03. 2014年11月19日 07:17:20
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習近平はリスクを取った、次は日本企業が踏み出す番 キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之氏に聞く 2014年11月19日(水) 森 永輔 11月10日に日中首脳会談が、同11〜12日には米中首脳会談が開かれた。同じ期間に開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場で中国は“中国経済圏”とも呼べる影響圏を構築するための仕組みをいくつも明らかにしている。中国が日米首脳と行なった会談にはどのような意味があるのか。日中関係は改善できるのか、米中関係は今後どの方向に進むのか。長年、中国をウォッチしている、キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之・研究主幹に聞いた。(聞き手は森 永輔) 中国・北京で11月10日、注目されていた日中首脳会談が開かれました。安倍晋三首相と習近平国家主席の初の会談です。この会談のどこに注目し、どう評価していますか。 瀬口:日本政府が2012年9月に尖閣諸島を国有化して以来、日中関係は厳しい状況を続けてきました。今回、首脳会談が実現したのは非常に重要なことです。25分という短い会談でしたが、会っただけで価値があると評価しています。 しかも、中国が首脳会談を開くために主張していた2つの条件を満たしていないにもかかわらずです。条件の第1は、尖閣諸島について領有権の争いがあることを認めること。第2は、安倍首相が靖国神社を参拝しないことを約束することでした。今年の4月頃までは、中国の政府関係者に尋ねると、「この2つの条件を満たさなければ会談はできない」とみな金太郎飴のように言っていましたが、その後空気が変わりました。 習近平が日中首脳会談を決めた理由 中国はなぜ首脳会談を開く気になったのでしょう。 瀬口 清之(せぐち・きよゆき)氏 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 1982年、東京大学経済学部を卒業し、日本銀行に入行。2004年、米国ランド研究所に派遣(International Visiting Fellow)。2006年に北京事務所長、2008年に国際局企画役。2009年からキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。2010年、アジアブリッジを設立し代表取締役。(撮影:大槻純一 以下同じ) 瀬口:大きく4つの理由があると思います。最大の理由は、中国がAPEC首脳会議のホスト国だったことです。ホスト国としてのメンツにかけて安倍首相と会う必要がありました。これが最も大きな理由だと思います。
第2の理由は安倍政権が長期化し、国際社会における影響力を高める可能性があること。そうなった場合、日本と対立を続けていると、国際社会での中国の評価を貶める可能性があるからです。 安倍政権はアベノミクスを進め、経済の復興を図っています。まだ道半ばではありますが、日本経済は息吹を取り戻しつつあります。安全保障政策でもやるべきことを進めてきました。集団的自衛権の行使を容認するよう憲法解釈の変更を決めました。日米ガイドラインの改定にも着手しています。 第3は経済的な事情です。首脳会談をすることで政治リスクが低下していることを日本企業に示し、投資を促すとともに撤退しないよう引き留めることができます。中国の統計を見ると、日本企業の対中投資が激減しています。2014年1〜6月は前年同期比48.8%減 。7〜9月は、公式の発表はありませんが、20%程度減っています。日本企業の中には中国市場での販売が好調で、増産のために新たな工場を建設してもおかしくないところがかなりあります。しかし、本社が中国市場の実情を理解していないため、必要以上に慎重になり、投資を決断できていないのです。 日本人が中国を嫌いになれないこれだけの理由 日本人が中国を嫌いになれないこれだけの理由 なぜ多くの日本人が中国経済を理解できないのか、リーマンショックの前後で中国に何が起きたのか、中国の高度経済成長はいつ終わるのか、習近平政権は本当に中国の社会矛盾を解決できるのか――。 日本銀行の北京事務所長を務めた著者が反中・嫌中バイアスを排した現実的な目線で分析した一冊。中国に精通した著者による楽観でも悲観でもない現実的な中国分析をぜひお読みください。 政治リスクが低下し、日本企業が行き過ぎた慎重姿勢を見直し、中国市場でビジネスを拡大する機会が増えれば、日本企業にとっても好ましいことです。 第4は、中国が対日姿勢を修正してきたことです。米国の専門家に聞くと、習近平指導部が発足した当初は、日本に対する理解が足りなかった。もし理解していれば、先ほど挙げた2つ条件を示すことはなかったでしょう。日本が呑むことはあり得ないですから。ハードルが高すぎました。このハードルを下げ、振り上げたこぶしを下ろすタイミングをずっと探っていたのだと思います。首脳会談前に発表された合意文書「日中関係の改善に向けた話し合い」はこぶしを下ろす理由づけとして、日中が詰めた成果だと思います。 「小人」と批判される懸念、「弱腰」と非難される恐れ APECホスト国のメンツにかけて安倍首相と会わねばならない、というのはどういうことですか。 瀬口:今回北京で開催されたAPECは習近平政権成立後、中国が初めて主催する超大型の国際会議です。その世界中が注目する外交舞台において、ホストである習主席がゲストである安倍首相と会談しなければ、中国の一部の識者から「小さなことにこだわる小人(しょうじん=小者)」というレッテルを貼られてしまいます。習主席は「国際社会において器が小さいと評価された人物」と見なされてしまうのです。 「習主席は大人(たいじん)としての度量の大きさを示すべき」という論調は、私の印象では今年の7月くらいから高まってきました。対米関係が悪化していたこともあり、日本と米国の両方を敵に回すのは得策ではないと判断したのではないでしょうか。米中関係は、5月末に開かれたアジア安全保障会議で緊張を高めました。中国の南シナ海における行動を巡って、米中の激しい応酬がありました。7月に行なわれた米中戦略・経済対話でも大きな進展はなかった。
5月31日に、米国のチャック・ヘーゲル国防長官が次のように演説しました。「ここ数カ月の間、中国は南シナ海での領有権を主張し、地域を不安定化させる一方的な行動を取ってきた」「威嚇や軍事力を通じた領有権の主張には断固として反対する」。これに中国の王冠中・副総参謀長が反発し「中国に対する一種の挑発だ。決して容認できない」と応答しました 。 「大人」か「小人」か、に関連して伺います。中国外務省がホームページに日中首脳会談の写真を掲載しました 。安倍首相と習主席の背後に日中の国旗が映っていないことが話題になっています。他の首脳との写真にはすべて国旗が映っているのに、日中首脳会談の写真にだけ国旗がなかった。これは「小人の所行」という批判を浴びるのではありませんか。 瀬口:国旗以外にも、安倍首相を先に部屋に入れて待たせたとか、握手したあと横を向いてしまったとか、習主席の礼儀を欠いた態度が取りざたされています。これらは、習主席がもう1つの国内世論に配慮する必要があったからだと思います。「安倍首相などと会うべきではない」と考える勢力が存在しています。ここから推し量るに、習主席はまだ権力基盤を固め切れたという確たる自信を持っていないのだと思われます。 習主席は相反する2つの国内世論に配慮するため腐心したのでしょうね。その意味では、リスクを取って安倍首相と会談した。 瀬口:相当のリスクを取ったと思います。対日「弱腰」と批判される可能性が当然あるわけですから。 合意文書があってもなくても領土と歴史は再燃する 先の合意文書について伺います。典型的な玉虫色の文書になっています。これは将来に禍根を残すものではありませんか。例えば第3項で「尖閣諸島」と明記しています。 双方は,尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し,対話と協議を通じて,情勢の悪化を防ぐとともに,危機管理メカニズムを構築し,不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた。 日本のある大手メディアはこの文言を、中国は「会談の前提としていた条件を引っ込めた」と解釈しています。一方、中国の識者は正反対の解釈をしています。「四つの原則的共通認識の一つの重要な成果は中日双方で釣魚島など領土問題上での争議において明確に文字で、双方の異なる主張の存在を強調したこと。これは客観的事実の承認」(参考:「検証・四つの原則に関する合意文書」)。 今回の首脳会談を契機に日中関係が改善したとしても、将来、再び悪化する可能性があります。その時に、中国が「日本は釣魚島(尖閣諸島の中国名)を巡る領有権争いがあることを認めている」という前提から議論を始める可能性があります。 瀬口:確かに玉虫色です。ただ、領土問題と歴史問題は長い時間をかけないと解決できないものです。今後も幾度も頭をもたげてくるでしょう。今回の合意文書があってもなくても、それに変わりはありません。ならば、玉虫色にして、会談を実現するしかなかったと思います。 ただ私は日中関係の将来を悲観してはいません。日中両国民が、今の日本と米国のように親密になる可能性もあると考えています。日米は戦争し、米国は日本の憲法を変え、沖縄を占領しました。それでも日米関係は現在、非常に強固なものになっています。100年かかるか、200年かかるか、分かりません。それでも可能性はあると思います。 一方、中国側にも日本との関係を改善しようという人たちがたくさんいます。サイレント・マジョリティーと言えるでしょう。その数は、同様の思いを持つ日本人よりも多いかもしれません。しかし、彼らの声は日本には届いていません。中国は言論に対する弾圧がひどいですから、彼らが声を上げるには政治リスクが大きいのです。 この合意文書の内容を中国の人たちはどう捉えているのでしょう。 瀬口:中国の識者たちは、この文書が首脳会談を開くための玉虫色の方便であることを理解していると思います。尖閣問題を解決することはできないと分かっているのです。そして、尖閣問題の長期的な落とし所は、かつてケ小平が言っていた「論争棚上げ、共同開発」と考えているでしょう。 尖閣周辺への公船侵入は今後も続く 今回の会談の成果について伺います。海上連絡メカニズムの運用について議論を始めることで同意しました。しかし、それ以外の話が出ていません。首脳会談として成果が少なかったのではないでしょうか。 瀬口:合意文書が発表されたのが11月7日です。これによって会うことそのものが決まった。その後、10日までの数日で会談内容を詰めることは困難です。 なので、先ほど申し上げたように、今回は会うだけで価値があったと思います。これによって日中関係を不安視していた企業の投資意欲が改善する可能性があります。また、これまで断絶していた様々な政府間協議が再開します。これも徐々に民に波及し、投資や貿易の改善につながると思います。 なるほど。これまでは福田康夫元首相や公明党の山口那津男代表など政府の外にいる人物しか中国指導部に会うことができませんでしたね。 海上連絡メカニズムだけが話題に上ったのはなぜでしょう。 瀬口:この問題は触れても政治的リスクが小さいからだと思います。加えて、尖閣諸島周辺は何が起きてもおかしくない状況にありました。 今回の首脳会談を受けて、中国公船による領海侵犯はなくなるでしょうか。 瀬口:それはないと思います。今後も続くことでしょう。ただし、日中政府ともに、それは織り込み済みだと思います。 今こそ豊田佐吉に学ぶ時 首脳会談を機に、日中関係は改善に向かうでしょうか。その時、カギになるのは何でしょう。 瀬口:日中関係を堅固なものにするためのカギは、やはり民の交流です。日本企業が自ら動き、中国向けの投資や貿易が拡大できる環境を整えるよう政府をリードするくらいの気概を持つべきだと思います。 例えば、トヨタグループの基礎を築いた豊田佐吉に今こそ学ぶ時ではないでしょうか。彼は「先ず官僚外交の前に、国民外交が無ければならぬ」と主張し、中国でのビジネスにまい進しました。 戦前、上海に「豊田紡織廠」を設立。戦前・戦中に反日暴動が多発して、工場が暴徒に襲撃されたり、日本人幹部が殺傷されたりしても操業を続けました。敗戦後も、国民党政府から中国経済の復興支援を乞われて操業を継続しています。最後は、中華人民共和国に工場を接収されてしまいましたが。 これに対して現在の日本企業の経営者は自ら中国に足を運ぶこともなく、現地からの情報も信じず、“嫌中の雰囲気”に気圧されて対中ビジネスを過大に不安視する傾向があります。これを変えていく必要があります。 「アジア重視戦略の核心だ」は米国の一貫した戦略 ここからは米中首脳会談についてお伺いします。現在の米中関係をどう評価しますか。 瀬口:良いとは決して言えない状態です。先ほど、5月に開かれたアジア安全保障会議と、7月に行われた米中戦略・経済対話の話をしました。この時の状態は基本的に変わっていないと思います。 これを見て、専門家の間には2つの見方があります。1つは、米中関係はこれまでの歴史の中でかなり悪い状態にあるというもの。もう1つは、中国の対外強硬姿勢は今後も変わることはない。話し合いのチャネルを維持している現状をもってよしとする――という考え方です。米政府の中では後者が主流になっているようです。 主な成果として、環境問題と軍事上の危機回避ルールでの合意しか目立っていませんが、米政府はこれくらいで十分と思っているでしょう 。ただし、米国議会筋は今回の環境問題に関する合意内容が中国に甘すぎるとして強い不満を示していますので、今後の展開は要注意です。 今年3月に開かれた米中首脳会談と、7月の米中戦略・経済対話ではいずれも、習国家主席が提唱する「新型大国関係」に対する米国の対応が注目されました。一連の報道を見ていると、米政府はこれを受け入れたような印象を受けます。ある新聞は、「広大な太平洋には両国を受け入れる十分な空間がある」という習主席の言葉をオバマ大統領が講演の中で紹介し「同意する」と発言したと報じました 。 また、オバマ大統領が会談後の記者会見で「中国との協力をアジア重視戦略の核心だ」と発言しています。これは従来よりも踏み込んだ発言なのではないでしょうか。 瀬口:「同意する」という発言は、何かの間違いでしょう。米国は中国が主張する意味での「新型大国関係」を受け入れないと思います。 昨年11月20日にスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官が「新型大国関係を機能させようとしている」と語り、受け入れを示唆しました 。しかし、その直後の11月23日に中国が、尖閣諸島を含む東シナ海の一部海域の上空に防空識別圏を設定 。それ以降、米国は姿勢を転換しています。これ以降、「新型大国関係」を容認する姿勢を見せていません。ダニエル・ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当) やエバン・メデイロス米国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長 は中国に対して厳しい発言を繰り返しています。 「アジア重視戦略の核心だ」との発言についてはいかがでしょう。 瀬口:これは米国が戦後、ずっと一貫して採っているアジア戦略の基本的な考え方に沿ったものです。中国はアジアで唯一の国連常任理事国ですから。駐中国大使を務められた橋本恕さん(故人)に、「米国がアジア太平洋戦略上、最も重視しているのは日米関係ではなく対中国政策であるというのは日米中関係を考える上での基本中の基本。忘れるな」という教えを受けたことがあります。 中国は米国主導に「不満」、でも「排除」せず 米中首脳会談を含むAPEC関係の一連の会合の中で、習主席は“中国経済圏の構築”とも呼べる中国主導の政策をいくつも打ち出しました。11月8日には、かねて主張している「シルクロード経済圏」に入る国々のインフラ整備を支援すべく400億ドルの「シルクロード基金」を創設すると明らかにしました (関連記事「後門の狼で前門の虎を制すロシア」)。 11月13日には、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のインフラ開発を支援するために200億ドルの融資枠を設定すると打ち出しています。 瀬口:中国は米国主導の政治・経済体制に不満を持っています。かつて中国が、米国が主導する世界銀行への出資拡大を求めたことがありましたが、米国はこの要求を拒否したと聞いています。このことなども中国が不満を高めることにつながったと思います。 それゆえ、シルクロード構想を推進したり、アジアインフラ投資銀行を設立したりすることで、中国が影響力を及ぼし得る地域を拡大しようとしているのだと思います。ただし、これらは米国を排除することを意図したものと断定すべきではないでしょう。 確かに、アジアインフラ開発銀行への参加を米国に促していますね 。 瀬口:そうです。なので、中国主導の体制に米国が参加する、もしくは中国と米国が対等な立場で事に当たる、というやり方は受け入れ可能であると思います。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141117/273944/?ST=print
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