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<原発賠償>受けられず倒産…ADR申し立てのバス会社
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141123-00000008-mai-soci
毎日新聞 11月23日(日)7時30分配信
東京電力福島第1原発事故の賠償を巡り、裁判外で紛争を解決する手続き(原発ADR)を担当する「原子力損害賠償紛争解決センター」が、事故後に減収したバス会社15社の和解協議を打ち切った問題で、このうち1社が倒産に追い込まれていたことが分かった。センターに詳細な資料を要求されたが準備できず、賠償を受けられなかった。社長の父は「早く解決してくれれば倒産しなくてすんだ」と批判した。
倒産したのは東京・多摩地区のバス会社。民間の信用調査会社などによると、1974年設立で、当初は冠婚葬祭の送迎や地元住民の旅行など小規模の契約が中心だったが、2007年からは大手旅行会社によるツアーを受注。08〜10年は毎年4億〜5億円の売り上げがあり経営は順調だった。しかし関係者によると、11年3月の原発事故後、旅行会社のツアーや小中学校の遠足、老人会の旅行、ゴルフ大会の送迎など、予約が次々とキャンセルされた。社長の父は「かかってくる電話はキャンセルばかり。電話を取るのが怖かった」と話す。
11年の売り上げは約2億円と半減。12年春、同社も加盟する「東京バス協会」の呼びかけで、減収分を東電に請求するため、集団で原発ADRを申し立てることになった。同社を含む東京都と神奈川県の16社が参加を決め、12年5月に開かれた弁護士との打ち合わせで社長は「早くやりましょう」と訴えたという。
申し立ては同10月。同12月の進行協議で、和解案を作成するセンターの仲介委員(弁護士)は「キャンセル1件ごとに、原発事故が理由かどうか分かる資料を出してほしい」と求めた。しかし、客からキャンセルの連絡を受けるたびに理由を聞き記録していたのは1社だけで、同社を含む15社は資料を用意できなかった。
この間、同社の経営は悪化。約10台のバスのリース料が払えなくなり、バスが手元から無くなり、注文が入っても他社に回さざるを得なくなった。関係者は「社長は支払いを督促する電話に『すみません、すみません』と頭を下げていた」と振り返る。13年3月、関東運輸局に事業休止を届け出て、同月、2度目の不渡りを出し事実上倒産した。
センターが結論を出したのは、それから約9カ月後の13年12月。キャンセル理由に関する資料を提出した1社分だけの和解案を示し同社を含む15社の和解協議は打ち切った。
かつてバスが並んでいた会社の敷地には今、雑草が生え事務所に人影はない。創業者でもある社長の父は「ADRは時間がかかりすぎる」と無念そうに話した。【高島博之、関谷俊介】
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