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コラム:中国経済が向かう「長期衰退」の道=武者陵司氏[ロイター]
2014年 03月 5日 17:49 JST
武者陵司 武者リサーチ代表(2014年3月5日)
1月中旬を境に人民元安が進んでいる。3月に入り若干反発したものの、1月14日以降の下落率は対ドルで1.5%超に達し、2月単月では約1.4%と月間ベースで過去最大となった。
この間、アルゼンチン・ペソ急落に端を発する新興国不安の再燃、ウクライナ情勢の緊迫化や中国雲南省昆明の無差別殺傷事件などを受けて、世界の金融資本市場は不安定化し、中国経済に対する見方も厳しさを増した。ただ、この時期に人民元安が進んだ理由はそれだけではあるまい。読み解き方は、大別して二つあると考えている。
まず、中国当局が人民元の安値誘導によって再び輸出ドライブをかけようとしている可能性だ。上海や北京、広州など主要都市の人件費(製造業ワーカーレベルの月額賃金)は、すでにアジア新興国群の中で一番高くなっている。輸出競争力を取り戻すためには、為替レートの引き下げが一番手っ取り早い。「人民元は長期的に強くなり続ける」という市場に定着したスペキュレーション(思惑)を叩く意図があるとも言われている。
もう一つの、より緊急の人民元安誘導の理由は、中国人民銀行(中央銀行)による外貨購入を通じた流動性供給、いわば非不胎化介入である。国内の資金ひっ迫を受け、人民銀行がマネー供給をする際、特定銀行や特定資産に対してではなく、より価値の裏付けのある外貨に対して行うというのは、公平で理にかなった緩和方式だろう。中国の短期金利も急低下した。5日の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)開幕に前後して、ここ数日こそ人民銀行の資金吸収で上昇しているが、3日には昨年5月以来の低水準となる2.843%(7日物レポ金利)まで低下していた。
全体で170兆円、今年償還分だけで60兆円と言われる理財商品の債務不履行危機が年明け早々から表面化しているが、流動性供給は連鎖的破綻を回避するという大命題を果たすのに大きな力になると思われる。
ただ、上記2つの人民銀行による意図的な人民元安誘導とは別に、より深刻な資本逃避が起こっている可能性もまったくは排除できない。人民銀行による強い為替グリップのもとで、個人の資金フローが人民元レートに与える影響は限定的だろうが、中国人が現在、世界各地で資産を買いあさっているのは周知の事実だ。中国経済の悪化や当局の厳しい汚職追及によって、キャピタルフライトが加速するようならば、人民元相場はもとより、世界の金融資本市場への影響拡大に注意が必要だ。
いずれにせよ、重要なことは、現在の人民元安が中国経済の成長鈍化と時を同じくして進んでいるという事実である。
<ハードランディングは杞憂>
結論から言えば、筆者は、中国経済がハードランディングするとは見ていない。とはいえ、現在の7%台、あるいは6%台や5%台という高度成長を中期的に持続できるとも考えていない。5年も経ずに、それ以下の水準に落ち込む可能性は十分にある。
どこからがハードランディングかという定義にもよるが、中国経済は「長期衰退」というソフトランディングの道を進むと考えている。要するに、思うように改革が進まないまま、経済体質をどんどん弱体化させ、それにつれて人民元も弱くなり、高インフレ体質と財政赤字の増加が定着していくシナリオである。
いまさら言うまでもなく、中国の経済成長はとてつもない過剰投資の積み重ねによって実現されてきた。その結果、膨らみ続けているのが不良債権である。この問題については、政府が買い取り、市場が動揺した際には中銀がマネー供給で対応すれば、恐らく当分は深刻な形で顕在化しないように操作することは可能だ。
このところの理財商品の焦げ付き騒動(正体不明の問題債権買い手の登場は明らかに当局が救済に動いていることを示唆する)を見ていると、もうそういう方向に向かっているように思われる。また、人民元安誘導による流動性供給と金利の引き下げは、問題債権の保有コストを大きく引き下げ、不良債権の顕在化を遅らせるのに効果がある。中身が腐っていると皆知っていても、ここまで膨れ上がると、臭いものには蓋(ふた)をするしかないということなのだろう。善し悪しは別として、それが中国経済のセーフティーネットであり、ハードランディングにはならないと先述した理由である。
ただ、より根本的な問題は経済成長をどのように実現していくかだ。投資主導の成長とは、投資額自体が年々増えるということによってのみ実現できる。投資額が去年と同じならば、成長に対する寄与はゼロだ。そういう意味では、投資が極端な水準まで高まったこと自体が、成長率の急減速を招きかねない巨大な潜在リスクとなっている。経済成長寄与の6割を占める投資がゼロないしはマイナスに陥ることは、ただちに成長率が半分以下に落ち込むことを意味する。
投資は今の水準を維持するだけでも大変だ。さらにガラクタを増やし続けることになるから、本来はこれ以上できない。理屈から言えば、中国の改革はひとえに将来の不良債権のタネとなる過剰投資をやめてしまい、その結果起こる劇的な経済の失速を受け入れることだろう。しかし、それは共産党体制を危険にさらすので、受け入れがたい。となると、投資はなんとかそれなりの水準に維持しつつ、政治的に許容できるレベルまで成長率を緩やかに落としていくという選択肢しかなくなる。
これまでの中国の高成長をけん引してきた投資には、公共投資、設備投資、不動産投資の三分野があったが、現時点で投資水準を引き上げる余地がある分野は不動産投資のみである。よって、今後はますますバブル化や不良資産化することを承知の上で、不動産投資に偏った投資増加のパターンが続かざるを得ない。
そうした投資はキャッシュフローを生まないので、常にミルク補給が必要となる。11年ごろまでは大幅な経常黒字と外国人による対中投資(直接投資と証券投資)がその源泉となった。しかし12年以降、経常黒字のピークアウトと外国人投資の減少が続く中で、不足資金の海外調達(主として銀行借り入れ)が急増している。国際決済銀行(BIS)加盟銀行による対中与信残高は11年末6710億ドル、12年末7344億ドルから13年9月末には約1兆ドルへと急増している。
人民元高が続くという幻想は海外資金調達を可能にする条件であると同時に、結果でもあった。しかし、今回の人民元安誘導はそうした幻想を打ち砕くことで、海外調達を困難にするかもしれない。
<既得権益頼みの成長でインフレ加速>
したがって、恐らくこの先に起こることは、中銀バランスシートの増加による物凄い金融緩和や財政出動の積み増しであり、いずれ人民元安とインフレの昂進に帰結するだろう。そして、成長率の緩やかな落ち込み過程で次第に大きくなっていく不良債権の山を政府が民間から肩代わりするというプロセスが進むのではないか。それがずっと続けば、ソフトランディングのプロセスだとは言えよう。
ちなみに、曲がりなりにも投資を続けるならば、当然、2種類のコストを賄っていく必要がある。投資継続のコストと不良債権の処理コストだ。言うまでもなく、そうしたコストはエスタブリッシュメント(中央・地方政府や大企業などの既得権益)が担う。それゆえに、既得権益に信用コストを一定量吸収できるだけの所得を引き続き傾斜的に配分しなくてはならなくなる。
日本を例に出すまでもなく、一国の経済が発展していく過程では本来、労働分配率が引き上げられ、豊かな民需が形成されていくものだが、中国の場合はこの点において今後も大きな進展が期待できそうにない。所得分配の是正を急げば、投資の急激な落ち込みを招き、豊かな民需が育つ前に経済が深刻な下方屈折局面に入ってしまう可能性が高いからだ。人民元安による輸出ドライブも、他の新興国の勃興を考えれば、救世主足り得ないだろう。要するに、所得分配の是正はなかなか実現されず、むしろ長期にわたって過剰投資の原因である既得権益に対する傾斜配分、異常に低い労働分配率が維持される可能性がある。
その結果、格差拡大を背景とする社会不安から共産党体制が揺らぐとの見方もできようが、成長が唐突に止まらない限り、それは杞憂だと思う。都市部で貧富の差が広がっているのは事実だが、農村の所得や生活レベルは年々改善している。政府が臭いものに蓋をする緩慢な長期衰退の道を選べば(ツケは政府に回り続けるが)、不安は爆発しにくい。むしろあえて心配事をあげれば、新疆ウイグル自治区などで高まっている分離独立運動に伴う民族紛争リスクだが、それも近い将来に共産党体制の崩壊や中国経済のハードランディングをもたらすものとは思えない。
結局、中国は人口もやがて急速に減り始める中で、共産党体制下で抜本的な改革もできず、次第に世界経済におけるプレゼンスを落としていくのではないだろうか。
*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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