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HIS、ネスレ、ヤマハにみる「顧客志向が顧客を減らす」ジレンマの正体
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140616-00012785-president-bus_all
プレジデント 6月16日(月)10時15分配信
■なぜHISは急成長を遂げられたか
マーケティング論の中心概念は顧客志向だという。これを聞いて、皆さんはどのように感じるだろうか。
「わかっているのだが、なかなか実践できない」これが多くの実務家の実感ではないかと思う。顧客志向とは一筋縄ではいかない問題だからこそ、そのジレンマのメカニズムを踏まえた打ち手が必要となる。大手旅行代理店が競争優位を発揮する旅行業界。この業界に遅れて参入したHISは、なぜ大きな成長をとげることができたのだろうか。
かつての日本の旅行の主役は、国内・海外を問わず、団体旅行だった。そこで旅行会社に求められたのは、航空会社やホテル・旅館に対する価格交渉力もさることながら、大人数のツアーを成り立たせる座席数や部屋数を確実に確保する力だった。こうしたニーズへの対応を優先すれば、数に限りのある格安航空券の取り扱いには力が入らなくなる。大手の旅行会社は、売り上げも利幅も大きい団体向けの企画に注力し、HISをはじめとする新規参入者が、格安航空券の個人向け販売に取り組んだ(日本経済新聞社編『経営者が語る戦略教室』日経ビジネス人文庫)。HISが成長できたのは、ほどなくして個人旅行の市場が拡大したからだが、参入当初に、体力のある大手企業との熾烈な競争に陥らなかったことも大きい。
さて、大手の旅行会社の側から見ると、ここに顧客志向の実践のひとつの難しさがある。つまり、ここで大手の旅行会社は、顧客を重視するあまり顧客を失うという罠に陥っている。
常識的に、顧客志向のもとで多くの企業が耳を傾けるのは、販売に大きな比重を占め、利幅も大きい顧客である。しかし眼前の有力顧客が、「顧客」のすべてではない。その時点では小さな比重にすぎないが、将来の増加が見込まれる顧客の存在――すなわち、この事例でいえば、海外への個人旅行客の存在――は、団体旅行客という眼前の優良顧客に強い業界大手の顧客志向にジレンマを引き起こす。
業界大手とはいえ、利用可能な資源に限りがある以上、長期の顧客創造に一定の資源を振り向ければ、その分、短期の顧客獲得には犠牲が生じる。「顧客志向」のかけ声だけでは、このジレンマによる短期志向から脱け出すことは難しい。特にマーケティング担当者が四半期ごとの財務成果を求められているような場合、どうしても短期の成果が見込める顧客に集中してしまい、長期対応は疎かになりがちである。そのために、顧客と向き合う際には、短期と長期の課題を考慮したうえで、場合によっては、担当者あるいはプロジェクトを分け、それぞれに異なるミッションや目標を設定するといった対策が必要だとされる。
■新規顧客の獲得か、それとも既存顧客への対応か
受験生応援キャンペーンを始める以前、キットカットは、スーパーでの販売がメーンのブランドだった。お母さんが買ってきて家庭に常備されている。キットカットは、廉価な袋詰めのパッケージングを主力にスーパーで売れていくブランドだった。とはいえキットカットは、チョコレート菓子の国内市場ではグリコのポッキーに次ぐ第2位のブランドであり、それなりの利益も出ていた。
この悪くはないポジションにあぐらをかくか、さらに上をめざすか。ネスレコンフェクショナリーは後者に挑んだ(高岡浩三『ゲームのルールを変えろ』ダイヤモンド社)。「キット、サクラサクよ」とのメッセージによる受験生応援キャンペーンを開始したのである。キャンペーンは好評で、ホテルでの受験生へのサンプリング、鉄道会社とのコラボによるラッピング電車、そしてキットメール(キットカットに住所を書いて切手を貼り、郵便で送る受験生応援)のテレビCMへと拡大していった。このキャンペーンを経てキットカットは、コンビニで売れる、高校生をターゲットとしたブランドとなっていった。
人口減に向かう国内市場では、人気ブランドでも、既存顧客を維持するだけでは、売り上げはよくて横ばい、場合によっては先細りを覚悟しなければならない。収益性の高い新規顧客を何としてでも獲得したいところだが、ここでもマーケティング担当者はジレンマに直面する。新たに高校生たちにコンビニで買ってもらうのはよいが、スーパーで買うお母さんたちに忘れられてしまったり、ましてやそっぽを向かれてしまったりしては困るのだ。新規顧客の獲得にマーケティング資源を注ぎ込むことで、既存顧客への対応が手薄になるというジレンマである。
実はキットカットの受験生応援キャンペーンは、このジレンマに対するひとつの解決策を示している。受験生への応援メッセージは、受験生にだけ届くメッセージではない。このメッセージは、家族など受験生の周囲にいる人たちの心にも響く。それだけではない。かつて受験を経験したことのある人たちも、このメッセージを、懐かしい思い出を想起させるものとして受け止めてくれるだろう。つまりそこでは、ターゲットを絞り込みながら、より多くの人の心にメッセージを響かせるという関係が実現している。このような展開が可能なことが、人を相手にしたコミュニケーションの面白いところだが、キットカットのキャンペーンでは、この巧みなコミュニケーション法が活用されていた。
■ジレンマへの2つの攻め方とは
ヤマハのようなグローバル企業のウェブサイトは、多くの場合、現地主導で構築されてきた。初期のインターネットは通信速度も遅く、ホームページといってもモノクロの文字情報を中心としたものだった。しかし、こうしたささやかな情報提供は、グローバル本社が扱う問題としては小さすぎた。そのなかで各国・地域の支社や代理店は、必要に迫られ、販売店の所在地や連絡先などを、それぞれが独自のやり方でインターネット上に提供し始めた。グローバル企業のウェブサイトは、こうした経緯から各国・地域で分散管理されていることが多い。
インターネット上の情報は世界中からのアクセスが可能だが、同じ英語圏のなかであっても、国や文化が異なれば、関心を集める商品ニュースも違えば、好まれるページデザインも情報提示の構造も異なる。こうした事情を考えると、ウェブサイトについては、各国・地域の支社や代理店が、それぞれに現地に適応した情報提供を続けていけばよいように思える。
しかしヤマハは、こうした個別適応を続けることには問題が多いと考え、改革に着手した。端的に言えば、分散管理を続けていては、グローバル企業であることの強みがつくれないのである。
各国・地域で事業を展開しているグローバル企業のひとつの強みは、ローカル企業が得られない多様な経験をいち早く蓄積し、知識創造に結びつけられることである。しかし、各国・地域のウェブサイトがあまりにバラバラで共通の枠組みを欠いていると、各国・地域の担当者間での効率的なやり取りは難しく、知識の蓄積や共有は進みにくい。また、グローバル企業のもうひとつの強みは規模の経済性だが、これも各国・地域のウェブサイトがバラバラでは、多くは期待できない。
グローバル企業にとって、現地適応は大切だが、これが行きすぎると、各国・地域でグローバル企業は、ローカル企業と同等の条件で競わなければならなくなる。これでは、せっかくのグローバル展開が自社の強みに結びつかない。そのため近年になって、各国・地域の自社ウェブサイトのトーン&マナーの統一、共通データベースの導入、サーバーの集約化など、システム対応に取り組み始めたグローバル企業は少なくない。
顧客志向のジレンマは、顧客の多様性から生じる。国や地域、ライフステージや購買スタイル、等々の違いによって、顧客の嗜好や行動は多様なものとなる。こうした多様な顧客を前に、企業の経営者やマーケティング担当者は、短期的な収益性が高い顧客vs長期的な収益が見込まれる顧客への対応のバランス、すでにブランドを愛用している顧客vs新規にブランドを愛用してくれそうな顧客への対応の両立、シンプルなウェブ画面を好むA国の顧客vs情報を盛り込んだウェブ画面を好むB国の顧客への対応の補完関係、等々に頭を悩ますことになる。
そこには、すでに見てきたように2つの攻め方がある。第一は、多様な顧客の嗜好や行動に応じて、異なる商品やプロモーションを提供し、場合によってはその徹底のために、社内の担当者やプロジェクトを分けるというアプローチである。第二は、異なる顧客の嗜好や行動に共通の要素を見いだし、ひとつのキャンペーンやシステムで対応するというアプローチである。
この2つのアプローチのうち、前者は、ロジカルにプログラムを設計していくことが容易で、実現の難易度は高くない。ただしこのアプローチには、突き詰めていくと、多くのグローバル企業のウェブサイトが陥ったような、個別適応へと行き着いてしまう問題がある。
一方、後者のアプローチは、理詰めの分析だけでは実現化が難しく、クリエーティブな直感を必要とする。システム対応をものにするには、多様性を貫く共通性へのインサイトが欠かせず、このアプローチは明らかに実現の難易度が高い。とはいえ、事業が大きくなり、グローバル化していくほど、システム対応がもたらす利点は膨らんでいく。
一般に、企業が成長し、組織が大きくなるにつれて、理詰めで分析的な経営が確立されていく。しかしこの経営の合理化が、組織のクリエーティビティをやせ細らせるのであれば問題である。このような創造性軽視の組織風土のなかでは、顧客志向は安易な個別適応へと流されやすく、事業の規模拡大やグローバル化がもたらすはずの優位性を、顧客志向の実践に十分に活かせなくなってしまうことには注意が必要である。
神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契=文 平良 徹=図版作成
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