01. 2014年12月12日 07:38:25
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再び始まった中央アジアのグレートゲーム 中国株式会社の研究(260)〜キルギス・中国関係の行方 2014年12月12日(Fri) 宮家 邦彦 手元には先週キルギスで入手した中国政府発行のロシア語雑誌がある。対中央アジア宣伝用と思われる小冊子の表紙はご覧のとおり、「我愛中国」と漢字で書いた若いキルギス人女性だ。 両国はそんなに仲が良いのか、と思う人はまだ素人である。へそ曲がりの筆者は、「やはり、キルギス・中国関係はあまり良くないのだな」と直感した。というわけで、今回のテーマはキルギスから眺めた隣国・中国である。 英雄マナスを殺したのは中国人? 「我愛中国」と漢字で書くキルギス人女性 キルギス共和国の首都はビシュケク。前回も書いたとおり、キルギスは、北はカザフスタン、南はタジキスタン、西はウズベキスタン、東は中国新疆ウイグル自治区と国境を接する中央アジアの小国だ。
キルギスなる名称はテュルク語の「クゥルク・クゥズ」から転じたとの説が有力で、「40の部族」を意味するらしい。この険しい山岳地帯で生き抜いてきた遊牧民諸部族の連合体がキルギス人だと思えばよい。 キルギス人の祖先はシベリアのエニセイ川上流に定住していたという。その後、彼らは1世紀に匈奴の、6世紀に突厥、また7世紀に唐、8世紀には回鶻の支配下にそれぞれ入った。 さらに、13世紀にはモンゴル帝国の支配下に置かれたが、16世紀頃には現在のキルギス共和国の領域に移住してきたようだ。このキルギス人と中国人との関係については、今回現地で面白い話を聞いた。 ビシュケクにある空港はマナス国際空港と呼ばれる。「マナス」とはキルギスに伝わる叙事詩とその主人公の勇士の名前だ。口伝で五十万行にも及ぶその叙事詩は「世界で一番長い詩」らしい。 ビシュケクの誰に聞いても、キルギスの象徴はこの英雄「マナス」だという。どうやら、この「マナス」なる文化遺産が「キルギス人」の連帯の源らしいのだが、何とその「マナス」を殺したのは「中国人」だというのだ。 一方、中国側の歴史学者はキルギスの「マナス」を中国の三大叙事詩の英雄の1人と考えている。 新疆ウイグル自治区にはキルギス人もおり、中国にある「マナス研究所」によれば、「マナス」の叙事詩はチベットの「ゲセル王伝」とモンゴルの英雄叙事詩「ジャンガル」と同じく「中国の文化」の一部だという。 それにしても、さすがは中国、言うことが猛々しい。キルギス人がこれを聞いたら恐らく腰を抜かすだろう。 中華街のないキルギス 車内から見る羊の群れ、やはりキルギス人は遊牧民族だ ウイグルのウルムチを午後出発すれば、キルギスのビシュケクにはほぼ同時刻に着く。驚くのは両市のコントラストだ。
どちらも共産主義・社会主義の遺産を引き継ぐテュルク系民族の都市。基本的には世俗主義の街なのだが、雰囲気はまるで違う。 ウルムチでは中国語、ビシュケクではロシア語がそれぞれ主要言語だからなのか。いずれにしても、街の中心部に中央アジアの独特の喧騒や香りはない。 特に、ビシュケクはロシアの地方都市かと思うほどロシア化が進んでおり、ちょっとがっかりだった。伝統的中央アジアの雰囲気を見たければ、南部のフェルガナ盆地まで行く必要があるという。 また、毎度のことだが、ビシュケク市内に「チャイナタウン(中華街)」はあるかとキルギス人に尋ねたら、「チャイナタウン」はないが、「チャイナマーケット」ならあるという。本当なのか。そいつは面白そうだ。 早速、ガイドと車を仕立てて行ってみたが、これが見事に空振りだった。 確かに、その巨大なマーケットには無数の中国系商店が入っており、日用品、大型家具など何から何まで揃っている。だが、各商店で漢字の表記はほとんどない。ロシア化したビシュケクに中国人が入り込む余地はないのか。オーナーは中国人だが、従業員の大半はキルギス人。雰囲気はウラジオストクのチャイナマーケットと同じだった。 それでも必死に中国人を探したら、女性が2人だけ見つかった。大声で中国語を喋っていたのですぐに分かる。聞けば2人とも漢族で、ウルムチからやってきたそうだ。 そのうち1人はビシュケクに住んでもう10年になるという。キルギスは良い所かと聞いたら、あまり好きではないと言っていた。そりゃ、そうだろう。ここはテュルク系キルギス人ムスリムが世俗化してロシア語を喋る街だ。中国人が楽しめるとは思えない。 友人と呼ばれない中国 チャイナマーケットの中国製家具屋 今回ビシュケクまでやって来て強く感じたのは、現在中央アジアで巨大な地政学ゲームが進行しているという現実だ。この地域はロシアと中国の勢力圏が衝突する最前線である。
よく考えてみれば、何のことはない。中央アジアのトルキスタン地域は中露によって既に分割されていたのだ。西部がロシアの支配下に、東部は中国の支配下に入った、というのが最も正確な表現なのだろう。 中でも、国土が狭く貧しいキルギスは中国と国境を接し、中国の潜在的脅威を強く感じている。一方、新疆ウイグル自治区を抱える中国は、中央アジア、特に直接国境を接するカザフスタン、キルギス、タジキスタンの安定を最重視しており、この地域への経済支援を拡大しているようだ。 確かに、万一、フェルガナ盆地にイスラム過激派の根拠地ができれば、それは中国にとって安全保障上の悪夢であろう。 他方、キルギスに関心を持つ大国は中国だけではない。例えば、米国は2001年の同時多発テロ事件発生以降、戦闘機・爆撃機による対アフガニスタン攻撃の中継給油地としてキルギスを重視した。 また、同じテュルク系の文化を共有するトルコは中央アジアに対する影響力拡大を目指している。さらに、世俗化したキルギスの再イスラム化を目指すアラブ諸国もモスク建設やイスラム教育・宣伝に余念がない。 伝統的にキルギスの安全を確保してきたのはロシアだったが、今ビシュケクでは大国間の影響力拡大競争が新たな段階を迎えているように思える。 キルギス人インテリ層と話す機会があったので、面白半分に「ロシア、中国、米国、トルコのうち、どの国がキルギスの友人か」と尋ねたが、結果は実に面白い。 ロシア、トルコを友人と呼ぶ声は多かったが、中国を友人と呼ぶキルギス人は誰一人いなかったからだ。 中・露・土によるグレートゲーム こう見てくると、中国が中央アジアで影響力を拡大するのは容易ではなさそうだ。冒頭ご紹介した雑誌の表紙も中国の涙ぐましい努力の一環と考えれば説明がつく。 自分の親の世代にはソ連時代を含むロシア統治への郷愁が残っていると、若いキルギス人のガイドさんが教えてくれた。中国がキルギスでロシアの牙城を崩すことは相当困難だろう。 最近、国境の中国側から侵入を試みたウイグル人と思われるグループがキルギス当局により全員射殺されたという。キルギス側も中国には相当気を使っているのだろう。 しかし、(1)英雄マナスの殺害者は中国人という民族的記憶、(2)キルギス領内定住を始めた中国人への不満、(3)テュルク系イスラムと中国との文化的ギャップなどにより、一般キルギス人の対中懸念が薄れることは当分ないと感じた。 中国の習近平国家主席は2013年9月に中央アジアを訪問し、中国、中央アジア、欧州を結ぶ新たな貿易・輸送ルートの確立を目指す「シルクロード経済圏」構想を明らかにした。 既にカザフスタンとは石油・天然ガスプロジェクトを含む300億ドル規模の共同提携協議に調印し、キルギスとは融資とインフラ整備に30億ドルを投じることで合意したという。 中国だけならこうした巨大プロジェクトの実施も比較的可能だろうが、中央アジアには政治的、文化的に関わりの深いロシア、トルコといった手強い競争相手がいる。そのような新グレートゲームの中で中国が如何に戦うのか、まずはお手並み拝見だろう。 少なくとも、今回筆者がキルギスという現場の皮膚感覚で感じた中国のプレゼンスは、一部で報じられるほど強大でなかったことだけは確かである。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42439
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