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正社員が簡単にクビになる日はくるか
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140219-00011938-president-bus_all
プレジデント 2月19日(水)9時45分配信
昨年、多くのメディアで解雇規制緩和の話題が取り上げられました。「解雇特区」という言葉も飛び出しましたが、10月には安倍政権が規制緩和を事実上断念したという記事も現れ、以降、報道するメディアは激減しています。
実はこの議論、まだ続いています。正社員の解雇はどうなるのか。どうあるべきか。今回はこのテーマについて考えてみましょう。
昨年末、産業競争力会議の雇用・人材分科会はこれまでの議論の中間整理を発表しました。そのなかには今後のテーマとして、「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」があげられています。
私が座長を務める規制改革会議雇用ワーキング・グループでも、「労使双方が納得する雇用終了の在り方」について関係各所へのヒアリングや論点整理を行うことになっています。具体的にいうと、裁判所の協力を得ながらどんな場合に解雇は有効となり、どんな場合に無効となるのか。そして紛争を事後的に金銭で解決する場合、どの程度の金額で労働者の救済が行われているのかを丁寧に見ていこうと考えています。
なぜスピーディーに紛争を解決する仕組みが必要か。理由は、それがないと労使ともに大きなデメリットを受けてしまうからです。
解雇をめぐる裁判になると、労使ともに相当な時間と費用、労力が必要になります。しかも裁判で激しく争い解雇無効の判決を労働者が勝ち取ったとしても、企業に戻って楽しく働けるかといえば難しいのが現実です。
かつてのアメリカのように経営者と従業員が反目し合う敵対的労使関係であれば、会社に戻っても労働組合のバリアのなかで生きていくことができます。しかし労使が一体化している日本企業において信頼関係が壊れた後、再び職場に戻ってもそうはいきません。
スピーディーに紛争を解決する仕組みがあれば、経営者は「これだけのコストがかかるから簡単に解雇はできない」と考え、いい加減な解雇の抑止力になります。紛争が起こった場合も、あまり時間をかけずに解決に向かうことができるでしょう。
こういうと反発を受けるかもしれませんが、会社と労働者が解雇をめぐり多大な時間と費用をかけて争うより、一度トラブルになったらスピーディーに解決し、会社は労働者が次のステップに進めるよう支度金を支払い、「新しい職場で頑張って」と別れたほうがお互いにメリットがあると思います。
■日本より規制が強いEU
日本よりも解雇への規制が強いのがEUです。多くのEU諸国では、日本と同様に客観的な合理性や社会的な相当性が必要とされ、トラブルで裁判になるケースは日本より多くあります。
そうした場合、国によって何が不当解雇になるかの違いはありますが、ほとんどのEU諸国で用意されているのが金銭解決の仕組みです。解雇が不当だとしても従業員が元の職場に戻るのは嫌でしょうから、会社がお金を払って紛争を解決するのです。不当解雇で会社が支払う金額は通常、勤続年数によってどのくらいになるかが法律で決められています。
こうした仕組みがあるため、企業側から「このくらいの金額でどうか」と話が持ちかけられ、労働者はお金を受け取れるケースが多いようです。
日本では解雇が無効となったときに、企業が労働者へ補償金を支払う仕組みはありません。ただし労使間で解雇をめぐって紛争が起こったとき、金銭的な解決が行われている実態はあります。つまり裁判で和解をして、あるいはあっせんや労働審判によって金銭的解決を行っているケースがかなりあるのです。
「実態として行われているのなら、わざわざ紛争解決の仕組みを導入する必要はないのではないか」という人もいます。それでも仕組みの構築が必要な理由は、一つの「目安」ができるからです。
労働者が裁判を起こし不当解雇の判決が出た事例が蓄積、整理され、たとえば勤続年数20年の従業員が裁判で解雇無効になったら、給与15カ月分の解雇補償金を企業が支払って決着するという法的な仕組みができたとしましょう。そうすると、労働者は「このケースではこれだけの金額がもらえてしかるべき」とある程度、予測がつくようになります。予測ができれば、裁判に訴えるべきか、それとも他の手段で紛争を解決するかという判断を適切に行えるようになるでしょう。
企業も「裁判で負けると最大でこれだけの金額を支払わなければいけない」とわかれば、「何年も裁判で時間を取られるより、このくらいの金額で解決しよう」と判断できるようになり、紛争の解決がスピーディーになります。
■解雇しにくいのは大企業だけ
では、実際の解雇をめぐる紛争では、どのような決着がはかられているでしょうか。
日本の労働紛争解決システムには労働委員会によるあっせんと労働審判制度、訴訟があります。一番手軽に利用できるのがあっせん、いちばん費用がかかるのが訴訟で、どの手段を選ぶかによって結果はまったく異なってきます。
ある調査によると、問題発生から解決までの期間と解決金の中央値は、あっせんで2.4カ月、17.5万円なのに対し、労働審判では6.4カ月、100万円、裁判の和解では15.6カ月、300万円と大きな開きがあります。
これが何を意味しているかというと、大企業の労働者が労働組合のサポートを受けて裁判に訴えると、時間はかかるが大きな金額を取ることができる一方、労働組合のない中小企業で働く労働者が裁判を起こすのは難しく、いちばん手軽なあっせんを利用すると解決までの時間は早いものの金額は非常に少なくなる、ということです。
「日本では解雇するのが大変」という人がよくいます。確かに大企業はそうかもしれませんが、中小企業の労働者は滅茶苦茶な解雇をされても泣き寝入りするか、解決金をもらえてもほんのわずかという状況がこのバラつきに表れています。ここにも解決の仕組みを整える理由があります。
ただ、紛争解決システムづくりで難しいのは、大企業の経営者と労働者、中小企業の経営者と労働者で利害が錯綜することです。
日本の大企業では「解雇はできない」と一種の金縛りのような状態になっているのに対し、中小企業では比較的自由に解雇が行われています。そこに解雇の際に支払う金銭的な目安ができると、大企業の経営者と中小企業の労働者は賛成し、中小企業の経営者と大企業の労働者は反対するという構図が生まれるでしょう。
中小企業経営者にとってはコストアップになるかもしれませんが、労働組合のある大企業の労働者にとってはメリットもあります。現在、裁判で解雇が無効となったときの法律的な枠組みとしては、現状の職場への復帰しかありません。しかし法律に基づいた制度として紛争解決システムができれば、「金銭による解決も選べる」と選択肢が増えることになるからです。
予測可能性が高くスピーディーな紛争解決システムが導入された後、解雇が増えるかどうかはわかりません。ただ、泣き寝入りする人やごね得する人が減り、納得性の高い解決の仕方は明らかに増えると思われます。少なくとも、アメリカのように比較的容易に正社員が解雇されてしまうような社会になることはないでしょう。
慶應義塾大学大学院 商学研究科教授 鶴 光太郎 構成=宮内 健 写真=Getty Images
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