03. 2014年12月04日 07:54:00
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「米中新時代と日本の針路」 “習近平外交”の幕開け
外交方針を決める会議で示された「習近平重要談話」を読む 2014年12月4日(木) 加藤 嘉一 2014年11月。中国“外交月”。 先月、中国の外交関係者や外交研究者がこの言葉を頻繁に口にした。 2014年11月は中国にとって“The Month of Diplomacy”だったという。11月27日、「雁栖湖から太平洋へ:習近平主席の大洋州訪問を総括する」と題して、国営新華社通信が以下のことを明記した。 「ブリスベン、キャンベラ、ホバート、シドニー、ウェリントン、オークランド、ナディー。10日間、3国家、7都市。習近平主席の“トルネード式”訪問は、中国年度外交にとってのフィナーレを飾った…雁栖湖から南太平洋岸へ。世界の視線が中国を追った。2014年11月、中国の“外交月”。この期間中、ちょうど第18回党大会2周年を迎えた。偶然のめぐり合わせにみえるが、実際は、中国の戦略にとって深い意義を含んでいるのだ」 北京郊外にある雁栖湖で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)非公式首脳会議、オーストラリアのブリスベン で開催されたG20サミットと、多国間首脳外交の舞台に立て続けに登場した習近平国家主席は、11月15〜23日、オーストラリア、ニュージーランド、フィジーを公式訪問した。 最終目的地となったのはフィジー西部に位置するナディー。フィジー、ミクロネシア、サモア、パプアニューギニア、トンガ、バヌアツ、ニウエ、クック諸島から来た8人の“太平洋で国交のある島国の指導者”(新華社)と一挙に会談した 。会談にて習主席は「国家は大小、強弱、貧富に関係なく皆国際社会の一員である。相互に尊重し、平等に付き合い、真心を込めて助け合うことが大切だ。中国は一貫して島国を重視している。島国を尊重している。島国を支持している。我々はそれぞれの島国と経験や成果を分かち合いたい。ぜひ中国の発展エクスプレスに乗ってください」と笑顔で語り、指導者一人ひとりと握手を交わした。 フィジーを後にする直前、習主席に同行していた王毅外相が中国メディアに対してブリーフィングを行い、次のように語った。「習近平国家主席の南太平洋訪問は今年の中国外交のフィナーレを飾った。2014年、中国外交は再び“豊作の年”を迎えることになった」。 史上2回目の「中央外事工作会議」 中国にとってのザ・イヤー・オブ・ディプロマシーはフィジーで完結したわけではなかった。 習近平国家主席は11月28〜29日、8年ぶり、史上2回目の「中央外事工作会議」(以下、《会議》)を北京で開催し、重要談話を発表した。 《会議》には政治局常務委員7人全員が出席した。司会は李克強首相だ。その他、政治局委員、中央書記処書記、全国人民代表大会の代表幹部、国務委員、最高人民法院院長、最高人民検察院検察長、全国政治協商会議の代表幹部、中央軍事委員会委員、および各省・自治区・直轄市、新疆生産建設兵団、中央・国家・軍隊の関連機関、中央直属国有企業、金融機関、駐外大使、総領事、駐国際組織代表、外交部駐香港・マカオ特派員代表などが会議に出席した。中央対外連絡部、外交部、商務部、文化部、国務院新聞弁公室、総参謀部、浙江省、駐米国大使館の責任者がプレゼンテーションを行った。 《会議》に出席した機関名を長々と記したのは、胡錦濤時代の2006年8月以来開催した《会議》を、習近平時代の党中央がどれだけ重視していたかを示すためである。党中央で外交を担当する幹部は、同会議の意義をこう述べる。「“外交の月”である11月中にこの会議を開催することに意味があった。第18党大会から2年、即ち、習近平国家主席が“中国の夢”を大々的に掲げてからちょうど2年が経ったこの時期にこの会議を行なうことに戦略的価値があった」。 2014年の中国外交を総括し、党中央がこれからどのような理念と戦略をもって対外政策を展開していくのかを占う意味で、《会議》の内容は極めて重要だ。真剣にレビューしておかなければならない。 「中国は独自の大国外交を行わなければならない」 本稿では、以下、“習近平重要談話”から8つの要点をピックアップし、分析を加える。 (1)「我々は改革と発展を観察し、実行していく過程で、国外と国内という2つの市場、国外と国内という2つの資源、国外と国内という2つのルールを総合的に考慮し、運用していかなければならない」(習近平) 党指導部がこれまで以上に対内政策と対外政策をつなげて、戦略的に国力を高めていこうとする明確な意思が伺える。国内で蓄積した資本を海外で運用する、海外市場で獲得した資源を国内の発展に活かす、といったダイナミックな展開がなされるだろう。 一方で、習主席が“国外と国内にはそれぞれのルールがある”と言っているのは懸念事項だ。党指導部は依然として中国のやり方と国際社会のルール・規範にはギャップがあると認識しているのだろう。国際社会としては、中国政府や企業家の行動規範・パターンを注視しつつ、有効なコミュニケーションを模索する必要があるだろう。 (2)「中国は独自の大国外交を行わなければならない。我々の対外工作に鮮明な中国特色、中国風格、中国気派を見出すのだ。中国共産党による領導と中国の特色ある社会主義、我が国の発展の道、社会制度、文化伝統、価値観念を堅持しなければならない」(習近平) 1文目の“独自の大国外交”を、新華社通信の記事はヘッドラインに据えていた。習主席は前任者の胡錦濤氏よりも“大国としての外交”を念頭に置き、そこから一つひとつの政策を打ち出してくるに違いない。他の大国、特に米国とは異なる“独自の大国外交”である。 “風格”・“気派”は中国語で“スタイル”を意味する。習主席の言葉には“これから中国はこれまで以上に独自のスタイルを打ち出していく”という決意が表れている。言外には米国へのライバル心が滲み出ていると筆者は解読する。その証拠に、習主席は中国独自の“発展の道、社会制度、文化伝統、価値観念を堅持すべし”と明言している。 (3)周辺外交を確実に押さえ、周辺運命共同体を構築すること…大国関係をしっかり運営し、健康的で安定した大国関係の枠組みを構築すること…発展途上国との団結と発展を強化すること…マルチ外交を推進し、国際システムとグローバル・ガバナンス改革を推し進め、我が国と広範な発展途上国の代表性と発言権を増加させること。(習近平) 習近平政権は発足以来、“工作座談会”などを開き、周辺外交を重視してきた。東シナ海や南シナ海問題で関連諸国と建設的な関係を築けていないことも党指導部の“周辺重視”を加速させているようだ。 周辺外交に比べれば、大国、および発展途上国との関係構築は上手く言っていると認識している。だが習主席はブレトンウッズ体制や世界銀行・IMFに代表されるような、西側の制度と価値観が主導する既存の国際システムに決して満足しているわけではない。特に途上国や新興国との広範なつながりを強化しつつ、気候変動、テロ対策、世界経済、貿易システム、核問題などを含めた問題を含む、多国間協調が必要とされるグローバル・ガバナンスにおけるパワーバランスを調整しようとしている。他の新興国を引き連れて、米国がリーダーシップを取る世界に加わろうとしているのである。中国が近年“多極化”・“国際関係民主化”といった概念を外交の舞台で頻繁に用いるのもそのためだ。 2014年、中国はBRICS開発銀行やアジアインフラ投資銀行(AIIB)を自らが主導するかたちで提唱した。ここにも自らお金の流れを支配し、ルールを作っていこうという“野心”が露呈していると筆者は見る。 (4)“一帯一路”建設を積極的に推進し、各方面との利益の融合点を模索し、ウィンウィンの関係を促進すること。(習近平) 習主席は “一帯一路”(One Belt and One Road)構想を推進すべく精力的に動いている。これは、“シルクロード経済圏と“海上シルクロード”から成り、東西南北、陸と海をカバーする構想だ。中国政府は「シルクロード基金」に400億ドルを投入することをすでに表明している。“一帯一路“構想は習主席がAPEC中に大々的に提唱し、中国国内でも反響と議論を引き起こしているコンセプトだ。アジア太平洋地域における経済協力を、中国がイニシアティブを取って推進していこうとするこの動きを“全方位経済外交”・“北京ロードマップ”と呼ぶ共産党関係者もいる。習主席は今後ますます、国力、特に経済力を武器に中国の資本・労働力・技術・理念・発展モデルなどを戦略的に“輸出”しながら、地域的な影響力と発言権を高めていくであろう。 ちなみに、2016年のG20サミットは中国で開催する。胡錦濤国家主席の時代には、“一帯一路”のような構想が党指導部から出てくることはなかなか考えられなかったと思っている。今年5月、上海で主催したアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)の席で「アジアの問題はアジアで解決する」と主張した習近平国家主席は、独自の言葉で壮大な構想を描くスタイルを好むようだ。 労働力・資本・技術を輸出する (5)我が国の海外における利益を守ると同時に、それを守るための能力と水準を不断に向上させることで、保護力を強化すること。(習近平) 中国の国内メディアもこの点をヘッドラインで強調していた。企業家、留学生、観光客らの海外における安全、尊厳、資産などをいかに保護するかが課題となっている。中国が対外攻勢を強化しながら経済モデルのシフトを図ろうとする背景が存在する。これまでは、国内の安価な資源や豊富な労働力を背景に、海外から輸入した資本や技術を使って発展を図ってきた。これからは労働力・資本・技術を途上国や新興国向けに輸出し、それらを元に現地で建設した強固なインフラ設備をフルに生かして、エネルギー資源を有効に輸入して発展を図るモデルを目指す。10月23日、国務院弁公庁は《輸入強化に関するいくつかの意見》という公式ドキュメントを公布し、“エネルギー資源の安定的輸入”の必要性を国家戦略の見地から謳っている。 (6)ソフトパワーを向上させなければならない。中国の物語をしっかりと伝え、対外宣伝を強化するのだ。(習近平) 特に政策レベルにおける対外プロパガンダを強化するということだろう。筆者は、尖閣問題で日中が揉めている時に中国政府が行なった対米宣伝工作を思い出した。中国外交部、在外公館、ビジネスマン、学者、ジャーナリスト、留学生などが官民一体となりオールチャイナで中国の国益や立場をあらゆる場面で主張していた。 “日中首脳会談”が実現する直前に両国政府が北京で発表した合意文書を通じて、米国のメディアや知識人たちの多くが「日本政府が領土問題の存在を初めて認めた」という事実とは異なる認識を持つに至った。これも、中国の対外プロパガンダと無関係ではないだろう。 (7)独立自主の平和外交方針を堅持し、国家と民族の発展を自らの国力の基点に据えるとともに、自らの発展の道を進む。同時に、我々の正当な権益は絶対に放棄しない。国家の核心的利益は絶対に犠牲にしない…領土主権、海洋権益、国家統一を断固死守し、領土紛争問題を妥当に処理する。(習近平) やはり“核心的利益”という概念を持ち出してきた。注目すべきなのは、領土主権、海洋権益、国家統一など、これまで党指導部が“核心的利益”を語る際に用いてきた表現と同列に“領土紛争問題の妥当的処理”を加えていることだ。“領土主権を断固死守”と同義語であるにもかかわらずこの一文を足したあたりに、東シナ海や南シナ海問題において、中国としては一歩も譲る気はないという姿勢を読み取ることができる。 日本としては、中国側の立場を認識した上で、先日の“日中合意文書”は何だったのか、あの“紙”が作成されたことは日中外交において何を示唆するのか。中国側は“紙”を根拠にこれからどんな政策を打ち出してくるのか、といった現実的問題を考えていく必要がある(関連記事「安倍+習会談は『首脳会談』だったのか?」)。 (8)新しい情勢下における対外工作を全面的に推進すべく、党の集中的・統一的領導を強化しなければならない。対外工作体制を改革し、各領域・各部門・各地方の対外工作を協調させなければならない。戦略的投入を拡大し、外事管理を規範化し、外事に従事する幹部育成を強化し、対外工作の新局面に強固な後ろ盾を提供するのだ。(習近平) “共産党用語”が頻出しており違和感を覚えるかもしれないが、意味は理解できるであろう。要するに、党・政府・軍、中央・地方、管理システム・人材育成など、全ての分野において「外交分野における上からの引き締めを強化するということだ」(前述の党中央外交担当幹部)。いずれも習近平国家主席のリーダーシップと指示の下に行なう。“戦略的投入”や“外事管理を規範化”は、習近平国家主席のリーダーシップと指示の下、外交に関わる全てのミッションを国家戦略という見地から管理し、党内統率力を高めていくことを示している。 習主席自身が何を考えているか、何をしようとしているか、そして、何を欲しがっているかが、中国の外交におけるすべての領域に反映される可能性がこれまで以上に高くなる。大国外交、経済外交、周辺外交、そして核心的利益といった分野で習主席の意向が反映される。これこそが、《会議》が示す最大の示唆だと筆者は見ている。 中国外交が習主席の強烈なリーダーシップと強固な指導の下に展開されることは、不確定要素が小さくなることを意味するのか。あるいは、リスク要因が大きくなることを意味するのか。 「中央外事工作会議」は、2014年という中国外交にとって“豊作の年”、その中の“外交の月”の真のフィナーレとして8年ぶりに行われた。一方で、この会議は“習近平外交”の幕開けを意味しているのではあるまいか。 筆者は米国の首都・ワシントンの片隅で少しだけ身震いしている。 このコラムについて 米中新時代と日本の針路 「新型大国関係」(The New Type of Big Power Relationship)という言葉が飛び交っている。米国と中国の関係を修飾する際に用いられる。 「昨今の米中関係は冷戦時代の米ソ関係とは異なり、必ずしも対抗し合うわけではない。政治体制や価値観の違いを越えて、互いの核心的利益を尊重しつつ、グローバルイシューで協力しつつ、プラグマティックな関係を構築していける」 中国側は米国側にこう呼びかけている。 ただ米国側は慎重な姿勢を崩さない。 「台頭する大国」(Emerging Power)と「既存の大国」(Dominant Power)の力関係が均衡していけば、政治・経済・貿易・イデオロギーなどの分野で必然的に何らかの摩擦が起こり、場合によっては軍事衝突にまで発展しうる、というのは歴史が教える教訓だ。 米国が「中国はゲームチェンジャーとして既存の国際秩序を力の論理で変更しようとしている」と中国の戦略的意図を疑えば、中国は「米国はソ連にしたように、中国に対しても封じ込め政策(Containment Policy)を施すであろう」と米国の戦略的意図を疑う。 「米中戦略的相互不信」は当分の間消えそうにない。それはオバマ=習近平時代でも基本的には変わらないだろう。 中国の習近平国家主席は米カリフォルニア州サニーランドでオバマ米大統領と非公式に会談した際に「太平洋は米中2大国を収納できる」と語り、アジア太平洋地域を米中で共同統治しようと暗に持ちかけた。これに対してオバマサイドは慎重姿勢を崩さない。世界唯一の超大国としての地位を中国に譲るつもりも、分かち合うつもりもないからだ。 互いに探りあい、牽制し、競合しつつも、米中新時代が始まったことだけは確かだ。 本連載では、「いま米中の間で何が起こっているのか?」をフォローアップしつつ、「新型大国関係」がどういうカタチを成していくのか、米中関係はどこへ向かっていくのかを考察していく。その過程で、「日本は米中の狭間でどう生きるか」という戦略的課題にも真剣に取り組みたい。 筆者はこれまで、活動拠点と視点を変化させながら米中関係を現場ベースでウォッチしてきた――2003〜2012年まで中国・北京に滞在し、その後は米ボストンに拠点を移した。本連載では、筆者自身の実体験も踏まえて、米中の政策立案者や有識者が互いの存在や戦略をどう認識しているのかという相互認識の問題にも、日本人という第三者的な立場から切り込んでいきたいと考えている。政策や対策は現状そのものによって決まるわけではなく、当事者たちの現状に対する認識によって左右されるからだ。 日本も部外者ではいられない。どういう戦略観をもって、米中の狭間で国益を最大化し、特にアジア太平洋地域で国際的な利益を追求し、国際社会で確固たる地位と尊厳を獲得していくか。「日本の針路」という核心的利益について真剣に考えなければならない。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141203/274610/?ST=print
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