03. 2014年11月05日 07:31:41
: jXbiWWJBCA
ワンコインで知る、放射線と福島のいま『知ろうとすること。』/『いちから聞きたい放射線のほんとう』・『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』 2014年11月5日(水) ザ・絶賛エディターズ 【私が編集した本読んで下さい!】 『知ろうとすること。』早野龍五、糸井重里著/新潮文庫 新潮社新潮文庫編集部・古浦 郁 『知ろうとすること。』 福島の原発事故から3年半、あのとき何が起こり、その後、現地ではどのような取り組みがなされていまに至るのか。 本書「知ろうとすること。」は、事故直後から、ツイッターで定期的に放射線に関する情報を送り続け、その後も現在に至るまで継続的に福島での現地調査と、当地での教育啓発活動を行っていらっしゃる東京大学の早野龍五先生と、コピーライターの糸井重里さんの対談本です。 これを読んで下さる方のなかにも、震災直後から早野先生のツイートをフォローしている方は多いと思います。情報が錯綜するなか、セシウムが大気中から検出されたというニュースをもとに、原発の放射能漏れを推定した早野先生は、それ以後も多くのデータをまとめ、グラフにして客観的な情報発信を続けてこられました。 対談ではまず冒頭に、事故から3年を経て、起こった事故に対して実際に人々が受けた被ばく量はとても低かったという調査結果が報告されます。 アカデミズムとジャーナリズムでは伝えきれない そして、その根拠として、福島県の給食のなかにどれだけの放射性物質が含まれているかを継続的に調べた陰膳調査や、体内の放射線物質を計測するホールボディカウンターによる調査結果など、放射線被ばくの状況を正しくつかむためになされた、早野先生の取り組みが、糸井さんとの対話を通じて、さまざまに紹介されます。 あわせて、私たちの目に見えない放射線の特性についても、わかりやすい説明がなされます。放射性物質は種類によって様々な半減期をもつこと。放射線は被ばくというかたちで我々の細胞を傷つける一方で、X線やCTへの応用にみられるよう様々に活用され、自然界にも日常的に存在すること。さらには我々の肉体の組成にも、宇宙誕生時の原子の組み合わせと循環に由来する、微量の放射性物質が含まれていることなど、対話はときに壮大なスケールの話を交えつつ展開されます。 放射線をめぐるテーマには大きくふたつの難しさがあると思います。 ひとつは放射線そのものを理解することそのものの難しさ。そして、もうひとつは「放射線」ということばに対する様々な政治的な立場も含めた印象の濃淡。それらが入り交じりもつれあい、この問題にお互いに向き合うテーブルのありかはときに見えにくくなります。しかし、いくら議論が熱を帯びても、被害を受けた方たちの不安が置き去りにされることがあってはなりません。 深刻な事故が起こり、実際に被ばくする方々を生み出してしまった。ただ、幸いにして、その事故は、当初予測された被害よりはるかに小さいと明確にいえる。それでも、例えば、農産物への風評被害が起こるのはなぜなのか。それを理解してもらうためには、学問的な知識や検査データを伝達することだけでは足りないのではないか……。 その難しさに向けて、早野先生と糸井さんがそれぞれ渾身の力を注いで、私たちにさまざまな問題解決の糸口を示します。この本に貫かれるのは、文系理系や、被災地の内と外といった線引きの手前にある、私たちの「こころ」のあり方。そして、それらを含めて「知ろうとすること。」の大切さです。 対話の最後に置かれた、信頼に足る情報とは何か、をめぐる糸井さんのあとがきには、前例のない事故を経験した社会での私たちが何を手がかりにして物事を判断するべきかについての、大切な知恵が記されています。 糸井重里事務所の方から、本書刊行のご相談をいただいたのは今年の5月半ばのこと。早野先生と糸井さんは、「ほぼ日刊イトイ新聞」上ですでに一度長い対話をしていらっしゃいましたが、実は、その後も定期的に対話を重ねていて、それをどのように伝えるべきかその媒体を探していらしたそうです。 広く伝える、文庫の力 震災直後の関心が薄れ、いま放射線をテーマにした本は、狭い専門書の棚に入れられてしまいがちです。でも、これは子どもを育てるお母さんや若い人たち、をはじめひろく一般の読者に、できるだけ負担を少なく手にとってもらいたいので、それを文庫本でできないかと考えています。とのお話でした。 全国にくまなく配本出来る流通力と、書店の大きな棚スペースを確保する文庫ブランドとして。また、そのスケールメリットから安価な商品ができる可能性も考慮し、私たち新潮文庫にお声がけ下さったことを本当に有り難く思いました。そしてワンコイン、430円のオリジナル文庫をお届け出来ることになりました(実際には、いくつもの細かなコスト減のお願いをのんでいただいたのですが)。180ページと薄いですが、内容はどこまでも分厚い一冊です。 (「ほぼ日刊イトイ新聞」の紹介サイトはこちら。対談記事は→「ほぼ日刊イトイ新聞」早野龍五さんが照らしてくれた地図) 【そんな私が「やられた!」の1冊】 『いちから聞きたい放射線のほんとう』(菊池誠・小峰公子著、筑摩書房) 『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』(田崎晴明著、朝日出版社) (左)『いちから聞きたい放射線のほんとう』(菊池誠・小峰公子著、筑摩書房) (右)『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』(田崎晴明著、朝日出版社) 「知ろうとすること。」を読むうえで、放射線についてさらに理解が深まる2冊をご紹介します。 『いちから聞きたい放射線のほんとう』(菊池誠・小峰公子著、筑摩書房刊)と、『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』(田崎晴明著、朝日出版社刊)は、いずれも物理学の専門家が、科学的なアプローチで放射線とは何かを、基礎知識のまったく無い読者を前提に語ってくれる良書です。 前者は対談形式で、大阪大学の菊池誠先生が、生徒役をつとめる郡山市出身のミュージシャン・小峰公子さんに放射線の基礎知識を教えるもの。「知ろうとすること。」でも取りあげられた、冷戦時の核実験競争によって行われた大気圏内核実験の話題に関連して、いまも全国いたるところから当時のプルトニウムが検出される、という話には驚きました。 組成や半減期から、いつの実験で放出された放射線であるか特定出来るわけで、これもひとつの事実として冷静に受け止めておきたい内容と思いました。原子や波長をイラスト化したおかざき真理さんのわかりやすい図とシュールな挿絵も楽しい、知りたい気持ちに応えてくれる本です。 怒りを底に、静かに、分かりやすく もう一冊の、田崎さんの本も「中学生以上なら読みこなせるように書いた」、とされているように、専門用語の説明から始まり、過去の事故と福島の事象との比較、セシウムが摂取されてから体外に排出されていくプロセスを時間を追って示すなど、放射線の「特性」を無理なく理解できるよう工夫がこらされています。同じ内容のファイルをネットで無償公開している、という点にも著者(そして出版社)の願いと高い志が示されていると思います(こちら) どちらの本も事故に対する怒りを心に静かに秘めながら、放射線について冷静に知ることの大切さについて教えてくれます。 古浦 郁(こうら・いく) 1992年新潮社入社。新潮、週刊新潮、新潮45、旅を経て現在、新潮文庫編集部。『さよなら渓谷』(吉田修一著)、『どんぐり姉妹』(よしもとばなな著)、『大江健三郎作家自身を語る』(大江健三郎・尾崎真理子著)、『新・野球を学問する』(桑田真澄・平田竹男著)、『黄昏(たそがれ)』(南伸坊・糸井重里著)、『近大マグロの奇跡』(林宏樹著)、『100年前の新潮文庫 創刊版 完全復刻』など。 このコラムについて 絶賛!オンライン堂書店 本の面白さを一番よく知っているのは、その本を仕掛け、書かせ、売る人、あるいは、他人の作った本に心から嫉妬している人。つまり、書籍の編集者だ。このコラムでは、ベストセラーを生んでいる編集者諸氏に、自ら手がけた本と、他の方の手になるお薦め本を紹介してもらいます。自分の仕事も他人の本も絶賛!オンライン堂へようこそ。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/book/20141030/273193/?ST=print
|