01. 2014年11月26日 06:44:21
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日の丸製造業を蘇らせる!“超高速すり合わせ型”モノづくりのススメ 【第20回】 2014年11月26日 松本晋一 [株式会社O2/株式会社XrossVate/株式会社安田製作所代表取締役] 実力よりも高給なのになぜかワーキングプアの中国 現地で目にした「ゲンバの凋落」は我が身を映す鏡 2年間で中国人技術者の月収は1.5倍に 給料の値上がりと実力のアンバランス 上海で射出用金型の会社を経営している知人がいる。彼に尋ねた。 「35歳、男性。金型設計、機械加工の経験が10〜15年。月収は?」 彼は、しばらく考え込んで「6000元〜8500元」と答えた。 現在の為替レートで計算すると、おおよそ12万〜17万円だ。彼の会社は上海の西側、海浦地区にある。中心街から車で1時間〜1時間半の工業地帯だ。東京で言えば、埼玉の所沢や川越といったところだろうか。 2年前の月収を聞いてみた。「4000元〜6000元」との答えが返ってきた。この2年間で1.5倍に増えている。 上海近郊に寧波という都市がある。上海近郊で最も金型企業が集積しているエリアだ。数名〜数百名の中小企業が、300社ほどあると言われている。東京で言えば、大田区だろうか。ただし新幹線で2時間の距離なので、新潟あたりだろうか。この寧波の相場は、上海よりも1000元ほど低いらしい。それでも、日本円で10万〜15万円だ。 昨今の急激な円安の影響もあるが、中国と日本の人件費はとうとう1対3、もしくは1対2くらいまでに縮まっている。 トヨタ系の部品メーカーの技術者と一緒に、中国企業の視察に訪れたときの話だ。その方が、食い入るようにCADの画面を見ていた。 「どうしました?」と私が声をかけると「むちゃむちゃ速い……」と一言。 マクロが組まれているようで、ハイスピードでCADの画面が切り替わる。クリックのスピードも尋常ではない。ゲームをしているのではないか、と錯覚するほどだ。 中国人設計者に尋ねた。 「この部品のプレス型の設計にどのくらいかかるの?」 「5日くらい」 私とトヨタ系の技術者は、顔を見合わせた。 「御社は?」 「たぶん、2週間……」 2人で暗い気分になった。 部品のプレス型の設計スピードが 日本の4分の1になったからくり もちろん、カラクリはある。大きさや形状が似通った部品の設計を、繰り返し実施しているので速いのだ。日本では、大きさ、形状全てが千差万別だ。研究開発的に難易度の高い金型もあれば、モデルチェンジ程度の設計もある。言うなれば、毎日「厚焼き玉子」を料理し続ける中国と、「肉じゃが」「お浸し」「焼き魚」などといった異なる料理を日々こなしている日本との差だ。 「毎日、厚焼き卵をつくっていれば上手くなるよ」そう日本人技術者は負け惜しみを言うだろう。しかし、いかなる理由であるにせよ、1つの部品に限れば中国の方が速いのは事実だ。しかも、倍以上のスピードだ。 仮に、「肉じゃが」専門のAさん、「お浸し」専門のBさん、「焼き魚」専門のCさんと料理ごとに専門家を立てれば、幅広でありながら高速対応が可能となる。この事実は事実として、日本は直視しなくてはらない。他責で考えていては成長はない。 話を中国に戻そう。しかしこれは、安い人件費を武器にできた時代の戦い方だ。人件費が1対2や1対3では、この戦い方は通用しない。中国の製造業には、戦略の転換が迫られている。 一方、純粋に設計スキルや製造のレベルを日中で比較してみると、どうだろうか?双方の技術者同士の意見も加味した上での筆者の所感をお伝えすると、日本の金型設計者の実力を10とした場合、5から6くらいの実力はありそうだ。この数値を高いと捉えるか低いと捉えるかだが、筆者はこの点数以上に悲観的な見方をしている。 それは、日本に対してではなく中国に対してだ。 同一形状であれば、CADのテンプレートを活用して超高速で設計可能だが、実態は設計をしているのではなく、「作業」をしているに過ぎない。対象部品の投影面積をCADの測定機能で測り、最適なテンプレートを検索し、差分を修正する。 「なぜ、この寸法になるのかわかってクリックしていますか?」と尋ねると、「それは必要ない。システムが計算してくれる」と中国人設計者は答えた。彼は、設計の論拠や中身を知らなくても、CADの操作やテンプレートの中味を理解していれば、設計できると考えている。 これは設計ではない! だが、彼はこれが設計だと思っている。 彼の評価は、設計の中味を理解して難しい金型の設計ができるようになるかではない。何型設計したか、何枚出図したかだ。中国でも、行き過ぎた成果主義が設計力の低下を招いている。 にもかかわらず、彼らの報酬は年々上がり続ける。実力相当の上昇ではない。中国政府の所得倍増計画に準じた最低賃金上昇政策の影響や、過度な人材の奪い合いによる売り手市場の影響などにより、人件費が向上している。 グローバル化とは、それほど甘いものではない。そう遠くない将来、「中国人の給料は実力のわりには高い。同等レベルであれば、タイ人の方が安い」と言われるような過当競争の輪に、彼らも巻き込まれていくだろう。そう、ソニーやパナソニックを苦しめたサムスンが、小米に苦しめられている構図と同様に。中国も「明日は我が身」だ。 物価上昇に賃金上昇が追い付いていない もう始まってる中国人のワーキングプア化 中国で大人気の「味干ラーメン」。日本発の飲食店として中国で最も成功したと言われている。中国だけで600以上の店舗を運営している。ランチを食べに入ってみた。メニューを見て愕然とした。 ラーメンとチャーハンと鳥の手羽先(4羽)のセットで70元だ。日本円にして1400円。日本で最もランチ相場が高いと言われている丸の内や大手町でも、この値段は珍しい。 参考までにマンションの相場をお伝えしよう。上海から車で1時間半前後の松江区で1m2あたり2000元だ。100m2のマンションを購入しようとすると、4000万円が必要となる。中国はスケルトン状態でマンションを購入し、自分で壁紙やドアや棚をしつらえる。この金額はそのコストに入っていない。 私の友人の話では、この5年間で相場は3倍から5倍に上昇しているという。 「中国の人は貯金はするの?」と友人の経営者に尋ねた。すると彼は、「株や別の金融商品にまわす」と教えてくれた。理由を訊ねてびっくりした。 「貯金だけでは自分の資産が減っている感覚だ。株や何かで増やさないと生活を維持できない」 物価の上昇に賃金の上昇が追い付いていないようだ。まさに「ワーキングプア」である。 人材のコモディティ化を見抜け 中国人には不可能な「すり合わせ」の妙 今年のJIMTOF(日本国際工作機械見本市)の活況ぶりはすごかった。都内のホテルはほとんど満室だったようだ。中国からの団体を受け入れるツアーバスが、列を成していた。キャッシュリッチな中華系企業は、最新の工作機械を買い漁る。フォックスコンの工場見学のときには閉口した。正にJIMTOFだ。各社の新製品が行列になっている。ラインの端が見えない。 工作機械の発達により、職人にしかできなかった加工が機械さえ導入すれば可能となった。日本と中国の差は縮まる一方だ。 一見すると確かにそうだ。しかし、見誤ってはならない。 一発目の加工の差は、確かに急激に縮まりつつある。しかし、問題は「玉成」と呼ばれる変更対応だ。最終形状が固まってから、成形トライを実施するのではない。成形トライ品を確認しながらトライ1、トライ2と徐々に完成度を上げていく。最初の金型の完成度が高くないと、その後の追加工に耐えれなくなってしまう。思いのほか、量産の途中で型が壊れてしまうような現象が増えている。「ラインが止まるくらいならば、型費が1割2割、高くでもペイする」と話すメーカーも増えてきている。 また、製品寸法を出すためには、金型と樹脂の特性など総合的な知識と経験が求められる。 「キャビが取られるから、内壁勾配を少しアップだ」 「湿度が気になるから成形条件をいじろう。それでもダメなら、離型剤をキャビに少量塗布」 こうしたすり合わせは、まだまだ中国では難しい。 また、1個や2個であれば求められる精度で加工することは可能だが、1日に数百個、数千個、月に数万個などの量産になると、途端にできない。1人、あるいは短期集中で結果を残せても、組織として長期にわたり業務品質を維持することは、いまだ難しそうだ。1個と1000個には、違うノウハウが必要だ。個を重んじるこの国では、なかなか厳しそうだ。 コストダウンのために、中国企業の鋼材を使う機会も増えた。中国製の母材は鉄そのものの成分も怪しい。同じところから同じ時期に調達しても、部位によって剛性にバラつきがある。その微妙な差異を加工しながら目で確認して、加工条件を調整する。このすり合わせの妙は、中国人の技術者にはいまだ困難だ。 トラブルが起きるとすぐ答えを求める 日本でも増える「チェンジニア」への不安 なかなか中国で技術が育たない理由の1つに、答えをすぐに求めたがることも関係していると思う。トラブルが発生すると、「どうすればいいか教えてほしい」と熱心に質問をする。その答えを教えるとすぐに実行するので、「案外、中国人は素直だ」と思う。しかし、「なぜ、その解決策になるのか?」と技術的根拠は聞いてこない。そう、問題が生じる度に、答えを知り解決できさえすればよいと思っている。これでは、技術は育たない。 最近の日本の製造現場にも、似た傾向は存在する。「なぜ、この寸法なのか?」「元のモデルがそうだったから」――。エンジニアではなく、チェンジニアが増えた。韓国、中国の猛追を受け、一時的に値崩れが起きるのは致し方ない。しかし、問題はそれが一時的であるか、恒常化してしまうかだ。 私は一抹の不安を感じる。エンジニアを育成し続けていれば、中国・韓国の猛追は台風一過でしかないはずだ……。 実力以上の給料で勘違いすることの怖さ 足りないのは日本のような「深層的な実力」 従来は、言葉の壁、距離の壁、ビザの壁など様々な要因が単一市場化を阻害していた。日本はこの壁により、守られてきた感は否めない。グローバル化は、海外の市場の開放のみならず、自国の市場の開放も迫られる。グローバル化とは、人種による実力差を限りなくゼロに近づける。技術者が、世界共通の軸で評価される時代が訪れる。本当の実力者はどこに行っても仕事はでき、高額で雇われる。逆も真である。 中国の技術者の技量は上がってはいるが、それ以上に政策としての賃上げ、売り手市場としての賃金上昇要因が大きい。また、ITと機械の発達を自分たちの技術力の向上であると勘違いしている間は、それほど怖くない。まだまだ、機械やITで埋められないすり合わせの要素が多分にある。考え抜き、解かなくてはならない本当に付加価値の高い仕事になればなるほど、いまだ対応できない。 実力以上の給料を手にすることによる勘違いは怖い。その点では、中国政府が実施している政策は、中国国民の遠い将来を見据えているというよりも、近視眼的である。「所得水準向上=国力の向上」との意識が強い。重要なのは、所得水準向上の「要因」なのだ。その点では、中国の人件費高騰はまさに「バブル」だろう。 今の中国の強気の姿勢は、「自信」ではなく「過信」に近い気がする。 彼らが気がつかぬうちに、目覚める前に、我々自身が目を覚まさねばならない。組織よりも個、長期の技術開発よりも目の前のお金、長期雇用ではなく短期雇用など、あらゆる面において日本と対照的な中国は、我が身を映す鏡として活用する価値があるだろう。 効率を求めスピードを求め、経営ごっこに染まってしまうことで、製造業の魂である技術軽視になってしまってはいけない。あえて手間暇かけて、無駄と思えることを意識しなくてはならない。「技術」「技能」という時間はかかるが、だからこそ真の価値になる「深層的な実力」に目を向けるべきだ。 幸せなことに、なぜか日本は無意識のうちにこの「深層的な実力」ばかりを磨いてきた。ITのような表面的な武器は、購入すれば活用できる。しかし、「技能」や「技術」などの「知恵」の類はお金では買えない。手にするには「教育」という時間を要する営みしかない。 日本人もたくましくなった。だが…… 中国の姿から日本を担う使命を思い起こす 最近中国に行き、感じること。それは、「日本人もたくましくなった」ということである。従来、中国への赴任と言えば本社に戻る出世街道の通過点だった。短ければ2年、長くとも4年。海外事業の立ち上げと言うよりは、「経験」的側面が強かった。 でも最近は違う。7年や10年選手にも出会う。本気で、中国や海外で事業を遂行していく心意気を感じる。その国の専門家を育てようとしている。中国で転職活動を行う人もいる。中小企業の人に出会う機会も増えた。以前は大企業が多かった。 日本は、「海外での事業が下手」と言われていた時代から抜け出そうとしている。必要に迫られてだろうが、40代、50代の年配者が海を渡る。筆者は昔もこれからも、団塊の世代がこの国を引っ張っていくのだろうと感じている。 海を渡り始めた職人たちは、中国で中国人との自由競争を始めるだろう。相対的に中国人の人件費が高いことに、市場は気が付くだろう。ドライな中国企業の経営者は、安いがほどほどの中国人技術者よりも、多少高いがしっかり仕事ができる日本人を採用するだろう。 以前、湖南省の長沙にある「中聯重科」に関わったことがある。年商1兆円にもなるコンクリート機械の最大手だ。昼食時、社員食堂へ行くと日本人に出会った。コマツの生産管理部門に20年以上勤めていたらしい。2年前から「中聯重科」で働いているという。 「どうして、この企業を選んだんですか?」 「コマツは地元では尊敬される誰もがうらやむ企業です。でも、そのわかり切った将来に、逆に不安を感じた。会社に寄り添うように生きる自分の後ろ姿を息子に見せていたら、息子も真似をする。息子が家庭を持つ頃には、もっと厳しい時代になっている。俺が挑戦し続ける背中を見せることが、息子に残してやれる財産だ」 今を生きる我々は、この国の姿を継ぐ使命を抱えていることを忘れてはならない。 http://diamond.jp/articles/-/62679
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