03. 2014年12月02日 07:21:21
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加藤嘉一「中国民主化研究」揺れる巨人は何処へ 【第40回】 2014年12月2日 加藤嘉一 [国際コラムニスト] 台湾地方選で国民党惨敗 中国民主化と中台関係へどう影響するか 先週末台湾で行われた統一地方選挙、及びそこから発生する政治情勢は、本連載のテーマである中国民主化問題を考察するうえでフォローアップしておかなければならない。本稿では、(1)選挙過程と結果をレビューし、(2)選挙過程・結果が中国との関係に及ぼす影響をプレビューし、(3)最後に選挙過程・結果が“中国民主化”にもたらすインプリケーションを3つの視角から考える。 地盤のなかの地盤を 失った国民党 11月29日、土曜日。 台湾22県市の首長や地方議員らを選ぶ統一地方選挙が投開票された。投票率は約68%。2016年の総統選挙の前哨戦と捉えられていた。 結果は、首長ポストで国民党が15から6に減らし、民進党は6から13に増やした。肝心な6つの直轄市市長選挙では、国民党が台北市、桃園市、台中市でそれぞれ市長ポストを失った。これによって、民進党が4直轄市、国民党が1直轄市、無所属が1直轄市の市長を押さえるという地方政治構造へと変化した。 特筆すべきはやはり台北市長選である。 台北市は1998年以来16年間に渡って国民党が市長ポストを押さえてきた。国民党にとっては地盤のなかの地盤である。国民党が今回擁立した候補は与党・国民党の連戦・名誉主席の長男・連勝文氏。最大野党・民進党は台北市長候補の擁立を見送り、実質的に無所属で医師出身の新人・柯文哲氏を支持した。 結果は、得票率57.1%:40.8%で柯氏が圧勝。連氏は惨敗だった。 選挙前の世論調査などを見る限り、この結果自体は予想通りであった。特に、若年層の投票傾向は顕著で、20代の有権者の間では約80%が柯氏を支持していた。 この原因・背景について、現在香港を拠点に雑誌の編集長を歴任し、中国の言論市場でも政治問題や中台関係に関する発信をしてきた台湾の政治評論家・張鉄志氏は3つの視点から分析を加えている(張鉄志:台北市長選挙是青年世代的選択、騰迅大家、2014年11月20日)。 (1) 連勝文の“富二代”と“官二代”(出身が裕福、かつ政治家二世/筆者注)のバックグラウンドは、台湾民主化における最大の欠陥の一つ“金権政治”を露呈している。台湾の選挙には莫大な資金がかかり、政治献金をめぐる良好な規範も欠けている。台湾社会は民主化後、かえって不平等になり、政治的不平等と経済的不平等が相互に悪化している。 柯文哲も社会の不平等を解決する策を打ち出せなかったが、その選挙活動は庶民的で、台湾選挙史のなかでは稀なほどに大財団の影響を受けなかった。台湾の金権政治に対する抑制を示した。 4月に台北で“太陽花学生運動”が発生した主な原因の一つは、台湾の金権民主によって生まれた民主空洞化と社会不平等である。台湾の若者世代の価値観には大きな変化が生まれており、連と柯は異なる価値観を代表している。 (2) 候補者間のディベートにおいて、連が“経済競争力”を繰り返し説き、自らの経済力と行政力を強調していたのに対し、柯は主に“開放政府、全民参与”を掲げていた。“太陽花学生運動”の社会的脈絡のひとつは、若者世代が“物質主義”から“ポスト物質主義”へとシフトしていることであり、経済成長よりも、環境保護や正義・公正、社会への参画といった分野に関心を示しつつある。 B 若者世代はますます国民党派か民進党派かというレッテルを放棄する政治的傾向を持つようになっている。もちろん彼らにも政治的立場はあるが、二項対立では理解できなくなっている。これはグローバルな趨勢でもある。多くの民主国家において、有権者の政党への傾斜と忠誠は低くなっている。 張氏は、連氏は旧時代の、柯氏は新しい時代における若者の価値観に符合する候補者であったと比較している。 2016年総統選の結果は 中台関係にどう影響するか 台湾新市長へ当選した直後、柯文哲氏は記者会見にて“6つの信じること”を発表している。 (1)政治を信じることは良心を取り戻すこと (2)政府を開放し、全民の参加を促し、透明性のある政治理念を信じること (3)人は夢を持つからこそ偉大であると信じること (4)衆人の知恵は個人の知恵を超越すると信じること (5)選択肢があるかぎり、プラスと進歩の方向性を堅持すべきだと信じること (6)これらを信じることによって台北が変わることを信じること 張氏が指摘しているように、社会の不平等や金権政治に不満を持った若者や一般大衆に好かれやすい、庶民的なアプローチをしているように見える。ポストモダンやシビルソサエティを意識した政治主張に聞こえる。選挙キャンペーンの過程で90%以上の時間とエネルギーをインターネット上に割いたという柯氏は、庶民出身の自分を政治の素人と呼び、「台北市政府に入ってからも庶民の声に耳を傾けたい」と述べている。 今回の選挙結果は必然的に2016年初頭に開催される総統選挙に影響を与えるだろう。大敗した国民党の馬英九政権も人事や政策を含め、運営を余儀なくされる見込みだ。 29日の夜、江宜樺・行政院長(首相に相当)はすでに辞意を表明しており、馬英九総統自身も国民党主席を辞任する方向で調整を進めている。国民党に比べて中国と距離を置く立場をとる民進党が2016年の総統選挙で勝利し、与党の座に返り咲いた場合、中台関係・交流はどのような展開を見せるのだろうか。 2010年6月に馬英九総統が経済政策の目玉として掲げていた両岸経済協力枠組協定(Economic Cooperation Framework Agreement;ECFA)が中台間で締結されたが、国民党時代に締結された経済・貿易分野における政府間協定は、民進党が政権を獲った暁にどのように維持・実践されるのか。中台関係にとって、政府間交流の停滞や頓挫が経済・人文・観光といった民間交流に及ぼすインパクトは軽視できない。 自らが望まない結果だったから? 中国では控え目な報道に終始 今回無所属派として出馬し、民進党の支持を受けた柯文哲氏は29日夜の記者会見で中台関係に関する質問を受けた際、以下のように答えている。 「私が台北市長になった後も、両岸の都市間協力はこれまでの頻度と深度で継続的に進めていく。より多くの市民が両岸都市交流から果実を得られるようにモデルを探索していく。私は過去に18回訪中している。19回目の訪中も不思議ではない」 中国の習近平政権にしてみれば、今回の選挙結果は多少の誤差はあれ、ある程度予測できたはずだ。2016年に台湾で民進党政権が誕生することも睨んだうえで、今年6月中国側の台湾担当閣僚級高官として初めて訪台した張志軍国務院台湾事務弁公室主任は、民進党の政治家や関係者とも交流を進めている。張主任が台湾訪問期間中に会談した次期総統候補と目される2人――国民党の朱立倫・新北市長、民進党幹部の陳菊・高雄市長は今回の選挙でそれぞれ勝利を収めている。 中国国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は、台湾の統一地方選を受けて、「我々は今回の選挙結果を承知している。両岸の同胞が、両岸関係が収めてきた貴重な成果を正視し、両岸関係の平和と発展を共に守り、引き続き推し進めていくことを願っている」とだけコメントした。 中国メディアも、対岸の選挙結果が自らの望んだものではなかったからか、違和感を覚えるほど控え目な報道ぶりで、基本的には“国民党惨敗”を伝えるに留まった。 水面下で展開が予想される 政治的バーター取引 今回の選挙結果を受けて、2022年まで任期があるとされる習近平総書記は、対台湾関係の政策研究にこれまで以上に本腰を入れていくに違いない。 「2016年の総統選で国民党が負けたときに備えて」というような表面的な対策を越えて、台湾社会で日増しに増えている新しい価値観を持った若年層の生存状況・現状認識や経済活動への参加方法、それらの状況が台湾の経済社会・民主政治にどのような影響を与え、また対内・対外を含めてどのような政策インプリケーションをもたらすのか。こうした想定し得る問題とその背景・原因・構造を徹底的に分析していくだろう。 そのうえで内政・外交双方から「台湾とどう付き合っていくべきか」、「自分の任期内にどこまでを動かし、どこから先は次のリーダーに委ねるべきなのか」といったテーマを研究していくだろう。 元民進党中国事業部主任の顔建発氏は、北京政府の出方を以下のように分析する(顔建発:九合一選挙対台湾政局輿両岸関係的影響、両岸公評網、2014年12月1日)。 「北京は国民党の統一陣営・戦線が崩壊するのを食い止めつつ、同時に民進党が台湾独立に傾斜しないように防波堤を築こうとするだろう。北京は“底線”(ボトムライン)をより明確に主張するが、具体的な政策・対処療法はこれまでよりもプラグマティックに、友好的に台湾と接しようとするにちがいない。北京は民進党が再び与党になることを想定して事前に準備や対策を練り、リスクを最小限に抑えようとするだろう。たとえ民進党が与党になったとしても、既定のルールと雰囲気のなかで両岸関係をマネージできるように台湾側に働きかけるだろう」 私も顔氏の分析に大方同意する。北京政府は独自の政治的バランス感覚を持って国民党、民進党双方と付き合いつつ、経済プレイヤーとしては台湾よりも巨大な自らが経済・貿易・サービスなどの協定分野で戦略的に譲歩をしていくと同時に、「武力による統一」や「台湾を解放する」といった文言を公式に使用しない代わりに、民進党サイドに「台湾独立」を封印させるような政治的バーター取引を水面下で展開していくだろう。 中国側のボトムラインは台湾が独立を宣言しないことであり、経済関係や民間交流といった領域では中国側が譲歩していくことはやぶさかではない、というスタンスを堅持していくに違いない。 経済力を背景に歩み寄り、政治的に譲歩を引き出す――。言い換えれば「物質面での提供は惜しまない代わりに、政治的なボトムラインは守るように」と相手プレイヤーに迫り、取り込む戦術は中国共産党の十八番である。中国国内の経済・知識エリート、香港・マカオ、台湾、東南アジア・アフリカ・ラテンアメリカの新興国・途上国、そして欧米や日本をはじめとした先進国などすべての対象が例外ではない。 台湾側のボトムラインは何であろうか。言うまでもなく、自由民主主義という価値観に基づいた政治体制を堅持することを前提に、中国と付き合っていくことである。 中国の経済がどれだけ壮大で威圧的だとしても、中国の市場がどれだけ広大で魅力的だとしても、中国の政治がどれだけ強大で戦略的だとしても、自らの奮闘を通じて実現してきた自由民主主義だけは手放してはならない。それが2300万の台湾人の総意であるに違いない。 そして、私から見て、4月の“太陽花学生運動”でも明確に見られたが、「中国と付き合う過程で台湾の法治主義や民主主義が侵蝕されるのではないか」、「馬英九政権は中国との関係を重視するあまり、法治や民主といったルール・手続きを軽視しているのではないか」といった台湾の有権者たちの危機感が、今回の地方統一選における“国民党惨敗”という結果に色濃く反映されていた。 私が日頃意見交換をさせていただいている台湾の20代、30代の知識人たちは、今回の選挙結果を受けて、「台湾は勝利した。民主主義は勝利した。選挙という民主政治によって台湾人が出した答えがこの結果だ」と主張していた。有権者であること、台湾人であることの誇りを掲げていた。“台湾独立”を煽動するのではなく、中台関係や両岸交流の安定と繁栄を唱え、対話を通じて相互理解を促進しようとしている人たちが、こう主張しているのだ。 選挙が“中国民主化”に与えうる 3つのインプリケーション 最後に、今回の台湾統一地方選挙の過程と結果が“中国民主化”に与えうるインプリケーションを3つの視角から考えてみたい。 まず、台湾の状況と香港の状況は根本的に異なるという点から議論を始めたい。 香港市民が、2017年に開催予定の“普通選挙”において、自分たちの意思を反映する公正な民主選挙を獲得すべく北京にある中央政府、および中央政府の支配下にある香港政府と日々闘っているのに対し、独立した政治体制を持ち、民主主義システムが機能する台湾の市民が闘っている権力者は台湾政府である。 香港の“普通選挙”がどれだけ公正な手続きになるかという問題は、本連載でも検証してきたように、“中国民主化”がどれだけ進展しうるのかを図るうえで直接的なインディケーターとなる。 一方で、台湾ですでに実現されている民主選挙がどのように行われているかという問題と、“中国民主化”の間に直接的な相関性は見いだせない。 台湾からすれば、中国が民主化することで、対岸との付き合い方が制度的かつ観念的、即ち根本的に変わってくるのは必至だが、中国にしてみれば、同じ中華系の台湾の民主化を受けて、「それは素晴らしい。自分も民主化できるように努力します」、あるいは「台湾の政治体制に学ばなければならない」という具合にはならないし、党・政府関係者から「台湾政治に学べ。同胞に学べ」といった掛け声は出てこない。私が知る限り、中国共産党が本気で参考にしている政治体制はシンガポールくらいである。 台湾の民主主義に基づいた統一地方選挙と“中国民主化”は直接関係ない。これが1つ目のインプリケーションである。 一方で、前述のとおり、台湾の統一地方選挙と中国というファクターの関係は大ありである。 「中国とこういう付き合い方をすべきではないか」、「中国と付き合う過程で法治や民主の仕組みを確実に重んじるべきではないか」といった市民としての欲求を、若者世代を中心に訴えている台湾人が、“中国との付き合い方”という文脈において法治・自由・民主主義といったルールや価値観を守るべく、市民社会の機能を駆使しつつ自らの政府を徹底監視し、自覚と誇りを持って奮闘するプロセスは、対岸の中国が民主化を追求していくうえでポジティブな意味合いを持つ。 なぜなら、台湾が中国と付き合う過程で、政治体制やルール・価値観といった点で中国に取り込まれる、即ち、台湾が“中国化”していくことは、中国共産党の非民主主義的な政治体制が肥大化しながら自己正当化する事態をもたらし得るからだ。 西側民主主義国家が中国の体制変遷に対して、いかなる希望的観測を抱くかはさて置き、中国自身が法による支配、民主的な政治、基本的人権、市民の自由を制度的に重んじる政治体制を追求していくことが、そこで暮らす人々の根本的利益、そして中国という文明の長期的利益に資するものと私は考える。 台湾人が法治・自由・民主主義を守るべく奮闘するプロセスは“中国民主化”にとってポジティブな意味合いを持つ。これが2つ目のインプリケーションである。 今回の地方統一選挙で国民党が惨敗したことで、今後台湾の政治・経済・社会・言論といった空間にはこれまで以上に対中関係を警戒したり、中国側の対台政策・政治体制・社会構造・経済モデルなどを批判したりという現象が増えるだろう。政府間交流や民間交流を進める過程で、中国・中国人に対する批判的・強硬的な声も高まるかもしれない。2016年初の総統選挙で民進党が勝利して与党に返り咲けば、なおさらその傾向と可能性は深まる。 そんな中で注視すべきひとつの不確定要素が中国のナショナリズムである。台湾で対中批判的・警戒的な世論が高揚すれば、中国国内における対台湾・台湾人ナショナリズムも相応して高揚するだろう。大衆が感情的・強硬的になるなか、台湾の政治体制や経済モデル、社会構造を批判する世論は暴走するだろう。 台湾人の能力や素養を蔑視する声が若者の間で広まるかもしれない。ちなみに、香港に対してはすでに起こっている。私のまわりでも「香港人は競争力に欠ける」、よって「香港は大陸からの労働者なしにはやっていけない」と傲慢に主張する若者が少なくない。 中国人民の間で、台湾に対して狭隘かつ排他的に高まるナショナリズムは、結果的に中国自身の非民主的な政治体制や開発独裁型の経済モデルを正当化させる、言い換えれば、“中国民主化”を後退させ得る“魔力”を持ってしまうのだ。 対台湾ナショナリズムの高揚は“中国民主化”にとってネガティブな意味合いを持つ。これが3つ目のインプリケーションである。 http://diamond.jp/articles/-/63015 |