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原発事故で日本社会が失ったこと(2)・・・遵法精神
http://takedanet.com/archives/1019681728.html
2015年02月13日 武田邦彦 (中部大学)
「日本人は規則を守る」ということでは世界でもトップクラスの誠実さを持っていたし、さらに「借りたお金は返す」とか「どんなに辛くても順番は守る」など、一見、生真面目すぎるほど日本人は誠実だった。
NHKは原発が爆発した2011年3月11日、午後4時30分、アナウンサーが歴史的報道をした(音声が私のパソコンに残っていたので、正確に聞き取って文章にした)。
「東京電力から原子力安全保安院に入った報告によりますと、福島第一原子力発電所の敷地境界付近で放射線を測ったところ、爆発音があったころとされる午後3時29分には1時間に1015マイクロシーベルトでした。この値は一般の公衆が1年間に浴びる放射線の限度量をわずか1時間で受ける量にあたり・・・」
つまり、一般の日本人が浴びる放射線の限度量が1年1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)であることを「NHKが知っていた」ことを示すものだ。
後に、NHKをはじめとして日本中で、専門家もマスコミも「被曝の限度量は決まっていない」、「1年1ミリなどどこにも書いていない」、「100ミリまで大丈夫だ」などと言い、著者などは「1年1ミリシーベルト男、武田邦彦」という記事を週刊新潮が繰り返し出してバッシングを受けた。ネットの個人が著者をバッシングするのではなく、社会の公器とされる大手のマスコミが一個人を「基準を守るな!」とバッシングしたのだから日本人の誠実さも地に落ちたものだ。
「一般公衆」、「限度量」という用語はそれほど一般的ではない。原子力や被曝の専門用語の一つで、「一般公衆」とか「公衆」という用語を使う。だから、ある程度の専門家に聞いたか、あるいは法令を見たかと言うことが分かる。
事故直後のこの時期、NHKばかりではなく、経済産業省の原子力保安院も同じ基準を言っていた。たとえば、記者会見を担当していた西山参事官は、1時間20マイクロシーベルトという値について、「1年と1時間という時間の差はありますが」と断りつつ、「1時間20マイクロシーベルトという値は、一般の人の被ばく限度(それは1年間で時間は違いますがと断って)の50分の1です」と言っている。
つまり1時間20マイクロシーベルトの50倍が一般の人が1年で被曝しても良い限度ということだから、それが1ミリシーベルトであることを説明している。
これらの証拠から、原発事故の直後では、日本社会はまだ誠実さが残っていて、NHKも経産省も事実をそのまま(民主主義のご主人たる国民に)伝えることができたことが分かる。もちろん、事実は「一般公衆の被ばく限度は1年1ミリシーベルト」であり、その後、2年間ほど日本社会は、「間違いが正しい」という奇妙な状態が発生し、「間違いを言う人が、正しいことを言う人をバッシングする」ということが続いた。
一度、大きく崩れた道徳は回復するよりも坂を転げ落ちるように、「自分の都合の良いことならなんでも言っても良い」ということになり、土壌の汚染基準、食品基準、汚染物質の表示義務など次々と基準とそれに基づく法律は無視されるようになった。
ちょうどその頃、2011年8月のことだが、14歳の少年がわずかな放射性物質を使っているキーを取り扱ったとされて補導された(輸入した蛍光塗料がついている小さなキーホルダー)。同じ時期に警察庁は、相手が弱いと見ると(14歳の少年)法律を適用し、強いと思うと(東電)「放射線は大したことはない」という大胆な変身を遂げた。
原発が爆発して、原発に対する信頼性、被爆したという事実、汚染された日本の大地や海・・・失ったものは多かったが、そのうちでも最大級のことは、「日本人の遵法精神」を失ったことだった。
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