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※ 日経新聞の連載記事
スマホ 新たな競争
(1)かけ放題 ドコモの逆襲
5月25日、東京・五反田。日曜日にもかかわらずオフィス街にある「ドコモショップ五反田店」は終日、客でごった返した。目当てはNTTドコモが10日前に受け付けを始めた、6月1日からの新料金プラン。店を任されて2年になる店長の西本昌平(38)はふだんよりも多くの店員を集めたが、待ち時間は最長で2時間近くに達した。
新料金は月2700円で国内の音声通話が使い放題になる。「仕事でよく電話をかけることもあってスマホに毎月1万5千〜1万6千円かかる。相当安くなるし、節約のために使っていた通話アプリもいらなくなる」。新料金に変更しに訪れた男性会社員(39)はこう話していた。
米アップルの「iPhone(アイフォーン)」の販売や光回線とのセット割引――。スマートフォン(スマホ)への取り組みでドコモはソフトバンクやKDDI(au)に先を越されてきた。新料金では他社に先駆けて国内通話の完全定額制を導入。西本は「今回は先頭を走っている」と表情を緩める。
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「これで打って出よう」。4月8日夕、東京・永田町のドコモ本社。44階の役員フロアの大会議室で社長の加藤薫(63)は5カ月ほど続いた議論を締めくくった。
新料金では音声通話を定額にすると同時に、データ通信料には利用が多いと上がる従量制の要素を加えた。音声収入は無料通話アプリ「LINE」の台頭もあって下げ止まらない。音声を定額にして収入増を諦め、データ通信を収入の柱にする。
だが販売サイドは消費者にインパクトのある音声定額のみのプランも要求。意見はまとまらなかったが、加藤は従来型携帯電話ならより安い料金で話し放題になる破格のサービスを決めた。
ドコモがiPhoneの導入を検討していた昨夏。NTT社長の鵜浦博夫(65)はこんな懸念を周囲に漏らしていた。「携帯3社の売る端末が同じになれば際限ない価格競争になる。携帯会社を乗り換える人ばかり優遇する今のやり方はもたない」
この声を耳にしていた加藤。数カ月後、東北地方で配られていた携帯販売店のチラシを見て抜本的な料金見直しへ腹をくくる。「4人で28万円還元!」。乗り換えを狙った乱売が過熱していた。
ドコモのiPhone導入と期を同じくして国内のスマホ競争の景色が変わった。携帯電話の契約数に占めるスマホの比率は5割に迫り、2013年は出荷台数が初の減少。年2回の新商品発表会は業界の風物詩だったが、ソフトバンク社長の孫正義(56)は「歴史的な使命を終えた」と今夏の開催を見送った。
「今日一番のワオ(驚き)はこれ」。5月8日に発表会を開いたKDDIも、社長の田中孝司(57)が説明に最も時間を割いたのは新たな電子マネーサービスだった。
ドコモの新料金の予約は受け付け開始から15日間で170万件を超え、ひとまず順調に滑り出した。「新料金? やるなら今でしょ!」。社長の加藤は今、社内のテレビ電話会議や販売店回りでこう鼓舞している。ソフトバンクは1月に音声通話に部分的に定額制を取り入れる方針を決めていたが、ドコモの新料金発表を受けて開始3日前の4月18日に延期。完全定額で追随する。
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この間、大手3社以外のところで低料金を武器にする新たな勢力が生まれようとしていた。
「やる以上は半額以下でないと意味がない」。イオンリテールのデジタル事業開発部で部長を務める橋本昌一(60)はかねて格安のスマホサービスを模索してきた。11年からドコモの回線を借りて安く提供する「仮想移動体通信事業者(MVNO)」の通信サービスを売ってきたが、端末の価格が高くセット販売を見送ってきた。
昨秋から大手3社のiPhoneの乱売が続いたことで他の端末は割を食って販売不振に。橋本は価格が下がって日本で在庫になっていた韓国LG電子の「ネクサス4」を8千台かき集めた。4月4日に全国の約170店で発売した格安スマホは5月で売り切れた。
光回線を販売する関西電力系のケイ・オプティコムも3日に格安スマホサービスを売り出す。格安スマホの国内の普及率は5%に満たないが、社長の藤野隆雄(65)は「すぐに10%になりますよ」とにやりと笑った。
(敬称略)
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スマホを巡る国内の料金競争が新たな段階に移ろうとしている。企業や政策当局の動きを追う。
[日経新聞6月2日朝刊P.2]
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(2)格安ドミノ
「スマホは高いし難しそうだったけど、格安というなら試しに使ってもいい」
ビックカメラが月2830円で格安スマートフォン(スマホ)を発売した4月18日。東京都豊島区に住む40代の主婦は従来型携帯電話から切り替えようと、池袋本店(東京・豊島)で熱心に販売員の説明を聞いていた。
売り場は入り口からすぐ。NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの売り場を尻目に女性客を多く集めていた。
ビックが用意した千台は5月中に完売。追加販売を始めたが、社長の宮嶋宏幸(54)は不満だ。顧客情報の登録作業に時間がかかるため、音声通話付きを使い出すまでに消費者は1週間ほど待たなければならない。
「もっと便利にできないのか」。宮嶋は売り場で申し込んだらすぐ使えるように指示を出した。携帯大手並みのサービスが近く実現する見通しだ。
ビック、エディオン――。イオンが大々的に始めた格安スマホ販売は、家電量販店にドミノ倒しのように広がっている。
地上デジタル放送移行後、家電量販店の集客の目玉となる1階売り場の主役は薄型テレビからスマホに代わった。だがKDDIとソフトバンクに顧客を奪われ続けるドコモが2012年ごろから自社ブランドの販売店を優遇し、量販店への奨励金を薄くした。量販店のドコモ売り場は来店客にポイントを多く付けるなどのお得感を打ち出せず、売り上げも急減。量販店にはスマホ売り場のうまみがなくなっていた。
ビックやエディオンで格安スマホを買っているのは、携帯大手がつかめなかった顧客層。シニアや主婦、子供に買い与える親のほか、20代の若者もいる。「ガラケー(従来型の携帯電話)で十分」と言っていた人たちだ。
ノジマ社長の野島広司(63)のもとには、携帯大手に冷遇されてきたメーカーから格安スマホへの端末供給の申し出が来る。「携帯大手との関係は無視できないが、消費者には選択肢を提供しなければならない」。まず6月下旬から中国・華為技術(ファーウェイ)の端末を扱うことを決めた。
5月中にも参入する予定だったヨドバシカメラ。社長の藤沢昭和(78)は予想以上のスピードでの格安スマホの広がりを見て、「戦えるプランを考えなければいけない」と戦略を練り直している。量販店主導の激烈な競争の足音が聞こえてきた。
(敬称略)
[日経新聞6月3日朝刊P.2]
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(3)世界一になりたい
「友達との連絡はLINE。手っ取り早いから」。日本女子体育大学(東京・世田谷)3年生の真形萌子さん(21)は「iPhone(アイフォーン)」をいじりながら話す。
新体操部の部員にはメッセージを一斉送信する「グループトーク」機能。友達や後輩と話すときはLINEの無料通話だ。大学からも講座案内などがLINEで発信される。
携帯の音声通話が3分、メールが38分に対し、ソーシャルメディアは78分――。総務省が昨年末に調査した休日の10代の平均利用時間だ。LINEはソーシャルメディアの中でも利用率が70%と圧倒的。日本では5千万人が利用する。
5月29日正午すぎ。兵庫県丹波市役所に電話が50本ほど立て続けにかかってきた。市のゆるキャラ「ちーたん」のお宅訪問企画をLINEで発信した途端、市民が「LINE電話」で申し込んできた。3月に始まった、スマホのアプリ(応用ソフト)から一般の電話に安くかけられるサービス。市は10分間無料で話せる特典とともに採用した。
検索サイト運営のNHNジャパン(現LINE)が2011年に開発したLINE。携帯電話の絵文字をルーツに持つイラスト「スタンプ」の愛らしさも手伝い、友達同士の連絡手段として爆発的に普及した。
今、計4万件の企業や団体が登録する。「かつて店や事務所を開いたらまずNTTの電話を置いたように、LINEへの登録を当たり前にしたい」。法人向け事業を担当するLINEビジネスパートナーズ社長の長福久弘(31)の野望に気負いはない。
携帯会社のデータ通信網を使って無料通話機能を提供し、広告収入を上げるモデルには「ただ乗り」批判がつきまとうが、LINEの上級執行役員、舛田淳(37)は「携帯会社はパートナー」と意に介さない。
今月下旬、NTTドコモは高音質をうたった音声通話サービス「VoLTE(ボルテ)」を始める。「携帯会社ならではのサービスで音声通話を見直してほしい」。社長の加藤薫(63)はLINEに代表される通話アプリの攻勢をけん制する。
LINEの利用者が2400万人に達するタイ。百貨店や銀行の店頭にはスタンプのキャラクターの看板が立ち、若い世代はLINEで反政府デモを呼びかけた。3月、LINEはバンコクに事務所を開いた。「世界一のサービスに挑む」と社長の森川亮(47)。日本の携帯電話会社は視界にない。
(敬称略)
[日経新聞6月4日朝刊P.2]
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(4) 7年後の裏切り
5月13日、東京・霞が関。総務省料金サービス課長の竹村晃一(48)は同省6階の会議室で明治大学教授の新美育文(65)と向き合っていた。通信料金制度を担当する竹村は、料金に関する有識者検討会の座長である新美に伝えることがあった。
「米国も解除しました。あとは日本ぐらいです」。携帯端末を自社の通信網にしかつなげないようにするSIMロック。解除しないと、携帯会社を乗り換える時に高価な端末を新たに買わなければならない。携帯大手が顧客を囲い込む手段で、料金が高止まりする原因の一つだ。
26日午後に開いた検討会。新美がおもむろに口を開いた。「それではSIMロックは解除ということでよろしいですかな」。一呼吸おいて、委員はそろってうなずいた。携帯大手の反対をよそに、SIMロック解除を促す新たな規制の導入を検討することになった。
2011年に電気通信事業法とNTT法を改正した際、3年後の14年に法制度を再び見直すと決めていた。その見直しが総務省で始まった。乗り換え客へのキャッシュバックの抑制や格安スマートフォン(スマホ)会社の支援などを検討中だ。
この3年で携帯市場は大きく変わった。12年10月、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社による寡占を決定づけることが起きた。3位のソフトバンクが4位のイー・アクセスの買収を発表したのだ。新規参入のイー・アクセスに競争を促す起爆剤の役割を期待した総務省は裏切られた。竹村は05年11月に同社に最初の電波を割り当て、参入に道を開いた張本人だ。
「おまえがなんとかしろ」。前総務次官の小笠原倫明(60)は昨年10月、退任後に開いた現役との会合で竹村に迫った。課長として1999年のNTT分割再編の枠組みをつくった小笠原。競争が働かない携帯市場に業を煮やし、次官の時から「スマホの料金見直しをしっかりやれ」と口酸っぱく言っていた。
85年の電電公社民営化から総務省はNTTの力をそぐことに注力し、携帯ではドコモに独占規制をかけた。競争を促したはずが、結局できあがったのは3社による寡占体制だった。
総務省は年内に決める第4世代(4G)携帯用の電波割り当てでソフトバンクとイー・アクセスを1組とみなす。2社分の電波を手に入れようとした「裏切り」に一矢報いる形だ。それでも3社寡占は崩れず、解決策はまだない。
(敬称略)
[日経新聞6月5日朝刊P.2]
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(5)頭の中は米国
5月30日、東京・汐留のソフトバンク本社。約10日間、日本を留守にしていた社長の孫正義(56)が経営会議に姿を現した。
「劣るものは出せない」。孫は携帯電話の音声通話料に完全定額制を取り入れる方針を決めた。NTTドコモが同様のプランを発表したために、予定していた条件付きの定額プランを撤回してほぼ2カ月。ようやく方向性が定まった。
2日前、孫はロサンゼルス郊外の町にいた。米メディアが開いたイベント。「米国人はよくこのネット環境で暮らしているなと思う」。2013年に買収した米携帯3位のスプリントと同4位のTモバイルUSの統合を目指す孫。新会社の誕生が通信網の整備や料金競争につながると米当局に訴えた。米メディアは大筋合意したと伝えるが、実現へのハードルはなお高い。
孫は今、米国でのロビー活動などに1カ月の半分近くを費やす。周囲には「頭の中の9割以上を米国が占めている」と漏らしている。
「いつまでに直すんだ」「すぐにプランを出すように」。ソフトバンクが昨秋、米シリコンバレーに開いたオフィス。グループの高速通信の責任者、近義起(52)らがスプリントの幹部に厳しい質問を浴びせる光景が日常的になっている。
高速通信サービスの整備遅れでスプリントは契約者が減り続ける。「つながらない。ブランドが傷ついている。7年前と似ている」。孫はボーダフォン日本法人買収後の自社と重ねる。
4月15日、霞が関ビル(東京・千代田)の35階。「文句を言うのはけっこうエネルギーが必要なんですよ。いつもそんな役割はしたくないんです」――。通信政策を総点検する総務省の有識者検討会に呼ばれた孫。「ガソリンをかぶって火をつける」「NTTは大政奉還すべきだ」などと相手を圧倒しようとしたかつての姿を知る出席者から笑いが起こった。
ソフトバンクは米アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone(アイフォーン)」を日本で販売して以降、5年にわたってドコモを攻め続けた。14年3月期にはとうとう連結営業利益で1兆円を突破、ドコモを抜いた。「一度抜いたら二度と抜き返されない、はるか遠くまで行く」。5月7日の決算説明会で孫は豪語した。視線は米国に注がれている。
(敬称略)
奥平和行、村松洋兵、小泉裕之、工藤正晃、大本幸宏、江渕智弘が担当しました。
[日経新聞6月5日朝刊P.2]
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