームバーグに拠れば、6月中旬以降は週当たり2000億ドル前後と、年初来の600億ドル程度と比べて急増している、という。過去にも市場混乱などの影響で何度か急増する場面があったが、今回はボラティリティの低い極めて平穏な相場環境の中で起きているのが特徴だ。 それは、レポ市場で利用される米国債の流通量がFRBによる大量購入によって、急減していることが原因である。昨今レポ市場でマイナス金利が多発しているのも、その流動性が原因だ。資金の貸し手がコストを払うという異常現象である。 FRBは、量的緩和によって株式市場を救ったが、資本市場の土台とも言えるレポ機能の劣化という想定外の副作用を生んでしまった、とも言える。 債券の流動性問題は、レポ市場に止まらない。むしろ、それが社債市場に波及することを一部の金融市場は懸念し始めている。具体的に言えば、ジャンク債を含む社債ファンドから資金が急速に流出するような場合に、果たしてそのファンドからの債券売却を誰が受けとめられるだろうか、という実務的かつ切実な問題だ。 上半期に1800億ドルもの起債を行った米国のジャンク債市場は、流動性という意味では債券市場の中でも最も注目されている。金利上昇とデフォルト率上昇というダブルパンチを受ける可能性があるからだ。 市場には、一度ジャンク債に売りが出始めたらまともにビッドを出せるところは無いだろう、との見方が強まっている。規制強化の流れを受けて、現在の投資銀行に受け皿となる機能や余力は無くなってしまったのである。その弱点は、恐らくジャンク債に限定されないだろう。 「パリバ・ショック」を想起させる施策も 既に今年4月には、IOSCO(証券監督者国際機構)が債券投資家の直面するリスクに警告を発している。機関投資家最大手のブラックロックは、債券ファンド解約にペナルティを課して、解約を抑制するアイデアを公表した。 それは、サブプライム・ローン危機の際にモーゲージ・ファンド解約が殺到し、MBSの価格が暴落した為に大手金融機関がファンド解約を凍結した7年前の8月(パリバ・ショック)を思い出させる。それが、金融危機への導火線に火を付けたのだ。 FRBのステイン前理事は、退任直前に市場混乱を回避する策としてこの提案を支持していたが、投資家の自由度を奪いかねないこうした手法には反対論も少なくない。 今や、米国市場の懸念は「ボラティリティ低下→レバレッジ上昇→債券への資金過剰流入→流動性リスク増大→金利急騰→株式市場の下落→実体経済への悪影響」という連鎖反応に集約されつつある、と言って良いだろう。勿論ソフトランディングも可能だろうが、最大の攪乱材料となるのが利上げ時期を巡る思惑である。 米国の利上げ時期を予想するよりも重要なことは、予想外の利上げ前倒しをもたらす可能性がある「潜在成長力」の議論に焦点を当てることかもしれない。日本では供給力増加率としての潜在成長率は今やゼロ近辺と見られているが、米国でも同様に潜在成長率の低下傾向に注目が集まっている。 低成長の主因はITセクターの生産性の低下 その議論に拍車を掛けたのが、サンフランシスコ連銀リサーチャーのジョン・ファーナルド氏が6月に公表した論文だ。同氏は、米国のITセクターとITを利用するセクターにおける生産性が金融危機前の2004年頃から低下し始めており、これが昨今の低成長の主因になっていると分析し、住宅金融などバブル崩壊の後遺症が原因なのではない、と主張している。 ファーナルド氏は、戦後以降の米国潜在成長力を試算した結果、1940年代から1970年代前半にかけて大きな生産性上昇の波が起こり、それ以降は停滞して1995年頃から再び生産性上昇の波動が生じた、と見ている。 第一の波を起こしたのは第一次世界大戦中の電気や輸送などの影響であった。第二の波のエネルギーはIT革命である。だがその生産性上昇は10年ほどの短期間で終了してしまった。仮に同氏の指摘が正しいとすれば、米国の「労働市場の緩み」は想定されたほど大きくないことになり、利上げの先送りは正当化されにくくなる。 IMFもまた、米国の潜在成長率は今や2%程度とその評価を下方修正している。1990年代の「ニューエコノミー時代」に3.0-3.5%と見られていた水準からすれば、大幅な後退である。JPモルガンに至っては、現時点では1.75%程度と見るのが妥当だ、と述べている。 潜在成長率を正確に測定することは困難であり、こうした数字を鵜呑みには出来ないが、昨今の米国経済の迫力の無さは、薄々市場が感じているところでもある。 米国以上に深刻な日本国債の流動性問題 債券投資家は、一般に需要サイドの成長ペース鈍化に低金利継続の匂いを嗅ぎ取っているが、冴えない成長率の下で失業率が低下してきたことは、上記の通り、供給能力の増加率が大幅に低下している可能性を示唆している。労働市場の需給は、イエレン議長の見立てよりも逼迫しているのかもしれない。利上げ前倒しの思惑が急浮上する可能性は、決して小さくない。 仮に債券市場の流動性リスクに火が付けば、「超低水準のボラティリティ時代」は一気に終焉を迎えるだろう。英エコノミスト誌は、流動性が枯渇している債券市場は出口の狭い満席状況の映画館のようなものだ、と述べている。 それは他人事ではない。日本でも潜在成長率がゼロ近辺であれば、緩和政策で増幅される需要が、コントロール不能の物価上昇率を引き起こしてしまうことは十分に有り得る話である。それは国債の投げ売りを誘うだろうが、日銀以外に買い手は居ない。日銀にも、そんな状況で「追加緩和」の選択肢など有り得る筈もない。 日銀は国債市場の流動性には問題ないと言い張っているが、それが「大本営発表」でしかないことは市場の常識である。日本国債の流動性問題は、実は米国社債以上に深刻なのだ。中央銀行の出口戦略はいずれも厳しそうだが、満席の「緩和劇場」に座り込んだ債券投資家も、何かが起きれば無事に出口まで辿り着くのは相当に厳しいだろう。 このコラムについて 倉都康行の世界金融時評 日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。 |