01. 2014年11月10日 07:32:25
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外交文章から読み解く歴史的一歩の日中合意 中国株式会社の研究(257)〜「日中合意」をいかに解釈すべきか 2014年11月09日(Sun) 宮家 邦彦 この原稿は中国・深?市内のホテルで書いている。先週末当地で開催された日中学者交流シンポジウムになぜかお声がかかったからだ。 1泊26時間という強行軍で香港・羽田を往復したが、その真っ最中に飛び込んできたのが例の日中間「四点合意」という大ニュースだった。というわけで、今回のテーマはズバリ、APEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議後の日中関係である。 日中合意の本当の内容 日中首脳会談、APECにあわせ開催へ 中国北京で開かれているAPEC〔AFPBB News〕 11月7日夕方あたりから、深?に集まった日中関係者たちの周辺が騒がしくなった。 聞けば、内外のメディアが「首脳会談の実現に向け、日中両国政府が四点からなる合意文書を発表した」と報じ始めたという。発表はAPEC首脳会合の3日前、「意外に早く終わったな」というのが筆者の第一印象だった。 このシンポ、正式名称は「大梅沙中国創新論壇」、7日夜には日中有識者の対話セッションが「笹川日中友好基金」との共催で開かれた。直前日中「四点合意」が発表されたからか、中国側識者の発言が一変したことには大いに驚いた。かくも前向きなトーンの日中シンポジウムはこの数年ちょっと記憶がない。 過去数年間、この種のシンポジウムでは、中国側が日本の歴史問題と尖閣問題と執拗に取り上げ、日本側がその防戦に努めるという、実に生産性の低い議論を何度も繰り返してきた。 それが今回は誰もが、「良いニュースだ、本当に嬉しい、日中相互批判はやめよう、関係改善に期待する」などと言い出したのだ。 いったいどうなってしまったのだろう。その時点では誰も「四点合意」の詳しい内容など知らないはずなのに。それどころか、今も「日中合意」なるものの詳細を知る人はほとんどいないのではないか。 そうなると、天邪鬼の筆者は俄然やる気が出てくる。この点を解明すべく、いつもの通り、事実関係から始めたい。 ここでは日本政府関係者の発言に関する報道は繰り返さず、諸外国の反応を中心に次のとおりまとめてみた。 ●「両国関係を良好な発展の軌道に戻す必要な一歩だ」、「今日、中日両国人民は、双方が4点合意の厳守を基礎に順を追って対話を一歩一歩再開し、中日関係を次第に改善することを渇望している」(11月8日付人民日報、時事通信報道) ●「中日双方は初めて釣魚島問題について、文字として明確な合意に達した」、「中日関係の現在の政治的行き詰まりの起点を振り返れば、『島購入』(尖閣諸島国有化)の茶番の殺傷力が極めて大きかったことが見て取れる」、「双方は日本側が放った虎を籠の中に戻して閉じ込めなければならない」(同) ●「靖国神社に言及していないが、『政治的障害を克服する』(で合意したこと)は明らかに安倍(首相)の靖国参拝を束縛したものだ」(11月8日付環球時報、時事通信報道) ●「双方が釣魚島に対して異なる主張が存在することを認めた」、「これは日本政府が過去に態度表明したことのないものだ」、「日本はこれまで、中国との釣魚島問題に関する話し合いを一貫して拒絶し、釣魚島の主権に関して『争いは存在しない』と公言。双方は釣魚島海域での行動で意思疎通できずに危機をはらんでいた」、「現在、日本は危機管理メカニズム構築に関して中国と協議したいと望んでおり、これは釣魚島海域で『新たな現実』が形成されたと宣告するに等しいものだ」(同) ●「日中が関係改善に踏み出すことに合意した文書を歓迎する。前向きな一歩だ」、「両国の関係は地域だけでなく世界の平和と繁栄に影響する」(7日、米国務省報道官発言) ●両国が一歩ずつ譲歩・妥協したと評価されている。中国政府が首脳会談の前提条件として挙げた「安倍首相靖国神社参拝自制」と「尖閣諸島をめぐる領土紛争の存在を認めること」は含まれていないが、合意文には東シナ海について双方が「異なる見解を有していると認識」し、「政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた」という表現は中国の立場が反映されたものと解釈できる余地は十分にある。(8日付朝鮮日報) ●日本の消息筋の話では、安倍晋三首相が日中首脳会談を実現するため、特使を通じて習近平国家主席に、「靖国神社に参拝しない」との口答メッセージを伝えた。同消息筋は「日中合意の中の『若干の認識の一致をみた』との部分が安倍首相の靖国参拝中止を意味している」と説明。「両国政府はこれについて文書で残したり、正式に発表したりしないことにしたと聞いている」と述べた。(8日付中央日報、時事通信報道) 百家争鳴とはこのことなかもしれないが、いったいどの報道が正しいのだろうか。筆者の見方は次のとおりである。 4種類ある「四点合意文書」 「四点合意文書」の基本的性格から考えてみよう。まず、少なくとも、これは外交文書ではない。狭義の「外交文書」が国家を代表する者による署名のある、国際法上の履行義務が生ずる「国際約束」であるとすれば、今回の文書は、法的ではなく、政治的な拘束力を持つ「外交的文書のようなもの」と言うべきだ。 それが証拠に、そもそも日中両政府が発表した4種類の文言はそれぞれ完全に同一ではない。11月7日に日本の外務省が発表した和文と英文は、同日中国外務省が発表した中文と英文と似ているようで、微妙に異なっているのだ。「合意ではない」などとは言わない。両政府の考え方と表現振りが微妙に違うのだ。 それでは、具体的に相違点を見ていこう。今回はスペースの関係で主要なポイントだけに絞りたい。繰り返しになるが、筆者はこの「合意」なるものが間違っているとか、「履行すべきではない」などと主張しているわけでは決してないので、くれぐれも誤解のないように願いたい。 ●「合意」か「意見の一致」か 冒頭日本側和文は、「日中関係の改善に向け,これまで両国政府間で静かな話し合いを続けてきたが、今般、以下の諸点につき意見の一致をみた」と述べ、その後も一貫して「合意」ではなく、「意見の一致」という表現を使っている。 日本側の英語版でも、「Toward the improvement of the Japan-China relations, quiet discussions have been held between the Governments of Japan and China. Both sides have come to share views on the following points:」としており、「agree」ではなく、「share views」で統一している。 これに対し、中国側のフォーマットは日本側と全く異なる。「合意」内容を説明するだけでなく、その前提となる楊潔?国務委員と谷内国家安全保障局長のやり取りに言及したうえで、「双方就?理和改善中日?系?成以下四点原?共?」、すなわち「四点の原則的共通認識に達した」と述べている。 その部分を中国側英語版では、「The two sides reached a four-point principled agreement on handling and improving the bilateral relations」と訳し、「四点の原則合意に達した」としている。中国側中文の方が日本政府の発想に近いだろうが、中国側英文の方が彼らの本音なのかもしれない。 ●「若干の」とは一体何か 最も議論があり得るのは、第二項の「両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた」なる部分だろう。「若干の」部分は、英語では「shared some recognition that ... they would overcome political difficulties that affect their bilateral relations.」とし、「some」を使っている。 これに対し、中国側中文では「就克服影??国?系政治障碍?成一些共?」として、「一些」を使っているのだが、中国側の英文では「reached some agreement on overcoming political obstacles in the bilateral relations.」とし、日本側と同様、「some」を使っている。これをいかに解釈すべきか。 中国側の英文を素直に読めば、「両国関係の政治的障害の影響を克服する」ことについて「一定の合意に達した」とも訳せる。要するに、この部分の日中双方の英日中語による4種類の表現は、それぞれ微妙に異なっているのだ。この点については最後に詳しく述べる。 ●尖閣問題についての「認識」 尖閣について日本側は、双方が「近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識」としているから、「日中間で見解が違うことは分かっている」ということだろう。英語版でも、「recognized that they had different views」とあるから、ほぼ同じ意味である。 この部分について、中国側中文は「双方??・・・??局?存在不同主?」としており、やはり「認識」なる語を使っている。だが、中国側英語版では、「acknowledged that different positions exist between them regarding the tensions」と訳している。 要するに「recognized=分かっている」ではなく、「acknowledged=認めた」と訳したのだ。 「認識」を「単に知っている」という意味に使う日本側と、「意見の違い(すなわち中国側の主張)を認めた」なる意味に使う中国側のニュアンスの差は微妙を通り越しているかもしれない。・・・他にも多くの相違点はあるが、今回はこのくらいにしておこう。 「合意」の正しい解釈と今後の日中関係 11月7日に日中両国政府が交わした「四点合意」なるものの実態は以上のとおりだ。それでは、宮家ならどう解釈するのか。お前の独断と偏見を書いてみろ、とお叱りを受けるかもしれない。もちろん筆者にも個人的意見はあるが、今回筆者はこれについて「正しい」解釈を書くつもりは一切ない。 なぜならば、この「合意」または「意見の一致」については、単一の「正しい」解釈など存在しないし、また、そんなものは存在すべきでないと信ずるからである。 そもそも、外交上の了解や合意には一定の「曖昧さ」が付き物であり、特に重要なものについては「戦略的曖昧さ」が必要となる。 こうした「戦略的曖昧さ」こそは合意や了解に生命を与え、その長寿を保証する重要な要素だ。今回の日中間の「意見の一致」は、過去数年間の意見の相違と摩擦を日中両政府が漸く乗り越え、今後の新しい均衡点へと両国を導く極めて重要な一里塚となり得るものであり、またそうでなければならない。 両国間に「agree to disagree」が必要であることを、日中両国政府だけでなく、日中双方の国民も正確に理解しなければならない。この合意が日中関係の将来に持ち得る戦略的重要性に鑑みれば、今回どちらがより強く原則を貫いたか、どちらがより多く譲歩したか、といった問題など枝葉末節なのである。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42167 |