06. 2014年12月09日 07:02:26
: jXbiWWJBCA
シリーズ・日本のアジェンダ 総選挙の焦点 アベノミクスの通信簿 【【第4回】】 2014年12月9日 橘川武郎[一橋大学大学院商学研究科教授] 数字は明示されず核心議論は剥落 安倍内閣のエネルギー政策の問題点 ―― 一橋大学大学院商学研究科教授・橘川武郎 「安全が確認された原子力発電所は再稼働させる――」。この基本方針を掲げて進められた安倍政権の原発政策とエネルギー政策。11月には九州電力川内原子力発電所の1、2号機の再稼働が地元自治体に認められ、安倍政権は公約通りにエネルギー政策を前進させているかに見える。しかし、筆者から見れば問題は多い。ここまでの安倍政権のエネルギー政策に点数をつけるなら、40点である。 きっかわ・たけお 1951年生まれ。和歌山県出身。1975年東京大学経済学部卒業。1983年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同年青山学院大学経営学部専任講師。1987年同大学助教授、その間ハーバード大学ビジネススクール 客員研究員等を務める。1993年東京大学社会科学研究所助教授。1996年同大学教授。経済学博士。2007年より現職。『東京電力失敗の本質』(東洋経済新報社)、『電力改革』(講談社)など著書多数。総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員。 Photo by Naoyoshi Goto 選挙結果と 原発再稼働
安倍内閣が発足した当初、2012年12月の総選挙と2013年7月の参議院議員選挙の結果を受けて、運転停止中の原子力発電所がいずれ雪崩をうって再稼働するのではないかという見通しが一部にあった。原子力規制委員会が決めた新しい規制基準をクリアした原発については、迅速に再稼働させるというのが、総選挙や参院選で圧勝した自民党の政策だったからだ。 しかし、事態はそれほど単純ではなかった。そもそも自民党は、総選挙でも参院選でも原発政策について、中長期的な見通しを明言しない方針をとった。原発に対する国民世論はいまだに厳しいと読んだうえで、原発政策を争点から外したほうが、勝利をより確実なものにできると判断したからだ。 選挙前にその内容を明言しなかった以上、たとえ選挙に大勝したからといって、自民党の原発政策が支持されたことを意味しない。事態を複雑にしたのは、このような事情があったからだ。 原発をめぐる 世論の不思議 原発再稼働をめぐる現在の世論は、一見、混乱しているようにみえる。 原発のあり方について、中長期的な見通しをたずねると、世論調査で多数を占めるのは「将来ゼロ」であり、「即時ゼロ」や「ずっと使い続ける」は少数派である。「将来ゼロ」とは、「当面はある程度原発を使う」ことを意味する。 一方、より短期的な見通しにかかわる原発の再稼働の賛否についてたずねると、世論調査で多数を占めるのは「反対」であり、「賛成」ではない。「再稼働反対」とは、事実上、「原発即時ゼロ」につながる意味合いをもつ。 つまり、原発をめぐる世論は、中長期的見通しと短期的見通しとでは矛盾した結果を示すという、不思議な現象がみられるわけである。この現象について、どのように理解すれば良いのだろうか。 筆者は、世論の真意は、どちらかと言えば「当面はある程度原発を使うことはやむをえない」という点にあると理解している。しかし、安倍内閣が進める原発再稼働のやり方には、世論は納得できないはずだ。2014年4月に閣議決定した新しいエネルギー基本計画で電源ミックスを明示することを避けた点に端的な形で示されるように、論点をあいまいにし、決定を先送りして、こそこそと再稼働だけを進めているからだ。 このような政府のやり方に対して、「当面はある程度原発を使うことはやむをえない」と考えている国民の多くも反発を強めており、再稼動の賛否のみを問われると、「反対」と答えているのである。 「木を見て森を見ない」 エネルギー基本計画 安倍内閣のもとで策定された新「エネルギー基本計画」は、各エネルギー源の重要性を、以下の通りまんべんなく指摘している。 ○再生エネルギー:安定供給面やコスト面で様々な課題が存在するが、温室効果ガス排出のない有望な国産エネルギー源。 ○原子力:安全性の確保を大前提に、エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源。 ○石炭:供給安定性・経済性に優れたベースロード電源であり、環境負荷を低減しつつ活用していくエネルギー源。 ○天然ガス:シェール革命などを通じて天然ガスシフトが進み、今後役割を拡大していく重要なエネルギー源。 ○石油:利用用途の広さや利便性の高さから、今後とも活用していく重要なエネルギー源。 ○LPガス:シェール革命を受けて北米からの調達も始まった、緊急時にも貢献できるクリーンなガス体エネルギー源。 このような指摘を受けて、エネルギー産業に関連する各業界紙は、総じて新「エネルギー基本計画」を高く評価する論陣を張った。自らの業界が主として取り扱うエネルギー源の重要性が、きちんと評価されたというわけだ。 しかし、このような評価はやや一面的であると言わざるをえない。「木を見て森を見ず」のたとえが、そのままあてはまるからである。 新しいエネルギー基本計画に対して多くの国民が期待していたのは、目標年次とされた2030年において日本の電源ミックスや1次エネルギーミックスがどのようなものとなるか、その見通しを数値で明示することであった。しかし、今回の基本計画は、電源ミックスやエネルギーミックスを数値で示すことを避け、それを先送りした。各エネルギー源の重要性に関する定性的で総花的な記述に終始したのである。 安倍内閣が策定したエネルギー基本計画は、各エネルギー源の位置づけという「木」については言及している。しかし、それぞれのエネルギー源の全体としてのバランスがどうなるかという肝心な論点、つまり「森」については立ち入ることを避けている。「木を見て森を見ず」とみなす理由は、ここにある。 電源ミックスが明示されなかったため、新しいエネルギー基本計画の内容はわかりにくいものとなっている。そのことは、原子力発電の位置づけに関する記述に、端的な形で表れている。新計画は、焦点の原子力発電の位置づけについて、「重要なベースロード電源」と述べる一方で「原発依存度は可能な限り低減」させるとし、ただし「確保していく規模を見極める」とも記述した。きわめてわかりにくい表現だと言わざるをえない。 残された時間は 長くはない 政治家や官僚は、しばしば、原発再稼働の先行きが不透明だから、電源ミックスの策定は時期尚早だと言う。事実上、問題を原子力規制委員会に委ねているわけであるが、これはおかしなことである。 規制委員会は3条委員会として設立されたのであり、その根幹にあるのは、原子力規制政策とエネルギー政策は切り離して、それぞれ独立させるという大原則である。規制政策は規制政策として、エネルギー政策はエネルギー政策として、別個に確立されなければならない。規制委員会の動向を見極めてから電源ミックスを決めるとする政治家や官僚の主張は、規制政策とエネルギー政策を混同させるものであり、両者の相互独立という大原則から逸脱したものだと言わざるをえない。 筆者自身は、いわゆる「40年廃炉基準」の存在を考慮に入れると、2030年の電源ミックスにおける原発依存度は、3.11前と比べてほぼ半減し、15%程度になると考えている。また、使用済み核燃料の処理問題の解決は困難であるため、現在、原発建設に熱心な新興国を含めて、原子力は人類全体にとって、今世紀半ばごろまでの過渡的なエネルギーにとどまると見込んでいる。その意味で、我々は、「リアルでポジティブな原発のたたみ方」を真剣に議論すべき時期に来ている。 このように、原発・エネルギー政策のあり方をめぐっては、様々な考え方がありえよう。ただし、いろいろな意見があることに、たじろいでいてはいられない。 電気料金再値上げの動きが顕在化しているが、すでにエネルギーコストの増大が日本経済全体に大きな打撃を与えている現実に目を向けるならば、もはや、一刻の猶予も許されない。今、大切なことは、あいまいな形で問題を先送りするのではなく、意見をぶつけ合ったうえで現実的・建設的な選択を行い、できるだけ早く、電源ミックスを含むきちんとした形で原発・エネルギー政策を決定することである。 原発・エネルギー問題に関して、政治のリーダーシップが機能しない直接的な理由は、政治家が選挙を気にせざるをえないからである。したがって、今回の総選挙と来春の統一地方選挙が終わるまで、電源ミックスの策定は先送りされるのではないか。 一方で、温室効果ガス排出量削減の2020年以降の具体的枠組みを決定するパリでのCOP21(第21回国際連合気候変動枠組み条約締約国会議)は、来年11月末に迫っている。その5ヵ月前の6月には、COP21へ向けた実務的な検討が始まる。 それまでに原発依存度を含む電源ミックスを決めなければ、わが国は、2020年以降の温室効果ガス排出量削減目標を国際社会に明示することができなくなる。残された時間は、決して長くはない。 http://diamond.jp/articles/-/63368 |