01. 2014年9月04日 09:10:24
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科学者すら信頼を失っているのだから、政治家など言うまでもないhttp://jbpress.ismedia.jp/articles/print/41653 科学者は住民の不安を鎮められない 疫学者ハッチ博士がフクシマを調査したら(その2) 2014年09月04日(Thu) 烏賀陽 弘道 前回(「スリーマイルとチェルノブイリを調査した疫学者」)に引き続き、首都ワシントンにある国立がん研究所(National Cancer Institute = NCI)に勤務する疫学者であるモーリーン・ハッチ博士のインタビューをお届けする。 ハッチ博士はコロンビア大学の調査チームの責任者として、スリーマイル島原発事故の疫学調査を行った。その後、チェルノブイリ原発事故の疫学調査にも参加している。つまりハッチ博士は、世界で3例しかない原発事故のうち2例の調査をしたことがあるという世界でもほぼただ1人の疫学者なのである。 ハッチ博士は福島第一原発事故の影響をどう評価するのだろうか。今回のインタビュー部分で注目すべき点は次の通りだ。 (1)「疫学者が甲状腺がん以外のがん=(例えば)乳がんを調査しないからといって、それは『乳がんが発生しないから』あるいは『安全だと判断しているから』ではない」ということだ。フクシマでの調査でもそうなっているが、甲状腺がんは「被曝との関係を比較的特定しやすいから」調査が優先される。乳がんは発生要因が被曝のほかに多すぎて、関係性を論じにくい。また潜伏期も長い。甲状腺がんは被曝との関係が比較的明確なので、論じやすい。だから甲状腺がんが優先して調査される。残りは資源(時間や労力、予算など)の問題で調査するかどうかが決まる。 (2)がんの潜伏期間を考えると、調査には最短でも5〜10年はかかる。最低でも10年あるいはもっとでしょうか。先ほど言ったように甲状腺は4〜7年。白血病は比較的早い。他のがんならもっと長い。 (3)現在フクシマで観察されている甲状腺がんは潜伏期間から考えて、被曝が原因ではない。 (4)疫学調査は本来「後追い」である。病気が発生したあとに因果関係の有無を調べる。よって本来「病気になるかどうか」という「未来」を予測するのには向かない。 乳がんは被曝との関係を論じるのが難しい ──もし博士がフクシマの疫学調査をするなら、造血細胞がんや乳がんを調べますか。 モーリーン・ハッチ博士(以下、敬称略) おそらく2次的になるでしょう。何事も資源が限られていますから、優先順位をつけねばなりません。第1は甲状腺です。そして私なら心理的ストレスが次に来るでしょう。理想が何もかもかなえば全部調べるのですが(笑) 付け加えると、甲状腺がんは乳がんよりはるかにまれです。一方、乳がんは被曝以外の多数の要因によっても起きる。甲状腺がんの方が被曝との関係を論じやすい。乳がんはたくさんの要因がありすぎて、被曝との関係を論じるのが難しいです。 ──なるほど。多くの要因の中から「被曝が原因だ」と特定するのはそれほど難しいものなのでしょうか。 ハッチ サンプルの中から、統計的に「強い」要因を証明する十分な数の症例を見つけなくてはならないのです。乳がんのリスクファクターは多数あります。その中で抜きんでるほど被曝が多量だったか? それを見つけ出すためには、調査を始める前に、有効なデータを予測できる合理的なプランを作らねばなりません。 ──なるほど。調査対象になる母集団の数だけが問題なのではないのですね。 ハッチ そうです。成人女性の数、がんの発生数、症例、その特徴、全部一から調べていくのです。「何か関係がありそうだ」と思っても「統計学的に証明できない」ということも多いのです。 疫学者のモーリーン・ハッチ博士(筆者撮影) 疫学調査に10年は必要
──私がTMI事故の疫学調査で学んだのは、健康被害の結論が出るには長い時間がかかるということです。潜伏期を考えると、疫学的な調査にはどれくらいの時間が必要だとお考えですか。 ハッチ 最短でも4〜7年でしょうか。ご存じのことでしょうが、いまフクシマでも甲状腺の超音波検査が1年目、2年目、3年目と行われています。その結果について懸念が上がっていると聞きます。科学者は「被曝と関係があるとは考えないでください。まだ期間が早すぎます」と言っているはずです。 ──4年は待つべきだということでしょうか。 ハッチ 最短でも4年ですね。白血病は人によって2年だったり5年だったり7年だったします。私は乳がんは研究していないのですが、乳がんはもっと長くかかります。 ──まだ事故から3年しか経っていないのに、日本の世論はすでにパニックが起きています。 ハッチ そのようですね。私が2013年2月に東京でのワークショップ(環境省、福島県立医科大学、経済協力開発機構原子力機関が主催した『放射線と甲状腺がんに関する国際ワークショップ』=The International Workshop on Radiation and Thyroid Cancer。2月21〜23日、東京・品川のホテルで開かれた)に出席したのは、そうした知識を一般に理解してもらう意図もあります。バックグランド調査(原発事故の被曝がなくても発生する症例数調査)は有用です。しかし、現在観察されている甲状腺がんは被曝が原因ではありません。早すぎるからです。 ──ヨウ素の甲状腺への影響の次に、セシウムの影響について教えてください。どんな病気を起こすのでしょうか。 ハッチ 内部被曝のヨウ素が甲状腺に選択的に影響するのとは違って、外部被曝のセシウムは体の様々な臓器や細胞に影響を与えます。いろいろな形を取るでしょう。 ──TMIの疫学調査には20年がかかりました。フクシマでもそれぐらいは覚悟すべきでしょうか。 ハッチ そうですね・・・最低でも10年あるいはもっとでしょうか。先ほど言ったように甲状腺は4〜7年。白血病は比較的早い。他のがんならもっと長い。チェルノブイリは25年調査していますしね。 「影響があること」を信じたがる住民たち ──どのようなきっかけでチェルノブイリとTMIの調査に関わることになったのですか? ハッチ NCIがチェルノブイリの調査をしたことがきっかけです。私がTMI調査の経験があったので、2002年にマウントサイナイ医科大学からNCIに移籍しました。 ──TMI調査はいかがですか。 ハッチ 当時は原発事故の影響をめぐって、政治的な問題になっていました。地元のピッツバーグ大学やペンシルベニア州立大学ではない、州外の学者を招いた方がいいという判断になったのです。裁判所のお膳立てで、TMI公衆衛生基金(Public Health Fund)が設立され、資金を提供した。その要請で、私たちコロンビア大学のチームが調査方法を考え、任務を果たしたというわけです。 ──TMI事故の心理的なストレスと発がんの関係を調べられた論文のサマリーを読みました。 ハッチ それはTMI周辺で実施した2つの調査のうちの1つですね。1つは被曝の影響です。もう1つは、心理的ストレスの影響です。TMI周辺では多大な量の心理的ストレスが社会的な懸念を呼んでいると観察しました。心理的ストレスががんの原因の1つになるのではないかと考えた。そこで原発からの距離との関係を調べたのです。原発に近い方がストレスは高くなりますから。 ──被曝の影響についてはどのような結論だったのですか。 ハッチ 小さなトレンドが散見されました。が、全体としては被曝との関連性を説得し確信できるような傾向を見つけることができなかった。 ──それは先ほど言われたように放出量そのものが小さかったからですか? ハッチ そうです。非常に小さかった。できるだけオープンマインドでデータを見ました。被曝量とのインデックスを作ってみました。しかし一義的な仮説は「影響なし」でした。 ──疫学者として「健康への影響は見つからなかった」と言うのは難しいことなのでしょうか。TMI周辺の住民を取材してみると、あなたの調査結果を喜ばなかった人たちもいることが分かりました。 ハッチ 承知しています。被曝が起きて住民の懸念が非常に高まっている時に、疫学者がやって来て「健康への影響は見つからなかった」と言うのは非常に難しいことです。「あなたは病気にはなりません」「死ぬことはありません」と言うことの方が歓迎されないのです。どういうわけか、逆を信じたいのですね。 ──証拠がないから、そういう結論を出してもですか? ハッチ そうです。病院の記録を調べてみると、極めて丁寧な診断と完璧な記録が見つかった。それを基にしています。 ──日本でも同じことが起きています。科学者が「心配はない」と言うと人々が怒るのです。 ハッチ それも承知しています。どうやら人間の性(human nature)のようですね。TMIではもう1つの原子炉を再稼働させることになったとき、住民は激しく怒りました。電話帳の最初のページには今も避難ルートが書いてあります。それを見ると住民は不安になるのですね。 【筆者からのお願い】 筆者の取材活動への「投げ銭」のお願いです。福島第一原発事故関連の取材に関わる諸経費について、筆者はすべて自腹を切っています。こうした報道に経費を払う出版社も、もうほとんどありません。筆者の取材は読者からの「投げ銭」に支えられています。どうぞよろしくお願いします。PayPal、銀行口座など投げ銭の窓口と方法はこちらをご参照ください。 |