01. 2014年12月19日 06:58:09
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「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」 国民にそっぽ向かれた「第2子出産容認」 人工妊娠中絶手術は年間1300万件 2014年12月19日(金) 北村 豊 2013年11月15日、中国政府は11月9〜12日に北京で開催された「中国共産党第18期中央員会第3回全体会議(略称:3中全会)」で採択された『改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定』の全文を発表した。同決定は多岐にわたって改革項目に言及していたが、最重要事項の一つである「計画出産」については画期的な改革を打ち出していた。それは、「計画出産という基本国策を堅持する」ものの、“単独(一方が1人っ子)”の夫婦には、“二胎(第2子)”の出産を認める“単独二胎”政策を正式に実施するというものだった。 “独生子女”から“単独二胎”容認へ 中国が基本国策とする計画出産とは、1979年に始まった“独生子女(1人っ子)政策”あるいは“一胎化政策”、“一孩政策”と呼ばれるもので、1組の夫婦に子供は1人を義務付けたものだった。この政策は1975年に中国共産党中央委員会主席の“毛沢東”が“国家計画委員会”が提出した『1975年国民経済発展に関する報告』に対して「“人口非控制不可(人口は抑制しなければならない)”」と指示したことに端を発する。ちなみに、中国の人口は1975年当時9.2億人だったから、中華人民共和国が成立した1949年の5.4億人から26年間で3.8億人増えたことになる。この3.8億人は2014年6月時点の日本の人口約1.3億人の3倍に相当するし、平均すると毎年約1500万人ずつ増えた計算になる。 当時の中国は貧しい発展途上国に過ぎなかったから、この調子で人口が増えたら経済的に立ち行かなくなるばかりか、食糧の確保にも事欠くようになる。そこで、1978年に中国政府は、「1組の夫婦が出産する子供の数は1人が最良、多くても2人、出産の間隔は3年以上を提唱する」方針を策定し、1979年下半期から徐々に全国へ普及させる形で始まったのが1人っ子政策であった。1983年5月には国家計画生育委員会主任の“銭信忠”が「“一胎上環, 二胎絶育(第1子を産んだら子宮内避妊具(IDU)を装着し、第2子を妊娠したら避妊手術をする)”」を提唱した。このため、1983年にIDU装着処置を受けた女性は1776万人、精管結紮(けっさつ)手術を受けた男性は532万人、卵管結紮手術を受けた女性は1640万人、人工中絶手術を受けた女性は1437万人となり、中国史上最高の記録を作った。 中国は国民に1人っ子政策の順守を強制し、違反者を厳しく取り締まって、人口の急激な増大を抑制することに成功した。2008年11月3日に“国家統計局”が発表した報告には、「およそ30年間に及ぶ1人っ子政策によって、中国は約4億人の人口増加を防ぐことに成功した。中国が1人っ子政策を推進した結果、世界人口に占める中国の割合は1980年の22.2%から2007年には20.1%まで減少し、年増加率も1982年の18.4%から2007年の10.3%まで低下し、世界人口の抑制に大きく貢献した」とあり、1人っ子政策の成果を誇らしげに掲げたのだった。 「高齢化」「不妊症」に対処 しかしながら、中国の2013年末時点における総人口13億6072万人に対して、60歳以上の人口は2億243万人で14.9%を占め、65歳以上の人口は1億3161万人で9.7%を占めている。国連は、国家あるいは地区における65歳以上の人口比率が、7〜14%を「高齢化社会」、14〜21%を「高齢社会」、21%超を「超高齢社会」と定義しているが、中国はすでに高齢化社会にある。総人口に対する60歳以上の比率は2020年に25%前後に達し、2050年頃に頂点に達して4億4000万人となり、総人口の3分の1を占めることが見込まれている。この構図を少しでも改善するには、1人っ子政策を緩和して出生人口を増やすことが必要となる。 そこで、1人っ子政策を継続したまま出生人口の増加を図る苦肉の策として考えられたのが“単独二胎”であった。出生人口を増やそうとするなら、「1組の夫婦に子供は2人まで」とする完全な「2人っ子政策」を実施すればよいはずだが、そうすれば短期間に出生人口が増大して大幅な人口増を招き、結果として医療や福祉、教育などの基本的な公共サービスに支障を来す可能性が高い。一方、1人っ子政策が30年以上続いたことで、1人っ子同士の夫婦が一般化し、“421家庭”と呼ばれる「夫婦の両親4人、夫婦2人、子供1人」の形態の家庭が増大し、夫婦2人にとって親4人の扶養義務が大きな負担となっているのも事実である。さらに、近年不妊症患者の増大が顕著なものとなり、妊娠適齢女性の不妊症や不育症<注1>の発生率は12.5〜15%に達し、全国の不妊症・不育症の患者は5000万人以上と言われている。これも中国に“単独二胎”へ踏み切らせた要因の一つであった。 <注1>不育症とは妊娠はするけれども、流産や死産を繰り返して、結果的に子供を得ることができない病態や症候群を意味する。 さて、“単独二胎”政策により“二胎(第2子)”を出産しようと考える夫婦はどれほどいるのか。2014年7月10日に中国政府「国家衛生・計画出産委員会」局長の“楊文庄”は記者会見の席上で、「全国に“単独二胎”政策に適合する夫婦は1100万組以上あり、その数は増加を続けている。現在1人っ子の“単独”家庭のうち60%の夫婦が第2子の出産を希望している」と述べた。“単独二胎”の条件に適合し、第2子の出産を希望する夫婦は居住地の「衛生・計画出産委員会」に申請して許可証を受領する必要がある。楊文庄の言葉通りに事態が順調に推移していれば、第2子出産の申請は各地の衛生・計画出産委員会に殺到しているはずである。 将来に不安、「第2子」申請増えず ところが、シンガポールの中国語紙「聯合早報」は10月31日付で次のように報じた。 「中国が“単独二胎”政策を実行して1年近くなるが、第2子の出産を申請した人数は中国政府の予想を遥かに下回っている。国家衛生・計画出産委員会のデータによれば、当局は“単独二胎”政策の実施後、毎年200万人の新生児が増加するものと予想していたが、今年8月までに“単独二胎”の条件に適合する夫婦1100万組のうち第2子出産の申請を行ったのは70万組に過ぎず、62万組が許可されただけだった」 長年にわたって人々を厳しく管理していた1人っ子政策が、部分的にとはいえ“単独二胎”という形で1100万組の夫婦に緩和されたのに、どうして第2子出産の申請が70万組程度止まっているのか。その理由は住宅価格や生活費、育児費用などが高いばかりでなく、子供の将来の教育費、医療費、さらには戸籍問題(都市戸籍と農村戸籍の差別)などを考えると、安易に第2子を出産することができないからである。 中国政府は将来的には全面的な第2子出産の開放を計画している模様だが、上述した諸問題が解決されない限り、たとえ第2子出産を全面開放しても急激な出生数の増大は見込めないだろう。第2子出産を増大させるためには、戸籍の一本化を促進すると同時に、子供の教育費や医療費の無償化などの出産を奨励する政策を採る必要がある。 ところで、“単独二胎”政策による出生数の増大とは裏腹に、1人っ子政策の弊害として中国が長年にわたって直面している大問題がある。それは人工妊娠中絶である。2012年10月に「国家人口・計画出産委員会」<注2>の“科学技術研究所”は以下の内容のデータを発表し、中国社会に大きな反響を巻き起こした。 <注2>「国家人口・計画出産委員会」は2013年3月の国務院機構改革により衛生部と合併し、「国家衛生・計画出産委員会」となった。 世界最大の人工妊娠中絶国 【1】中国では毎年1300万件もの人工妊娠中絶手術が行われており、中国は世界最大の人工妊娠中絶国である。但し、この数字には1000万件に及ぶ薬物による人工妊娠中絶や未登録の個人診療所による人工妊娠中絶手術の件数は含まれていない。<注3> <注3>日本の人口妊娠中絶手術件数は2011年が20万2106件(厚生労働省データ)。中国と日本の人口比は約10倍だから、人口が同じと考えれば、日本は200万件規模となる。 【2】人工妊娠中絶手術を受ける女性のうち25歳以下が50%を占め、その数は600万件以上に及んでいる。彼らのうち大学生が多数グループを形成している。また、65%の女性は未婚である。 【3】人工妊娠中絶手術を受けた女性のうち53%は、他人に強制されて人工妊娠中絶手術を受けた。また、人工妊娠中絶手術を受けた女性の83%は、もし誰かが傍らで激励してくれたなら、子供を産みたかったと意思表示した。 【4】人工妊娠中絶手術を受けた女性のうち、その後に二度、三度と人工妊娠中絶手術を繰り返す女性は50%に達している。 【5】人工妊娠中絶手術を受けたことによる後遺症が重いために、不妊症や不育症となる人が多い。不妊症や不育症の患者の88.2%が人工妊娠中絶手術を受けた経験を持つ。また、再度妊娠したとしても、人工妊娠中絶手術を受けたことのある女性は、人工妊娠中絶手術を受けたことがない女性に比べて、流産率が2.5倍も高くなっている。 国家衛生・計画出産委員会が2013年11月に発行した『2013中国衛生・計画出産統計年鑑』には、中国の人工妊娠中絶手術件数が1971〜2012年まで表示されている。1971〜78年までは最大で539万件で推移していた人工妊娠中絶手術の件数は、1人っ子政策が始まった1979年に768万件となって上昇を続け、上述したように1982年に史上最高の1437万件に達した。1983〜1992年は1984年を除いて1000万件以上で推移したが、1993〜94年に940万台に低下した後は徐々に減少を続け、2009年以降は600万台で推移し、2012年の数字は669万件となっている。 中国の先行きに大きな影 2009年以降の600万台という数字は、上述した「毎年1300万件もの人工妊娠中絶手術が行われている」というデータと大きく異なるが、前者は公式な数字、後者は非公式な数字と考えればよいだろう。1人っ子政策の下で2人目の子供を妊娠した場合、人目を避けて未登録な個人診療所で人工妊娠中絶手術や薬物による妊娠中絶を行うケースが多いことは容易に想像できる。大学生が人工妊娠中絶手術を受ける件数が多いことは論外だが、既婚者が1人っ子政策の制約により人工妊娠中絶手術を受けているとすれば、1人の女性が一生に産む子供の平均数を示す「合計特殊出生率(TFR: total fertility rate)」が2010年には1.18まで低下した中国にとっては大きな損失と言える。<注4> <注4>日本のTFRは2005年に過去最低の1.26まで落ち込んだが、その後上昇に転じ、2012年には1.41まで回復した。 中国は2026〜27年に高齢社会(国あるいは地区における65歳以上の人口比率が14〜21%)に突入するが、合計特殊出生率が2010年の1.18から改善されない限り、労働人口が高齢者人口を支えるのは極めて困難なものとなるだろう。それを少しでも緩和するには出生数の増大を図るしかないが、国民が“単独二胎”政策にさえもそっぽを向く一方で、年間に1300万件も人工妊娠中絶手術が行われる現実は、中国の先行きに大きな影を投げかけている。 このコラムについて 世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」 日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141216/275224/?ST=print
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