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たかはし・ひろし●1993年、東京大学法学部卒業、ソニー入社。99年、タフツ大学フレッチャー大学院修了。2000年、内閣官房IT担当室主幹(ソニーより出向)。07年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学先端科学技術研究センター特任助教。09年、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。同6月より富士通総研経済研究所主任研究員、現在に至る。専門は電力・エネルギー政策、現代日本政治論。12年から経済産業省総合資源エネルギー調査会 電力システム改革専門委員会委員も務める。
政府はまず「原発は高コスト」と認めよ 富士通総研の高橋洋・主任研究員に聞く
http://toyokeizai.net/articles/-/49345
2014年10月02日 中村 稔:東洋経済 編集局記者
経済産業省が新たな原子力発電支援策として俎上に載せた差額決済契約(CfD)。”原発版FIT”ともいえる価格保証制度を日本に導入することは妥当なのか。国内外の電力・エネルギー政策に詳しい富士通総研経済研究所の高橋洋・主任研究員に聞いた。
■英国がCfD導入を決めた原発新設計画
――英国の差額決済契約(CfD)について、現地で調査したそうですね。
2013年7月に英国へ出張し、英国エネルギー・気候変動省や電力会社などにヒアリングを行った。CfDはFIT(固定価格買取制度)とはメカニズムの面で若干違うとはいえ、「FIT-CfD」とも呼ばれるぐらいで、似たような仕組みと考えていい。発電しても儲かるかどうかわからないのが事業者にとっては悩みの種なので、一定期間、固定価格で保証するという意味では同じだ。
英国では当初、CfDを再生エネルギーで使うことが決まっていたが、CO2削減とエネルギー安全保障のための原子力推進の立場から原発にも使うことになった。
英国が現在保有する原子力発電所の約70%は運転開始から30年を超えており、あと10年ぐらい経てば、寿命が来てどんどん減り始めることになる。1995年から原発の新増設はないが、原発の発電量を維持していくためには、今のうちに新しい原発を建て始めないと間に合わない。そこで計画がされたのが、ヒンクリー・ポイントC原発の新設(160万キロワット×2基、2023年竣工予定、建設費160億ポンド=約2.7兆円)で、これにCfDが導入されることになった。
ヒンクリー・ポイント原子力発電所。手前のトラクターが作業している場所が新たにC原発を建設する場所 (写真:ロイター/アフロ)
(英国南西部にある)ヒンクリー・ポイント原発にはすでにAとBの原発があり、新たにC原発が新設される。当初、フランスの原発事業者であるEDFの英国子会社EDFエナジーと、英国の発電事業者であるセントリカの2社が建設の権利を持っていて、私は出張時に2社にそれぞれヒアリングを行った。両社に共通していたのは、「原発はコストが高い」という認識だった。
セントリカは、日本の福島事故後の安全対策が強化されたことで、最終的なコストがいくらかわからない原発新設プロジェクトに参加するのは会社として危ないと考えていた。そのため、初期費用約300億円を投資済みにもかかわらず、プロジェクト撤退を決めた直後だった。
一方、EDF側は、プロジェクト継続の方針。ただし、英国政府がCfDを導入し、適切な価格をつけてくれるのでなければやらない、という立場だった。現状ではコスト高、リスク高だが、CfDで原発の電気の価格を高く保証してくれれば投資を行うという考えだ。
■収入保証がなければ、事業者は原発をやらない
その後、EDFと英国政府の間でCfDの価格交渉が行われ、13年10月に合意された。その価格が、キロワット時当たりで15.7円(1ポンド=170円換算)だった。日本で民主党政権時代に、総合資源エネルギー調査会のコスト等検証小委員会で出された原発のコストは下限値で8.9円。これに比べるとかなり高い。また、英国の再エネに対するCfD価格と比べると、陸上風力が15.3円より少し高く、大規模太陽光の17円よりはやや安い。再エネとほぼ同水準といってもいいだろう。
一方、買い取り期間は再エネが15年間に対し、原子力は2倍以上の35年間。再エネは16年目からは市場価格で売るしかないが、原発は運転開始の23年から35年間も価格が保証される(インフレも調整される)。原発のほうがより手厚い支援が受けられる。逆にいえば、原発はそれぐらい手厚く収入を保証してやらないと事業者はやってくれないということだ。
――福島の事故後に原発のコストは大幅に上がった。
福島の影響もあるが、最新の原発となると安全対策が強化されているので当然コストは高くなる。これまで建設費が1基当たり4000億〜5000億円と言われてきたが、ヒンクリー・ポイントCはその2倍以上かかっている。事業会社としても、初期投資をちゃんと回収できる保証がなければ、危なくて手を出せない状況。これは今や国際的な認識になっている。
つまり、ここで言いたいのは、日本でも「原発は安い」という議論はやめましょうということだ。
■まず原発は高コストだと認めるべき
――日本の経済産業省はそうした英国のCfDを実例に挙げ、電力全面自由化という競争環境下での原子力の支援策を議論し始めている。
原発がハイリスクでハイコストなんだと十分認めたうえで、それでもこれだけの価値があるのだからやるべきだということが再定義できなければ、原発のあり方も決められないはずだ。以前は、原発は安いからやろうと言う話で経済界も納得していた。しかし、実際にはコストは高いのだから、事業としては成り立ちにくい。米ゼネラル・エレクトリック(GE)のイメルト会長兼CEOも、「原発を経済的に正当化するのは非常に難しい」などとメディアに語っている。日本もまず、原発は高コストだと認めたうえで議論すべきだ。
――今年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画でも、原発を「コストが低廉」などとして「重要なベースロード電源」に位置付けた。
基本計画の中では、今後自由化が進めば、原発には逆風が吹くので、新たな支援策を考えるという一文が入っていた。つまり、資源エネルギー庁はCfDのような支援策を作ることを前提に基本計画を作っていた。
コストが低廉というのも、「運転(発電)コストが低廉」と書いている。単純に発電するためだけの単価をとれば、確かに原発は安い。燃料費があまりかからないからだ。ただ、発電後のバックエンド費用(使用済み燃料の再処理、最終処分費)や事故対応費用などを入れて見直せば、話は違ってくる。
――CfDでは、原発の基準価格(買取価格)がもし電力の市場価格を下回れば、電気料金の値下げなどで消費者に還元されるとしている。
本当にそうなるのならば、このような制度は必要ない。事業者としては、市場価格のほうが高いのならば、電気をすべて市場で売ったほうが儲かるからだ。もちろん、市場価格は動くので、一時的には市場価格のほうが上回る可能性はあるが、原発の基準価格は市場価格よりも当然、上に来ることが想定される。
■原発新設を決めてないのに支援策だけ出る矛盾
――英国のCfDは新設原発を対象としているが、日本では現状、「原発の新増設、リプレース(老朽原発の建て替え)はまったく想定していない」というのが政府方針だ(ただし、建設中にある電源開発の大間原発やほぼ完成済みの中国電力・島根原発3号機は新増設に当たらないとの政府見解)。
英国のCfDはあくまで新設の原発を対象としたものだ。原発を推進するという国是があったうえで、原発新設のためにCfDという手段が出てきた。日本ではまだ原発を新設するのかどうか決まっていない状況で、こうした支援策の話が出てくるのはおかしい。(今はまだ下限値しか出していない)コストをしっかり検証し、新増設を含めた原発の位置づけをもっと明らかにしたうえで、議論すべきだ。
――既設の原発にまでCfDを適用するとしたらどうですか。
エネ庁の腹積もりは正確にはわからないが、もし既設の原発にまで導入するとしたら驚きだ。
――CfDは、原発が高コストであることを結果的に裏付けることになる。
これまで「原発はコストが安い」ことを主な理由として、経済界も原発推進を支持してきたが、その根拠が崩壊してしまうことになる。
――政府はすでに、廃炉になる原発の会計制度も見直して、支援することを決めている。
すでに運転開始から30年以上経っている原発を廃炉にする際にも(一括減損ではなく)多年度の減価償却を認めて支援するというのは、これも本来おかしな話だ。海外では平均すれば二十数年で廃炉になっており、30年以上経っているならば本来、設備の償却は終わっていてもいいはずだ。それが終わっていないからといって、減価償却にして電気料金に転嫁するというのはいかがなものか。
――老朽原発への支援、新増設原発への支援と、まさにフルコースの様相だ。
原発は「国策民営」ということを国民合意のうえで進めるならばやむを得ないとは思う。しかし、明らかに合意はしていない。
いまだに国民の半数以上が脱原発を望んでいるわけだから、政府はもっと正面から議論すべきだ。原発はエネルギー安全保障やCO2対策などからどうしてもやめるわけにはいかないのだと説明し、その代わりこれだけのコストがかかると明確に示す。そのうえでCfDのような対策を提示する。そうすることで国民の理解を得られれば、政府は信頼を取り戻すことができる。
そうした段取りを経ないうちにやるから、逆に信頼を失うことになる。政府はエネルギーミックス(電源構成)もこれから決めるといっている。そういう大きな方向性が出ないうちに、どうして支援策だけ議論するのか。原発推進ありき、という目的から逆算して考えるからそうなるのではないか。
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