03. 2014年11月06日 07:36:53
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「米中新時代と日本の針路」 日中首脳は“立ち話”をするくらいがちょうどいい 2014年11月6日(木) 加藤 嘉一 本連載では、11月10〜11日に北京で開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議の際に日中首脳会談が実現することに対する市場や世論の期待が高まるなか、テーマとして日中関係を集中的に扱ってきた。 《もし日中首脳会談が行われなかったとしたら》と題した1回において、筆者は以下の問題を提起した。 「私たち民間には、日中首脳会談を通じてどんな問題を解決したいのか(動機)、安倍首相は習主席に対して何を伝え、両首脳は何をどこまで話し合うべきか(内容)、首脳会談後の日中関係はどうあるべきか(展望)、などに関する問題意識をあらゆるチャネルを通じて政府関係者、そして“暴走”する世論に対して発信していくことが求められる」 2回目《中国指導部は日中首脳会談の実現をどう捉えているのか?》では上記の「動機」を、3回目《安倍晋三・習近平両首脳は会談で何を話し合うのか?》では「内容」を取り上げた。APEC首脳会議前の最後の回になる今回は、「展望」の一歩手前、すなわち、日中関係を長期的・安定的に発展させるために、安倍晋三・習近平両首脳による会談はどうあるべきなのか、という問いについて考える。 福田前首相を北京に迎える まず、これまでと同様に、日中関係を巡る最新の動きをレビューしておこう。 10月28日、程永華・駐日中国大使が北海道札幌市を訪れ、北海道日中友好協会設立50週年を祝うレセプションで基調講演をした。タイトルは《民間友好を強化し、中日関係を展望する》(中国外交部サイト参照)。程大使は北海道が日中交流において果たしてきた役割を評価した上で、昨今の日中関係について以下のようにコメントした。 「中日関係は依然として困難な局面にあり、両国の交流と協力に影響を与えている。歴史と領土の問題が中日関係の病害となっている状況は解消できていない。我々は、関連する問題を日本側が適当に処理し、実際の行動で両国関係の政治的障害を克服し、中日関係を正常な発展の軌道に戻すべく努力してほしいと願っている。中国側が中日関係を重視する政策は変わっていない。これまで同様、4つの政治文書の基礎に立った上で長期的、安定的、健康的な中日関係を発展させていきたい。両国の交流と協力を深化させ、両国の国民により多くの利益をもたらしたいと考えている」 対日関係を巡る中国指導部の現在の基本的立場と認識を知る上で重要なコメントである。筆者は、程大使の発言は基本的に前向きなものであり、中国側としても、APEC首脳会議の舞台を含め、あらゆる機会を通じて対日関係を改善させる必要性を感じており、そのための用意をしていると理解した。 10月29日には、福田康夫元首相が習近平国家主席と北京の人民大会堂で会談した。福田元首相は、中国政府が主催する国際会議「ボアオ(博鰲)アジアフォーラム」の理事長として訪中した。習主席と面会した後、記者団の取材に応じた福田元首相は「日中の2国間についての話は一切していない」と述べている。だが、中国共産党指導部は、対日関係の改善を念頭に福田元首相を北京に迎え入れたと見られる。同日夜、中国中央電視台(CCTV)が、習主席と福田元首相が友好的な雰囲気の下で握手し、会談している模様を伝えているからだ。 APEC首脳会議を前に、習主席と福田元首相がこのタイミングで会談したことによって生じるデメリットは何もないだろう。 王毅発言を楽観視してはならない 同じく10月29日、中国外交部が主催したフォーラムにて、王毅外相が《北京APEC:中国は準備を整えた》と題する基調講演をした。質疑応答のなかで、日中首脳会談の開催に関して問われると、王毅外相は以下のように答えた。 「来られた方は皆、お客さんだ。我々には、主催国として、全力を挙げてすべての客人をもてなす習慣がある。中日関係の正常な発展に影響を与える問題と障害が存在するのは客観的な事実であり、避けては通れない。私は日本の指導者・政府が問題の存在を正視し、問題を解決するために誠意を示されることを望んでいる」 この王毅外相の発言を中国メディア・世論は大きく取り上げた。「来られた方は皆お客さんだ」という文言に注目し、「習近平国家主席はやはり、安倍晋三首相とも会うにちがいない」(北京在住の日中関係ウォッチャー)という見方をした中国人民も少なくないようだ。 だが筆者自身は、この王毅発言を楽観的に解釈すべきではないと考える。あくまで、APEC首脳会議に参加するために北京を訪れるすべての客人を平等にもてなす、という意味で、安倍首相を特別扱いするとは言っていない。むしろ、安倍首相を特別扱いしない、言い換えれば、「中国との関係において問題と障害を抱える日本の首相に対しても、他国の首脳と同様の礼儀を果たす」ということを暗示しているに過ぎない。 この発言を基に「日中首脳会談は行われる」と結論づけるのは拙速だ。現在に至るまで安倍首相と接触することに慎重な姿勢を崩さない中国側のスタンスを楽観視しすぎているからだ。希望的観測が入りすぎているとも言える。 中国の有識者は会談後の展望に悲観的 中国で日中関係を研究する有識者は「APEC首脳会議における日中首脳会談と中日関係の発展」という“展望”に関わるテーマをどう捉えているのだろうか。 11月1日、香港フェニックステレビが放映している人気トーク番組《一虎一席談》は「APEC首脳会議で中日首脳会談は実現するのか?」というテーマを取り上げた。 同番組に出演した日中関係の専門家、林暁光・中央党校教授と劉江永・清華大学教授の発言は、昨今の中国有識者たちの考えを代表しているように思われる。以下に引用しよう。 「APEC首脳会議の焦点を中日首脳会談に集中させるのは安倍首相の策略だろう。中国はホスト国であるから、北京を訪れた各国の首脳たちと会うことは避けられない。礼儀の問題でもある。しかし、中日関係が現在のような状況にあるなか、短い儀礼的な会談を1回したとしても、実質的な問題に触れることはできない。よって、会談が将来の中日関係に大きな、根本的な影響を与えることはないであろう」(林暁光教授) 「私は中日関係が迅速に改善することを望んでいる。だが、これまで接触した日本人に“APECの場で両国首脳が会談したとして、中日関係は改善するか”“安倍首相はこれまでのやり方を変えるのか”“たとえば靖国神社の参拝を控えるのか”と聞いてきたが、ポジティブな返答は1つもなかった。そうだとすれば、中国政府としても、会談をすることによるメリットとデメリット、そして今後生じうる影響を計算せざるを得ない」(劉江永教授) 「大切なのは、日本側がどれだけ誠意を示すか」 筆者が最近1カ月の間に接触する機会を持った中国の政府関係者や有識者たちの見解も交えた上で、中国の対日政策に関わる人たちの認識をまとめると、以下の3つに集約される。 日中首脳会談は行われるに越したことはないが、中国側が無条件に会談に応じることはあり得ない。中国側が日本側に求める条件(尖閣と靖国)が満たされて初めて、最終的に会うか会わないかを判断できる。 日本は政府も世論も両首脳が会うか会わないかだけにとらわれている。中国はそんな日本側の状況に流されるべきではない。安倍首相の意図を冷静に見極め、得るものを得たと判断できた場合に限って会談に応じるべきだ。 首脳会談自体はそれほど重要ではない。日中関係の未来に大きな影響を与えることもない。大切なことは、会談を詰めていく過程でどのようなやりとりをし、日本側がどれだけ行動と誠意を示すかだ。 筆者が本原稿を執筆している現在、APEC首脳会議があと1週間と迫っている。中国側はいまだに、日中首脳会談実現に向けた具体的な示唆も、安倍晋三首相を迎えるにあたっての歓迎の言葉も発していない(オバマ米大統領の訪中に対する歓迎、及び、米中首脳会談の実現については、中国政府としての立場を既に正式に表明している。参考記事:「スーザン・ライス訪中をレビューする:オバマ訪中の地ならし」)。習近平国家主席は11月10日の直前まで、安倍首相との会談を行うか行わないか、行うとしたらどのように行うかに関する最終的判断を下さないであろう。 首脳会談の4つのシナリオ いまこそ、「習主席は安倍首相とどう会うのか」というディテールが戦略的に重要な意味を持ち始めている。筆者が知る限り中国側は、日本側の出方によっては、公式な首脳会談を行うことも選択肢に含めて、準備を進めている。どのように会うのか。「会談の有無、形式」について4つのシナリオを考えてみたい。 会談は一切なし:10月16日、イタリア・ミラノで開かれたアジア欧州会合(ASEM)の晩餐会において安倍首相と李克強首相が握手をし、簡単な挨拶をした。安倍首相と習主席の接触がこれと同じ程度ならば「日中首脳会談は行われなかった」と解釈すべきだ。前述の王毅外相や中国人有識者のコメントにもあるように、習主席はホスト役だ。日本の代表としてAPEC首脳会議に出席する安倍首相と握手・挨拶をするのは自然なことであり、日中外交の成果とは言えない。この場合、特に領土と歴史に関する問題を巡り、日中間の意見と立場が最後の最後まで折り合わず、溝が埋まらなかったことを示している。 15分程度の立ち話:正式な日中首脳会談とは言えない。中国側が日本側の出方に対して一定程度の不満を抱いていることを示している。 30分程度の非公式接触:正式な会談ではないが、中国側が日本側の歩み寄りを評価。日中関係の改善に向けて、安倍首相を真剣に付き合うべき相手と判断したことを示している。 60分程度の公式会談:形式の観点から見れば、現時点における理想型と言える。中国側が日本側の出方に満足したことを示している。 以上の4つのシナリオについて、APEC首脳会議後の日中関係をどうマネージメントするか、という「展望」の視点から考えてみたいと思う。 本連載でも指摘してきたように、習近平国家主席は、中国側が提起した2つの条件――(1)領土問題が存在することを何らかの形で認めること(2)安倍首相が靖国神社に今後参拝しないことを何らかの形で明らかにすること――を日本側が呑まない限り、正式な首脳会談(シナリオ4)に応じることは原則としてないだろう。 言い換えれば、仮にシナリオ4が実現した場合、日本政府が、中国側が要求した2つの条件を何らかの形で呑んだと判断することができる。 他方、仮にシナリオ1に終わった場合は、日本側が最後の最後まで中国側の要求を呑まなかったと判断できる。 シナリオ2とシナリオ3については、以下の交渉過程があったと読み解くことが可能だ。日中が互いの立場を主張し合い、折衷案を見出すべく外交努力を続けたが、溝を埋めるまでには至らなかった。もしくは、互いに不満な部分は残ったものの、今後の関係改善に向けて相互に歩み寄った。 勝ちすぎでは続かない さて、日中関係の長期的発展という観点から考えた場合、最もサステイナブル(持続可能な)なシナリオは4つのうちどれであろうか。筆者の愚見を記してみたい。 中国側は、尖閣問題と歴史認識に関する条件を日本側に呑ませた上で、シナリオ3とすることがベストだと考えているだろう。以下で述べるように、シナリオ4には国内政治リスクが伴う。冷徹なまでに強かな中国は、シナリオ3の「非公式会談」ですべての条件を呑ませるべく最後の最後まで外交交渉を続けるに違いない。逆に、シナリオ2ですべての条件を日本側に呑ませることは難しい、すなわち、日本側が「立ち話」程度ですべての条件をあっさり呑むことはないと認識しているだろう。 シナリオ1は避けたいはずだ。中国側とて、北京開催のAPEC首脳会議を契機に日中関係が改善することを期待する国際世論の圧力を感じている。よほどのことがない限り、安倍首相と全く会わないという選択はしたくないであろう。 日中首脳会談の実現に頑なにこだわり、国内世論もそれを望んでいる日本側は当然シナリオ4を狙っているだろう。ただその場合、中国側が提示する条件を何らかの形ですべて呑むことになる。また、仮に2か3だったとしても、政府やメディアは「日中首脳会談が実現」と宣伝するに違いない。1は避けたいだろう。ここまで世論が盛り上がっているのに、いかなる会談も実現しませんでしたでは済まないと首相官邸や外務省は判断するのではないか。 果たして、どのシナリオに落ち着くのか。筆者は断定的に判断できるほどの情報を持っていないため「分からない」としか言えない。ただひとつだけ言えるのは、日中関係を持続的に発展させるためには、シナリオ1と4は危険だということだ。1は日中が相互に外交努力を続けたにもかかわらず、最後まで溝が埋まらなかったというネガティブなケースとなってしまう。 シナリオ4はとりわけ日本にとってよくない。日中首脳会談を実現するだけのために、中国側が要求する2つの条件を呑んでしまうのでは、国益の観点から未来に禍根を残す。1人の日本国民として、あまりにも大局的・長期的・戦略的視点に欠けるものと言わざるをえない。 中国側にとってもシナリオ4は、必ずしも戦略的利益に適うと言えない。習近平氏が総書記にして就任以来、中国側は特に領土と歴史の問題に関しては、日本に対して強硬な立場を取ってきた。中国人民は「習主席は日本に対して厳しく接する強い指導者」という印象を普遍的に抱いている。偏狭な対日ナショナリズムはいまだ健在だ。国内世論がこのような状況にあるなか、たとえ水面下の、決して人民には知らされない外交交渉を通じて日本側が2つの条件を呑んだとしても、それをもって直ちに「日本側が歩み寄ってきたので日中首脳会談に応じました。安倍首相と1時間向き合って、友好的なムードの中で率直に話をしました」と自国民に向かって宣伝できるだろうか。「日本に妥協しすぎだ。安倍首相に面子を与え過ぎだ」という反発が起きるかもしれない。今後、日中間で中国人民のナショナリズムを刺激するような突発事件が起こり、両国関係が悪化した場合、「あの時の日中首脳会談は何だったのか?」という国民からの批判に対して習主席は何と説明するのだろうか。対日友好ムードを盛り上げすぎることが中国共産党による国内統治にとってどれだけリスキーであるかということを、習主席は十分に理解している。 そして何よりも、日中外交という視点からすれば、「日本側が2つの条件を呑むこと」と「中国側が首脳会談に応じること」という取引は客観的に見て公平ではない、ゆえに、持続可能ではない。中国側が取り過ぎている、という意味だ。取り過ぎる中国も、取らせ過ぎる日本も、共に理性を失っていると言わざるを得ない。 もちろん、日本側が2つの条件を呑む代わりに、日中首脳会談の実現以外に、中国側が他の要求を呑むのであれば話は別だ。例えば、中国側が尖閣諸島周辺に公船を派遣することを停止し、自国の漁船を徹底的に取り締まることを約束することが考えられる。 僭越ながら、外交はゼロサムゲームではない。一方が70を取り、もう一方が30しか取れない交渉では、持続可能な外交はできない。後の両国関係に禍根を残すのは必至だ。真の意味で持続可能な外交関係を築くためには「50:50」「51:49」「48:52」といった交渉が必要だ。そして、どうしても避けることのできない差分に関しては、外交官が大局的・長期的な視点に立ち、全人格をかけて相手国と自国民に説明をすることで調整されるのではなかろうか。 筆者は近年、自分なりの距離感で日中関係と向き合いながら、そう感じている。 したがって、APEC首脳会談の期間中に日中首脳会談が行われるとして、シナリオ2か3が、ベストではないかもしれないがベターな選択であると筆者は考える。 権力者たちの短期的な利益、そして有権者たちの一時的な欲望のために、日中関係の持続可能な未来を潰すようなことがあってはならない。日中の2カ国関係は、アジアと世界の安定と繁栄に大きな責任を負っているのだ。 このコラムについて 米中新時代と日本の針路 「新型大国関係」(The New Type of Big Power Relationship)という言葉が飛び交っている。米国と中国の関係を修飾する際に用いられる。 「昨今の米中関係は冷戦時代の米ソ関係とは異なり、必ずしも対抗し合うわけではない。政治体制や価値観の違いを越えて、互いの核心的利益を尊重しつつ、グローバルイシューで協力しつつ、プラグマティックな関係を構築していける」 中国側は米国側にこう呼びかけている。 ただ米国側は慎重な姿勢を崩さない。 「台頭する大国」(Emerging Power)と「既存の大国」(Dominant Power)の力関係が均衡していけば、政治・経済・貿易・イデオロギーなどの分野で必然的に何らかの摩擦が起こり、場合によっては軍事衝突にまで発展しうる、というのは歴史が教える教訓だ。 米国が「中国はゲームチェンジャーとして既存の国際秩序を力の論理で変更しようとしている」と中国の戦略的意図を疑えば、中国は「米国はソ連にしたように、中国に対しても封じ込め政策(Containment Policy)を施すであろう」と米国の戦略的意図を疑う。 「米中戦略的相互不信」は当分の間消えそうにない。それはオバマ=習近平時代でも基本的には変わらないだろう。 中国の習近平国家主席は米カリフォルニア州サニーランドでオバマ米大統領と非公式に会談した際に「太平洋は米中2大国を収納できる」と語り、アジア太平洋地域を米中で共同統治しようと暗に持ちかけた。これに対してオバマサイドは慎重姿勢を崩さない。世界唯一の超大国としての地位を中国に譲るつもりも、分かち合うつもりもないからだ。 互いに探りあい、牽制し、競合しつつも、米中新時代が始まったことだけは確かだ。 本連載では、「いま米中の間で何が起こっているのか?」をフォローアップしつつ、「新型大国関係」がどういうカタチを成していくのか、米中関係はどこへ向かっていくのかを考察していく。その過程で、「日本は米中の狭間でどう生きるか」という戦略的課題にも真剣に取り組みたい。 筆者はこれまで、活動拠点と視点を変化させながら米中関係を現場ベースでウォッチしてきた――2003〜2012年まで中国・北京に滞在し、その後は米ボストンに拠点を移した。本連載では、筆者自身の実体験も踏まえて、米中の政策立案者や有識者が互いの存在や戦略をどう認識しているのかという相互認識の問題にも、日本人という第三者的な立場から切り込んでいきたいと考えている。政策や対策は現状そのものによって決まるわけではなく、当事者たちの現状に対する認識によって左右されるからだ。 日本も部外者ではいられない。どういう戦略観をもって、米中の狭間で国益を最大化し、特にアジア太平洋地域で国際的な利益を追求し、国際社会で確固たる地位と尊厳を獲得していくか。「日本の針路」という核心的利益について真剣に考えなければならない。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141105/273416/?ST=print
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