http://www.asyura2.com/14/genpatu38/msg/268.html
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ひと月死亡者2411名/川内原発の鹿児島県で、1999年1月に何が???(厚労省、死因簡単分類)
ほかの近県には見られぬ死亡・産児減少の大変動が鹿児島にあったようだが、
http://www.asyura2.com/14/genpatu38/msg/246.html
その死因を調べた。
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1999年の1月、鹿児島県で一ヶ月としては最多の死亡者2411名が出た。県としてはどれほど大きな数か、14年後の、福島原発事故後の今でさえも、その一月2411名を超えない。どれ程の・何があったのか。
この死亡最悪年にどんな「死亡診断」が付けられたことになっているか、死因疾病の「月次図表」を作ってみた。(1998年分は、ネット上には無いのでわかりませんでした)
(統計は、厚労省統計の死因簡単分類の第3表。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/OtherList.do?bid=000001041668&cycode=7 )
鹿児島県人は、何故、1999年の1・2月に集中して死亡したのか。
死亡総数のグラフで、1999年(黄色帯に紫丸点の線)は、1・2月がダントツで、他の年をも、福島原発事故後の悪化年をも、超出ている。
福島原発事故の鹿児島での影響をも凌駕する、急激で巨大な死亡数増大のこの「事象」はいったい何だろうか。
(2005年(太青紫)3月にも、突出した死亡数の山を形成している。ここでは何があったのだろうか。)
以下。幾つかの疾病「死因月次図表」を見た。
(1) 新生物(ICDコード02000)
新生物による死亡も、
1999年1月が最悪数字であった。
2013年の10・11月に528人となるまで、ひと月518名は最悪一位の死亡数であった。
グラフでは、
福島原発事故後の2011(赤)2012(桃紫)2013(橙色)が、最も上にあり、
一番下に1999年(黄色帯に丸点紫)があって、
他の年は1999以降挟まれた格好となっている。
ところが、1999年1月が断トツに突きぬけていて、その程度は、原発事故の汚染が広がる2011〜2013年と 同じ であるくらいだ。
原発事故後に鹿児島県人が癌で死亡したのと同じ程度の癌死亡が、1999・1月にあった、ということだろう。原発事故後と同じ程度の、、、。
(2) 循環器系(ICDコード09000)
循環器系の死亡数でも1999・1・2月は、鹿児島県で14年来の断凸最悪の月だった。
1月:814名、
2月:615名で、
今でも過去最悪記録だ。
(ネット上で公開されているのは1999年以降)
鹿児島県人はナゼ、循環器系の疾患で、この二ヶ月に集中死亡したのか。
福島原発事故後の
茨城・岩手・福島の場合を見てみると、、、
茨城県循環器系
岩手県循環器系
岩手県確定数では、月報の夏の死亡が、3月へ引っ越し変更してある。
福島県心不全
(2)‐A、心不全 09207
「心不全だ」との死亡診断書を書かれた人も、
鹿児島1999・1月では141名で最悪クラスだ。
最悪の2011年158名から数えてこの14年来で四番目に多い死亡者数だ。
ひと月の心不全死因の死亡者数だけ数えると:
2011年158名、
2010年151名、
2007年149名、
1999年141名。
福島原発事故のあとの数字に超えられたが、それでもまだ最悪クラスの年が1999年だった。
(3) 呼吸器系(ICDコード10000)
1999年は、鹿児島呼吸器系の死因でも最悪だった。
1月644名、
2月420名で、
ずっと最多の数字だ。今でも超えられていない、と政府統計。
例年は2〜300名のところを、2〜3倍に悪化したのだった。ひと月に300〜400人も死亡者が増えたのだから尋常じゃない。
(1999年:ここでは赤線。左上に突き昇っているところが1・2月)
2005年の3月にも、約100人くらい他の年を上回る「事象」があったようだ。(ここでは、2005年:黄色の3月の山)
その後ずっと最悪の月だ。1999〜2013年までの次の図では、黄色帯に紫丸点印入りの線が1999年です。いかに巨大で急激な数で死亡者が、短期間に集中したことか。
福島原発事故後の
茨城・岩手・福島の呼吸器系疾患の場合をみてみると、、、。
茨城県呼吸器系の場合
岩手県呼吸器系の場合
福島県呼吸器系の場合
呼吸器系疾患の大分類の中には、肺炎やインフルエンザが下位分類として含まれている。
原発事故で放射能が空気中に大量に飛ばされた時、「肺炎」と「インフルエンザ」が増えた。とにかくそういう診断が増えた。このことは、事実だ。そうなったと、法則性として、私たちは既に知っている。
東京インフルエンザ
福島県インフルエンザ
このように、福島原発事故の後には、「インフルエンザで死んだ」と「診断」された人の数が激増したことが判る。ともかくそういう病名が診断付けされた事実がある。
鹿児島の場合、肺炎とインフルエンザの月次表を14年分見てみると、、、。
(3)‐A、インフルエンザ (ICDコード:10100)
インフルエンザの
1999年1・2月の死亡者数は最多だ。
鹿児島県では福島原発の後よりも多い。
ひと月に「43人」がいかに異常な数か。
2月だけでも他の一年分にあたる(2003年の年合計の「25」を大文字にし忘れてます。
「黄帯に紫丸点」が1999年で、「太紫」が循環器でも3月に異常があった・あの2005年です)
(3)‐B、肺炎 (10200)
肺炎死因でも、鹿児島県は1999年1月が断凸だ。14年分の折れ線なのでごちゃごちゃだが、
@ 福島原発後の2011(赤)・2012(桃紫)・2013(橙色)が、
他の年の束の上っ面の方にあること、
A 上方と、下方の二つのグループに分かれ、
間に隙間があること、
2005年(太い青紫)と2006年(古抹茶色)とが境目のようであること、
2005年3月に258名という非常に大きな山をグラフ上に作っていること。(ここでは2005年の色が灰色になってます)
B 1999年(黄色帯に紫丸点)が、1・2月に頭抜けて突出し、“他の追随を許さぬ突出悪化”の極悪状態であること
また年間でも、死亡者の13.3%がこの1月に亡くなったそんな異常な年であった。(2月死亡者も多く、1・2月を合わせると、一年合計死亡者の23.3%がこの1・2月に亡くなった計算となる。)
様々な疾病の死亡者が800人ちかくも、このひと月二月に急増急死したとは!
なぜ突然、肺炎が流行ったのか。
なぜインフルエンザで死亡者が急増したのか。
なぜ原発事故後と同じ診断の死亡者が急増したのか。
・・・一体、何があったのか。死んだのは鹿児島県民だけではない。が、鹿児島県民の健康と命については
鹿児島県知事が、川内原発再稼働に御熱心御尽力だが、御存知のはずだ。
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確定数の鹿児島県人口では、
1999年死亡数;18060人
1998年死亡数;16709人
なので、
死亡増悪人数は、1351人
ということになる。
また、住民基本台帳による3月31日現在の年度統計ならば、
1999年1月の「事象」は、1998年度の数字に入っているはずだ。
1998年度死亡数;17832人
1997年度死亡数;16400人
なので、死亡者は; 1432人
増大となる。
この一年だけで、この死亡者数の悪化だった。
他県では、高知県と九州だけで、
出生者数増加、-989人(減少)、 !
死亡者数増大、9324人。 !
===(以下は先の投稿とおなじ繰り返しですが)===
急増大した死亡者数は、住民基本台帳の差で見てみると、、、
1997年度末と1998年度末の
住民票記載数の差;
高知県と九州だけで、
出生者数増加、-989人(減少)、 !
死亡者数増大、9324人。 !
じつに莫大な数だ。
高知県 : 出生者数 -156 人 、 死亡者数 648 人
福岡県 : 出生者数 454 人 、 死亡者数 3535 人
佐賀県 : 出生者数 -299 人 、 死亡者数 208 人
長崎県 : 出生者数 63 人 、 死亡者数 683 人
熊本県 : 出生者数 -105 人 、 死亡者数 1351 人
大分県 : 出生者数 -241 人 、 死亡者数 744 人
宮崎県 : 出生者数 -382 人 、 死亡者数 723 人
鹿児島県 : 出生者数 -323 人 、 死亡者数 1432 人
(高〜鹿)合計 : 出生者数 -989 人 、 死亡者数 9324 人
(ここの98年度と97年度の表のうち、
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020102.do?_toGL08020102_&tclassID=000001028704&cycleCode=7&requestSender=estat&tstatCode=000001039591
「表98‐03」と「表97‐03」との差で計算した。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&listID=000001068602&disp=Other&requestSender=estat )
===以上、くどいですが繰り返しました===
(また統計の辿り方は、さきの稿末のメモをご参照ください
http://www.asyura2.com/14/genpatu36/msg/850.html )
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