01. 2014年10月30日 07:00:00
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四中全会で法治を強調した習近平の思惑日本の安全保障に朗報となる可能性も 2014年10月30日(木) 森 永輔 中国共産党が10月23日、第18期中央委員会第四回全体会議(四中全会)を閉幕した。共産党の幹部である中央委員全員が集まって年1回開くもので、今後1年間に実施する政策の方向性を決める。 会議を総括するコミュニケにおいて、「法治」という言葉が58回、「党による指導」が13回使われたことが注目されている。 その真意はどこにあるのか。中国の国民や日本にはどのような影響を及ぼす可能性があるのか。 元自衛官で、中国をウオッチしている小原凡司・東京財団研究員に聞いた。(聞き手:森 永輔) 四中全会が10月20〜23日に開催されました。小原さんは、この大会のどこに注目しましたか。 小原:やはり法治で押し通したことです。中国共産党はこれまでも「依法治国」という言葉を使ってきました。中国指導者は新しいスローガンを使いたがるものですが、使い古した「依法治国」を四中全会で使用したことは、これまで法治がなされていなかったことを叱責し、今後、法治の強化、すなわち党の指導の強化をもって、制度化と腐敗撲滅を徹底することを宣言したと言えます。 小原凡司(おはら・ぼんじ) 東京財団 研究員兼政策プロデューサー 専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊 第101飛行隊長(回転翼)。2003〜2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊 第21航空隊副長〜司令(回転翼)。2010年、防衛研究所 研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’sでアナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャーを務めた後、2013年1月から現職。(撮影:加藤康 以下すべて) 中国共産党がいう法治はあくまでも共産党が指導するものです。コミュニケに「憲法による国家統治を堅持する」という一句があります。共産党が政治を指導することは、中国の憲法にも書いてあることです。したがってコミュニケが言う法治は、西側が思い描くものとは異なります。
では、今後、何が変わるのでしょう。 小原:習近平指導部が腐敗告発を、法律やルールに沿って進めるようになると見ています。それが、共産党内部の反対派を抑えることにつながるからです。 どういうことですか。 小原:習近平指導部は、前政権のナンバー9として公安部門を率いた周永康を立件したり、徐才厚・前党軍事委員会副主席の党籍を剥奪 したり、反対派を失脚させてきました。しかし、こうした摘発はそろそろ終了すると思います。周永康や徐才厚らに組したすべての人を摘発することは不可能です。この2人の上にいる江沢民・元総書記は長期にわたって権力を維持してきました。その息のかかった人は相当の数に上るからです。 さらに、摘発を続ければ、反対派がより激しく抵抗するようになりかねません。窮鼠猫を噛む状態ですね。石油閥では周永康を、人民解放軍では徐才厚を、象徴的な人物として叩き、その他の幹部たちには、摘発しない代わりに忠誠を誓わせました。一種の手打ちです。強硬に摘発を進めれば、軍や省庁などが指導部を敵視することになります。習近平指導部は、そのような事態に陥ることを恐れているのです。手打ちができた以上、見せしめに区切りをつけ、「反腐敗」を制度化の方向に向けるでしょう。 共産党内部にはこの2人を処分した一連の行動を、習近平指導部が恣意的にやっており、今後もどうなるか分からないと懸念する向きもあるのです。そこで、「今後、恣意的な摘発はしない。法やルールに基づいて摘発や処分を行なう」ということを示すことは重要であったと思います。腐敗撲滅の手を緩めることはないでしょうが、今後の中心は摘発よりも予防に移ることになるでしょう。 なるほど。習近平指導部が表明した法治は、中国共産党内部の民主化を進める第一歩というわけですね。 小原:第一歩とまで言えるかどうかは分かりません。半歩くらいでしょうか。法を決め法を運用するのは習近平指導部ですから。しかし、党内民主化に意を用いるようになることは間違いないと思います。 国民の信頼をつなぎとめるための法治 「誰が誰を法に基づいて治めるのか」という観点から見ると、コミュニケがいう「法治」には2つの側面があるように思います。1つは、習近平指導部が共産党員を法に基づいて治める。いま小原さんが指摘されたのはこの意味での法治だと思います。もう1つは、習近平指導部が中国の国民を法に基づいて治める。 小原:その通りだと思います。 中国の国民は、共産党政府に対して非常に大きな不満を抱いています。特に地方ではひどい。農民の土地を地方政府が違法に収奪してきたことは広く知られています。さらに、共産党員が道を歩く際に、市民を足で蹴ってどかすような行為が横行しています。まるで牛馬のような扱いをしています。 司法も公正ではありません。地方の党幹部に有利な判決が恣意的に下されています。こうした状況を放置すれば、共産党政府が政権を安定して維持することができなくなってしまう。なので、習近平指導部は国民の不満がこれ以上高まらないよう、法治を実施しようとしています。 例えばコミュニケで「行政区画を跨ぐ人民法院と人民検察院の設立を模索し、検察機関による公益訴訟提起制度の構築を模索する」ことをうたいました。これは、地方の司法機関を習近平指導部が管理しようという試みです。地方の司法機関が、違法な行為をした地方の共産党幹部を見逃したり、彼らに有利な判決を下したりすることがないよう、中央からの統制を強める考えです。これまでは、こうした事態の存在が分かっても党中央が処分を下すことができませんでした。汚職など他の口実をみつけて処分するしかなかったのです。 習近平と李克強の間に権力闘争はない 習近平指導部が言う「法治」は、「彼らがやりたいことを正当化するための方便で真の法治ではない」という批判があります。確かにそうなのでしょう。しかし、その目的を伺うと習近平総書記のしたたかさを感じますね。 政敵を倒した後、行きすぎにならないところで摘発を止める。残った反対派が抱く懸念を払拭し、改革を進める体制を作るため、法に基づいて共産党を治めることを宣言する。他方、国民の不満を解消し共産党による統治を安定させるため、法に基づいて民を治める体制も整備する。 小原:そうなのです。習近平指導部が目指しているのは、あくまでも共産党による一党支配を安定させることです。そのためには、共産党内のこれまでの反対勢力も取り込まなければいけないし、国民の不満も緩和しなければならない。習近平指導部が目指すところは、共産党のため、国民のためになるものだとも言えます。 制度化の方針を李克強首相も支持しているでしょう。「習近平総書記が権力を一元的に掌握し、李克強首相ははずされている」という見方があります。ですが、それは当たらないと思います。現在、習近平指導部がとっている政策は、かつてはケ小平が目指したものです。李克強首相を引き上げた胡錦濤・前総書記が実行しようとしてできなかったものでもあります。李克強首相が属す中国共産主義青年団と、習近平総書記を頂く太子党は、現在は同じ方向を目指していると思います。ただし、方向は同じでも、どこまで進めるかについては相違があります。制度化を進めることができれば、今度はどこまで進めるかについての駆け引きが始まるかもしれません。 法による統治の先にあるのはシンガポールモデル 習近平総書記が最終的に目指している中国の姿はどんなものなのでしょう。習近平指導部に権力を集中させ法治を進めるのは、その先にある何かを目指すための手段なのでしょうか。それとも、中央集権化と法治そのものが目的なのでしょうか。 小原:私は、習近平総書記は中国をシンガポールのモデルにもっていきたいのだと思います。シンガポールは、人民行動党による事実上の一党統治体制です。複数の政党があり民主的な選挙を行っていますが、人民行動党の候補が落選した地域では公共投資などがストップしてしまうので、他党の候補が当選するのは極めて困難。人民行動党に反対する研究者が国外退去を命じられることもあります。それでも、国は豊かで、暮らす人々の不満は大きくはありません。 この点についてはケ小平も同じ考えだったのだと思います。同氏はシンガポールのリークワンユー首相(当時)と幾度も会っていました。ただ1989年に六四天安門事件が起きてしまい、思い通りの改革を進めることができなくなってしまったのだと思います。 四中全会が始まる前、周永康・元共産党政治局常務委員への処分をこの場で決定するのではと予想されていましたが、何もありませんでした。これは、なぜだったのでしょう。 小原:習近平総書記は慎重を期したのだと思います。なんと言っても、共産党政治局常務委員を務めた人物の罪を問うのは共産党史上初めてのことです。四中全会が適切な場とは限りません。一方で、中央委員会全体会議で処分できる範囲である周永康の側近4人は、党籍をはく奪されました。 人民解放軍への統制を強める コミュニケは「法に従って軍を治める」ことにも触れています。習近平指導部は軍を掌握できていないのでしょうか。 小原:習近平指導部は軍のトップである徐才厚を処分しました。しかし、これ以上の処分はしないことで、軍幹部と手打ちをしていると思います。この意味においては対立関係ではありません。 ただし、習近平指導部が軍を意のままに動かし得るとは言えないでしょう。「法に従って軍を治める」とは、軍に習近平指導部の意に従え、ということです。具体的には、予算の管理をきちんとすることと、訓練に力を入れ戦える軍隊になることを求めると思います(関連記事「人民解放軍の陸・海・空軍が同時期に大演習」)。 人民解放軍のお金の管理は非常にずさんです。例えば、次のようなことがあったと聞いています。ある指揮官が任地に赴いたら、戦闘車両用のシミュレータが使われることなく放っておかれていた。値段は分かりませんが、決して安いものではありません。これを見つけた指揮官は、講堂を建て、そこにシミュレータを移し使えるようにした。これが美談になっているのです。この例には2つの問題があります。1つは、シミュレータが使われていなかったにもかかわらず、誰も処分されなかったこと。2つめは、指揮官が講堂を建てたことです。講堂を建てるお金をどうやって調達したのでしょう。シミュレータの存在は知られていなかったのですから、講堂を建てる予算は取られていなかったはずです。 装備品の調達に伴うピンハネも日常茶飯事です。習近平指導部は、調達を中央で行なうことを考えているでしょう。 人民解放軍が管理面の力を高め、訓練もきちんとし、戦える軍隊になるとしたら、日本にとって良い話ではないですね。 小原:中国が防衛費を10%増やすよりも、今は軍幹部の懐に入っているお金が装備調達に正しく支出されるようになる方が、金額は大きいかもしれないですね。 ただし私は、人民解放軍が管理を充実させることは日本にとって好ましい動きだと思っています。仮に日中の間で局部的な軍事衝突が起こった場合、現在の自衛隊の力なら十分に戦うことができます。さらに進んで全面的な軍事衝突となった場合は米軍が参戦します。現在の人民解放軍に米軍と戦って勝てる力はありません。 なので、日本が警戒しなければならないのは、局部的な衝突に至る前の不測の事態です。人民解放軍が管理や訓練がしっかりできている軍隊になれば、不測の事態が起こる可能性が低くなります。統率の取れておらず、ならず者が武器を所持している状態の方がずっと怖い。また人民解放軍が自衛隊や米軍と近い姿になるので、お互いを理解しやすくもなるでしょう。 日中首脳会談が開かれる可能性は低い 話題を四中全会から日中首脳会談に移したいと思います。アジア太平洋経済協力会議(APEC)の場で、日中首脳会談が開かれることが期待されています。実現の可能をどう見ますか。もし、実現したら、安倍晋三首相と習近平総書記は何について話し合うべきでしょう。 小原:私は、首脳会談が開かれる可能性は高くないと見ています。中国にとってのハードルが高いからです。安倍首相は、習近平総書記と会うだけで得点になります。しかし、習近平総書記はそうはいきません。“お土産”を持ち帰らなければ国内で評価を得ることができません。具体的には、尖閣諸島を巡る領土問題が存在することを日本に認めさせるか、歴史問題について安倍首相から何かしらの言質を取るかですね。しかし、どちらも日本が飲めるものではありません。 お土産がないとしたら、習近平総書記としては「日本の行動強く非難してやった」ことを国内で強調するしかありません。しかし、強い言葉を投げ合うようなことをすると、せっかく良い方向に向かいつつある経済関係が再び悪化してしまう可能性があります。それは中国にとっても望ましいことではありません。 もちろん中国としても首脳会談をやりたくないわけではないと思います。日中関係の改善を望んでいる。例えば中国人民対外友好協会の李小林会長が訪日し、バレエ公演の場で安倍首相と接触しました。李氏は習近平総書記の右腕と言われています。李氏は安倍首相の意図を確かめに来たのだと思います。 議題についてはどうですか。 小原:首脳会談を開くことは、両国が関係を改善する意思があることの証しです。なので、会談すること自体に意義がある。個別の問題について議論する必要はないと言えます。 先日ある方が、首脳会談で話し合う議題についてこんな提案をしていました。両首脳は、日中両国が1972年に出した「日中共同声明」から「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」までの4つ合意文書の精神を再確認すればよい。これらの文書は、例えば「共に努力して、東シナ海を平和・協力・友好の海とする」「貿易、投資、情報通信技術、金融、食品・製品の安全、知的財産権保護、ビジネス環境、農林水産業、交通運輸・観光、水、医療等の幅広い分野での互恵協力を進め、共通利益を拡大していく」といったことをうたっています。 小原:それは良い考えですね。ただし、尖閣問題が起こった今、昔の関係に戻ることはできません。4つの文書でうたった精神に基づく「新たな関係」を築いていくことで合意するべきでしょうね。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141029/273149/?ST=print
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