01. 2015年3月18日 06:07:49
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中国とISILの微妙な関係恐怖の反テロリズム法案、真の対象は誰? 2015年3月18日(水) 福島 香織 3月15日に全国人民代表大会(全人代=国会のようなもの)が閉幕した。目下の中国が直面するいろいろな問題がそれなりにあぶり出されていたと思うが、とりわけ気になったのが、やはり反テロリズム法(反恐怖主義法)の中身だろう。 このターゲットになっているのは、中国国内の分裂主義、独立派と呼ばれる人たちであり、とくにウイグル族が目の敵にされているのはご存知のとおりである。ISIL(イスラム国)の暴虐が世界各地で怒りを招く中、中国はISILとトルキスタン独立派が結託しているような印象を国際社会に発信しており、国内のウイグル族弾圧の正当化を図りたいようでもある。 だが、実のところ中国が本気でISILを脅威と感じているのなら、米国はじめ国際社会と足並みをそろえるのが普通だろう。目下の中国のISILに対する態度はかなりあいまいである。一方で、国内に向けた反テロリズム法は、国際社会の常識とかなりかけ離れたものとなっている。 反テロリズム法の目的と中国のISILに対する距離感について、少し考えたい。 新疆のテロ事件、不透明感が漂う 全人代での新疆代表団の記者開放日の10日、新疆ウイグル自治区党委書記の張春賢が「新疆の過激分子の中にIS(IL、イスラム国)に参加した後、自治区内に戻ってきた者がいる。最近の新疆のテロ事件には確かにイスラム国での戦闘経験者がいる」と発言した。「新疆にIS参加経験があるテロリストはいるのか」という質問が出て、それに対しての答えだった。 これは海外メディアにとっても十分注目するに値するニュースとして大きく報道された。そういう噂は以前から流れていたが、新疆ウイグル自治区トップが、それを事実として確認したわけだからだ。いったい何人くらいのIS戦闘経験者がいるのか、そのあたりは明らかにされず、インドの一部メディアは「これが事実かどうか裏はとれない」と慎重な姿勢もあわせて報道をしている。 確かに、ISIL帰りのテロリストを捕まえたというのなら、どの事件でいつ捕まえたのか、その名前を公開すべきだろう。だが、2月に新疆地域で相次いだ暴力事件、例えばホータンでの警官8人への襲撃事件、カシュガルのウイグル族父子による警察への襲撃事件、アクスでの警察の家宅捜索を発端に発生した衝突により18人の警察及び市民が死亡した事件などは、香港メディア、海外メディアが報じたものの、公式には発表されていない。捜査上、公開できない情報が多い、とのことだが、新疆における「テロ事件」のほとんどは、事件の概要や経過、容疑者の背景などの情報は発表されておらず不透明感が漂い、これ海外メディアの中国当局に対する不信感の原因となっている。 このとき、張春賢は新疆地域の警察官の殉職率が国内平均の5.4倍に上ることも明らかにした。新疆地域での基層幹部(警官)の殉職者数は230人以上で、これは全国の3分の1(31%)を占めるという。同時に、“テロ事件”の95%が事前に摘発され「南新疆の治安はおおむねコントロールされている」(車俊・副書記)とも語り安全性を強調した。テロ事件の95%が摘発されてなお、それほどの殉職者が出ると言う状況が、今の新疆地域の混乱と緊張を物語っているといえるだろう。95%の摘発の中身も明らかにされていないので、過去の公安当局の自白重視や拷問まがいの取り調べの多さを考えると、冤罪も含まれているのではないかという懸念も残る。 こうした新疆の暴力事件とISILとの関連を習近平政権が改めて強調するようになった背景は、今年、いよいよ中国で「反テロリズム法」が成立すると見られているからだ。 人権擁護に8つの問題点 この法案の第二草案が2月に発表されているが、これは国際社会にとっても十分不安をあおる内容だった。ヒューマンライツウォッチなどの人権擁護組織が問題点を8つに渡って詳しく指摘している。 【1】例えば法案では、テロリズムの定義は「国家の政策決定に影響を与える企み」「政権転覆」「国家分裂」の「思想、言論、行為」とある(106条)。行為はともかく、思想・言論まで禁じるとしたら、政府の政策論議自体を禁じる言論封殺、思想統制ということになる。ノーベル平和賞受賞者の獄中の政治犯、劉暁波も、無期懲役刑で服役中の元人民大学のウイグル族経済学者・イリハム・トフティも、この論法ではテロリストになってしまう。テロ犯罪として、「宣伝、扇動、教唆」や「支持、協力、便宜」なども含まれるので、海外のウイグル族やチベット族支援NPOや、ウイグル族擁護の発言を行った識者やジャーナリストはテロリスト扱いされても文句が言えなくなる。私なども、聞きようによっては、ウイグル族擁護ととれる発言をしてきたので、これはちょっと心配である。 【2】法案内容にしばしば引用される「宗教極端主義」(原理主義)が、テロリズムと混同されて使用していることにも懸念が示されている。原理主義について、「国家の政策、法律、行政放棄を歪曲、棄損するもの」「未成年に宗教活動への参加を強制するもの」といった説明(第24条)は、宗教原理主義に対する誤解を生む恐れがある。新疆において、未成年の宗教活動参加はすでに禁止条例があるので、この法案の目的は宗教活動に未成年を参加させたものがテロリストであるという解釈の根拠とするものではないかという指摘もある。 【3】法案は反テロリズム工作指導機構という専門機関の設置も盛り込んでいるが、この機関はテロリズム組織を認定する権力を与えられるそうである。この機関に一旦、テロ組織の烙印を押されると、その組織の構成員は全員テロリスト認定されるかもしれない。世界ウイグル会議やチベット青年会議などもテロ組織認定を受けかねない可能性があり、そうなると、善意の人権擁護的な見地からそういった組織と連携する海外の支部や支援者もブラックリストに載る可能性がでてくる。 ささやかなネット言論空間も壊滅 【4】反テロリズムを理由に、中国でサービスを提供するインターネット企業は、政府がいつでもサーバーに自由に入って内部を検閲できるよう暗号その他の情報を必ず事前に政府に届け出をしなくてはいけないことも盛り込まれている(15〜16条、93〜94条)。これは個人情報保護の観点だけでなく、ネット・通信企業にソフトウェアや機器を提供するマイクロソフトやアップルなど米国企業の知的財産権侵害が行われる可能性を懸念され、オバマ米大統領も強く反対している。この法案が成立すれば、事実上中国では、プライバシーの保護は全くなくなり、ネット上にささやかに残っていた言論空間は壊滅すると思われる。 【5】新しく設立される反テロリズム工作指導機構に賦与される「全国反テロリズム工作」の権力の司法上の根拠、運営方式、人員編成などがまだ明らかになっていない。全国の各省、市レベルに事務所が設けられるようだが、これは全国的に「思想狩り」が展開されるのではないかという懸念を呼んでいる。 【6】反テロ工作に関して執法機関がテロリスト容疑者に対して、移動の自由を制限したり、特定の人間と連絡をとったり大型集団活動や商業活動への参加を制限したりすることができる。この措置は、裁判所などの許可も必要なく、時間の制限もなく、任意で行うことができる。(第52条)。つまり、反テロ工作指導機構が、テロの恐れありと認定した人物に対しては、法的救済の機会や弁明の機会は全く与えられず、その身柄の自由を完全に奪うことができるのだ。 【7】人民解放軍や武装警察、公安部門、国家安全部門などは関連する国家の許可を得て海外で反テロリズム工作の任務に従事することができる(76条)。これはつまり、中国の「テロリズム」の定義を海外に氾濫させる可能性もある。中国の国際人権法を尊重するという義務に違反する可能性がでてくる。 【8】法案によれば、海外NPO・NGOからの資金提供に対しての監視、監督を強めるようである。金融機関と関係政府部門に対して、国外のNPO・NGO、基金会との金の流れに対する監督強化を要求している。中国で農村や労働者、女性、少数民族などの人権問題や貧困問題を資金的に支援している欧米の基金会やNPO・NGOに対しても監視が強化されることになるわけだ。政府が、そういった社会的弱者に対するケアを怠っており、海外のNPO・NGOの支援でようやく運営できている中国NPO・NGOもあり、反テロ法により中国の公民・公益活動、ボランティア活動がやりにくくなることも予想されそうだ。 追い詰められたウイグル族が売られる こうして見ると、中国の反テロリズム法案は、なかなか恐ろしい内容をはらみ、私のような普通のジャーナリストや、大学で中国の公民運動や人権問題を研究するような学者、普通の善意のボランティア団体やNGOもひょっとすると細心の注意を求められるようになるやもしれない。 中国国内でウイグル族の暮らしが息苦しくなっており、雲南国境や香港経由で中国から密出国を図り、マレーシア経由でトルコに脱出しようとするウイグル難民が増えていることは事実だろう。中国当局の発表では昨年5月以降今年1月末までの段階で850人余りのウイグル族の密出国を検挙したという。 マレーシア当局はISILに戦闘員として参加する中国籍ウイグル族の数を約300人と中国政府に伝えているが、ウイグル難民がみな、ISILを目指しているかというと、当然そうではない。国内の弾圧から逃げたいと考えるウイグル族が、ミャンマーやラオス国境にはびこる人身売買組織に騙されてイスラム諸国に奴隷として売られるケースもあるという。未成年者の中には、中国共産党を恨むあまりにイスラム国に憧れる者もいるようだが、そういった若者は英国などではテロリスト扱いせず「保護対象」として報じられている。 そもそも、中国のISILに対する態度はかなり微妙で、本気で国際社会と足並みを合わせてISILと戦おうとしているのか未だ疑問の声もある。これは中国の軍事オタクたちがネット掲示板で論議していたのだが、まずISIL戦闘員が使用している武器に中国製のものが多い。 米国のNPOがISIL兵士の使用していたライフルのカートリッジを回収して調査したところでは米国製が19%なのに対して中国製は26%。しかも米国製は米国が反シリア政府軍に供与したものが横流しされたと言う風に供給ルートがだいたい分かっているのに、中国製に関してはその供給ルートが謎に包まれているという。「中国の武器商人」と抽象的な呼ばれ方をしている人たちが解放軍関係者なのか武器メーカーなのかはわからないが、中国製武器の流れについて中国共産党中央が全く預かり知らないとは言えないはずで、本気でISILを叩くというのであれば、その武器供給ルートについて調査、公表するのが一番効果的な方法ではないだろうか。 さらにいえば、中国国有石油企業が投資している油田はシリアにもイラクにもある。 テロリスト法の対象はテロリストか 欧米石油企業が撤退する一方で、中国企業はほとんど大規模撤退していない。中国とインドが共同投資しているシリア・テリゾールの油田はISILに奪われているが、ISIL制圧地域外にも中国の油田はたくさんあり、生産を続けている。かの地域は中国の資源戦略にとっても非常に重要な地域で、中国は、ISILの問題よりも、ISILが瓦解した後の展開をすでに考えている。親アサド政権の中国はISILにアサド政権を覆すだけの力はない、と見ており、自らISILとの戦いの矢面に立つよりは、ISILと米国の戦いを距離をとって成り行きを見守る方が得策と、少なくとも昨年までは考えていたようである。 つまるところ中国にとっての「テロリズム」は、ISILなどではなく中国共産党統治に不満をくすぶらせるウイグル族ら国内の不満分子であり、その討伐に国際社会から憎まれているISILの名を利用していると言えるだろう。 問題は、反テロリズム法が、正しくテロリズムを防ぐものとなるかどうかだ。頭の中で考えただけでテロリストと断罪されるのは、恐ろしい思想統制社会と言えないか。ある日突然、人畜無害な人々がテロリストにされるかもしれない。これこそ無差別の恐怖、テロではないかと、感じるのは心配のしすぎだろうか。 このコラムについて 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20150317/278807/?ST=print
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