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広野町、帰還者が増えず「顔ぶれが固定」、中学校も5分の1、避難先から福島に戻らず(8/10 福島民友)
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Tuesday, August 12, 2014 東京江戸川放射線
「心ひとつに広野町」。町役場前には団結を呼び掛けるのぼり旗がたなびく。沿岸部では復旧工事が本格化し、復興の息吹を感じさせる。「地域のつながりで復興を」と意気込む人がいる一方で「もっと人の力が必要」との声も。住む人、マンパワーをいかに増やせるかが復興の鍵を握る。
「顔ぶれが代わり映えしなくなった」。復興イベントの仕掛け人、がんばっ会長の鈴木すみ(49)は、経営する飲食店で嘆いた。まちづくりなどの会議でメンバーが固定化してきたことに危機感を募らせる。「戻った人だけでは復興できない。避難している人の意見も聞かないと、どう改善すればいいのか分からない」
プレハブ仮設の町商工会事務所。主幹の松岡洋文(50)は「人が増えれば商売は活気づく」と言い切る。会員事業所の再開率は、業種による差が拡大している。好調な建設業に比べ、小売業の再開率は低いままだ。「復興特需はいつまでも続かない。頼りになるのはやはり長く付き合ってくれる住民」。松岡は帰還者増に期待をかける。
町には保育園、幼稚園、小、中学校がそれぞれ一つずつ。入園から中学校卒業までだと「10年以上」の付き合いとなり、保護者も顔見知りになりやすい。震災前、広野中には230人が在籍したが、本年度は約5分の1の50人だ。
教育長の浅野一(64)は「放射線の不安が帰還を妨げる一因」としながら「避難先の学校になじんだり、活躍している生徒に『戻ってきてくれ』とは言いにくい」と苦渋の表情を浮かべる。
震災から3年5カ月。帰還者は震災前の町人口の半分程度だ。インフラなどの整備の遅れのほかに、家庭ごとの事情など帰還できない要因も出てきている。
http://www.minyu-net.com/news/news/0810/news10.html
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