04. 2014年6月11日 08:21:05
: jXbiWWJBCA
http://diamond.jp/articles/print/54379 【第333回】 2014年6月11日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 非正規労働者向け資格創設の無意味 転職に資格制度は必要か? テレビ討論での筆者の主張 政府は非正規雇用で働く人の待遇改善や正社員への登用を進めるため、非正規雇用労働者を対象とした資格 制度を創設する方針を固めたという(『読売新聞』6月8日朝刊)。 新たな資格は、@流通、A派遣、B教育、C健康の4業種で、接客などの対人サービスに従事する人を対象 とし、資格の認定には厚労省から委託を受けた業界団体があたる予定で、これまでに日本百貨店協会、日本生 産技能労務協会、全国学習塾協会、日本フィットネス産業協会の4団体が政府の方針に応じたとのことだ。 この仕組みは、上手く行くだろうか? 筆者は、この資格制度は無駄であり、上手く行かないと考える。 個人的な経験で恐縮だが、筆者は同類の問題を考えた経験がある。もう何年も前のことだが、「転職」をテ ーマにしたあるテレビ番組で、制度を重視する左右で言うと左派の学者と議論した。 多くの人が転職することに肯定的な立論の筆者に対して、テレビ慣れした弁の立つ先生は、そもそも普通の 労働者は転職市場での価値がないので、それぞれの職種にあって個々の労働者の職業技能を証明するような制 度を作る必要があるとおっしゃった。 それまで口数的に(口数だけだが)劣勢だった筆者は、「全ての職種の技能を認定するのは手間も大変だし 、多くの組織をつくる必要がありますね。国や自治体がやるにせよ、業界団体に公務員が天下るにせよ、役人 が大喜びしそうな無駄な仕組みができそうですね」と切り返した。 すると、さすがに役人が跋扈する醜悪な組織のイメージが湧いたのか、番組のその後にあって、件の学者先 生は随分おとなしくなった。 ペーパー制度はどの程度有効か? 非正規労働者の資格制度がムダな理由 今回は、正社員の転職ではなくて非正規雇用労働者が対象だが、議論の行き先は似たようなものではないか 。 接客を伴う対人サービスに従事する非正規雇用労働者は数多い。そして、接客の上手下手には、大きな個人 差がある。だが、これを資格認定する制度をつくることにどの程度の意味があるのだろうか。 アルバイト、あるいは派遣契約でしばらく使ってみると、雇い主側で要求する接客力水準に達しているか否 かは、簡単にわかる。また、いきなり正社員で雇うことには自信が持てなくても、30分くらい面接してみると 、その人物が当該業務で必要とする接客に向いた人であるか否かは、相当程度わかるのではないだろうか。 資格を制度化する以上、資格試験があるのだろう。それではこの資格試験は、社長や店長などの面接以上の どのような情報を持ち得る内容になるのか。 資格試験だから、ペーパーテストがあるのだろうか。ペーパーテストで出題し得る内容は何であって、それ はどの程度有効なのだろうか。 資格試験の受験者が多少の試験対策を行うと、「お客様の申されたことを、店長におうかがいしてみます」 とか「お会計の方をよろしくお願いします」といった、奇妙な日本語が減るかもしれないが、これらはどうし ても減らす必要があれば、現場で上司が2、3度(1回では無理だろう)厳しく教えてやれば済むことだ。 また仕事によっては、あるいは本人の個性によっては、日本語の細かなミスなどどうでもいい場合が多々あ ろう。 加えて試験というものがあると、試験対策を商売にする者が現れる。 制度が天下りになる可能性も 研修と認定は民間に任せよ では、接客業の資格認定試験はどのような内容を持ち、どのような試験対策が有効なものになるのだろうか 。 まず言葉遣い、挨拶、身だしなみ、一般的ビジネスマナーなど「ビジネス常識」とされるようなものは出題 しやすいから、必ず含まれるだろう。また、小売りや介護など個々の業種で顧客との間で起こり得るトラブル や、これに対処するための法律知識、一般的な注意なども試験問題には馴染みやすい。 これらに対して、研修と簡単なテストを用意することが考えられる。 仮に、数日程度の研修と理解度のチェックテストを主として公費で用意するとしよう。厚労省から委託を受 けた団体にとっては、それなりの収入を伴うビジネスになるだろうし、そこに天下りが絡むのは日本の役人の 標準ビジネスモデルだから、相当数の役人の出向とOBの受け皿ができるだろう。 しかし、もともと多くの非正規労働者を正社員に登用してほしいという制度の趣旨と、現実の受験者の適応 レベルからして、試験は本格的なビジネス能力を問うような有効で難しいものにはならないだろう。 端的に言ってこの資格の認定は、雇い主側から見て情報的にはほとんど意味を持たないだろう。このような 資格の有無は、雇い主にとって30分の面接の情報価値に及ばない。 労働者の技能の中には、たとえば外国語を使う技能や、マイクロソフト・エクセルを使う技能のように、面 接では判断しにくい技能があり、こうした技能についてはすでに民間で資格認定試験があり、一部では活用さ れている。レベルに合わせた研修を行うことも有効だ。 被用者候補の最も優れた評価方法は 「試しに使ってみる」ことではないか しかし、こうした研修や技能の認定などに公的機関は関わる必要がないし、関わることは無駄である。 もっとも、こうした技能に関しても多くの場合、雇い主側から見て最も優れた評価方法は労働者を「試しに 使ってみる」ことだ。 非正規労働者を対象に新たな公的資格を立ち上げても、官僚の仕事と天下り先が増えて、役所に上手く取り 入った業者が研修などで多少のビジネスをつくり、それで終わりだ。何と無駄なことか。 非正規労働者の正社員への登用の有無は、雇用者側から見た労働需給の状況、正社員の条件、個々の労働者 に対する評価による。 業種や地域にもよるが、昨今の景気回復で、現在接客を伴う業種での非正規労働力の需給が引き締まってお り、アルバイトなどの時給は上昇傾向にある(デフレ脱却への一段階だ)。非正規雇用では安定的に優秀な人 材を確保することが難しいとして、アルバイトや派遣で雇用していた人材を正社員化する企業もいくつか出て 来た。企業に人材を大切にさせるためには、景気を浮揚ないし維持して、ほどほど「人手不足」を感じてもら うことが一番有効だ。 非正規労働者に対する公的資格は、非正規労働者の「正社員化」に対してほとんど意味がなかろう。 職場は多様だ。加えて、雇う側の「好み」も多様だ(そして一般に、雇い主はわがままである)。 雇用主から見て、被用者候補の最も優れた評価方法は「試しに使ってみる」ことであり、これ以上の方法は ないし、その他の方法とのパフォーマンスと納得性の差は圧倒的だ。 アルバイトや派遣による雇用は、それ自体が正社員に採用するかどうかの期間の定めが甘い試用期間的な機 能を持っている。もちろん、正社員として雇う場合に、試用期間を厳格に適用する方法もある。 必要なのは正規と非正規の格差縮小 正社員の解雇規制を緩和せよ 必要なものは、個々の労働者に対するより詳細な評価情報ではなく、正社員ポストの流動化を通じた、正社 員と非正規労働者との間の距離の縮小だろう。 非正規労働者に正社員での雇用チャンスを増やすことが目的なら、雇用者側から正社員を固定的コストと認 識し、その雇用を躊躇する要因となっている正社員の過剰な保護を緩和することが、最も効果的だ。 正社員にとってもフェアで、雇用者側にとってもリーズナブルなのは、正社員の金銭補償による解雇ルール の明確化だろう(補償が明文化されることは、労働者側にとってもプラスの面がある)。 そして、正社員を雇うことの固定性が緩和されれば、間違いなく正社員での雇用が増えるだろう。正社員雇 用の機会自体が増えるだろうし、入れ替えが活発になることも、有能な非正規労働者の正社員での就職チャン スを増やすことになる。 非正規雇用労働者向けの資格制度が上手く行くとは思えない。お役人の天下り用の器としてさえも、将来の 成長性が乏しいのではないか。たぶん、あらゆる意味で筋悪の政策だ。 |