http://www.asyura2.com/14/genpatu41/msg/303.html
Tweet |
村内のあちこちに黒いフレコンバッグが積まれている=福島県飯舘村
黒いフレコンバッグで埋め尽くされる飯舘村、作業員7000人の異様な光景(11/23 産経新聞)
http://radiation7.blog.fc2.com/blog-entry-4874.html
Monday, November 24, 2014 東京江戸川放射線
東京電力福島第1原発事故の被害で全村避難となった飯舘村だが、東日本大震災による津波被害や家屋の倒壊などはほとんどなかった。そのため、目に見える形での被災は分かりづらかった。しかし現在の飯舘村は異様な光景が広がっている。
本格的な冬の到来を前に飯舘村で大規模な除染が進められている。事故前の村民約6千人よりも多い7千人近い作業員が毎日、飯舘村に訪れている。
村内のあちらこちらに、除染を知らせる黄色い旗とピンク色の印がつけられている。そして廃棄物を入れた黒いフレコンバッグをさまざまなところで目にするが除染が進むとともにその数は徐々に増え、村中を覆い尽くす勢いだ。
毎朝、作業員を運ぶマイクロバスやダンプカーが慌ただしく行き交い、福島から飯舘村を通る県道が渋滞するのは日常となった。
以前は飯舘村に行くまでには1時間弱ほどだったが時間がかかるようになった。飯舘村役場や飯舘中学校がある村の中心部ではかつてないほど車が行き交っていた。
1軒ごとに家屋と庭、周囲の屋敷林などで、放射性物質の除去作業が行われている。
飯舘村は、福島市から川俣町を通って南相馬に抜ける道路と、福島市から伊達市などを通って相馬市に抜ける道路が主要な道路だ。その道路脇の田んぼや畑はフレコンバッグで埋め尽くされている。
それ以外の道路や自宅も同じように除染やフレコンバッグが積まれている。
数が多いだけではなく、徐々にフレコンバッグの劣化も始まっており、一部のフレコンバッグには草が生えているようなものもあった。移送の際には再び袋を移し替えるなどの作業をしなければせっかく除去した放射性物質が再び出てしまうことになる。
除染作業は、平成26年のうちに宅地除染、28年中に農地などの除染を終了させる予定だ。すべてが終了した後の飯舘村がどのようになっているのだろうか。(大渡美咲)
http://www.sankei.com/premium/news/141123/prm1411230015-n1.html
▲上へ ★阿修羅♪ > 原発・フッ素41掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。