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株式日記と経済展望
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アメリカにおいて企業の利益が増加する一方で、雇用や所得が増えていない
ことを指摘しています。テクノロジーの浸透が労働の二極化を推し進めている
2014年4月23日 水曜日
◆「技術的失業」について ー テクノロジー崇拝が資本主義を不安定化する? 2013年11月20日 ASREAD
http://asread.info/archives/189
テクノロジーが雇用を奪う?
2011年にアメリカで『機械との競争(Race Against the Machine)』という本が出版され、2013年に日本語にも翻訳されて少し話題になりました。情報技術をはじめとする近年のテクノロジーが、これまで人間が担っていた仕事をかつてない勢いで代替しつつあり、すでに雇用にネガティブな影響を与えていて、かつこれからも与え続けるであろうと論じた書籍です。[*1]
本書の著者たちはアメリカ経済に関する基本的な統計データを比較して、企業の利益やGDPが伸びているにもかかわらず雇用が落ち込んだままであることや[*2]、労働生産性とGDPの伸びが90年代までは雇用や家計所得と連動していたのに、2000年代に入ると乖離し始めて、雇用と所得は伸び悩んでいること[*3]などを示し、これらの背景には、グローバル化による賃金抑制圧力と並んで「テクノロジーによる仕事の代替」が強く影響していて、その効果が未だ十分に分析されていないのだと指摘しています。
ただ、この書籍自体はそこそこ話題になったものの、後述するようにテクノロジーが雇用を奪うという「技術的失業(Technological Unemployment)」[*5]の議論は、ビジネスマンにも経済学者にもあまり人気があるとは言えないものでしょう。19世紀始めの「ラッダイト運動」を始めとして、「機械に仕事を奪われる」という懸念が高まったことは歴史上何度かありましたが、少なくとも長期的には、「新たな仕事」が生み出されることによって人々の所得は全体として増加し、大多数の人がテクノロジーの恩恵を享受してきたと言えます。
また近年、日本を含む先進国で賃金や雇用が減少したり伸び悩んだりしているのは、主として「グローバル化」による低コスト競争や、デフレ不況による総需要の不足が原因なのであって、テクノロジーの影響は相対的には小さいでしょう。
しかし後述するように、テクノロジーの急速な進歩が短期的には失業を生む効果があること、高スキル労働者と低スキル労働者への二極化を促して所得格差を拡大すること、企業活動のグローバル化とも無関係ではないこと、そして労働者から資本家へのパワーシフトを加速することなど、考えなければならないことがいくつかあって、「技術的失業」にまつわる議論も無視することはできないと思います。
急激に進歩するテクノロジー
ビジネス誌を開いてみると、いわゆる「ムーアの法則」[*1]に従って現在もコンピュータの性能が向上し続けており、インターネットをベースとした様々なサービスが情報の蓄積と共有を劇的に効率化していて、さらには「ビッグデータ」の解析によってかつては手も付けられなかったような複雑な現象が機械的に解明されるようになってきている……というようなことが毎日のように語られています。そして、従来は「人間にしかできない」と言われていたようなプロセスまで、どんどん自動化が可能になりつつあると報告されています。
『機械との競争』にも取り上げられている例でいうと、IBMの「Watson」というコンピュータは、自然言語の文脈や暗示的な意味まで含めて理解しなければ回答できないクイズ番組で、人間のチャンピオンを負かすようになりました。また、数年前まで自動車の運転は「複雑すぎて機械では置き換えられない仕事」の代表と言われていましたが、Googleが開発した自動運転車は、無数のセンサーで収集した周囲の情報を毎秒1GBの速度で処理し、完璧な精度で一般道を走行することが可能で、すでに数十万kmの走破実績があります。(道交法に違反しないよう運転席に何もしない人間が座って実験しているそうです)[*2]
我々の身近にあるものを挙げてみると、同じくGoogleの自動翻訳サービスは無料で使えますが、そこそこの翻訳結果が得られます。私も仕事で、まったく分からないフィンランド語や韓国語などで書かれたウェブサイトを、Googleの自動翻訳で英語や日本語に翻訳して読むことがありますが、だいたいのことは理解できるので重宝しています。くだらないところでは、鼻歌を歌えばそれが何の曲なのかをかなりの高精度で教えてくれるスマートホンのアプリなども存在しますね。
消えてゆく仕事
これらの技術やサービスが、人間の仕事と同じクオリティに達したとはまだ言えないとか、所詮自動化可能なのは事前にプログラムされたタスクだけであるということは、重要な指摘ではありますがここではあまり問題ではありません。「機械やコンピュータでも、そこそここなせる仕事」が増加する結果として、相対的に労働需要が減少していく場面があるということが問題なのです。
『機械との競争』の出版後、いくつかの媒体で「技術的失業」の問題が特集されており、テクノロジーの進歩が労働力を不要にしつつある業種や職種が具体的に挙げられています。
インターネット上の媒体でいうと、たとえばBusiness Insiderが「今後30年で消える職業」と題した記事を掲載しており、農家、郵便の仕分け、縫製、データ入力などの分野で、仕事の大部分が失われていくだろうと指摘しています[*1]。また、Thomas Freyという企業家が、今後姿を消しそうな職業をリストアップして、「2030年までに、世界で20億人分の職が失われるだろう」と論じた記事も話題になっていました。[*2]
2013年3月には、日本でも『週刊東洋経済』が「2030年 あなたの仕事がなくなる」という特集を組んでいます。最近数年の間にITの浸透などによって数が急減した職業が紹介されており、たとえばPCソフトの充実で会計・経理関係の専門職の需要が減っているといった話にはリアリティがあります。アメリカにおいては、法律文書の作成がPCによって効率化したことにより、弁護士の需要も減る一方だそうです。[*3]
2013年8月には『日経ビジネス』も「ロボット vs 職人社長」という特集を組んでいて、ラーメン職人や宮大工などの仕事が機械化可能であるかどうかを検討しつつ、吉野家の牛丼盛りつけ機やイチゴ農園のイチゴ摘みロボットなど最新の技術を紹介して、「ロボット化」「コンピュータ化」「既存技術の発達」という3つの側面から、今後「無人化」されそうな業務を例示しています。[*4]
なお、これらビジネス系の媒体に総じて言えるのは、「時代は急速に変化しているのであり、我々も遅れを取らぬよう危機感を持って自己研鑽に励まなければならない」という、ビジネスマン向けの啓発のようなメッセージに貫かれていることです。
そもそも『機械との競争』の著者たちもMIT Sloanというビジネススクールの教授であり、Center for Digital Businessという研究所のメンバーですから(私は仕事で出張した際に、その研究所が開いたカンファレンスを聴講して、初めてこの議論を知りました。)、結局のところ「それでもテクノロジーは素晴らしい」「イノベーションを推し進めよう」という結論に変わりはないのです。(中略)
「格差を拡大する」という観点が重要
冒頭で触れたように、『機械との競争』の著者たちは、アメリカにおいて企業の利益が増加する一方で、雇用や所得が増えていないことを指摘しています。日本の場合を見てみると、企業の利益がリーマンショックなどを挟んで上下しながらも成長を続けている一方で、賃金(名目)は過去15年間ほど一貫して減少し続けています[*1]。企業が繁栄する一方で、家計はあまり豊かになっていないというのが実情なのです。
家計の所得が増えないことの主な理由は、「グローバル化」でしょう。工場は海外へ移転されてしまい、事務作業についても中国のアウトソーシング会社へ発注するなどしてコスト削減を図るのが容易になりました。またこの間、派遣法の改正などもあって、非正規雇用の割合が著しく増加(今年に入っても増加を続けている)しており、これも全体としての賃金抑制の要因の一つでしょう。
これらに比べて「テクノロジーの進歩」は主題化されることが少ないですが、無関係であるとも思えません。ITの発達がなければ、社内事務を簡単に中国のアウトソース会社に発注できるようにはならなかったでしょうし、正社員が行っていた事務を派遣労働者やアルバイトに任せられるようになったのも、IT化や機械化が進んで事務そのものが単純化したからでしょう。
単純で付加価値の低い労働が増えるということは、賃金格差が大きくなるということでもあります。この「格差の拡大」という観点のほうが、「機械に仕事が奪われる」という観点よりも重要だと思われます。機械やコンピュータが従来の仕事を自動化すると、単調な事務作業から解放されて「新しいこと」を考えられるようになるクリエイティブな層と、それ以外の(たとえばPCや機械を操作するだけといった)単純労働に従事する層へと、労働者が二極化していくという議論が存在するのです。
たとえばロバート・ライシュは2000年に出版した『勝者の代償(原題:THE FUTURE OF SUCCESS)』という本の中で、次のように現状を描写しています。情報技術の発達やグローバル化の進展によって、「より高品質の商品を、より安く、より速く」提供することを求める圧力がかつてないほどに高まっており、我々は消費者としては様々な恩恵を得ているものの、その反面で生産者としては“狂乱状態”の競争に晒され、不安定な状況に置かれている。競争が激化すればするほど、「より良い」商品を考案するためにクリエイティブな能力を持った人材への需要が高まって、彼らの賃金は上昇する。しかしその一方で、「より安く」生産するために、単純な労働は機械やコンピュータ、そして新興国の低賃金労働者によって代替される圧力が働くので、所得格差が拡大して労働者の二極化が起きているというわけです。
なお、テクノロジーの浸透が労働の二極化を推し進めているという傾向については、実証的な研究もいくつか見出すことができます。[*2][*3]
3組の「勝者」と「敗者」
『機械との競争』は、格差について面白い指摘をしています。近年のテクノロジーの進化によって、基本的な情報処理を行う仕事が減少していく一方で、需要が堅調なのは「高度に知的な仕事」と「肉体労働」なのだそうです。ITの発達によって、中ぐらいのスキルの知的労働は需要が減っていますが、接客などを含む微妙な肉体労働は案外、機械への置き換えが難しいということです。
なお、先の『週刊東洋経済』の特集記事でも、2000年から2005年の間に減った職業と増えた職業が集計されているのですが、それによると減った仕事の1位は会計事務員で▲30万人以上、そして増えた仕事の1位は介護職員で+40万人近くとなっています。
『機械との競争』は、テクノロジーの発達によって3つの意味で「勝者」と「敗者」が生まれ、格差が拡大していると指摘します。
第一に、「高スキルな労働者」と「低スキルな労働者」の格差です。良質な製品を考えるためのクリエイティブな人材と、低コストでのオペレーションを担う単純労働者とに、需要が二極化していくわけです。
第二に、「スーパースター」と「それ以外」の格差です。これは、たとえばGoogleやAmazonの例にみられるように「一人勝ち」をする巨大企業の出現が増えているという指摘です。ウォルマートのような小売企業(日本で言えばイオンやセブンイレブンをイメージすれば良いでしょう)に関しても、同じビジネスモデルを広範囲に展開できるようになったのは、ITや機械の充実によって同様のオペレーションを別の場所で実行することが容易になったからで、こうなると独占が生まれやすくなるのです。
そして第三に、「資本家」と「労働者」の格差です。最新のテクノロジーを駆使した機械設備やソフトウェアなど「物的資本」がビジネスの競争力の源泉になってくるということは、生産プロセスにおける「人的資本」の重要性が相対的に低下するということであり、これはすなわち物的資本の所有者である資本家の取り分と権力が拡大することを意味するわけです。後述しますが、経済学者のP・クルーグマンもこの点を強調しています。(中略)
問題を整理する
テクノロジーの急激な変化が雇用や労働に及ぼす影響についてどのように考えれば良いのか、いったん問題点を整理してみましょう。
(1) 少なくとも短期的には、失業を発生させ得る。
(2) 長期的にはテクノロジーがもたらす恩恵が大きいにしても、大きな技術革新のたびに失業その他の混乱が発生するのであれば、そのこと自体が我々の社会の一つの慢性的な課題であるとも言える。
(3) 今、我々の経済システムに過度なグローバル化や労働市場の流動化(非正規雇用の増加)が生じているのだとして、ITの発達がその促進要因の一つになっている可能性は高い。
(4) 最新のテクノロジーを使いこなして新たな価値を生み出すクリエイティブな層と、テクノロジーに使われる側となる単純労働者への二極化が置き、所得格差を拡大する。
(5) テクノロジーへの依存度が上がるということは、労働者から資本家への権力のシフトを意味し、経済の金融化を助長する一因ともなって、資本主義を不安定化させる可能性がある。
(6) ITが実現するコミュニケーションの高速化が、金融取引を流動化し、市場を不安定化させる面もある。
(7) 職業は個人の人生やコミュニティの形成と密接に関わっており、あまりにも速いイノベーションは、人々のアイデンティティを不安定化させ得る。
(8) 現在我々の経済はデフレ不況下にあるので、テクノロジーの進歩が需要の増加を伴わずに供給能力を増加させた場合、経済状況を悪化させ得る。
では、これらの問題点があるのだとして、我々はどのような行動を採るべきなのでしょうか。
私は個人的には、ラッダイト運動のように「新しい技術を断固として拒否する」という態度もある意味好きではありますが、一般的には受け入れられ難いでしょう。既に述べたように、技術の進歩こそが生活を向上させるという固い信念が我々の社会には存在するからです。
また、たとえば軍事力のようなものは技術力と密接に関わっており、食料やエネルギーのような分野においても技術の水準が国家の生存に関わる場合はあるはずですから、技術の進歩自体に抵抗するというのは合理的ではないでしょう。
しかし、だからと言ってイノベーションを全面的に加速すれば良いのかというと、そうでもないとは言えると思います。テクノロジーの進歩は長期的には新しい仕事を作り出すかも知れませんが、今まさに失業している人にそんなことを説いても何の慰めにもなりません。また、所得格差の拡大は社会の不安定化につながりますし、デフレ効果を持つようなイノベーションは、「今」起きないほうが良いとも言えるでしょう。
過剰な「市場主義」や過剰な「営利精神」が資本主義を不安定化させるのと同じように、過剰な「テクノロジー崇拝」も資本主義を不安定化させる可能性があるのです。
「技術的失業」対策に関する三つの見解
「技術的失業」がテーマとして論じられるときに、どのような政策的措置を採るべきかについての見解は、おおよそ以下のような三パターンに集約されると思います。
第一の見解は、イノベーションは基本的に起こるままに任せることとし、それが失業を生むのであれば、「教育」によって労働者を新たな仕事に適応させる努力をすべきだというものです。『機械との競争』の著者もこの立場を採っていますし、おそらく他の経済学者もビジネスマンも、大半の人はこの見解を支持するのでしょう。
私も教育は大事だと思いますが、気になるのは、新たに生み出される仕事が、能力の高い人から低い人にまで幅広く行き渡るようなものであり得るのかということです。フィルムカメラ工場の労働者がデジカメ工場に転身するというのであれば、教育による適応はある程度容易かも知れません。しかし、単純労働者をクリエイターに成長させるような教育が多くの場合に成功するのかは疑問です。もしテクノロジーの進歩が、「中程度のスキルを持つ労働者」との組み合わせで価値を発揮するようなものではなく、「高度に知的なクリエイター」と「低賃金の単純労働者」との組み合わせによって価値を生むようなものであった場合には、教育が無力となる可能性もあるでしょう。
第二の見解は、「教育」によって多くの労働者を新たな環境に適応させるのも実際には難しいので、セーフティネットを整備すべきだというものです。経済学者のP・クルーグマンは、「技術的失業」の問題が教育によって解決することはないと断じています。クルーグマンは、今起きているのは高スキル労働者と低スキル労働者の対立ではなく、「労働者」から「資本家」へ富が移転していくという構造的な問題なので、教育が格差縮小の術になるかどうかは疑問であり、できることといえば、最低所得保証や医療などのセーフティネットを整備することぐらいだろうと主張しています。[*1][*2]
第三の見解は、イノベーションのあり方そのものに方向付けを与えようというものです。経済学者のJ・E・スティグリッツが最近のインタビュー記事で、コスト削減のためのイノベーションはもうやめようと発言しています[*3]。これは裏を返せば、労働者の所得を増やすような種類のイノベーションを後押ししていこうということでしょう[*4]。具体策を考えるのはもちろん簡単ではありませんが、例えば土木建設のように雇用創出効果の大きい分野へ公共投資を行うことも考えられますし、福祉や介護のように需要があるにもかかわらず賃金が伸び悩んで人材が集まらない分野においては、逆にテクノロジーへの投資を促して生産性を高め、1人あたりの所得を増やすことが必要かも知れません。
イノベーションの促進と大きな政府
上記三つの見解のいずれも無視することはできないでしょうが、ここで確認すべきなのは、どれをやるにしても「政府」が積極的な役割を果たさなければならないということです。
新たなテクノロジーを実際に開発するのは民間の企業や研究者だとしても、雇用を生みやすくするように大まかな方向付けを与えたり、技術の変化に適応するための人材育成を強化したり、一時的な失業から労働者を保護したりといった活動は、政府が担うべきものです。
いわば、弊害を抑制しつつイノベーションを促進するためには、大きな政府が必要とされるということであって、現在も推し進められているようなほぼ「規制緩和」のみを軸としたイノベーション政策とは、方向性の異なる議論を行わなくてはならないのです。
日米の企業業績が向上しても社員の賃金に反映されないのはなぜか?
(私のコメント)
昨日の続きになりますが、雇用問題で景気が回復しても企業業績も良くなっても社員の給与がなかなか上がらないのはなぜかという問題が起きています。労働組合がもっと頑張ってストライキなどをして賃上げに励めばと思うのですが、企業は労使紛争を嫌って海外に工場を移転させてしまうという現象が起きています。
ホワイトカラーの事務職も、コンピューターの普及によって事務が少人数で管理できるようになった。昔ならタイピストのOLが沢山いて若い女性の事務職の需要が沢山あった。しかしワープロの普及でタイピストは要らなくなり、経理事務もパソコン会計ソフトの普及で経理事務員は要らなくなった。
パナソニックなどは7000人いた本社社員を数百人まで減らしているそうですが、本社と支社のネットワーク化で管理は人手がかからなくなった。製造工場などもコンピューター化が進んで工場には工員は要らなくなり無人化に近い工場が増えている。今までは中間所得層だったサラリーマンや工員が要らなくなり、高所得の管理職と低所得の現場作業員との格差が広がってきている。
朝日新聞でも東大出身の新入職員がいなくなったというニュースがありましたが、ネット化が進めば新聞は要らなくなる。記事を書く人も高学歴のエリート記者は要らなくなり、現場を這いずり回る土方作業に近くなるだろう。あるいは記者のフリーランス化が進むだろう。紙の新聞は宅配システムで支えられてきましたが、20代の若者は新聞を読まない。
女性の職業も、経理や総務と言った事務作業はコンピューター化で少ない人数で出来るようになり、花のOLも死語になってしまった。女子工員も工場の海外移転や無人化で必要が無くなり地方には職業の受け皿が無くなってしまった。農作業も若い女性はやりたがらないから農家に嫁の来手はない。
農業もコンピューター化でハウス栽培などコンピューターで管理するようになり、農業の企業化がこれから進むだろう。農業すら人手がかからなくなり大規模化や差別化が進んで産地直売が主流になり、農協すら必要が無くなるかもしれない。このように地方には雇用がどんどん減って大都会に若者は集まってくる。
大都会でも個人商店が少なくなってコンビニやスーパーに入れ替わりましたが、これもコンピューター管理が進んできたためだ。コンピューター化が難しいのは飲食や娯楽サービス業ですが、個人の嗜好や味付けなどはコンピューター化に馴染まない。女性の高所得のNO1は風俗業であり、一人で年収が数千万円も稼ぐ風俗嬢も珍しくなりません。
以前に風俗嬢の事を書いたら風俗業を勧めるのかと言ったクレームがつきましたが、現実を言ったまでの事であり、今では若い女性なら誰でもなれる職業ではなく、就職しようとしても7割の女性は年齢や容姿などの問題ではねられるそうです。デリヘル嬢になっても客の所に行ったらチェンジを要求されたら仕事にならない。
飲食業も一種の接客業だから、気を使う仕事でありスピードや技能が要求されます。回転寿司なども飲食の自動化が進んできましたが、少人数で大量の客を裁くことができる。しかし寿司ネタやシャリなどの選定はベテランがやらなければ質が落ちる。牛丼やラーメンなどもチェーン店よりも職人の味付けで客を集めなければならない。
経済発展と技術の進歩で、一次産業や二次産業はコンピュータ化が進んで人手がかからなくなった。三次産業のサービス業は海外移転もコンピューター化も難しい面がありますが、個人の力量が要求されます。銀行業もサービス産業ですがコンピュータ化が進んで出し入れはATMでするようになり人手が要らなくなった。
だから同じサービス業でも、低レベルのサービス業と高レベルのサービス業とでは所得に大きな開きが出てくる。技術の進歩とコンピューター化は生産性を飛躍的に向上させて、産業革命以上の変革をもたらしている。生産性の向上は100倍から1000倍になる事も珍しくは無くなり、それに伴ってマネーも拡大させなければ価格の低下を招いてデフレになってしまう。
コンピューター自体も性能の向上と価格の低下が著しくなりましたが、生産性が向上した分に比例してマネーも供給しなければメーカーは値下げして売らなければならない。特に家電製品の値下がりが激しいが、中国から格安で製品が入って来るからだ。日本製なら5万円するものが中国製だと9千円で売っていたりする。これでは日本の製造業が成り立たないのであり、日本は中国に合わせて円安誘導すべきだった。しかしアメリカは中国の元安は認めても日本の円安は認めなかった。アメリカの自動車業界がうるさかったからだ。
オバマ大統領がきょう来日しますが、TPPが全面的に妥結するとサービス産業も自由化されて、医療や弁護士や金融などが自由化されますが、カルテや法律文書や経営報告書などを英語にしろと言ってくることは目に見えてくる。つまり日本語ですら非関税障壁だと訴えて来るかもしれない。やがては日本語を廃止して英語を公用語にしろと訴えてきても国際司法機関はアメリカ主導だ。(わかりやすく極論を述べました。)
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