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気象研究所による福島原発事故で大気中に放出された放射性セシウムの試算
福島原発の海洋放出セシウムは20〜30年で日本に戻る、長期に渡る放射能汚染、原発つくれる場所ない日本
http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150105-00042030/
2015年1月5日 21時21分 井上伸 | 国家公務員一般労働組合執行委員、国公労連書記、雑誌編集者
毎日新聞が「ビキニ水爆実験:船員被ばく追跡調査 福竜丸以外で初」として次の報道をしています。
1954年に静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が被ばくした太平洋ビキニ環礁での米国の水爆実験を巡り、厚生労働省が近く、当時周辺で操業していた他の船員について健康影響調査に乗り出すことが分かった。被災船は全国で少なくとも500隻、被災者は1万人に上るとされるが、国はこれまで福竜丸以外の船員の追跡調査をしてこなかった。当時の放射線検査の記録が昨年見つかったことを受けたもので、ビキニ水爆実験での被害の位置づけが大きく変わる可能性が出てきた。
出典:毎日新聞1月5日付「ビキニ水爆実験:船員被ばく追跡調査 福竜丸以外で初」
http://mainichi.jp/select/news/20150105k0000m040074000c.html
このビキニ水爆実験での第五福竜丸の被曝を契機に放射能観測をスタートさせた国立研究機関の気象研究所(私たち国公労連に加盟する労働組合がある研究所です。私は国立研究機関の担当です)の当時主任研究官の青山道夫さんに、私、インタビューしたことがありますので、その記事を紹介しておきます。(※2012年3月に行ったインタビューです。福島原発事故での放射能観測をめぐる青山さんの奮闘は、朝日新聞の「プロメテウスの罠」の第3章「観測中止令」においても取り上げられています)
■福島原発から海洋に放出されたセシウムは20〜30年で日本沿岸に戻る
――放射能汚染は長期観測が不可欠
青山道夫氏(気象研究所地球化学研究部主任研究官)インタビュー
気象研究所は、半世紀以上に渡る世界最長の放射能観測を継続しています。東京電力福島第一原子力発電所で過酷事故が発生するなか、放射能観測の中核を担っている気象研究所の地球化学研究部・主任研究官の青山道夫さんにお話をうかがいました。
■ビキニ事件を契機に放射能観測スタート
――気象研究所が放射能観測研究を始めるきっかけは何だったのでしょうか。また、どのような観測を行っているのでしょうか。
1954年3月1日、アメリカが南太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験によって、静岡の漁船・第五福竜丸が被曝しました。このとき、第五福竜丸の乗組員が被曝しただけでなく、海洋も大気も放射能で広く汚染され、日本列島にも「放射能雨」が降り注ぎました。このビキニ事件を契機にして気象研究所は1957年から海洋と大気の放射能観測研究をスタートさせたのです。ビキニ事件の当時、気象研究所にいた故三宅泰雄氏や故猿橋勝子氏をはじめとする研究者たちが、ねばり強く放射能汚染の実態を調査した結果によって、核実験による環境汚染の問題が広く認知されるようになったのです。
私は1984年に気象研究所に呼ばれ、放射能観測研究を託されることになり、現在は主に海洋汚染の問題を担当しています。海洋における放射能の観測は、太平洋を航行するさまざまな船に海水をくんで来てもらって分析します。大気については、気象研究所の敷地内(茨城県つくば市)に、大気中の微粒子をフィルターでつかまえる方法と、2メートル四方と1メートル四方の器に雨をためることで大気中に漂う微粒子を集める方法で、放射能を測定しています。
■長期継続の放射能観測と実際の避難に役立つ拡散予測が必要
――1957年以来54年間にも渡って途切れることなく海洋と大気の放射能観測を行い、今後も継続していくことがなぜ重要なのでしょうか。
私の研究の役割を説明することで、継続した放射能観測の重要性が分かってもらえるかと思います。環境放射能についての私の仕事は大きく言うと二つあります。
一つは、核実験やチェルノブイリ事故、福島原発事故などで放出された人工放射能が海洋においてどうなっているかを研究する仕事です。人工放射能が、どれだけ海に降り注いで、どのように海洋汚染が広がっていくのかを観測によって明らかにするのです。放射能は長期に渡って地球規模の汚染をもたらしますから、観測自体も長期間継続的に実施する必要があるのです。
二つめは、長期に渡る観測を分析して、海洋の放射能汚染がどう広がるのかを研究し、さらに物質輸送モデルなどを使って再現計算を行うことです。1950年代や60年代の核実験での海洋の放射能汚染が30〜40年でどう動いてきたかを分析すると、海洋の放射能がどう挙動するのかが分かります。地球環境が激変しない限りは同じ挙動をするので放射能汚染の予測モデルをつくることができます。日本だけでなく、世界にこれだけ多くの原発が存在する限り、私は世界のどこかで必ず原発事故が起きると思ってきました。
私は、岩波書店の雑誌『科学』1999年1月号に「動燃東海事故による放射性セシウムの関東平野への広がり」と題した論文を発表しています。この論文の中で「今回も示されたように観測データはしばしば人間が予測できないことを教えてくれるので、切れ目のない試料採取と観測・計測は事故時の評価とともに、事後の評価をおこなう上でも重要である」と述べるとともに、「事故が発生してから予測モデルを動かすのではなく、あらかじめ典型的な気象条件と放出条件を想定して、拡散予測をおこなっておくことも必要」と指摘していました。
また、アメリカや旧ソ連などが1945年から1980年にかけて実施した大気圏内核実験で降り注いだ放射性セシウム137の海中濃度が、日本近海で最近約10年間、ほとんど減らず横ばいのままであることが2010年10月に私の研究チームの分析で分かっています。約30年の半減期のセシウム137の放射線が減少し続ける一方で、南から来る黒潮に乗ったセシウム137が再び流れ込み濃度が維持されているのです。
核爆発で成層圏に上った後、ジェット気流などに乗り日本列島の太平洋側とアメリカ東海岸に最も多く降下し、中国が最後に大気圏内核実験を実施した1980年以降は、1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故を除き、新たに発生する原因はありません。
ところが、海水を採取したところ2000年から2010年にかけて、日本列島の近くでは、黒潮に沿った深さ約400メートルの海中で海水1立方メートル当たり2.0〜2.5ベクレルのセシウム137が検出され続けました。
過去の核実験で日本列島の太平洋側に降下したセシウム137は海中に沈み、太平洋を東に移動します。途中で西に方向を変えた後、フィリピン沖で折り返し赤道に沿って東方向に進んでいるのですが、この折り返し地点で一部が黒潮に乗っていることが判明したのです。
こうした放射性物質の移動状況を参考にして、原発事故が起きたときの被害の広がりを予測することができるのです。
■科学者の社会的責任を果たそうとした仲間の奮闘が世界最長の観測を継続させた
――福島原発の事故直後の観測はどうだったのでしょうか。
福島原発からつくば市にある気象研究所は約170キロ離れていますが、3月15日以降は大気ダスト中の放射能は高過ぎてゲルマニウム半導体検出器による通常の測り方では無理になり、計測の方法を工夫しながら計測する状態が続きました。
そうしたなか、原発事故からまだ1カ月も経過していない3月31日に突然、放射能観測の予算が凍結され、半世紀以上も継続してきた観測が途切れる危機に直面しました。財務省が予算を緊急の放射線モニタリングに回したいとしたのが観測予算凍結の根本的な原因でした。
放射能による地球環境の変化は長年にわたって観測し続けることでとらえることが可能となります。まして福島原発事故という重大局面のなか、今もっとも必要とされている放射能観測をやめるわけにはいかないと私は思いました。予算がストップされてもお金を使わなくてもいいよう、分析は後回しにしてもサンプルだけは取り続けることにしました。
不幸中の幸いでしたが、海水採取を委託していた日本郵船の船は、予算凍結を連絡する前にすでに出航していました。
予算凍結の原因だった緊急モニタリングに対して補正予算が付くことになり、8月から予算が戻り、気象研究所の放射能研究は続けられことになりました。
■福島原発のセシウム137は20〜30年で日本沿岸に戻ってくる
――福島原発事故による海洋汚染は今後どうなるのでしょうか。
これまでに福島原発事故で海に流出されたセシウム137は、黒潮に乗って東へ拡散した後、北太平洋を時計回りに循環し、20〜30年かけて日本沿岸に戻ると私たちは予測しています。
海に直接出たセシウム137は、5月末までに3,500テラベクレル(テラは1兆)と試算し、ほかに大気中へ放出された後に海に落ちた量が12,000〜15,000テラベクレル程度あるとみており、総量は15,500〜18,500テラベクレルで、過去の核実験で北太平洋に残留している量の二十数%に当たります。
私たちは、核実験後に検出された放射性物質のデータなどを基に、今回の事故で出たセシウム137の海洋での拡散状況を分析しました。福島県沖から北太平洋へ水深200メートル以下の比較的浅い部分で東へ流れ、日付変更線の東側から南西方向に水深400メートルを中心とした深さで運ばれることになります。フィリピン付近から一部は黒潮に乗って北上し日本沿岸に戻ります。
フィリピン付近からはインドネシアを通過してインド洋、さらに40年後には大西洋に到達する流れのほか、赤道に沿って東に進み太平洋の東端で赤道を越えた後、赤道南側で西向きに流れるルートもあります。
海への流出量は、東京電力が作業用の穴の割れ目などから約1,000テラベクレルが出たと当初発表していましたが、海水で検出された濃度などから流出量を試算したところ、東電発表の3倍以上となっています。
福島原発事故で放出されたセシウム137の全体像を把握するには、太平洋全域での高精度の測定が必要になっているのです。
■地震と火山の巣の上に原発をつくるのは愚か 日本には原発をつくっていい場所はない
――最後に、科学者の社会的責任についてお聞かせください。
科学者・研究者の社会的責任は、科学的データをきちんと分析して、客観的な事実を事実として正確に伝えていくことにあります。とりわけ、原発事故の放射能の問題は「風評被害」などの実害が伴いますので、マスコミに対しては、研究結果が正確に伝わるよう科学者として解説などで補足する必要もあると思います。
そして、科学的な事実は隠してはいけません。日本政府は国民に事実を知らせると「パニックになるから」などという理由で隠そうとする傾向がありますが、これは愚民政策であり間違っていると思います。
あわせて、科学者・研究者の自由な発言や発表を制限することも大きな間違いです。
私と研究者仲間の3人で『ネイチャー』(世界的に最も権威ある科学誌の1つ)に論文「福島原発から出た放射性物質の海洋環境への影響」が掲載させることが決まっていたのですが、掲載直前になって発表することが制限されました。結果的には別の科学誌『エンバイロメンタル・サイエンス&テクノロジー』に昨年10月、掲載されましたが、こうしたことも大きな問題です。この論文で指摘したのは、福島原発から海洋に放出された放射能は過去の核実験より数桁高く、チェルノブイリ原発事故で黒海やバルト海が汚染されたレベルより少なくとも1桁高いということでした。
そもそも、日本列島という地震と火山の巣の上=ファイヤーゾーンに原発をつくるのは愚かだと思います。アメリカにしてもヨーロッパにしても、ほとんど周辺に何もない地震の少ない場所に原発をつくっています。安全をきちんと考えれば日本には原発をつくっていい場所はありません。もともと日本において原発を推進するのは無理なのです。私は、こうした科学的真理を社会に向けて伝えていくことが、本当の科学者の社会的責任だと思っています。
私は昨年度まで数年間、気象研究所の労働組合の委員長や学研労協の常任幹事などをつとめましたが、労働組合としても研究機関に働く研究者の社会的責任が発揮できるよう取り組みを強める必要があると思います。
――以上が当時気象研究所主任研究官の青山道夫さんへのインタビューです。インタビューの中に登場する気象研究所にいた故猿橋勝子さんは自著の中で次のように語っています。
「科学者は、人類のしあわせに、積極的につくす義務がある。科学者の責任は重いが一方、人類への貢献の大きいことを思えば、私は科学者になったことによろこびと誇りを感じないわけにはゆかない」、「(放射能汚染は)今すぐ実害を示さなくても、その実態をつかむことをないがしろにしてはいけない。それは、人類の安全を守るための至上命令だ」
出典:猿橋勝子著『女性として科学者として』新日本出版社
また、気象研究所の研究者らは東海村臨界事故のときに、当時放射線医学総合研究所にいた木村真三さんと共同で放射能汚染調査を実施しています。その木村真三さんの講演「ネットワークでつくる放射能汚染地図-科学者・研究者には人の命を守り助ける責任がある」の要旨を以前ブログで紹介したことがあります。最後にその一部を紹介しておきます。
私はチェルノブイリの調査もしていて、予防医学が専門である科学者・研究者です。予防医学は人の命を助けることが役割です。福島原発事故、放射能汚染の問題は、国や行政だけが悪いのではなく、科学者・研究者が御用学者として政府の言いなりになることを条件に論文として発表することで、自己の地位や名誉を研究業績という形で評価される原子力ムラのシステムに甘んじていることが問題です。科学者・研究者である前に人間として人の命を守り助けるという本来あるべき姿を忘れて、自己の地位や名誉、利益だけを追求してきた御用学者らが招いた人災です。
こうした御用学者らがつくる原子力ムラのシステムを続けさせてしまえば、こうした人災が繰り返されてしまいます。真理の探求をベースにして人の命を守り助けていくという本来の科学者・研究者の道を多くの人に継いでいく必要があります。そのためには学生はもちろん、市民科学者も養成したいと私は思いを強くしています。福島住民の中には自らの暮らしを守るために市民科学者となって立ち上がっている方がすでにたくさんいらっしゃいます。科学者・研究者は、福島と日本の放射能汚染地図をきちんとつくって実相を分析・研究し対策を考えていくことが必要です。そして、市民科学者として奮闘されている地域住民をサポートしていくことも科学者・研究者の社会的責任だと思うです。
(木村真三さん談、文責=井上伸)
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