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日経新聞の連載:
広がる金融指標不正
(1) LIBOR、カルテル認定 10社罰金、50億ドル超
金融取引の基本である指標の信頼性が揺らいでいる。指標づくりに携わる銀行などが不正操作を試みていたからだ。各国の監督当局が調査に乗り出し、対象は金利だけでなく為替や金融派生商品にも広がっている。
不正がいち早く発覚したのはロンドン銀行間取引金利(LIBOR)など金利指標だった。銀行が提示する金利を平均して算出する際に、銀行自らが有利になるよう金利を不正に提示していた。
こうした行為に関して米司法省などは「ポジション(持ち高)を考慮して間違ったレートを提示していた」と批判。欧州委員会のホアキン・アルムニア委員は「指標の不正のための談合でカルテルに当たる」と認定した。
不正への関与で当局から罰金や制裁金を科されたのはドイツ銀行、仏ソシエテ・ジェネラルなど10金融機関。罰金などの総額は50億ドルを上回る。
利用者が不正で損害を被ったとして銀行に賠償請求する動きもある。3月には米連邦預金保険公社が、管理下の銀行が被害を受けたとして指標に関わる大手銀を訴えた。
LIBORを算出していた英銀行協会は同業務を外部機関に委託。証券監督者国際機構は指標のあり方の指針をまとめるなど、改正の動きも出始めた。
トーマス・ドナルドソン米ペンシルベニア大教授は「悪い慣行が業界レベルで広がると、倫理はマヒする。規制強化だけでは、問題は解決しない」と指摘。カナダ中銀のティモシー・レイン副総裁は「金融の根幹である信頼が、指標問題で大きく揺らいでしまった」と強調している。
(編集委員 太田康夫)
[日経新聞5月12日朝刊P.23]
(2) 外為でもレート操作 欧米銀に調査開始
「銀行が共謀して外為レートを操作した証拠がある」。今年3月末、スイス公正取引委員会はUBSなど欧米銀行8行を対象に不正調査を始めると発表した。金利指標の不正発覚を受けて英金融行為監督機構(FCA)など監督当局が外為取引を調べてきたが、欧米当局で不正の存在を明言したのは初めてだ。
スイス当局がレート操作を認定したのは、1994年に導入された「WM/ロイター」。米調査会社のトムソン・ロイターなどが主要取引通貨について30分おきにレートを自動収集し、平均値を表示している。ロンドンの午後4時の平均値が外為レートの指標として幅広く使われる。
実際のレート集めは当該時間の30秒前から1分間にわたり実施され、その平均値をとる。その際、レートは取引規模には関係ないため、トレーダーがほかのトレーダーと協力して誘導を目的とした小規模の取引を多く成立させれば、平均値に影響を与えることは可能だ。
実際、トレーダーは大口の注文情報を交換しあい、共同して自分たちの利益を優先する価格操作をしていたとみられる。当局が為替不正を特定して罰金を科した例はないが、大手銀行が昨秋から為替担当者を解雇したり、他部門に移したりしている。
外為取引は一日5.3兆ドルと規模は大きいのに規制は緩いため、不正取引の温床になっている可能性がある。イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は「為替の問題は市場そのものの信認に関わり、ロンドン銀行間取引金利不正に匹敵する深刻な問題だ」と指摘する。
(編集委員 太田康夫)
[日経新聞5月13日朝刊P.27]
(3) 派生商品にも疑いの目 公共性の視点 重要
金利指標不正の派生商品版か。米商品先物取引委員会(CFTC)は昨年、派生商品の主力商品である金利スワップの決済指標の調査を始めた。
金利スワップは固定金利と変動金利を交換する取引。銀行などが国債のリスク回避などに使っており、取引の想定元本は461兆ドルにのぼる。
この取引では国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA)が1998年から、午前と午後に銀行が提示したレートを平均し算出する決済指標を公表。銀行がその日の取引決済に利用するほか、取引所や中央銀行が参考金利として使っている。
銀行から提示レートを集める役割を担う金融仲介業者は、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)不正に関わっていた。CFTCはこの業者とレート提示銀行15行から大量のメールなどを提出させ調査を進めている。
ISDAは当初、改革を求める声に対し「指標を出すことに伴うコストも考慮すべきだ」と主張していた。しかしCFTCのゲーリー・ゲンスラー前会長は「透明性が投資家のコストを引き下げる。われわれは金利の指標が誠実であることを確実にする」と指標改革の決意を強調していた。
こうした事態を受け、ISDAはようやく指標に関する行動規範をつくるなどガバナンス(統治)を改善。指標の管理を外部機関に委託し、第2ステージとして指標提示を自動化するシステムを導入する計画を打ち出した。
業界団体が利益優先でつくってきた指標を、利用者の視点に立った公共性の高いものに変えられるかが問われている。
(編集委員 太田康夫)
[日経新聞5月14日朝刊P.29]
(4) 揺れる伝統の金価格 規制強化に及び腰
英金融行為監督機構(FCA)は2013年秋、金利指標などで問題が相次ぐのを受け、金価格の予備調査を始めた。
金価格は1919年から、英ロスチャイルドなどが集まり決めてきた。今は英バークレイズ、英HSBCなど5行が決めた午前と午後の価格を、ロンドン地金協会が発表している。価格決定は需要と供給をつきあわせて調整する入札に近い仕組みだ。銀行が価格を申告し、その平均をとるロンドン銀行間取引金利より操作はしにくい。
ただ、かつては5行が一室に集まって実施していた入札を、今は電話により実施しており、透明性は高くない。指標決定の独立した監視機関がないなど、古い方式が残り近年のガバナンス(統治)とは異なる面もある。
また、金では派生商品取引も拡大しており、5行のなかには派生商品に注力する銀行もある。そうした銀行は現物の価格決定で入手できる入札途中の情報を使えば、派生商品の取引で有利になる可能性がある。派生商品の登場で利益相反が起きやすくなった格好だ。
FCAのデビッド・ロートン市場局長は「われわれは派生商品の規制権限はあるが、現物の規制権限はない」として、金地金の指標規制には慎重な立場をにじませた。
派生商品などのために規制を強化して、金現物取引の流動性やコスト面で悪影響が出れば本末転倒だ。ただ、利益相反が生じかねない状況を放置して、金業界全体に対する信頼が下がるのも問題。新しい時代に対応した指標のあり方を早急に決める段階に来ている。
(編集委員 太田康夫)
[日経新聞5月15日朝刊P.29]
(5)日本、改革に後ろ向き 国際競争で不利に
国際市場を揺るがした指標不正に対して、国際決済銀行の経済諮問委作業グループ(議長・中曽宏日銀副総裁)は昨年、「指標の設定には実際の取引データを使うべきだ」との報告をまとめた。
しかし、全国銀行協会が昨年末に公表した東京銀行間取引金利(TIBOR)の改革案では、新しい運営機関を設けてガバナンス(統治)を強化する方針を打ち出す一方、定義見直しは見送った。
全銀協は銀行に、優良銀行間の取引を想定した場合に市場実勢と考えるレートの提示を求めている。この定義では提示レートが実際の取引に基づかなくてもよく、銀行による裁量の余地が大きいと問題視されてきた。
指標不正では東京のトレーダーがTIBORやロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の操作をしたと認定され、欧米から巨額の罰金を科せられた。東京市場が不正の舞台になったにもかかわらず、定義変更による影響が大きいとして、指標の質向上よりも継続性を優先したといえる。外資系金融機関からは「市場に基づかない指標は使わない」との声も出る。
LIBORは以前から提示レートに調達金利を反映させるよう求めていた。さらにシンガポールの銀行協会と外為市場委員会は、同国の大半の指標について取引データに基づく自動算出に移行した。ピユシュ・グプタ銀行協会会長は「顧客に安心感を与え、金融市場の地位を高める」と強調する。日本が市場の透明性向上に消極的とみられれば、アジアの金融ハブを巡る競争で後れを取りかねない。
(編集委員 太田康夫)
=この項おわり
[日経新聞5月16日朝刊P.29]
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