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オバマも安倍も吹っ飛ばされた プーチンが「世界経済」の支配者になった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38701
2014年03月18日(火) 週刊現代 :現代ビジネス
屈強で、狡猾な男であることは誰もが知っていた。しかし、こうも強引かつ鮮やかなやり方で、世界の行く末を手中に収めてしまうとは。私たちは、彼のことを見くびっていたのかもしれない。
■もう誰にも止められない
ウクライナ南東部、黒海に突き出たクリミア半島。その最南端・セヴァストポリの岸壁には、無数の弾痕が刻まれている。ここでロシアは、19世紀にはオスマン帝国と、20世紀にはナチスドイツと死闘を演じた。
21世紀。世界は三たび、固唾を呑んでこの地を見守っている。
ロシアの最高権力の座に就いてはや14年。プーチン大統領は今、ワイングラスをゆったりともてあそぶかのように、黒海を手のひらに収める。61歳にしてなお逞しい背中を玉座にあずけ、灰色の瞳で見据えるのはウクライナだけではない。慌てふためくEU諸国、大西洋の向こう側で、何もできずにいるかつての宿敵・アメリカ、そして茫然とするばかりの日本―。
世界の命運は彼に握られた。
「今回の騒乱は、プーチンによる最高難度の応用問題と言えます。あまりに多くの要素が、複雑に絡み合っている。日本では安倍総理をはじめ、官邸も外務省も、事態の全体像を総合し、有効な対策を立てることができていないようです」
元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏はそう話す。
ウクライナ国内に完全武装の兵士を1万6000人も送り込みながら、「あれはロシア軍ではない」と言い放つプーチン。ロシア上院が派兵を全会一致で承認した直後の3月1日、アメリカのオバマ大統領は青いシャツの袖をまくり、大統領執務室でクレムリンへの直通ダイヤルを回した。
だが1時間半後、受話器はため息とともに置かれた。電話の相手は一歩も引かなかった。
「ここ数年、シリアやイランの独裁政権に対して、アメリカ政府は『国際法違反だ』などと大げさな声明を出しながら、有効な手を全く打てませんでした。
今回も、オバマはロシアへの経済制裁に言及したものの、プーチンと真っ向から衝突するほどの制裁を実行すれば、アメリカ経済だってただでは済まない。現在の不安定なオバマ政権に、そうした犠牲を引き受ける意志があるかどうか」(ハーバード大学政治学部客員教授のオーレル・ブラウン氏)
EU諸国の首脳も、4日以降次々にロシア側と接触。かねてからプーチンと親しいドイツのメルケル首相をはじめ、兵を引くよう総がかりで説得にあたっている。ウクライナのデフォルトを防ぐとともに、プーチンへ圧力をかけるため、EUはウクライナ新政権に1兆5000億円もの短期支援を行うことも決めた。
しかし、プーチンはまったく意に介さない。筑波大学国際総合学類長で、ロシア政治が専門の中村逸郎教授が言う。
「欧米各国は、6月にソチで開かれる予定のG8サミットを欠席する可能性を表明しました。これに対してプーチンは『そんなにイヤだったら、来るな!』と吐き捨てています。日本の新聞は丁寧な言葉で報じていますが、プーチンの言葉遣いに忠実に訳すとこうなる」
ロシアからEUへ、EU全需要の3分の1にあたる年間1600億ドルもの天然ガスを送るパイプラインは、ほとんどがウクライナを通っている。EUの「首根っこ」を押さえているプーチンからすれば、いざとなったら、ほんの少し指に力を込めるだけでよい。エネルギー供給のもとを断たれたEU経済圏は、あっという間に危機に陥るのだから。
市場も翻弄されている。
ニューヨーク・ロンドン・東京・上海・モスクワの各株式市場は、3月第一週を過ぎてもなお不安定だ。騒乱を受け、3日にはニューヨークで前週末比150ドル以上、東京で400円近くも大幅に下げた。と思えば、プーチンが4日「ウクライナでの武力行使は最後の手段だ」と述べただけで、「危機は遠のいた」との見方から一転して大幅反発。その後、クリミア自治共和国のロシア編入をめぐる決議などを受けて、先の見えない値動きが続いている。
株式評論家の植木靖男氏はこう懸念する。
「カネというものは臆病ですから、世界情勢が不安定になると安全な場所へ逃げようとする習性がある。世界の投資家がリスク回避のために資金を株式市場から引き揚げるようなことになれば、世界同時株安の引き金となり、世界経済は再び停滞してしまうでしょう。
紛争が長期化した場合、投資資金は強い通貨であるドルと円に流れる。年明け以降、新興国から流出した資金の一部が円買いに流れ、円高に振れ始めています。今後、この動きがいっそう加速する可能性がある」
事実、すでに株式市場に流れるカネの量は大きく減っている。4日には東証1部の売買代金総額が、昨年11月以来3ヵ月半ぶりに1兆8000億円を割った。
■Xデーは今月24日
円安・株高に支えられ、雲行きが怪しくなるたびに日銀の金融緩和に頼ってきたアベノミクスも、敵があのプーチンとなると手の打ちようもない。事態は安倍総理が想定していた範囲をはるかに超えている。
「アベノミクスは、少なくとも来年4月までは世界的な経済危機が起きないことを前提にしていました。それが崩れてしまい、安倍政権の想定の甘さが露呈してしまった」(RFSマネジメント・チーフエコノミストの田代秀敏氏)
プーチンひとりの一挙手一投足に、世界の政治経済が左右される。どの問題をとっても、パズルの最後のピースは彼の手中にある。
「ソビエト連邦を抜きにして解決できる国際問題はひとつもない」
かつて30年近くソ連の外務大臣を務め、「ノー」が口癖だったことから「ミスター・ニェット」の異名をとったアンドレイ・グロムイコは、こう豪語していた。
各国の指導者は、彼の言葉を再び噛みしめている。しかも今のプーチンは、その気になれば世界経済というパズルをひっくり返すことさえできるのだ。
恐ろしいのは、ウクライナという火薬庫がいつどのような形で暴発するのかについて、プーチン自身さえ正確に予期できているわけではないということである。
「ウクライナ西部にはウクライナ語話者が、東部にはロシア語話者が多く住んでいますが、西ウクライナを基盤とする新政権が全土でウクライナ語を公用語にすれば、ウクライナ語を話せない東部の住民には、職にあぶれたり、出世の道を断たれる人も多く出てくる。
さらに、アメリカが経済制裁を実行し、ロシアと結びつきの強い東ウクライナの企業家が持つ海外口座を凍結した場合、彼らのビジネスは立ち行かなくなる。
人間は、自分の生活が懸かると何をしでかすか分かりません。こうしたことをきっかけにウクライナ各地で住民の衝突が起こり、統制が利かなくなって、新政権が強硬な対応をとった場合には、不測の事態も起こりかねない」(前出・佐藤氏)
そうすれば、間違いなくロシアは軍事力で情勢を安定させようとするだろう。これに対抗するために、NATOも派兵を決める。こうしてウクライナは、欧米とロシアの「代理戦争」の舞台と化す。
実は、あまり報じられていないが、外交関係者が「Xデー」になるのではないかと恐れている日が間近に迫っている。オランダ・ハーグで「第3回核安全保障サミット」が行われる今月24・25日だ。
核安全保障サミットは、'10年4月にワシントンで第1回が、'12年3月にソウルで第2回が開催されている。約50ヵ国の首脳が一堂に会し、核燃料がテロリストなどの手に渡らないよう維持・管理することを約束しあう国際会議である。
「このサミットは、ウクライナ動乱勃発後、初めて主要国のトップが集まる場ですから、各国は再びプーチンの説得にあたる。
しかし現在のところ、EU諸国に対してロシアのラブロフ外相は『クリミアの軍隊は自衛団≠ネのだから、我々にはどうすることもできない』などと挑発的な返答を続けています。まるで、強気で鳴らしたグロムイコ外相の再来です。
もしこの会議で、プーチンが改めて『ノー』と言うならば―最後のチャンスが潰えてしまいます」(外務省関係者)
一度口にした手前、国際社会の信任を維持するためにも、アメリカは対ロシア経済制裁へ踏み切らざるを得なくなる。前述したように、ウクライナでの軍事衝突リスクは一気に高まるだろう。プーチンの指が、ドミノ倒しの最初のひとつを弾くのだ。
奇しくも、史上初の世界恐慌は、クリミア半島に端を発するものだった。1853年にオスマン帝国・イギリス・フランス連合軍とロシアの間でクリミア戦争が勃発した際、穀物価格が急騰。しかし3年後の戦争終結とともに急落し、世界市場は大混乱に陥った。
160年後の現在、世界経済ははるかに緻密になり、ドミノはびっしりと全世界に張り巡らされている。ウクライナから遠く8000q離れた日本とて、その例外ではない。
「今後ウクライナで軍事衝突が起きる恐れが強まるだけでも、天然ガスや、すでに高騰の兆しを見せている原油価格はさらに上昇するでしょう。現在大幅な円安にもかかわらず赤字化している日本の貿易収支は、一段と悪化する恐れがある。
そうなれば、日本国債の持続可能性に疑問が生じるために、売買の主力となっている海外の投資家たちは『日本売り』に回ります。長期金利が上昇し、国債の価格は下落するでしょう。
日本国債を最も多く保有しているのは、当然ながら日本の金融機関ですから、こうなると一般の日本国民にも影響が出てきます。国内の大手銀行に損失が生じれば、貸し渋り・貸し剥がしが増え、上向きつつあった景気は再び下降線をたどり始めます」(前出・田代氏)
すでに述べたとおり「有事の円買い」によって、同時進行で円高・株安も進む。
「有事の際には、円以外に基軸通貨であるドルも普通は買われますが、今回に限っては、FRBのイエレン議長が当面は超低金利政策を続けるとの見通しから、ドル売り・円買いの傾向が強い。ウクライナ危機によるリスク回避とドル売りが共振し、アベノミクス以前のような円高水準まで逆戻りすることも十分にありえます」(元スイス銀行外国為替・貴金属ディーラーでエコノミストの豊島逸夫氏)
■日本経済も大ピンチ!
エネルギー価格高騰、国債下落、円高、株安。とどめに消費税増税―いったい日本経済はパンチを何発食らわされるのか。
「せっかく増税に備えて景気対策を打ち、企業にも賃上げ要請をしてきたのに、ウクライナの混乱が長期化すれば、アベノミクス効果のかなりの部分が吹っ飛ぶことになる。
単純に言うと、これまでの逆回しが起きます。企業の業績が下がり、家計収入が減る一方で、エネルギー価格の上昇に伴って食料品や生活必需品の値上げラッシュが始まるかもしれません。庶民の懐も直撃を受けるでしょう。
'97年の消費税増税の際にも、アジア通貨危機が起き、上向いていた景気が元に戻ってしまいました。どれだけ国内で景気対策をしても、地政学的リスクを避けることは困難なのです」(第一生命経済研究所主席エコノミスト・永濱利廣氏)
ウクライナの緊張は緩んでいない。5日夜には、国連がクリミアに派遣した特使が、現地の「自衛団」を名乗る武装組織とロシア国旗を掲げる住民に取り囲まれ、追い出された。
「ここ数年、プーチンはロシア国民が自分に厭き始めたことを敏感に察知し、愛国主義を打ち出して支持を回復しました。五輪終了後、彼はウクライナに狙いを定め、そして見事に自分のシナリオに沿って状況を動かしている。
混乱が長引き、国際社会でロシアとプーチンの動向が大きく報じられるほど、ロシア国民は喝采を送る。現地の報道を見ていると、いまやロシア国民の間では、米ロ冷戦の再開を望む声が非常に強くなっていると感じます」(前出・中村氏)
世界は、プーチンという政治家の恐ろしさを目の当たりにした。
かたや、欧米各国首脳が欠席する中、ソチ五輪開会式に顔を出し、ウォッカを振る舞われて得意顔だった安倍総理は頭を抱えている。あのときプーチンの目がまったく笑ってなどいなかったことを、今更思い出したところで手遅れだ。
「プーチンはここぞとばかり、今まで以上に安倍総理を遇するのではないでしょうか。ロシアと結べば、日本とアメリカの溝はますます深くなる。この機に乗じて、沈黙している中国が領土問題で動く可能性も否定できません」(前出・豊島氏)
新たな世界経済の支配者に、どう対峙するのか。選択を誤れば、安倍政権の命脈は春が来る前に尽きかねない。
「週刊現代」2014年3月22日号より
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