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マネーブログ カリスマの直言[日経新聞]
デフレ脱却、恩恵は労働者とサービス産業に(武者陵司)
武者リサーチ代表
2014/5/11 7:00
「15年に及ぶデフレ終焉が見えてきた。焦点はデフレ脱却の先に何が待っているかだ」
1997年以降15年に及ぶデフレ終焉が見えてきた。今や焦点はデフレ脱却が可能かどうか、アベノミクスは成功するかどうか、ではなく、デフレ脱却の先に何が待っているかであろう。言うまでもなくデフレは日本経済を著しく痛めつけたが、殊に二つのセクターが打撃をうけた。デフレは労働者への所得配分、サービス産業に対する所得・資源配分を大きく引き下げ、需要を抑制し続けたのである。デフレが終焉すればその歪みが是正され、需要が大きく増加すると期待される。
デフレの最大の被害者は労働者である。デフレに陥る前の日本も現在の世界も、(1)賃金上昇>物価上昇(つまり生活水準向上)、(2)賃金上昇>生産性の伸び(つまり単位労働コスト上昇)が当たり前なのに、デフレ下の日本はそれが逆になったのである。2000年以降2012年までの変化を比較すると、物的生産性(就業者一人当たりの実質国内総生産 =GDP)は1.11倍、付加価値生産性(一人当たりの名目GDP)0.94倍、一人当たり名目賃金(雇用者報酬)0.88倍と、生産性が高まったにもかかわらず物価下落により名目経済規模は縮小し、労働者の取り分は縮小したパイの中でさらに小さくなったことが分かる。生産性上昇の成果が労働者に配分されず、家計の消費能力が不当に奪われてきたのである。それは賞与月数と企業利益率との関連にも表れている。かつて利益率に連動していた賞与月数が、2003年頃を境に利益率回復にもかかわらず低落を続けてきたのである。
労働生産性は上昇していたにもかかわらず、物価が下落し賃金がそれ以上に低下したのはなぜか。二つの企業行動がその理由として考えられる。第一は売価下落に対応し、コスト引き下げの必要性が高まり賃金が引き下げられたということである。売価下落の引き金になったのは超円高による輸出価格の下落と国内の不動産価格下落など資産デフレ であり、そこからデフレと賃下げの悪循環が起こった、と考えられよう。
第二の理由は企業が労働分配率を低下させ資本の取り分を増やし続けたことである。その結果企業収益は回復し企業の巨額の資金余剰(フリーキャッシュフロー と現預金保有額)をもたらした。企業部門が巨額の過剰貯蓄を抱えたのである。それには二つの原因が考えられる。(1)世界的金融危機が続くとの予想、円高が続くとの予想など、悲観的将来予想の下で、予想損失のクッションを必要としたこと、(2)デフレにより労働者の生活コストが低下したので、賃金を引き上げる必要性を感じなかったこと、である。
■企業が巨額の過剰貯蓄を抱えた
14年3月期の上場企業の収益は経常利益 が3割を超す増益となり、リーマン・ショック前で最高益だった08年3月期の9割超まで回復した模様である。しかし企業は設備投資には慎重で、巨額の資金余剰(フリーキャッシュフロー )を計上している。その結果、非金融法人企業(民間)の現預金額は総計で220兆円に達し、巨額の余剰資金がバランスシート上に蓄えられている。米国と同様に日本においても、マクロ需要の停滞とは裏腹に、いち早く企業が健康体に戻っているのである。アベノミクスの第一の矢による金融緩和と円高の是正は、企業部門を大きく支えたといえる。
以上の賃金引き下げをもたらした事情は大きく転換している。日銀の量的金融緩和 は少なくとも円高が再燃する、不動産下落が再燃するとの予想の一掃に成功している。また世界経済の回復、米欧金融危機の克服もあり、企業は過剰の貯蓄クッションを必要としなくなっている。また輸入インフレ と消費税増税による労働者の生活コストの上昇は、企業に売価引き上げによる賃金引き上げの必要を迫っている。安倍首相の賃上げ呼び掛けに企業が積極的にこたえられる条件が備わっていたと考えられる。
労働者とともにデフレの被害者だったのは、国内サービス産業である。以下に日米の項目別消費者物価指数(CPI)の推移を示したが、日本のデフレが内需サービス分野におけるものであることが明白である。衣料、自動車などの新興国生産の製造業製品価格は、世界共通で下落している。また技術革新による通信料金などの価格下落も世界共通である。日本が他国と異なるのは全てサービス分野の価格下落なのである。
サービス価格の下落が日本のサービス産業収益をむしばんだ。それは以下の理由による。サービス産業と製造業では生産性の上昇率に著しい格差がある。この生産性格差にもかかわらず、サービス業も製造業並みに賃金を引き上げ収益を確保するためには、販売価格の上昇が不可欠である。生産性の伸びが低いからといって社会的に重要度が低いわけではない。むしろ生活水準の向上によりサービス需要は高まっている。そして高まる需要に対応して、サービス業が最大の雇用創造分野となっている。先進国はどこも新規雇用増は全てサービス分野である。そのサービス分野で十分な雇用を確保するためにはサービス価格の引き上げによる製造業並みの賃金引き上げが必要なのである。つまり生産性上昇率格差見合いのサービス価格上昇が必要なのである。日本ではサービス価格が下落したために、サービス産業の収益が悪化し、賃金が下落し、サービス産業の雇用創造が欧米に比べて著しく遅れたのである。
日本のサービス産業の生産性が低いという論評が多い。それは日本のサービス価格の下落、割安さからきていると思われる。昨年の通商白書が指摘しているように日本のサービス品質は世界でも高水準である。にもかかわらず価格が伴わず、付加価値が低いので、生産性が低いということになってしまう。デフレが製造業よりもむしろサービス業を痛めつけている事実は、法人企業統計から明らかである。雇用を減らしている製造業の賃金下落は小幅で、雇用を増加させてきた非製造業の賃金下落が大きく、両者の賃金格差は拡大している。国内雇用を減らしつつもグローバル展開(海外生産や海外販売)してきた製造業は国内のデフレの悪影響を軽減できたが、デフレによる売価下落を海外生産や機械化によるコスト削減などで迂回する余地のなかった非製造業は、デフレによる賃下げとマージン低下を余儀なくされたといえる。しかし、アベノミクス導入以降デフレ期待は大きく変化し、労働需給のタイト化が見え始めた。企業行動は「売価下落→賃下げ」から「賃金引き上げによる優良労働力の確保→売価引き上げ」へと展開していくのではないか。
以上は円高デフレ脱却の受益者が労働者とサービス産業であることを示唆している。日本ではかつてなく実質賃金上昇の余地が大きい。また、高品質の日本のサービス価格引き上げの余地は大きいと考えられる。
労働者とサービスセクターへの所得配分の増加は、ともに消費を喚起するものである。デフレ脱却は消費、内需主導の日本経済の成長構造を確立させるものと考えられる。
武者 陵司(むしゃ りょうじ) 武者リサーチ代表、ドイツ証券アドバイザー、埼玉大学大学院客員教授。1949年9月長野県生まれ。73年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券株式会社入社。企業調査アナリスト、繊維、建設、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て97年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト、2005年副会長に就任。09年7月株式会社武者リサーチ設立。主な著書に「アメリカ 蘇生する資本主義」(東洋経済新報社)、「新帝国主義論」(東洋経済新報社)、「日本株大復活」(PHP研究所)、「失われた20年の終わり」(東洋経済新報社)、「日本株100年に1度の波が来た」(中経出版)、「超金融緩和の時代」(日本実業出版社)など。
http://www.nikkei.com/money/column/moneyblog.aspx?g=DGXNMSFK0702Q_07052014000000&n_cid=DSTPCS008
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