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(原発再稼働を問う:1)壁は「島崎」、揺れ想定「14」上乗せ
http://www.asahi.com/articles/DA3S11249750.html
2014年7月18日05時00分 朝日新聞
原子力規制委員会の審査をクリアした九州電力川内原発(鹿児島県)。再稼働の一番手に躍り出た裏には、九電が仕掛けたしたたかな駆け引きがあった。
地震学者の島崎邦彦は原子力規制委員会の委員として電力各社の地質調査や地震想定に繰り返し疑問を投げかけてきた。「このデータで議論するのは本当につらい」「まだちょっと足りないように思いませんか」。原発直下の断層では廃炉につながる判断もした。
審査が東日本大震災前と大きく変わったのは、電力業界に対抗できる人物が担うようになったことだ。その象徴が島崎だった。
再稼働を目指す電力会社にとって、この壁をどう越えるかが大きな課題だった。規制委は地震などの主な論点を最初に乗り越えた原発を優先的に審査する方針を示していた。選ばれなければ、審査は数カ月単位で後回しになる。
3月5日にあった原子力規制委員会の審査会合で九電は賭けに出た。
「エイヤッと大きくした」。九電技術本部の赤司二郎は、島崎を前に約20分間、熱弁をふるった。
想定する揺れの大きさを表す「基準地震動」の値を震災前の540から620に引き上げることを表明。さらに、計算上は606でも十分なところを上乗せし、安全性を重視する姿勢を強調してみせた。
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基準地震動は、原発の耐震設計の基本になる。原発近くで大きな地震があるたびにこれを上回る揺れが観測され、問題になってきた。
大きいほど建屋や配管の強度が必要になり、震災後も据え置こうとする電力会社は多い。わずかな上乗せでも、九電の態度は異例だった。規制委の担当者は「思想的なものは非常によく見え、大変安心しました」と返し、島崎も受け入れた。川内原発が優先権を得た瞬間だった。
その九電も、実現しやすい範囲での検討結果だったに過ぎない。
川内の2基が1カ月止まると、月200億円の負担増になる。やみくもに想定を上げ、耐震工事に時間がかかっては元も子もない。どれだけ工事が必要なのかは計算してみなければわからない。4足して610では増やした感じがせず、630では高い――。
損得勘定の末、数値が決まったのは前日の深夜。14を足した「620」は「島崎を納得させ、かつ追加工事に無理のない落としどころ」(幹部)だった。
やはり優先審査の有力候補とみられていた大飯原発(福井県)をめぐっても、関西電力は最低ラインを探る「値踏み」を繰り返した。関電が想定した間近の震源の深さは4キロ。規制委は3キロにするよう求めていたが、言われた通りにすると追加の耐震工事に1年近くはかかり、再稼働が遅れるのは確実だった。
うまく審査を通れば、早期再稼働への道は残る。川内と同じ3月5日、関電は4キロの根拠を並べて自説を主張した。島崎は納得しなかった。「特定の考えを支持するだけの論文を集めず、反対する論文もぜひ集めてほしい」「常識的にみて深過ぎる」。食い下がる関電に見直しを促し、審議を打ち切った。
その後、関電は3・3キロを提示したものの認められず、4月23日の審査会合でようやく3キロに変更した。
川内原発の審査が優先されると、関電をはじめ電力各社は、九電の審査対応を手伝っている。川内の審査が早く終わるほど、再挑戦の機会も早くやってくる。そんな打算も働いている。
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東京電力福島第一原発事故で浮かび上がったのは、国の規制の甘さに加え、基準さえ満たせばいいとする電力会社の姿勢だ。巨額な津波対策や過酷事故対策に東電は及び腰だった。事故前に比べ、基準も審査する人も厳しくなったが、電力会社の意識は変わらない。
基準を満たしても、事故が起こる可能性は残る。「さらなる努力をし、さらなる安全を目指すのが安全文化の基本だ」。委員長の田中俊一は、こう苦言を呈す。「福島の事故が起こったという事実を、もっと厳しく受け止めるという姿勢に欠けている。結果的に(審査に)1年以上かかっているのはしょうがない」
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原発推進派からの審査長期化の批判の矛先は電力会社でなく規制委。特に島崎に向けられた。島崎を支えてきたのは、事故をめぐる専門家としての後悔だった。2002年、国の地震調査委員会の部会長として、福島を含む日本海溝沿いのどこでも高い津波が起こる可能性を指摘した。警告は生かされなかった。
震災後の講演では「あの予測をもとにしていれば、対策があったはず」「大変残念です」と繰り返した。「自然が語りかけることに素直に耳を傾ける。この基本に立ち返って科学的な判断を提供したい」と委員就任を引き受けた。
審査の判断は委員の裁量も大きい。だが、5月末に安倍政権が示した新委員の名簿に島崎の名前はなく、原子力工学が専門で業界と近い東京大教授、田中知の名前があった。「あまりに露骨すぎて役人にはできない人事」。原発推進役の資源エネルギー庁幹部らでさえ、そう口をそろえる。
再稼働を進めたい政権にとって、早く動かせるなら原発はどこでもよかった。壁とみられたのは、やはり島崎だった。(敬称略)
◇
原発が再び動き出すことが確実になった。福島第一原発事故の教訓はどこまで生かされているのだろうか。再稼働に向かう動きを検証する。
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